第73話 挑戦権
白富東と横浜学一には共通点が一つある。
それはセンバツにおいて、帝都一に敗北しているということである。
帝都一。正しくは帝都大学付属第一高校。
東京六大学の雄、帝都大の付属校の一つであり、東京においては最も甲子園での実績を持つ、超強豪である。
全国制覇すら何度となく経験し、その監督松平は実績においては大阪光陰の木下をも上回る。
高校野球界の生けるレジェンドであるが、ここしばらくは白光時代が続いたため、やや陰は薄くなっていた。
だが春のセンバツにおいては久しぶりの全国制覇。
久しぶりと言ってもせいぜい五年ほど前には達成しているので、帝都一がどれだけ規格外のチームかは分かるだろう。
その帝都一に関東で対抗するなら、神奈川か千葉、そして埼玉に同じ東京あたりの数校が挑む。
いや、正確にいうと関東のチームは、どこもかなり強いのであるが。
この地区で甲子園での優勝経験がないのは、山梨県だけである。
ヨコガクとの対戦は、またも相手に先攻を取られて始まった。
先発はトニーであり、淳への継投も考えている。
だが出来ることなら、今日は淳を休ませて、明日の決勝に備えたい。
帝都一も全国レベルで通用するピッチャーが二人はいるのだ。
トニーも球速のMAXはかなり高まった。
現在では153kmが最高であり、これでも全国レベルで見れば数人しかいない。
全国区の強豪横浜学一でも、この球速があればかなり抑え込むことは可能だ。
しかし、もちろんリスクは存在する。
横浜学一のバッターは、いずれもトニーの球速に対しても、しっかりと踏み込んでスイングしてくる。
だがこの踏み込んで、というのはポイントなのだ。
ヨコガクの強力打線を相手にすると、バッテリーはどうしてもアウトコースを中心に攻めざるをえない。
だがバッターボックスの中でわずかに後ろに下がり、そこから踏み込んで打っていくと、アウトコースにもしっかりと届くのだ。
だから必要なのは、コンビネーションである。
150km前後のストレートを内角に、特にインハイに投げられると、ヨコガクの選手はこれに対応出来ない。
打撃力を活かすためにアウトコースへ誘導し、そしてそれを叩くというのが、ヨコガクのバッティングの基本なのだ。
トニーのスピードがあってこそ、このピッチングは通用する。
ヨコガクとしても自軍のこのバッティングが、ある程度攻略法があることは分かっていた。
だが中途半端なストレートで内角に投げても、それは危険なだけである。
トニーの球威があってはじめて、内角攻めは効果があるのだ。
ヨコガクは当初、準決勝の白富東の先発投手を、淳と予想していた。
だいたい淳はどんな強打のチームであっても、一定のロースコアに抑えることが可能だからだ。
それが左のアンダースローという異形の存在の価値である。
ツインズが大学において、男子相手にも通用したのは、この左のアンダースローを使えたということが大きい。
だがそれを逆手に取って、本格派が内角攻めをやってきた。
確かにそれは、ヨコガクのバッティングスタイルの弱点ではある。
しかし分かっていても、危険な内角攻めをするのには勇気がいる。
監督への信頼、キャッチャーとの意思疎通。それらがあって初めて、危険な内角を投げてこられるのだ。
一回の表は、内野ゴロと三振の三者凡退。
そして攻守変わって、白富東の攻撃である。
おおよそは正統派のピッチャーをエースにしてくるヨコガクとしては珍しいことに、今年のエースは右のサイドスローである。
サイドスローで140kmほどを投げてくるのは、高校生レベルではかなり珍しい。
しかし白富東は二年生までは、佐藤家のツインズたちによって、ありとあらゆる珍しい投手を再現してもらっている。
再現出来ないのは球速ぐらいである。
右のサイドスローで、角度をつけてボールを投げ込んでくる。
ただ現在の白富東は左打者がとにかく多く、そういったボールはむしろ打ちやすい。
サウスポーも一枚いるそうだが、この大切な試合を任せられるほどではないということだろう。
今年のヨコガクは、まだ春の勢いを色濃く持っている。
だが白富東は打撃力において短期間でかなり成長した。
サイドスローに関しても、悟に真似をさせて攻略のために色々と準備はしている。
それに左バッターが多い白富東のスタメンは、右のサイドスローに対する苦手意識も生まれにくい。
先頭の宇垣から積極的に振っていったが、内野の正面ライナーでアウト。
ただし打てない球でないことは明らかだ。
「お前、もうちょっと球数投げさせて来いよ」
「サーセン」
ちっとも悪いと思っていない宇垣であるが、ならば自分がどうにかしないといけないだろうと考える哲平である。
サイドスローから投げてくるのは、クロスファイアーになるストレートと、そこからさらに内にキレてくるスライダー。
あとはそれを活かすためのシンカーである。
チェンジアップ気味にカーブも使ってくるが、それはあまり脅威ではない。
事前にある程度は予想していたが、厄介なのは横の角度である。
プレートの端を使って投げ込んでくるので、ボールの角度が変わる。
左バッターにとっては外角に外れた球が、捕球位置でストライクにコールされることがある。
だが打てなくはない。
今の白富東の三年は、直史の変化球と武史のストレートを経験している。
特に直史が自分の投げ込みの一貫で、変化球打ちを散々にさせてくれた。
直史の場合はプレートの位置にしても、単純に真ん中だけを使っていたわけではない。
ボールの角度なども計算して、打ちにくい球をたくさん再現していたのだ。
右であれば、サイドスローなど怖くない。
そも思って振りぬいた哲平の打球は、綺麗に一二塁間を抜けて行った。
白富東の打線陣で、一番恐ろしいバッターが悟である。
他にも孝司や哲平は打率も高く、かなりの長打力もある。
しかしそれらの数値を上回っているのだ悟なのだ。
甲子園では二大会で四本を放り込んでいる。
試合数が多かったおかげとも言えるが、この調子なら卒業までに10本ぐらいは甲子園でも打ちそうだ。
それで五打席連続敬遠とかされたら笑うしかない。
だが悟の体格を見て、そんな消極的な作戦に従うピッチャーは、どうせ次の試合で負ける。
この試合だけではなく、夏の全国制覇を目指すためには、攻略しておかなければいけないバッター。
慎重にボール球から入ったが、ぴくりとも動かない。
外角いっぱい、ストライクとボールの際どいところに投げても、微動だにしなかった。
その見逃し方もあってが、審判も迷いなくボールのコールをしてくる。
外のストライクゾーンを狭くした。
次はまた外か、それとも内か。
外は捨てる。内を狙う。
――内!
ダウンスイングで入って、アッパースイングで抜ける。
フライ性の打球はポール際のライトスタンドに届いた。
ヨコガクにとっても自軍の打線の攻略法は、よく分かっている。
だが下手に普段のスイングを崩してまで、内角を打とうとは思わない。
ひたすらカットして、相手のピッチャーが疲れるのを待つ。
それが200球ぐらい投げてしまうピッチャーだと、さすがに厳しい。
トニーにしても球数は気にせず、じっくりと内角を攻めている。
万一自分がスタミナ切れになっても、後ろにまだ他のピッチャーがいると分かっているからだ。
ヨコガクとしてはそれも分かっているが、それでも攻撃の手段は変えない。
ひたすら内角はカットし、外角のゾーンを狙う。
ただ孝司も事前に、秦野とこの作戦の補完はしてある。
外にスライダーを投げると、ボール球でも無理に打ってしまう。
それがさすがにジャストミートは難しく、内野ゴロや空振りが取れるのだ。
外角にはボール球。そして内角は厳しくストライク。
これでたまにはヒットが出るものの、得点には結びつかない。
内角を意識的に打とうとすると、今度はアウトローに厳しい球を投げる。
このタイミングを見極めるのが、キャチャーのリードの力であろう。
初回の二点が大きい。
やはり野球の魅力はホームランだ。
相手がどれだけ堅い守備を誇っていても、その頭の上を抜けていくホームラン。
ある意味、確実に一点が入る手段である。
どちらのチームも、決勝に行きたいのは当然である。
帝都一が勝ち進めば、春のセンバツ優勝チームと戦える。
水戸学舎が勝ってきたとしても、去年の神宮の優勝チームだ。
全国制覇をしたという点では、どちらが上がってきても相手に不足はない。
白富東としては、あと二点の追加点がほしい。
内角攻めというのは確かに有効ではあるのだが、打たれた時にホームランになることもある。
トニーの球威で押しているが、四番クラスのバッターであれば、スタンドまで届ける力はある。
ランナーが一人いれば同点だ。だから満塁ホームランを打たれても同点の、四点差にまではしたい。
右のサイドスロー相手に、白富東の右打者はかなり苦戦している。
なので多い左打者で、どうにか点を取る必要がある。
次の一点をどちらが取るかで、勝負は決まりそうな気もする。
(打線のどこでチャンスが出てくるかだな)
下位打線でランナーが出て、そこから上位に回ってきて、悟までで一点を取るというのが理想だ。
そんな期待は、ある程度の分かった部分から飛び出した。
ラストバッターのトニーの打球が、センター前のヒット。
右バッターであっても、ラストバッターであっても油断してはいけないのが今の白富東だ。
ノーアウトから一塁にランナーが出て、上位に回ってくる。
ここは送りバントだと、ほとんどの監督なら選択するだろう。
だが秦野の指示は「待て」である。
ヨコガクにしてもここでの追加点は厳しいので、バントで送られるのを防ごうとする。
ボール先行になり、ピッチャーにとっては苦しいカウントになる。
キャッチャーもボール先行になると、リードの幅は狭まってしまう。
いっそのこと歩かせたらとも思うが、そしたらランナーが二人いる状態で、哲平と悟に回るのである。
スリーボールからのゾーンに入った球を、宇垣は打った。
またもセンター前のクリーンヒットで、ランナーは一塁二塁と変わる。
だが実は当たりが微妙で、これはランナーが二塁でアウトになるところであった。
ここで今度こそ送りバントを使ってもいいのではないか。
そしたらワンナウト二三塁となって、追加点のチャンスは拡大する。
だがそうなるとヨコガクは開き直って、悟を歩かせてくるかもしれない。
よって強振ということになるが、哲平の打球は内野の頭を軽く越えたものの、ライト前のぎりぎりのヒット。
フライ捕球されるかとも思っていたため、トニーは三塁へ進むのが精一杯である。
ピッチャーをボール先行にさせた上で、カウントが悪いところから振っていく。
基本的なことだが、これをしっかり出来ると強い。
ノーアウト満塁で、悟に回った。
続く孝司は、右のサイドスロー相手に、今日は当たっていない。
悟がクリーンヒットを打つか、最悪でも深めの外野フライを打てば、それで追加点が入る。
ノーアウト満塁なのだ、ゴロを打つのはフォースプレイが出来るのでまずい。
ただホーム以外でゲッツーを取っても、その間に一点が入る。
厳しい場面だ。
呼吸が浅くなるヨコガクのエースに対して、悟はしっかりと落ちついている。
まあ外野まで運ぶぐらいは、どうにかなるであろう。
これまでボールが先行していたバッテリーは、ストライクを初球に決める。
だがコースが甘い。
アウトローであるが、やや内に入ってきている。
(打つなー!)
そう思ったキャッチャーの目の前で、ボールが消えた。
「おっしゃ」
バックスクリーンへの満塁ホームランで、白富東が突き放した。
二本塁打の六打点。
この日の試合は、ほとんど悟一人で決めてしまったようなものであった。
帝都一が勝ちあがって来た。
粘る水戸学舎相手に、4-1と常にリードを保っての勝利である。
白富東も結局は8-2と、さらに追加点を加えての勝利である。
どちらのチームも強い。そして隙がない。
センバツ準決勝の対決の再現である。
だがあの試合は、白富東には水戸学舎の呪いがかかっていた。
同じ轍を帝都一が踏むとは思わない。
それに準決勝のスタメンは、ややいじってきたものであった。
渋江のシンカーへの対策を、スタメンを変更することで果たしたのだ。
どちらが勝つのか。これは関東最強を決める対決でもある。
水戸学舎との対戦では、帝都一はエースの堀田ではなく、二番手の青山を使ってきた。
足でかき回す水戸学舎に対し、帝都一も変則派の投手で対応したということだ。
最大の注目点は、渋江をちゃんと打ち崩して、四点を取っていることだ。
先発は堀田が投げてくるだろう。
散々映像などは見てきたが、実際に対戦するのは初めてだ。
地元開催の白富東は、学校の合宿所で泊まっている。
そこで相手ピッチャー攻略の、最終チェックである。
帝都一は強い。正統派で強い。
その正統派に対しては、こちらも淳を当てていく。
センバツのリベンジなるか。
眠れない者も多いかもしれない夜が、ゆっくりと更けていく。
×××
人気投票もかねて群雄伝の次のお話を誰メインにするか決めようと思います。
ここでもいいですし他の第四部でもいいですが、好きな順番にキャラを三人挙げてください。基本は男キャラですが、女キャラでもいいです。
三点、二点、一点の順番で点数化して、今後の外伝を書く参考にしたいと思います。なお、作者が完全に忘れていて、未来を考えていないキャラもいると思います。
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