第56話 栄光のゼッケン

 スターティングメンバーとベンチ入りメンバーを決めるにあたって、秦野は考えなければいけないことがあった。

 それはトニーをピッチャー専任として使うか、普段は外野として使うかである。

 現在はプロでも打者の指標として使われるOPS。

 あれは実のところ、高校野球ではあまり統計として、期待出来ないのではないかと秦野は思っている。

 高校野球の基本は今でも、つないで、進めて、点を取ることだ。

 バッター全員が長打を打てるチームならともかく、そうでないならランナーを進める価値は高い。

(セイバーはあくまでも評価の一つで、あれに囚われた瞬間、数字は意味がないものになるからな)

 内野ゴロを右に打てる左打者など、高校野球レベルであれば、まだまだ存在価値はあるのだ。


 トニーには長打は期待できる。

 そして送りバントもしっかりと教えた。

 だが基本的にバッティングはプルヒッターであり、ケースバッティングが出来る器用さはない。

 小さくまとまってもいけないと思って、秦野はそのようにしたのだ。

 高校野球で勝つためだけに、選手を型にはめてしまってはいけない。

 特にトニーに対しては、その感覚が強い。


 今のトニーはだいたい七番前後を打っていることが多い。

 長打力はあるのだが、打率自体が微妙であるのと、見た目からして打ちそうに見えるので、相手の敬遠を誘うのだ。

 ただボール球を振りにいってしまうのが問題だが。

 やはり打線の隙をなくすためには、打率の高い打者を持って来るべきか。

 しかしそうなると今度は、守備の面で不安が出てくるのだ。

 トニーはあれだけの巨体でありながら足も速いので、外野の守備範囲が広い。背も高いので、ホームラン級の打球をひょいと捕ってしまったこともある。

 そして外野の守備陣は、内野に比べるとあまり人がいない。


 野球というのは基本的には、外野よりも内野の方が難しい。

 フライが捕れないとかの基本的な問題はあるが、内野の方がカバーなどの連繋が多く、判断力を求められるからだ。

 もちろん外野の守備が簡単というわけではないのだが、アレクや鬼塚のように、肉体のスペックに任せて広範囲を守備し、肩も強いことがそれなりに求められる。

 それが今年は、あまり条件を満たしている者がいない。


 二年の内野守備の守備固めは、なんだかんだ言いながらよく使われる佐伯がいる。

 しかし外野のどこでも守れるというのが、一年の大石しかいないのだ。

 内野の守備位置の争奪戦は激しくなり、外野の守備力はトニーを抜くといまいちになる。

 一年生の中にもそこそこの守備をする者はいるのだが、そのあたりが駒井がレフトを奪取できた理由でもある。


 なおこの時、プロにおいては大介の所属するライガースが、センターを任せられる選手がいなくて困っていたりする。

 一応器用にそこそここなす程度なら、淳や宮武、それに佐伯も出来なくはない。

 だが淳をピッチングに専念させないという選択肢はありえないし、宮武や佐伯はいざという時には内野の守備固めにいる。

(だからといって、外野を弱いままにしておく理由はないよな)

 来年のことまで考えるなら、体育科で入ってきた選手の中に、そこそこ伸びそうな者はいる。

 だがそんな先のことまで考えていたら、足元を掬われるだろう。




 練習試合の終わった翌日は休養日となり、その次の火曜日。

 春休みが、つまりセンバツへの出発が近付くこの時期にようやく、背番号が決まる。

 それだけ去年よりも、スタメンとベンチ入りのメンバーに、秦野も迷いがあったのだろう。


 だがやはり選手たちは拍子抜けした。

 結局は秋の大会と全く変わらないメンバーで、そこから二人が引かれただけであったからだ。


1 佐藤 (二年)

2 赤尾 (二年)

3 宇垣 (一年)

4 青木 (二年)

5 久留米(二年)

6 水上 (一年)

7 駒井 (二年)

8 大石 (一年)

9 トニー(二年)

10呉  (一年)

11佐伯 (二年)

12小枝 (二年)

13上山 (一年)

14宮武 (一年)

15花沢 (一年)

16石黒 (一年)

17平野 (一年)

18山村 (一年)


 ただこの背番号を配った後に、秦野の言い出したことには少し驚いた。

「宮武は外野の守備に回るように」

「――はい」

 宮武は悟にショートを取られているが、それでも上手い内野手だ。

 それに外野を守らせるというのは、外野でなら出番が来る可能性が高いということだろう。

 

 外野。9番のライトの背番号にトニーは入っているが、実質的にこのチームの第二のピッチャーはトニーだ。

 トニーをピッチャーとして使うときに、ライトで宮武を使うということか。

 確かに宮武は、肩が強い。状況的に肩の必要な場面が出てくるライトには、必要な人間であろう。

 他にも肩の強い者はいるが、打力と総合的に考えた場合、宮武がライトに入ることがあるということか。


 今年の一年は、本当に内野陣は豊富なのだ。

 もし二年が引退しても、宇垣、悟の二人に加えて、花沢がセカンドを守るのは上手そうだし、宮武をサードに持ってこなくても、石黒を鍛えた方が上手く行く。

 これからセンバツ、そして夏が始まるというのに、先のことを考えすぎても仕方がない。

(外野っていうなら、長谷が上手いこと塁に出ることも出来るようになれば、レフトで使えるだろうしな)

 そしてこのベンチ入りメンバーの発表と共に、秦野は新たな打順についての構想を話す。

 それは上位打線、下位打線と一般に言われることとは、完全に違ったことである。

「打線を二つ、あるいは三つと見て考えるぞ」

 秦野の説明としては、得点力をアップするのが目的である。


 日本の野球というのは一般的に、一番に足の速いの、二番に器用なの、三番は打率が高く、四番は長距離砲などというイメージがあった。

 秦野もそれを完全に無視するわけではないが、得点のパターンを増やしたいのだ。

「一番から四番までで、そして五番から八番までで一つとするオーダーと、一番から三番まで、四番から六番まで、七番から九番まででそれぞれ点を取れるようにしたい」

 佐藤兄弟の上の二人がいなくなって、レジェンドレベルのピッチャーはいなくなった。

 淳もトニーも全国レベルのピッチャーではあるが、あそこまで理不尽な存在ではない。

 だから、打って勝たなければいけない。


 白富東には、バッターにおいても大介は別格にして、アレクほどの確実性がある者もいない。

 悟の伸び代次第では、ドラフト上位指名は充分にありえるとは思うが、鬼塚と倉田も抜けて、長打も打てる高打率打者は減っている。

 悟と孝司がその条件に合うのだろうが、それでも前年ほどの破壊力はない。

 打って勝つというのも、単に長打を狙うのではなく、打ってつないで勝たなければいけない。

 スモールベースボールだ。




 ベンチ入りメンバーを中心としながらも、直前まで予備の人員は必要であるため、20数人の練習を他の50人がバックアップする。

 その動きの中で、秦野はまずい気配を感じていた。

 実力とバランスを重視して選んだので仕方がないのだが、人数は少ない一年生の部員の中から、過半数が選ばれている

 スタメンこそ二年生が六人いるが、秦野の言葉の通り、外野のバックアップとして考えられているのは宮武らしい。

 ベンチ入りメンバーの中で、レギュラーでない二人は、三人目のキャッチャーである小枝と、内野のユーティリティプレイヤーで、下手をすれば外野まで守れる佐伯だけ。

 学校の方針とは言え、体育科の身体能力の高い一年が、ベンチ入りメンバーの多くを占めているのだ。


 秦野としては二年生は、体育科の創設されることを意識して、自分の限界を突破してほしかった。

 それに練習もトレーニングも、いくら元がいいからと言っても、一年長く白富東で経験を積んでいるのだ。

 それこそ久留米や駒井のように、秋から結果を出し、組まれた練習試合でもアピールしてほしかった。


 チーム内に不協和音がある。

 秋から感じられたこのしっくりいかない感じは、冬を越えても変わらない。

 それでもスタメンに二年生が多いことが、なんとかバランスを保っているのか。

 一般入試で入ってきた二年生と、体育科中心の一年生。

 ベンチ入りの一年の中で、留学生枠でも体育科でもない選手は、花沢だけである。

 逆に花沢はそこまでの学力を持ちながら、野球部にも入っているというのは不思議なのだが。




 どうせ使わないかもしれないベンチのメンバーであるならば、二年生を多くした方が良かったのか。

 だが確かに秦野は、実力は同じぐらいであるならと考えて、二年のキャッチャーに小枝を持ってきている。

 外野の守備人員にしても、わざわざ宮武を外野で使うのだから、二年生を使っても良かったのだ。

 それでも一年生を多く入れたのは、来年以降も見据えてのことだ。


 一度体育科を作ってしまった以上、野球部に入って背番号を争うのは、大半が体育科の人間になることは決まっている。

 このねじれた状態のまま、秦野は淳の代が引退するまで、このチームを引っ張っていくのだ。

 ならば一年の素質のある選手を優先して使い、来年度の戦力を高めたいというのが本音だ。


 強豪校であっても、普通なら上級生はより鍛錬を積んでいる分、実力で上回っている。

 しかし白富東の育成力は、肉体のポテンシャルには優れていた体育科の人間を、短期間に成長させてしまった。

 久留米と駒井の二人が成長しただけで、既に驚異的なことなのだ。

 この二人は一年生が迫ってくる中、自分の壁を一つ越えたと思っていい。


 それでも、このセンバツ、そして最後の夏にかけては、これまでの白富東にはなかった問題が起こってくる。 

 実力で劣る三年生を、野球が上手くて当然と思える下級生が、侮らずにいられるのか。

 以前に監督をしていた時は、素直に実力が、ほぼ学年順になっていた。

 もちろん期待の一年生などが一人か二人はいたものだが、現在のこの状況は、明らかにねじれが起こっている。

 そもそも春の新入生に、使えるキャッチャーがいたらどうなるのか。

 小枝のスペック程度ならば、一年にすぐに追い抜かれても仕方がない。

 そもそも今の時点で、上山には総合力でずっと劣るのだが。


 嫌だな、と秦野は今さらながら思った。

 やっていることは高度で、勝利への執念には充実していた白富東が、ただの強豪のようになっていく。

 秦野が言うのもなんだが、白富東らしさが失われていく。

 それでも地域の人々にとっては、強い学校であった方がいいのか。

 千葉県全域から生徒を集めるようになって、近所の子供が甲子園に行くというような感覚は失われていく。

 だが、ここから元に戻ることなど出来ない。




 もはや恒例となった壮行会が行われ、白富東は甲子園へと旅立った。

 そしてこれまた、恒例の宿舎でお世話になることとなる。

 地元の強豪校との試合、そして組み合わせ抽選。


 うへえ、と感じたのは二年生が多いのか。

 一年生は夏にベンチ入りした者でも、スタメンで活躍したのは悟ぐらいである。

 上山はブルペンでキャッチャーをすることが多く、その雰囲気をつかんでいるのかもしれない。

 甲子園はスタンドとベンチでは全く環境が違うか、ベンチの中とグラウンドでも、その空気が違う。


 白富東はよりにもよって、一日目の第二試合に出陣する。

 そして第一試合が、地元大阪の理聖舎と、福岡の岩屋という強豪同士の対決だ。

 一回戦の相手自体は、岡山奨学。強豪ではあるが、戦力としては白富東の方が上だと判定される。

 だが、この一回戦を勝てたとしたら、地元の声援を大きく受けた、理聖舎と戦うことになるのか。


 大阪光陰は地元と言っても、その選手は全国から集めてきたトッププロスペクトだ。

 完全にスカウトのみで選手を集めるので、欠けているピースを埋めるように、選手を獲得していくのだ。

 もちろん完全に思い通りにはいかず、有望な人材を逃してしまうことはある。

 ここのところ優勝できていないというのもあるが、甲子園にはほぼ毎年出場している。

 プロや大学へのステップとしては、これ以上はない環境というのも確かだ。


 だが理聖舎は同じ強豪私立であるが、基本的には地元の選手で構成される。

 野球部の寮などもなく、特別に大阪光陰に入る地元の選手や、他の全国の強豪に行かなかった選手が、大阪で甲子園に出場するならここを目指す。

 この数年大阪の高校野球は、この二校の二強と言っていいだろう。




 しかし白富東にとっては、重要なのはその二回戦の相手でもない。

 両方が勝ち上がればという但し書きはつくが、三回戦の準々決勝まで勝ち進めば、水戸学舎と当たる。


 もちろん水戸学舎も勝ち上がってくるとは限らない。

 一回戦はともかく、二回戦は和歌山の理知弁和歌山と、青森の青森明星との対戦の勝者だ。

 強力打線の理知弁和歌山と、剛腕ピッチャーを持つ青森明星との試合。

 どちらが勝ったとしても、水戸学舎のスモールベースボールを貫けるか。

 一回戦でノーマークの宮崎代表に負けたら笑うが。


 甲子園というのは、何の忖度もなくカードが組まれるので、一回戦から優勝候補同士が戦うのも珍しくはない。

 だが今年のセンバツに限っていえば、そこまで魅力的な一回戦はなさそうでもある。

 明倫館と仙台育成の一回戦あたりが、一番の見物だろうか。

 あとはそれこそ第一試合の、理聖舎と岩屋の対決か。

 しかしそれこそ開会式直後の一回戦となれば、球場の雰囲気的に、理聖舎が有利とも思える。


 もし準決勝まで勝ち進んだら、どのチームが出てくるか。

 そこまで来たらどこが来てもおかしくはないのだが、帝都一、桜島、横浜学一あたりが、近年では割と勝ち上がってきている。

 向こうの山に明倫館と大阪光陰、名徳に勝った名京大付属などの強豪も、それなりにバラけてはいる。

 21世紀枠とでも当たらない限り、センバツは楽な試合はないと言ってもいい。

 その21世紀枠のチームであっても、意外と守備が良くてあっさり勝てないこともある。


 だがそれでも、一つの目標は出来た。

 ベスト8まで勝ち上がって、水戸学舎にリベンジを果たす。

 リベンジの精神が、とりあえずチーム内のねじれた雰囲気を消してくれていた。

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