第50話 勝ちたい
土日の両方に練習試合を入れて、それでも平日には休養日を入れ、一日の練習時間も伸ばさない。
そんなことが可能かどうかではなく、やるしかないのだ。
それで足りないと思うなら、自主錬をすればいい。
事実そうやって、久留米は孝司の信頼を得ていった。
孝司は自分のことを、打てるキャッチャーだと思っている。
勝負強さもあるし、長打力もある。走れるキャッチャーだ。
だがそれに加えて四番でキャプテンとなると、処理能力が追いつかない。
(久留米がもう少し早く頭角を現していたら、キャプテンを任せたかもしれないな)
もっとも久留米としては、とにかく目の前の結果に向かっていっただけであろうが。
(つか、こいつも一般入学組のはずだよなあ?)
入試で全ての学習意欲を使ったため、今の野球部の二年は、比較的成績の悪い者が多い。それもベンチ入りメンバーに。
関東大会が終わった以上、東京の帝都一と茨城の水戸学舎以外は、練習試合を活発に行う。
その中でも白富東は、連戦連勝であった。
やっぱり自分たちは強いのか? と首を傾げている間に神宮大会が終わり、水戸学舎が優勝した。
ちなみに今年は近畿では大阪光陰も負けているため、帝都一が優勝候補であったのだ。
それに勝って優勝したということで、水戸学舎の名前は一気に全国に広がった。
この一気に名前が広がった流れは、瑞雲や明倫館と全く同じパターンだ。
もっともあちらは、神宮で優勝まではしなかったが。
強いだろうとは思っていたが、予想以上であった。
しかし秦野は悲観しない。
水戸学舎のこの秋の戦績と、夏までの戦績を見て、おおよそ強さの秘密は分かった。
シニアとの連繋の前に、一人かなりの評価の高いエースがいた。
結局このエースは甲子園には行けなかったが、おかげで今のメンバーは全国レベルの速球投手を経験していたわけだ。
そして改めて練習光景なども偵察させたのだが、徹底したスモールベースボールである。
だからと言ってゴロを転がせという画一的なものでもなく、必要な時に外野フライを打てる練習もしている。
スモールベースボールと言うと勘違いする人間が多い。
送りバントの多用、長打よりも進塁打、ヒットエンドランなど、スピードとパワーの差を、細かい作戦で覆すのだと。
しかし実際は作戦の幅は広いのだ。
送りバントを馬鹿にするスラッガーは、ここぞという時に確実に、スクイズのバントを決められるのか?
(大田世代の白富東だな)
ジンのやっていたことは、スモールベースボールを基としながらも、長打の打てるスラッガーや、絶対的なエースを活かすものであった。
あの世代の白富東の特徴は、これまたシニア時代からのメンバーで守備を固めていたということだ。
だから、何かの拍子で負けてしまうということがなかったのだ。
見極めが必要だ。
チーム力を高めて、相手の土俵に立って、それで上回るか。
個人の力を高めて、力技で全てを粉砕するか。
ただ毎年チーム力に優れたチームを作る、帝都一まで負けているのが、絶対に侮れない理由になる。
松平は百戦錬磨なだけに、ああいったチームとも戦ってきた経験があるはずなのだ。
神宮も終わって、残りの練習試合も少ない。
そこで得たデータの蓄積を、どれだけ分析して練習に活かせるか。
センバツでは負けない。そのために、監督として秦野はいるのだ。
バッテリーとして、あの試合をどう考えるべきか。
淳と孝司は何度も話し合う。
そして出る結論は、想定の範囲内ということになる。
まともに打たれたヒットの数。与えた四死球。そして犠打。
数字だけを並べるならば、負けていたはずではない。
はっきり言えば運ということもあり、さらには打線の援護が少なすぎたとも言える。
ゴロを打つというのは、フライボール革命の観点から言えば古い戦術なのだが、高校野球レベルでは、全国レベルの強豪でも、守備の穴はまだ大きい。
相手はゴロを打たせて着実に守備で殺し、あちらはゴロを打って内野安打でも出てしまう。
行為が同じなのに結果が違う。
守備力に関してはそうそう悪いはずはないのだ。
センターラインを固めて、エラーも少ない。
危険な部分でエラーが出て点が入るかどうかなど、さすがに分からないだろうし。
これこそあれである。
「突出した力の不足か」
孝司が口にしたのは、散々にセイバーが言っていたことでもある。
ランナーを出したときに、犠打すら不可能な三振を取ること。
攻撃時において、たった一人で得点するホームランを打つこと。
さすがにこの辺りは、どうしようもないことだ。
だがこれが手に入っていれば、試合においては勝てただろう。
殻を破る必要がある。
しかしそのための方法をどうすればいいのか。
あるいは現在のチーム力のまま、どうにか作戦で勝つようにするのか。
バッテリーの意識を、守備にも伝える。
どうすれば水戸学舎のような相手に、確実に勝てるか。
野球に必勝などないと言ってしまえばそれで終わりだが、かといってもう一度このままの状態で、あのチームと戦って勝てるのか。
勝てるような気もする、となってしまうのが問題である。
現状をどう変えれば、実力を上げられるかの基準が分からない。
対外試合禁止期間に入る。
センバツに選ばれることは、間違いない。
ごくまでにベスト4まで勝ち残っても、なんらかの理由でセンバツに出られないというチームは存在した。
しかし神宮大会で水戸学舎が優勝したことにより、関東の枠が一つ増えている。
優勝した水戸学舎と大接戦を行った白富東を、センバツに選ばずにいられる理由がない。
ここからチームは、主に選手の個人的な基礎能力を上げることに、練習の比重を変えていく。
冬の間にやらなければいけないのは、ひたすら基礎的な技術を磨き、フィジカルの強さを増していくこと。
単純に言ってしまえば、水戸学舎との戦いで犠牲フライに終わった打球が、スタンドに入るぐらいにまでパワーを上げることだ。
そして作戦においては、チャンスの作り方と、そのチャンスの活かし方も重要になる。
野球部がそうやって春には雪辱を果たすことを意識しているのに対し、周囲はまた色々と動いていく。
アレクと鬼塚がドラフトで指名されたことにより、マスコミの取材などが入ったりもするのだ。
しかし秦野は完全にこれらを閉め出した。
そもそもグラウンドや校内の施設以外での、野球部員に対するインタビューなどは、高野連の規則に従うなら、禁止されていると言っても間違いではない。
二人がプロの道に進むのはめでたいことではあるが、白富東は今年の秋、新チームで負けているのだ。
負けたチームが全国制覇を果たしたとはいえ、そこで気を緩める理由にはならない。
ただアレクと鬼塚が指名され、グラウンドの中で一緒に体を動かすというのは、部員たちにはいい刺激になった。
年明けには球団寮に入寮する二人であるが、それまでに細かいことで球団を訪れることもある。
そしてそんな中で得た小さな気付きを、チームに伝えてくれるのだ。
「つーか中学時代の知り合いからの連絡が多くなったな」
鬼塚が甲子園に行った時もそうだったが、プロ入りが確定してからはより多くなった。
グラウンドの中で一番激しく体を動かしているのは、間違いなく鬼塚だろう。
プロに行くとなってからは、負荷のぎりぎりを見極めつつ、肉体の基礎能力を高めることに余念がない。
アレクに比べると自分は、ほとんどの部分で選手として劣っている。
優れているところは、内野の守備も出来ることと、無理めの球には手を出さず、着実に出塁出来ることだろうか。
あとはバントだ。
アレクの場合バントは、だいたいプッシュバントが多い。
足を活かして出塁するのでも、前進してきた内野の横を通してしまうのだ。
鬼塚はその点、スクイズなどもアレクよりはかなり上手い。
二番打者をしてきたことにより、戦術に幅がある。
今の千葉は完全にチームの再建期であり、誰がどうチームを作っていくかが判明していない。
おそらく監督の交代もあるだろう。その中で自分のポジションをどう奪取するか。
生きていくために野球をするという姿を見せられたことは、白富東の後輩にとっても大きな体験である。
二年生は去年の大介と岩崎を見ているが、プロを目指す者にとっては、より未来が明確に見えてくる。
秦野はこの期間は、不動の内野陣についても、ちょこちょこと動かしてみた。
大きなところは佐伯と宮武、花沢を入れて、二遊間を変更した守備を行ったりしたのだ。
試合においては花沢は、内野としても肩が弱いので、一塁か二塁でしか使うことはない。
ただ違うポジションをやらせることによって、よりポジションを深く理解し、全体で守るという意識を持たせる。
水戸学舎との試合では、ゲッツーを三回取られた。
ランナーが一塁の時は、最低でも右に進塁打を打とうと考える白富東がである。
選手の可能性を限定しないためには、強気で攻めていくことは確かに間違っていない。
しかし逆に、小技でこちらの選択肢を増やすことも必要なのだ。
あの試合で、ランナー一塁を二塁に進めることが出来たらどうなっていたか。
点数に結びつかなくても、相手に与えるプレッシャーは大きくなっていただろう。
そんなプレッシャーをかけつづけることによって、こちらはチャンスを作りやすくする。
選択肢が多い場面の方が、相手もミスをしやすい。
もっとも水戸学舎の選手は、そういったミスをしないほどに、守備は鍛えられていたと思うが。
冬の日の入りが、どんどんと早くなる。
室内練習場はあるが、基本的にはグラウンドが使えないと、この大所帯では場所がなくなる。
ブルペンにおいては人数の多いピッチャーが、投球練習を行う。
淳が学んだのは、一つの球種について、幅広く使うこと。
これは水戸学舎の渋江と、バッターとして対決した時にも思ったことだ。
淳は確かにたくさんの変化球を使える。ただしそれを活かしきれていない。
直史はカーブ一つでも、たくさんの選択肢を持っていた。
淳のボールと言うか、ピッチングの技術に関しては、今の時点でも極めてレベルが高い。
アンダースローである以上、球速についてはそこまで上がらないが、ボールの軌道は上や横から投げるものとは全く違うものになる。
ファームを、より深く沈める。
そしてアンダースローであるにも関わらず強く投げることを意識して、ボールの軌道で翻弄する。
水戸学舎の試合にしても、淳が連打を浴びたというものではなく、上手くランナーを進められたのが、失点の原因となった。
淳が大量失点した試合など、甲子園でなぜかぽんぽんと打たれた蝦夷農産の試合を除けば、強豪との練習試合でもない。
だが秦野は、淳が基本的に、打たせるタイプのピッチャーだとは分かっている。
サインプレイを行ってくる強豪であるならば、一試合に何度かあるチャンスの中で、一点ぐらいは取ってくるのが普通だ。
ただこの防御率を、これ以上下げるというのが現実的ではない。
やはりバッティングと、出塁、そして走塁だ。
今年の打順には、走れない選手がいない。
筋肉ゴリラっぽい宇垣や久留米でも、瞬発的な走塁は速いのだ。
スイングスピードを上げてボールを飛ばす力をつけるのは当たり前だが、小技を無視してはいけない。
神宮に行けなかったというのは、秦野としては仕方がないことという気持ちであるのだが、これまでに二年連続で神宮の決勝まで進んだというのが、選手たちの頭の中にはある。
そして、勝利に対して貪欲になった。
高校野球で一番勝ちたいと思っているのは、選手ではなく監督であると言われることもあるが、今のチームにおいては、とにかく負けたことに対する屈辱感が強烈だ。
親の仇のように、フリーバッティングではボールを遠くに飛ばしている。
おそらくであるが、勝ちたいという気持ちは、去年のメンバーよりも大きいのではないか。
ただ勝ちたいと思うだけで勝てるものではないが、とにかく負けるのが嫌だと、練習試合でも点を取りやすい戦術を着実に試していった、
実際の試合では、打たせていくことが多くなるのかもしれないが、いざという時に犠打で点を取れるのは、重要なことである。
戦術には、選択肢の幅が広ければ広いほどいい。
敗北したことが、チームにおいては良い方向に働いている。
この敗北した後の冬を、有効に使うことが出来ている。
それとグラウンドの外では、野球部を強化することに成功している。
高峰が異動するのが決定したが、代わりにどうやら国立が三里からやってくるらしい。
それを聞いた時の、卒業する三年生たちの悔しそうな顔は見物であった。
大介のような怪物や、アレクのような悪食を別とすれば、国立のバッティングスタイルというは、理想的なお手本だ。
ドラフト上位指名間違いなしと言われていた、首位打者も獲得したバッティング。
それはパワーに頼っただけではなく、かといってセンスがなければ身に着かないというものでもない、まさにお手本。
はっきり言って秦野でも、バッティングに関して微妙なところは、自分よりも国立の方が教えるのは上手いだろうと思っている。
冬が深まる。
この静かな季節をどう過ごすかで、春の成果が変わるだろう。
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