第67話 素材

 白富東の一年生は、選手班が23人、研究班が六人になりそうである。

 またマネージャーも入ってきたのだが、全くと言っていいほど野球を知らない研究班の女子も一人入ってきた。

 聖サラ。同じく選手班に入ってきた聖勇気の妹である。もっとも血が繋がっていないのは、普通に最初からオープンであった。まあ人種が明らかに違うので、少なくとも片親は違うのだろうかと詮索はされただろう。

 そういった面倒なことをすっ飛ばすのが、サラという少女であるらしい。

「というわけで母さんはワニに、父さんはカバに殺されたのが私なわけ。可哀想な境遇だけど、本人はあまりそう思ってないから、普通に接してくれればいいから」

 カバに殺されたのか、とそこだけ少し気になる部員たち。

 自己紹介で重い話を簡単にされたが、カバが気になる。

「アフリカの大型生物で、一番多く人間を殺しているのはワニ、その次がカバなんだよ」

 ユーキの説明が入ったが、それは必要な知識なのか?

「一番人間を多く殺してるのは、人間でしょ?」

 サラのぶった切りっぷりに、ユーキは平然と返す。

「一番人間を多く救ってるのも人間だから、その分は相殺していいと思うよ」

 なんというか、独特な兄妹である。


 今日は丸一日をかけて、新入部員も含めた野球部員の体力測定である。

 明日はそれとは別に、各種数値の計測もする。

 大量に一度にやってもらうことで割り引いてもらうが、これが一人でやってもらうとかなりの金がかかる。


 多くの部門でトップなのは悟の身体能力であるが、ユーキも負けていない部分がある。

 特に遠投に関しては、ユーキは130mも硬球を投げた。

 一度目はフェンスに直撃したため、グラウンドの距離の長いところでもう一度計ったぐらいだ。


「アフリカで育つとあんな感じになるのかな」

 などと言って疑問を口にする者もいたが、偏見である。

 今どきアフリカなどと言っても、狩猟採集で生活する部族などほとんどいない。ただ基礎体力などは高めかもしれない。

 それに素材としては確かに素晴らしいものであったが、基本的な野球の知識が足りていなかった。

 具体的には牽制の時のボークや、タイムをコールするタイミングなど。

 技術はかなり高いものを持ってるのに、基本的には素人という、訳の分からない存在である。


 ただし、マウンドから投げると、そういったことがどうでもよく思えるほど、威力のある球を投げる。

 入部してから改めて道具をそろえるということで、スパイクはともかくユニフォームもない。

 ただ、試験時に投げたカットボールとツーシーム以外に、もう一つの変化球を覚えてきていた。

 カーブだ。

 リリースポイントから抜けるように出てきて、そこから急激に沈んでくる。

 種類としてはパワーカーブといったところだろうか。落差があるからドロップの分類でもいいのだろうが。


 ただ、リリースの瞬間に球種が分かるので、これも使い方を考えなければいけないだろう。

 夏までにはともかく、目の前に迫った県大会本戦では戦力にするのは難しい。

 秦野は難しく考えるが、そもそもピッチャーの枚数は、それなり以上に揃っているのだ。


 春の大会は、勝ち進めば帝都一とも当たる。

 覇者となった帝都一は、今年も戦力を補充しているはずだ。関東大会で当たれば、それをいち早く見れるかもしれない。

 秦野は意見交換が出来る部長がいてくれて、練習内容も相談できる。

「聞いてはいましたがこの測定、とんでもないですね」

「あの女が日本全体に広げたいみたいだからな」


 セイバーの手は、シニアから高校、そしてプロの若手にまで伸びてきている。

 大学にはいまいち浸透していないようだが、代わりにクラブチームへ手を伸ばしている。

 まずは身体的な特徴を調べて、骨格に合った筋肉の付け方、そして将来的にどういった選手になるかまで想像する。

 もっとも高校生の段階であれば、まだ身長の成長は止まっていない人間が多い。


 国立はバッティング技術を見るわけだが、とにかく彼に期待しているのは、ミート力の向上だ。

 フライボール革命などが言われて久しいが、それは基本的にちゃんとボールをミート出来る技術があって、その上に積むべき技術となる。

 そうは言っても高校生の段階では、まだパワーが足りない。

 この場合のパワーと言うのは、体重とそれを瞬時に動かす瞬発力だ。

 主に足の力で体重を前に移動させ、前足で逆に突っ張ってその勢いで腕を振る。

 これでスイングスピードが出るわけだが、これを上手くボールに当てないと、パワーの意味がなくなる。




 高校野球においてゴロを打つというのは、やはり今でも有効だ。

 基本的には内野の頭を越えるだけのパワーは欲しいが、当てることすら出来ないのでは意味がない。

 プロ野球における各種数値は、統計として結果を出す長いリーグならともかく、トーナメントでは参考までにするべきだ。

 パワーは必要だが、ホームランを絶対視はしない。


 あとは、スピードはパワーを伴うが、パワーがスピードを伴わないという意識も重要である。

 野球に必要な筋力はほとんどが瞬発力であり、持続的に何かを支えるようなパワーは必要ない。むしろ不要な筋肉は、重くてスピードを妨げる。

 そのための筋肉は、駆動域を狭めてスピードを得るための加速に、必要な距離とでも言うべきものが短くなることまである。

 国立もだが、大介やアレクなども、見た目ははっきりと細かった。

 白富東の中では、体格から明らかにパワーヒッターと見えるのは、久留米と宇垣ぐらいだ。

 体格のごつい選手が多そうなキャッチャーでさえ、孝司も上山も、前述の二人のような筋肉の鎧はない。


 必要な筋肉は、瞬発力の筋肉。

 ただそれとは別に、体幹を鍛えることは必要になる。


 人間の筋肉というのは、当たり前のことだが下半身に多い。

 それは上半身の体重も支えた上で、歩いたり立ったりという運動をするからだ。

 この下半身をさらに鍛えて、足の力をバットに伝えることで、ボールを遠くに飛ばす。

 見れば分かることだが、国立もあまり上半身がムキムキという体はしていない。

 極端な話をすれば、腕はバットを支えるだけでいい。




 各種数値を計測し、それぞれの選手のデータを取る。

 これで育成の基本方針は決まるわけだが、あとは実際の野球の技術を見ることになる。

 しかしこれまでのように、上級生と試合をさせても、まずまともな試合にはならない。

 今年の一年生の中には、そこそこでも名の知れたピッチャーがいないのだ。

 それもまた、ユーキを育てなければいけない理由である。

 もちろん自分の適性に気付いていない選手を、改めてピッチャーとして起用することも考えるが。


 練習試合はしたい。

 ただ、単純に試合をするには、ピッチャーがいない。

 キャッチャーは幸い経験者がいるが、ピッチャーを単なる経験者だけにさせるというのも、それはそれで酷である。

「二年生からピッチャーだけを出せば?」

 国立の提案に、少しだけ考えて秦野は頷いた。


 二年生のピッチャーであると、文哲と山村が代表になる。

 この二人は右と左のエースとして、最後の学年は上手く起用していかなければいけないだろう。

 現在のところ、試合の実績では文哲がかなり上回っている。

 そもそも登板回数が、かなり違う。

 どうせ左を使うなら、アンダースローの淳を使うという場面が多いのだ。

 しかし今の白富東には、淳を除けば左も他にいない。

 夏までもそうだし、そして夏が終わった新チームになってからは、山村の成長はチームのために欠かせないものになる。


 文哲と山村。

 一年生たちにとっては、かなり荷が重い相手になるだろうが、この二人をどう攻略するか、一年生には期待しよう。

 そして一年生たちを紅白に分けていき、それぞれを秦野と国立が率いる。

 ひょっとしたら一番豪華なのは、監督の質かもしれない。




 試合としては、それほど意外性のある結果は出ない。

 国立が文哲の方のチームを率いたため、山村の持っている情報を実感できていなかったからだ。

 そしてそれは、秦野にしても全く知らない一年生を、どう使っていくかが問題となる。


 とりあえず六回までは二人が投げて、そこからはピッチャー経験のある人間を使っていくということになった。

 ちなみにユーキは試合に出たそうな顔をしながら、ブルペンで投げている。

 とりあえずサイズのある予備のユニフォームに手を通し、孝司に向かってボールを投げる。

 わざわざ球速は測らないが、145kmは出ているだろう。

 それにそれ以上に、球威がある。


 ミットを貫くような球質。

 これは孝司も経験のないタイプの球質だ。

 回転もちゃんとかかっているのだろうが、おそらくこのボールは飛ばない。

 なんとか夏までに使えるようにすれば、甲子園でも戦力になるかもしれない。




 ある程度のデータを得て、試合は終わった。

 序盤に文哲は打たれたが、その後はキャッチャーとのサインを密にして、失点をしない。

 逆に山村は後半になって、乱れたところを打たれた。

 スコアはどうでもいいと思っていたが、結局は5-5で同点になった。


 このデータを見て、秦野と国立は考える。

 指揮官が二人いるということは、つまりチームを二つ作れるということだ。

 去年も同じことはしていたが、その精度が違う。

「一二年生を主体にして、三里と練習試合を行いましょうか」

 国立としては、知った顔との対戦となる。

 そして三年生を除いた白富東なら、それぐらいの相手が丁度いいと言えた。

 秦野も頷く。


 春季県大会本戦までには、それほど時間はない。

 だが出来れば一年からもベンチ入りメンバーを出して、他の部員の刺激にもしたい。

 そのためにはやはり、試合で能力を見るべきだろう。


 ある程度目星をつけたところから、一二年生のチームを作る。

 そして三里との練習試合は、簡単に決まった。

 向こうもこちらとは対戦したかったらしい。

 三里はブロック予選を勝ち、同じく県大会本戦には出場している。


 国立の鍛えたチームだ。

 はっきり言って、弱くはない。

「手探り状態だな」

「去年まではどうだったんです?」

「去年までは……」

 割と楽だと感じたのは、ジンの影響だ。

 そしてそのジンの後の、倉田の影響だ。

 あとはチーム全体には、鬼塚の行動力が影響してもいた。


 今年からが、本当のチーム作りになる。

 秋からが新チームではあったが、指導者も増強され、また新入部員も入った。

 夏に向けての短い期間、この時間を上手く使えるかが、全てを決める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る