第55話 連戦練習試合

 ピッチャーの揃っているチームは、練習試合を組んでも同日にダブルヘッダーを組めて得である。

 白富東高校は練習試合禁止期間が終わったその週末には、西東京の早大付属へと遠征にやって来ていた。

 早大付属はこの春のセンバツには選ばれていないからこそ出来るカードである。

 そして早大付属だけではもったいないと、愛知県からは名徳も遠征に来ている。これまたセンバツには出場権を持っていない。


 白富東のこの春の戦力を知ることは、長い冬を越えた、夏に甲子園を狙うチームにとっては重要なことなのである。

 ちなみに投手が多すぎる白富東は、二軍を作って西東京の有力私立、日奥第三にも向かっている。

 二軍と言っても戦力はある程度均等になるように振り分けて、あちらには教頭と珠美を派遣してある。

 白富東が強いと言ってもここまで戦力を分けていては、さすがに両方に確実に勝つことは出来ない。

 だが、SS世代のいた頃であれば、出来たであろう。


 土日に渡って行われるこの練習試合の結果が、事実上のベンチ入りメンバーの選出試験であることは、誰もが分かっている。

 それだけにアピールすることも大切であるが、アピールの仕方を分かっているかどうかが、秦野の選出の基準になっている。

 勝つためのプレイをするのではない。勝つための作戦は、自分や珠美が分かっている。

 大切なのは、チームにおいて献身的であるか。

 そしてそれとは反するようだが、我を出していられるかどうか。


 チームのためにプレイ出来る選手を、秦野は選ぶ。

 それが理解出来ていることを、特に二年生のためには祈る。




 早大付属は去年の秋の帝都一が強すぎただけで、普通に甲子園に出場出来るだけの実力はある。

 こちらの主戦ピッチャーはトニーであり、二年生がやや多めの構成である。

 選手ではなく秦野が全体の舵を取り、まさに監督の采配で勝つことを目的としている。

 あちらは淳と孝司のバッテリーは二年生だが、基本的には一年生が多い。

 だが悟も向こうに行っているので、それなりの試合にはなるだろう。


 まずは早大付属との試合が行われる。

 一番打者には、駒井を抜擢している。

 センバツにおいて秦野は、少し変わった打線の組み方をしようとしている。

 そのためにはこの俊足の駒井が、一番打者的な働きもしてくれるかがポイントだ。


 早大付属もエースをこちらに出してきてくれた。

 去年の秋からエースナンバーを付けるこの一年右腕は、長い手を活かした変化球が持ち味であるらしい。

 ただしせっかく変化量の多い斜めに入ってくるカーブは、左打者が比較的多いこちらのチーム割には、あまり効果的ではない。

(今の戦力のベストポジションで打線を組むと、左打者が多くなりすぎるんだよな)

 白富東は大介、アレク、悟のように、その世代の最高の打者が左であることが多い。

 今の二年で一番打撃に優れているのは孝司だが、彼だけは右である。


 基本的にバッターというのは、左の方が有利なのである。

 なぜなら単純に、一塁への距離が近いからだ。

 ただし左のピッチャーを苦手とするという話もあるが、ならばなぜ右のバッターは右のピッチャーを苦手としないのかという話である。

 単純に左のピッチャーは、右のバッターに対しても効果的だ。




 試合が始まった。

 一年の上山にトニーのリードをさせているわけであるが、トニーはあまりピッチングに自己主張が激しいタイプではない。

 事前のミーティングである程度の意思疎通もしてあるので、その範囲で組み立ててくれればいい。

 トニーも一冬を越えて、球速は増している。

 その長身を活かしたピッチングで、コントロールは気にしながらも手が縮こまってはいない。


 ただこちらの攻撃も、戦力を二分してしまったことが大きい。

 秦野の采配で、この落ちた戦力をどう埋めるか。

 そして選手たちは大量得点は望めない状況を理解し、作戦に従って動けるか。


 今の二年生までは、白富東の高偏差値の試験を突破してきた者たちだ。

 頭で理解する部分については、一年生よりも優れている。

 秦野のミーティングにおける戦術の説明についても、一年生は単に頭に入れるだけだが、二年生は理解しようと頭を使っているのを感じる。


 秦野としては体育科の設置は、県内全域から選手を集める程度で良かったのだ。

 こう言ってはなんだが、淳の世代までには感じていた、全校一体となった、野球部の活躍を楽しむという感覚が薄れているような気がする。

 それは体育科が、やはり別種の人間と思われているからだろうか。

 これが当たり前という状況になれば、やはりまた変化はあるのだろう。

 しかし今は過渡期だ。どうしても何かが、これまでの蓄積を継承しきれなくなっている。


 かと言ってこれまでの状況のまま、甲子園出場を続けるのも不可能だったろう。

 今の一年生はスポ薦組の中でも、体育科の偏差値ならば受かっていた者もいるが、さすがに元のままの偏差値では合格できなかった者ばかりだ。

 しくりこない。それが秦野の偽らざる心情である。

 それでも監督に任されるのは、試合に勝つことである。

 ただこの試合は、負けてもそれほどの問題はない。

 問題点と、選手の評価をするのが、目的であるからだ。




 やはり二年生を中心としたメンバーは、戦術理解が早い。

 それに弱者ゆえに、かえって冷静に状況を把握することが出来る。

 先制点こそ許したものの、そこから見事に逆転勝ちした。

 トニーが途中で交代したものの、哲平のピッチングもなかなかのものだった。

 それに何より、上山がキャッチャーとして使える。


 夏の大会も三人目のキャッチャーとして、登録はさせていた上山である。

 県大会の序盤にしか使わなかったので、強豪との対決でどういう結果を残せるかは、正直不安であったのだ。

 上山はスペックは高いのだが、中学軟式出身ということもあって、高いレベルの中で試合をしたことが少ない。

 だがあくまでも冷静に、上級生をリードしてピンチを凌いだ。


 そしてこの日の二試合目は、二年や一年がピッチャーとして使えるかどうかを試す。

 一年の中でも、特にピッチャーとしての適性も高そうな悟と宮武、そして花沢は向こうに行っている。

 こちらは文哲と山村で、名徳と対戦するわけである。

 キャッチャーは二年の小枝に代わる。




 仕方がないとは言え、ぽろぽろと失点をする。

 リードが悪いと言うよりは、純粋にピッチャーとしての能力が、まだその程度でしかないのだ。

 それでも大量点を奪われないあたり、最低限のピッチングは出来ていると考えるべきだろう。

 それに打線がよく働き、比較的点の取り合いという展開になった。


 終盤までもつれこんで、今度はわずかな差で敗北。

 しかしこのチーム力を考えれば、それだけで済んだのはむしろ良かった。

 名徳はセンバツこそ逃したものの、愛知県では有数の強豪私立なのだ。

 本来ならば向こうの方が格上とい考えさえある。


 そして戻ってきた二軍チームも、結果は負けであった。

 淳が投げていた間は良かったのだが、やはり他の一年生のピッチャーは付け焼刃だ、

 特にひどかったのは宮武で、やはり下手に本格的すぎたのが、相手の打撃に噛み合ってしまったのだろう。

 悟と花沢は一イニングずつを投げて、それなりの数字を残している。




 二日目、今度は戦力を合流させて、また早大付属と名徳と、二試合を行う。

 なお先に名徳と行って、あちらは既に早大付属と対戦しているので、他のチームとの練習試合に移動する。

 なんとも忙しいことであるが、センバツまでには本当にもう時間がないのだ。


 名徳との試合も、早大付属との試合も、それなりにメンバーは入れ替えたものの、しっかりと勝てた。

 やはり淳は一失点ぐらいまでは許しても、大量点は与えないタイプのピッチャーだ。

 それに昨日の試合でも試した、新しい球種がそれなりに有効であったらしい。


 アンダースローからしか投げられないそれは、ライズボールである。

 よく、ストレートが浮かぶという表現はされるが、実際に浮かぶことはない。それは物理的にありえないことなのだ。

 だがそれは上から下に投げているからであって、下から上に投げれば話は変わる。

 もっともそうであっても、実際には浮くことなどありえない。

 だがボールの軌道としては、一度浮き上がってから、そこから沈むのだ。

 アンダースローのストレートの特徴であるが、よりそれを追求した球と言えばいいだろうか。


 淳はアンダースローの選手としては当たり前だが、打たせて取ることが多い。

 それだけに打たれた打球によって、ある程度守備に任せるしかないところはある。

 だがそれでも、三振もそれなりに取れるようになりたい。


 普通に投げてもシンカー的な回転がかかりやすいアンダースロー。

 それはオーバースローで全力で投げると、シュート回転がかかりやすいのに似ている。

 その中で淳は、三振か凡打を確実に求めて、ライズボールを手に入れようとした。

 結論、本物のライズボールは存在し得ない。

 だがある程度、目的に沿った変化はしてくれるようになった。


 感覚としては、スライダーに上方向の回転を与える感じであろう。

 これで球速に比して、明らかに落ちにくいボールになる。

(邪道ではあるが、それで抑えられるなら何の問題もないしな)

 秦野としてはそんな感想である。


 シニア時代はサイドスローの左腕として、既にそれなりの評価を得ていた。

 しかし本格的にプロでも通用するレベルになるため、高校入学までにアンダースローに転向した。

 単純に上から投げても、それなりに抑えることが出来たのは小学校まで。

 変化球と、コンビネーションを多様化するため、サイドスローにした。

 そこからさらにアンダースローにしたのは、左のアンダースローなどという存在は、日本のプロ野球にもいないからだ。

 ワンオフの人間として、自分の立場を守る。

 そのために、淳は下から投げるのだ。




 名徳との試合は、3-1で勝利した。

 七回までを投げた淳は、無失点である。

 同じアンダースローとしては、やはり水戸学舎の渋江を意識する。

 甲子園ではないと言っても、全国制覇をしたアンダースロー。

 意識しないわけがない。


 そしてこの遠征最後の対決となる、早大付属との対決。

 こちらは昨日もトニーが投げているため、一年生のショートリリーフで対決していく。

 やはりまだまだ、他のピッチャーも粗い。

 秦野の考えるピッチャーの多様な起用は、無理があるのかもしれない。

 四月に入ってくる新戦力を考えれば、この夏までは左右の二枚に加えて、経験を積んだ一年だけでもどうにかなりそうだ。


 スポーツ推薦の結果を思い出す。

 秦野の目から見ても、今年の一年に比べると、層は薄いと思えた。

 二人ほどは戦力になるだろうと思えたが、それだけでは足りない。

 スポーツ推薦を受けなかった選手を育成していくのか、それともスポ薦の人数合わせの分を、どうにか育てていくべきか。

 使えるエース級のピッチャーが一人いるだけで、満足すべきなのだとは分かる。

 しかし勝つために必要なのは、全国制覇のために必要なのは、それだけでは足りないのだ。


 早大付属との試合は、5-4で打ち勝った。

 甲子園レベルでも上位のチームと、これだけの試合が出来たのは幸いである。

 あとはスコアと、試合を録画した映像を見て、スタメンとベンチ入りメンバーを決めなければいけない。

 夏という最後の舞台があるが、それまでにはさらに一年生が入ってくる。

 少なくともあの右腕だけは、試合に出しながらでも育てなければいけないだろう。


 単に選手を育成し、そして試合の采配をとるだけなら、ずっと楽なのだ。

 このベンチ入りメンバーの選出というのが、一番監督の仕事の中では辛いかもしれない。

 いや、そんなことを言っていたら、必死で試合に出ることを目指す選手たちを、むしろ侮辱することになるのかもしれないが。


 それにスタメンと違い、ベンチ入りメンバーの中には、単に実力だけで選ぶわけではない選手も出てくる。

 チームの他のメンバーのメンタルをケアしてくれるようなキャラがいれば、それはそれで立派な戦力だ。


 早大付属の片森に挨拶をして、白富東の選手たちは千葉へと戻る。

 二日間の試合で、疲れて寝ている者もいる。

 練習にも参加させてもらったが、単純な練習量であれば、早大付属などの方がずっと体力的には辛かっただろう。

 センバツは暑さがないだけ、ピッチャー有利と言われる。

 少なくとも全国レベルのピッチャー二枚を抱えて、どこまで勝ち進めるか。

 スーパースターのいない白富東が、甲子園へ向かう。

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