第80話 一つ多い

 甲子園というのも、色々な矛盾や不公平、理不尽を含んだ場所とも言えよう。

 センバツよりも夏の方がそれは顕著で、まず一試合少なくて済むチームが存在する。

 そしてピッチャーの負担も、トーナメントのどこに入るかで全く違う。球数制限をさほど気にせずに済むチームがあるのだ。

 甲子園は平等ではないし、公平でもない。

 そんな合理的なものとは全く別に存在する。

 だからこそ逆に、多くの人が価値を求めるのかもしれない。


 八月、校内での壮行会を例年通りに行い、白富東の野球部は甲子園に出発する。

 18人のメンバーの中、洩れたのは一年の大井と二年の花沢であった。


1  佐藤 (三年)

2  赤尾 (三年)

3  宇垣 (二年)

4  青木 (三年)

5  久留米(三年)

6  水上 (二年)

7  駒井 (三年)

8  大石 (二年)

9  トニー(三年)

10 呉  (二年)

11 佐伯 (三年)

12 小枝 (三年)

13 上山 (二年)

14 宮武 (二年)

15 山村 (二年)

16 石黒 (二年)

17 平野 (二年)

18 聖  (一年)


 秦野からすると、外野が薄い。

 俊足で広範囲をカバーでき、しかも肩まで強いアレクがセンターにいて、やはり守備も肩も良かった鬼塚、そして肩の強さも足もやはり強かったトニーの去年の外野は、ほぼ鉄壁だったと言えよう。

 大石は守備範囲はかなり優れているが、肩の強さとバッティングは、以前の二人ほどではない。

 だがセンターラインはやはり、守備力が強い面子で固めなければいけない。


 ひょっとしたら使いどころによっては、決定的な役割を果たすかもしれないのが佐伯だ。

 内野の守備固め。ただし哲平や悟ほどではない。

 久留米がヒットで塁に出たとき、代走からそのままサードに入ることはあるかもしれない。


 来年のベンチ入りメンバーは、ひょっとしたら二年生は三人ぐらいしか入らないかもしれない。

 それだけ今年の一年生は、今のところ不作なのである。

 だがピッチャーのポテンシャルは、ユーキ一人でかなりのものを持っている。

 甲子園の大舞台。三年にとっては事実上最後の公式戦。

 それでも場面によっては、ユーキに経験は積ませたい。




 宿舎に到着すると、見慣れた顔が少し変わっていたりもする。

「今年もお世話になります」

 和風の造りが珍しいのか、ユーキがきょろきょろと見回したりもしている。


 もういい加減に慣れてきているので、しっかりと練習用グラウンドと、練習試合の相手は確保してある。

 だが今年は例年と比べて暑い気がする。

「最近は毎年、どこどこで最高気温を突破とか聞きますからね」

「国立先生はともかく、俺の子供のころよりは確実に暑いですよ」

 その暑さの中でも、選手たちはしっかりと動いている。


 到着の次の日、トーナメントの抽選が行われた。

 白富東は三日目の第一試合にて、大分県代表の大豊高校との対戦となっている。

 早すぎず遅すぎずといった、いい場所だったとは言える。

 だが出来れば一試合少ないところを引いてほしかった。


 一回戦を勝ったとしたら、次は岡山と和歌山の勝者と当たる。

 そして次も勝ったとしたら、おそらく山口の明倫館が上がってくるのではないか。

 最近はある程度クジ運もあるが、ベスト4やベスト8には毎回のように残っている。

 ただあちらも一回戦から奈良の強豪天凛と当たるので、ベスト8を賭けて戦う相手がどこになるかは分からない。


 一回戦、もしくは初戦の二回戦で当たる、おいしそうなカードはどこか。

 やはり西東京の日奥第三と、愛知の名徳の試合だろう。

 あとは宮城の仙台育成と、東東京の帝都一。

 大阪光陰も青森の青森明星と当たるので、油断できるものではない。


 肝心の白富東の対戦相手、大分の大豊高校は、強打が売りのチームである。

 なんと県大会での平均点が10点を超えるという、まさに打撃を鍛えに鍛えたと言えるだろう。

 白富東も準決勝まではほとんど全てコールド勝ちをしていたので、同レベル以上ではあるのだが。

 得点力の中でも打撃力の強化は、国立の指導によることが大きい。

 フォームを見てほんの10分ほどで、改善してしまうのだ。


 プレイヤーにも天才はいるが、指導者にも天才がいるものだと、秦野は思った。

 ことバッティングに関しては、アメリカの最先端理論を持つバッティングコーチよりも、国立の方が上である。

 天才は教えるのが下手と言われるが、どういう天才かによって、ちゃんと指導も可能なのだ。


 バッティングの基本は、見切りとスイングだと国立は言う。

 当たり前の話ではあるが、投げた球が手元のぎりぎりまで来てから振るバッターはいない。

 ぎりぎりまで見ることが出来るというのは、本当ならいいはずである。

 だがバッティングで、特に人間相手に多くの勝負をしていくと、やがてリリースの瞬間に、投げた球のコースやスピード、角度が分かるようになるらしい。

 あとはそれをいかに的確なスイングで打っていくか。

 そこまでいくとさすがに才能では、と思う秦野である。




 真夏の太陽の下で、甲子園が開催される。

 この日の第一試合は、いきなり名門同士の対決だ。

 石川の聖稜と、神奈川の東名大相模原。

 白富東にとっては、データの多い神奈川の方に勝ってくれた方がありがたい、

 事実チーム力においては、東名大相模原の方に、高い評価が集まっている。


 しかしいきなり番狂わせ。聖稜のピッチャー恩田が、150kmオーバー連発のピッチングで、東名大相模原を散発五安打と完封。

 打線は相模原のエース相手に四安打で二点と効率のいい点の取り方をして、見事に二回戦にコマを進めた。

 相模原の選手は泣きながら甲子園の土をつめていたが、はっきり言って最後の夏に甲子園に来れただけでも、喜ばしいと思わないといけない。

 それはともかく聖稜の恩打は、いきなりマスコミやスカウトの注目を浴びることになる。

 後の話をしてしまえば、確かに球速はたいしたものだが、二回戦以降はコントロールに苦しみ、それでもベスト8までは進むことになる。


 初日は他に、高知の瑞雲が地元兵庫を相手に勝ち上がっていた。

 こちらもかつては一強と言われた高知のチームの中で、最近はほぼ二強と呼ばれる実力をつけている。

 白富東の選手たちも、ぼんやりと休憩を入れながら、時折この試合を見ていた。


 瑞雲と言えば、あの坂本はどうしたのか。

 時折話題には出てくるが、大学や社会人に進んだという話は聞かない。

 元々ボンボンではあったから、知らない大学で野球もせずにグータラしているのかもしれない。




 二日目はもっと面白い対戦が多かった。

 群馬の桐野が高速野球で勝利し、新潟は春日山の栄光の時代が終わってからは、まるで冴えずに三重代表に負けていたりする。

 山口の明倫館と、奈良の天凛の戦いは、ここ最近安定していた明倫館と、最後までもつれる展開で天凜も対抗した。

 最後にはセットプレーで勝敗が決したが、本当に差のない勝負だったと思う。

 佐賀の弘道館が、またエースの力で富山代表を下し、白富東との三回戦の相手となる可能性を残す。


 大分の大豊高校との対戦は、とにかくピッチャーの出来が重要になる。

 こういった強打のチーム相手には、軟投派の淳を当てるというのが、一般的な戦略である。

 だが次の二回戦で当たりそうな、岡山奨学も理知弁和歌山も、共に強打のチームなのである。

 さらに言えば明倫館が進出してくれば、あそこは野球知能の高いプレイをしてくる。

 一番隙のない淳をまたも使うなら、さすがに厳しいことになるだろう。


 そんなわけで一回戦の先発は、一年生から抜擢したユーキになる。

 早めに甲子園の暑さに慣れていって、勝ち進んだところでもう一度ぐらいは使いたい。

 文哲や山村も全国で通用しないピッチャーというわけではないが、このポテンシャルは無視出来ない。

 ただし他のポジションは、いつも通りのスタメンである。


 途中で捕まって継投をすることは、事前から覚悟していたオーダー。

 その場合は淳かトニーということになる。

 だがこの対戦で本当に大変なのは、キャッチャーの孝司になるだろう。

 それも考えて、打線は少し落としてある。


 それなりに点を取られるとして、こちらはそれ以上に点を取っていく。

 大豊は失点もそれなりにしていて、傑出したピッチャーが揃っているわけではない。

 だが左右の二枚を使って継投し、地方大会では全て五点以内には抑えている。

 殴り合いによる乱打戦。

 そう考えていた秦野の予想は、完全に外れることになる。




 甲子園という場所が特別であるということは知っていた。

 ただ全国大会を行うのに、この一つの球場だけに限定して、各都道府県から代表が出てくるというのは、よく分からないシステムだ。

 だが試合の日程や選手の疲労度を思うと、関東などの地区から選出して行う方が、合理的ではないかと思うのだ。

 もちろん合理的だからと言って、ゴルフの全米オープンや、テニスのウインブルドンが、他の場所で行われたら興醒めかもしれない。

 ただ競馬のケンタッキーダービーなどは、競馬場が改修されれば他の場所で行われる。


 それでも球場を見れば分かる。

 蔦に覆われた、どこか神殿にも思えるその外見。

 野球部の部室にはだいたい、目指せ甲子園と貼られているらしいし、特大の観客席を見れば、まさにアマチュアの枠を超えた大会だ。

 高校生だけの、それも選ばれたチームだけしか出場出来ないというのは、生涯一度しか出走の機会のない、競馬のクラシックレースに似ているのかもしれない。


「あれは宗教の神殿みたいなもんよ」

 珠美はそんな感じで説明をした。

 高校野球という宗教があって、その聖地が甲子園なのだ。

 聖地でプレイすることが、信徒にとっては恍惚をもたらす。

 ユーキとしてはよく分からないが、アフリカを移動していた時にはそれぞれの部族に、聖地のようなものがあったりもした。


 他のスポーツではこんなことはない。

 かろうじてサッカーに似たようなものがあるが、それでも甲子園ほどに特別ではないという。

 ユーキの海外の価値観を持っている人間から見ると、高校野球には甲子園しかないから、そこまでの価値を持つのかとも思う。

 だが神宮も一応全国大会なのだが、やはり扱いは全く違う。


 甲子園は特別。

 宗教に根本的な合理性が必要ではないように、甲子園には特別な価値があると割り切った方がいい。




 大会三日目の第一戦、対大豊戦。

 ユーキは一回の表、まっさらなマウンドに立つ。

 先攻を取れなかったことを秦野は懸念していたが、まっさらなマウンドに立つというのは気持ちがいい。


 大会前の練習でも実感したが、甲子園のマウンドは柔らかい。

 それでも崩れるような柔らかさではなく、しっかりとスパイクの歯が刺さる柔らかさだ。

 足の裏から力が伝わり、指先を通してボールが放たれる。


 初球からストレートが低めに決まった。

 球速は146kmと出ていたが、それ以上にバッターは感じるスピード。

 伸びがあると言えばいいのか、タイミングが違う。

 ワインドアップではなくセットポジションから投げているのだが、さらにクイックに近いフォームだ。


 つまりはタイミングが取りにくい。

 二球目も同じように低めに決まり、そして最後は最近使い出した縦のスライダー。

 先頭打者を三球三振で抑えて、ユーキは最高の立ち上がりを見せ付けた。

 少なくともこの試合、大豊は大量点など望めない展開となるのである。

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