第72話 借りを返すぞ

 千葉県における白富東の一強具合は、かなりすさまじいものがある。

 控えのメンバーをスタメンにして、ピッチャーも様々な三番手以下を試しているが、外国人傭兵のトニーと実質野球留学生の淳を使わなくても、準決勝まではあっさりと勝ち残った。

 なおこの間に、ベンチメンバー以外を他の学校と対戦させるほどの余裕まである。

 本気を出していたら全て五回コールドだったろうが、あえてチーム力を抑えることで、それなりの緊張感はあったりする。


 秦野が困っているのは、強すぎるチームの緊張感をどう保つのかということだ。

 現在の三年生は、自分たちが一年だった時に、スタメン以外は案外弱かったことを知っている。

 正確にはスタメンは強かったが、控えは弱かった。

 ただその分、頭は使っていた。それに勝ち負けではなく、野球自体を楽しむことでメンタルの健全さを保っていた。

 秦野も最初からずっと見てきて、三年生の強さは分かっている。


 二年のスポ薦と体育科は、やはり時期尚早であった。

 だがスポ薦組の悟がいなかったら、四連覇は無理だったろう。

 悟のように一度野球を奪われた、野球に飢えた人間が、もっと必要だ。

 淳ほど己のことを最優先に考えるあくどさも、今の一二年は持っていない。

 中途半端なスポーツエリートが多いのだ。


「それでも勝っちゃうんだな、これが」

 決勝の勇名館を相手に、4-0の横綱相撲。

 意外なほどにチーム力を高めていた古賀監督だが、個人の力とチームの力の両方で、攻撃を封殺し、守備を貫いた。

 もっとも今年は開催地が千葉県なので、ベスト4までは関東大会に出場出来る。

 千葉県からは白富東に勇名館、そしてトーチバと上総総合である。

 だが実は白富東はセンバツの推薦枠で出られるので、さらにもう一チームが出られるという幸運がある。

 ただその一校を決めるのが煩雑だったらしいが、それは白富東の責任ではない。


 五月の下旬に行われる大会は、かなり短期間に消化される。

 本来なら18校の参加であるのだが、帝都一がセンバツ優勝校として、白富東がベスト4として出られるので、合計で20校。

 そして一回戦はシードになるので、四回勝てば優勝だ。




 県大会とその裏で行われていた練習試合の結果から、秦野は現状を分析する。

 そして組み上げられたトーナメントは、さすがに関東大会だけあって、弱いチームはほとんどない。

「最初が春日部光栄、次が……前橋実業かな? そしてヨコガクか刷新あたりが上がってきて……」

 部員たちの前で、秦野は宣言する。

「決勝の対戦相手は、帝都一と仮定する」

 あちらの山に水戸学舎がいるが、センバツでは勝った相手だ。

 そして準決勝で負ける原因を作ってくれたチームでもある。


 帝都一と潰しあってくれるのは、いいのか悪いのか。

 ただ出来るだけ強い相手と当たりたいという意味では、それなりに強いチームが揃っている。

 春日部光栄は埼玉二位とは言うが、埼玉はおよそ三強の差がない。

 反対の山の花咲徳政は、センバツにも出場していた。

「サイドスローってのがまあ特徴と言えば特徴だけど、水上にサイドスローで投げさせてるから、まあ変化球への対応だけでどうにかなるだろ」

 打撃力にも定評はあるが、本当に注意する全国レベルは四番ぐらいだ。


 次はおそらく前橋実業。秋は桐野に負けていたが、春の県大会では打力で圧倒している。

 とにかく攻撃的なチームなので、点の取り合いに持ち込むか、ピッチャーの継投で封じるかの判断が重要だ。


 準決勝となるとどこが上がってきてもおかしくはないが、おそらく横浜学一。

 センバツベスト8であり、帝都一に敗退したという点では、白富東と同じである。

 当然ながら雪辱も狙っているだろう。


 そして決勝で当たるのは、やはり帝都一であってほしい。

 センバツの優勝校であり、東の横綱とも言われる名門にして古豪。

 白富東による甲子園の連覇記録を止めたという点でも、やはり戦ってリベンジしたい。

 今回は水戸学舎によるバッティングの不調もないし、短期間だが国立の指導で打力は上がっている。

 

 時期的に、また規模的に仕方がないとは言え、夏と違ってマリスタが使えないのは悲しい。

 直史と大介がいた時は、特例で使わせてもらったこともあったのに。

 だが地元千葉ということで、それなりに応援は集まりそうだ。

 



 五月下旬、かなりタイトなスケジュールで、関東大会が開始される。

 一日目の土曜日には白富東の試合はなく、日曜日の二回戦からが試合開始である。

 休日ということもあって、県立球場には軽く一万人は超える観客が集まっている。

 だいたいシニアであっても中学軟式であっても、これだけの観客の目に晒されることは多くない。


 だがユーキを除いては、ベンチ入りメンバーは全てセンバツの甲子園を経験している。

 そしてスタンドでならば、あの夏の決勝までをも経験している。

 高校野球の中でも、最も輝くあの熱い夏。

 あの雰囲気に比べれば、どうということはない。

 球場にしても最大で三万人近くは入る、プロでの試合さえ想定された球場ではあるが、甲子園に比べればどうということもない。


 対戦相手の春日部光栄も、最近ではそれなりに甲子園に出場している。

 だが全国制覇の有力候補と言われるほどではない。

 去年に続き、夏の最有力と言われているのは花咲徳政だ。


 この関東大会で甲子園上位レベルのチームと対戦し、結果を出すと共に成長していかなければいけない。

 秦野は今のチームなら、帝都一に勝つことも難しくないと思っている。




 結局試合開始時には、二万近くまで観客数は膨れ上がり、中学までの試合と同じつもりでいた一年たちは、明らかな雰囲気の違いに戸惑っている。

 単に観客の多さだけなら、県大会であっても決勝近くになれば同じぐらいはいたであろうに。

 そしてその大観衆の中、白富東と春日部光栄の試合が開始される。


 あいにくとじゃんけんで負けて先攻を許したが、マウンドのユーキはそれほど緊張した様子も見せない。

 鈍感なのか肝が太いのか、それとも無関心なのか。

 この一年生が夏までにどれだけ成長するかで、覇権がどうなるかも決まるかもしれない。


 関東大会ということで、球速表示もバックスクリーンに出る。

 ユーキの初球のストレートは、147kmを記録した。




 淳とトニーをベンチに残した上で、二年生のピッチャーも試す。

 五回までを投げたユーキは、フィールディングでの判断で一点は失ったものの、まともな当たりのヒットは一本も打たれなかった。

 フォアボールを投げなかったのもいいことであるが、逆にキャッチャーの孝司の指示を聞いても、ゾーン内にボールが集まってしまったということでもある。


 一流のピッチャーは、ボール球を振らせる技術を持っている。

 そのためには当然ながら、ボール球を投げるコントロールがいる。

 はっきりとボールと分かるのではなく、ゾーン際の微妙なコースへだ。


 ゾーン内だけで勝負出来るほど、ユーキのボールは突出しているわけではない。今のところは。

 そもそも上杉であっても、ボール球を振らせることによって、ようやく球数を減らしていくことが出来るようになったのだ。

 なお、本当にゾーン内とボール球を簡単に振らせる直史は除く。


 関東大会までくると、相手のチームもかなりの戦力を揃えている。

 特に春日部光栄のプロ注バッター高畑は、文哲のボールをホームランにしてしまった。

 だが総合的に見て、三番手以下のピッチャーで互角以上に戦えている白富東の方が強い。


 右の150kmオーバーを投げるトニーと、左のアンダースローの淳。

 この二人をダブルエースとして見た場合、エースを使わなくても春日部光栄相手に有利に試合を展開する。

 ある程度の失点をかくごしていたので、コールドがつくほどの点差にはならなかった。

 しかしユーキが五回を投げて一失点という結果を残してくれたのは大きい。

 九回の裏の攻撃を必要とせず、8-3で白富東は準々決勝へ進出する。




 翌日、対戦相手は前橋実業。

 真正面からの打撃勝負が自慢のチームに、白富東はまず花沢を試してみた。

 アンダースローではあるが、淳ほどの速度も、コントロールも、球種もない。

 だがこの軟投戦法は、それなりの結果を出せた。

 白富東としても打撃戦は上等であり、三回までで5-5というスコアを残している。


 だがそこからはピッチャー交代である。

 三回も投げてもらえば、あとは充分。


 交代したのは左のアンダースローの淳。

 同じアンダースローでも、アンダースローの軌道をちゃんと意識している淳は、有効なコンビネーションを孝司と一緒に組み立てる。

 基本的に打たせて取るピッチングをしているので、何本か内野の上を越えたり、間を抜いたりする打球はある。

 だが散発三安打の無失点で、九回までを投げきる。


 一方の白富東はピッチャーが交代以降も打撃が衰えることはない。

 残りの六回で五点を取り、最終的には10-5というスコアで勝利した。


 ダブルエースの使用を控え目にしていることは、他校のスコアラーにも明らかである。

 ある意味甲子園よりも短期決戦のこの関東大会で、ピッチャーを温存している。

 それは即ち、最後まで勝ち抜くことを前提にしている。


 その通りである。

 短期間で一気に行われるこの関東大会は、都県代表が揃っているだけに、下手をすれば甲子園よりも強い相手と戦うことになる。

 その中でどう勝ち進むかは、ピッチャーの温存方法が重要となってくる。

 全ては、優勝のため。

 そして仮想敵である帝都一も、順調にトーナメントを勝ち進んできていた。

 あちらもあちらで、一年生投手などを試しているのは、白富東と同じである。


 準決勝の対戦は横浜学一。

 そして山の反対側では、帝都一と水戸学舎が対戦することになっている。


 帝都一にとっても水戸学舎は、去年の神宮大会決勝で敗北した相手である。

 その水戸学舎を破った白富東を破ってセンバツ優勝したことは、もちろん偉大な成果である。

 神宮の優勝などは、センバツの優勝に比べればそれほどの価値もない。

 だが、負けた怨恨を晴らすかどうかは別の話である。


 県営球場にて第一試合が白富東とヨコガク、そして第二試合が帝都一と水戸学舎。

 先に決勝へ進んで、帝都一を待つ。あるいは水戸学舎が上がってきて、苦手意識を完全に絶つのでもいい。

 甲子園につながらないとは分かっている、春の大会。

 だがそこにいるのがセンバツの王者であれば、また話は違う。


 ヨコガク相手に先発はトニー。

 先攻を取った白富東から、攻撃は始まる。

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