第49話 夕暮れ
試合終了。スコアは2-1で、白富東は敗北した。
SS世代が二年の春からずっと制覇してきたことを考えると、その関東大会優勝の覇権は五連覇で止まった。
そもそも神奈川と埼玉のある関東で、五連覇というのも異常であるのだが。
翌日の決勝で勝利し優勝したのは、白富東を破った水戸学舎。
なおこの水戸学舎は神宮大会でも快進撃を続け、なんと決勝で帝都一を破って優勝することになる。
しかしそれは、また後の話である。
八回の裏に、セーフティバントと送りバントのフィルダーチョイスで、水戸学舎は待望の追加点のチャンス。
そこから送りバントとタッチアップで、二点目を取った。
九回の表には白富東もランナーを出して最後まで粘るのだが、二点取られるまでにスリーアウトを取るという判断が守られ、結局こちらもタッチアップの一点に終わる。
つまりこの試合の得点は、全てタッチアップで得たものとなる。
大変に珍しいというか、地味で堅実な試合であったと言うか。
帰りのバスの中では、選手たちの表情は、暗いと言うよりは悔しそうであった。
アンダースローでシンカー。淳も得意としている球種だ。
だから打てると思ってしまったのか。
それに中盤までは強引にいってしまい、チャンスを潰すことが多かった。
「去年もそうだったな」
秦野が口を開く。
「神宮では負けて、センバツでは勝った」
確かに、その通りではあった。
「もう一度やれば勝てる相手と、この舞台で戦えたのはラッキーだったな」
確かに、この悔しさというのは、もう一度やればという気持ちが強い。
センバツ条件のベスト4は進出したのだ。もう一校の代表である勇名館がベスト8で負けている以上、センバツ出場はほぼ決まったも同然だ。
リベンジのチャンスがある。
これが最後の夏であれば、悔しいという気持ち以上のものになったであろう。
「監督! 帰ったらアンダースロー打ちの練習をしましょう!」
孝司が珍しくも熱くなってそう言うが、秦野はひらひらと手を振るだけである。
「先にミーティングだな」
その通りである。
生徒たちはともかく、教職員は改めて感じた。
SS世代は化け物だったのだ、と。
二年の夏の甲子園決勝で、伝説的な敗北の後、一軍は練習試合も含めて、無敗で引退した。
そしてその中心選手だった二人は、大学とプロでそれぞれ無双している。
あんな二人が中学時代は無名で、そして本当にただの偶然で進学校に入ったというのは、やはり何か運命的なものを感じる。
そして、現実に帰った。
野球部員は肩身が狭い。
充分すぎるほどに立派な成績ではあるのだが、去年は神宮大会の決勝まで行ったので、それと比べると秋が早く終わってしまった。
もっともそれを言うなら、去年は去年で、全国大会制覇の記録を途切れさせてしまったのだが。
「どういうチームに負けたんだ?」
進学組の武史と倉田はともかく、鬼塚とアレクは頻繁に野球部に来ているので、負けた相手は気になった。
残っている映像を見つつ、ミーティングにも参加する。
「三里の星さんに似てるけど、あれよりもずっと完成度は高いな」
鬼塚の感想としては、やはり星が出てくる。
アレクも珍しく難しそうな顔をしているが、着目点は違った。
「この人たち、ものすごく守備が上手いし、早い」
早い? と視線が集まる。
「意思伝達の速度が早いから、守備の時間が短い。バッテリーのサイン交換とか」
それも、確かにそうであった。
グラウンドピッチャーの特徴としてか、タイミングを外すことも重視し、とにかくピッチャーのモーションも早かった。
監督からの伝令も短く、そもそもほとんどベンチから指示が出ていなかったようにも感じる。
「ようするに完成度の差で負けたんだな」
秦野としてはそう言うしかない。
シニアと高校が連携したチーム作りで成功しているのは、明倫館と瑞雲である。
特に明倫館の方は、毎年ベスト8に残るぐらいに、今の山口県では一強となっている。
瑞雲の方も、長年ほぼ一強と言われていた永徳義塾と双璧の、高知県二強と言われている。
まあこれ以外にも普通に、シニアと高校が連携して強くなっている例は多いのだ。
だから淳の進学時に、あれだけ揉めたわけである。
この選手の獲得の仕方は、MLBよりもむしろNBAの方が分かりやすいかもしれない。
いや、もちろん野球においても分かりやすく説明は出来るのだが。
白富東は今の段階でも、弱いところなど存在しない。
ピッチャーは左右に強力なエースがいて、短いイニングなら任せられるピッチャーも枚数が揃っている。
守備に関しては、センターラインが強い。強いて言うなら外野はやや弱いか。
打撃に関してもピッチャーを誰にするかによるが、それを踏まえても隙のない打線が組める。
選手層は厚い。これ以上の選手を集めるのは、それこそ全国から集める必要があるだろう。
だが勝てないというのは、絶対的な才能が足りないからだ。
現在の選手の中で、全国でも本当にトップレベルと言えるのは、悟の打撃がまず第一だろうか。
そして次が、どんな相手でもほとんどロースコアにしてしまう淳のアンダースロー。
だがどちらも、去年に比べると絶対的な投打の要とはなりえない。
全体のレベルアップを行うか、あるいは来年の春にとんでもない選手を持ってこれるか。
少なくとも千葉の現在の中学三年生に、ドラフト一位でかかるような選手はいないはずだ。
つまり全体のレベルを上げて、チーム力を強化するしかない。
もっとも、またあの金髪の小悪魔が、何か核弾頭を送ってくる可能性はあるが。
チームとしての完成度を高めるには、守備連繋、判断の統一、作戦理解力の向上など、様々なことを行う必要がある。
そして幸いと言ってはなんだが、神宮前に負けたことにより、他のチームとの練習試合が組みやすくなった。
巴戦を行うために県外の私立に向かったり、県内では他の強豪を迎えたり、そしてベンチ入り当落線上の選手は、県内の他校への試合に送り込む。
相手のレベルが違うので一概には言えないが、秦野の一番欲しかった要素が見えてくる。
去年の同じ時期には、明らかにあった問題点。
控えの層が厚くなっている。
特に体育科の一年生は、二年生を脅かすほどだ。
今年の二年生までは、体育科がなかったのだから、突出したメンバー数名はともかく、それ以外のレベルの平均が低いのは間違いない。
ただそういった二年生は、白富東で成長してきたため、技術的には一年生よりも高く、戦術理解度も優れている。
センバツのベンチ入りメンバーは、一年生の方が多くなるかもしれない。
ただその中でも、秦野の想像を超えて成長してくる者もいる。
二年の久留米だ。
あの敗戦の原因の一つは、明らかに打撃陣にある。
その中でもクリーンナップで、唯一ヒットを打てなかったのが久留米だ。
練習量も、ノックを受けるのも積極的になってきたし、何よりバッティングに当てる時間が長くなってきた。
自主練でなんとか変化球を上手く打つ方法なども尋ねてくる。
パワーがあるのは分かっていた。
しかしここで、単純なパワーではなく、技術に目を向けはじめている。
二年生で目立つのは、一年のころから試合に出ていた四人以外には、佐伯ぐらいであった。
だが、迫る冬を過ぎれば、もう最後の夏まで時間がない。
強豪校相手の練習試合で、初めて四番を打たせる。
フォームを崩されながらも、内野の頭を越える打球を打って、打点をつけていく。
(下克上だな)
そう思うのと同時に、久留米に四番をと言っていた、孝司の目にも感嘆する。
ただあの時点では、まだ四番を任せるほどではなかったのも確かだ。
この秋の大量の練習試合。
そして冬を迎えて、センバツ。
高校生の成長が、これほど楽しみなことは初めてかもしれない。
それはさておき、ドラフト会議である。
今年もプロ志望届を出している生徒が、白富東には二人いる。
アレクと鬼塚、特にアレクには複数球団の一位指名の可能性も噂されている。
確かに今年の高卒の野手としては、アレクは一番の目玉かもしれない。
バッティングに関しては大阪光陰の後藤も優れた成績を残していたが、ランナーとして出た場合に、厄介さが断然違う。
それにアレクは守備に関しては、外野の広範囲を守れる。
総合的に見れば、後藤よりもいいプレイヤーと言えるだろう。
ただ欠点と言うほどではないが、将来的なMLB移籍をずっと前から口にしているので、フランチャイズプレイヤーを育てたいような球団には、後藤の方がいいのかもしれない。
これもまた学校内のイベントとなったわけだが、アレクは神奈川と埼玉に一位指名された。
在京球団とはっきり口にしてはいたが、本人としては地元の千葉や、東京でも良かったのだ。
だが千葉は帝都一の水野を指名し、東京の二球団は大卒選手を指名した。
まあ千葉はアレクとポジションや役割が重なる、織田がいたことも原因かもしれない。
そしてクジの結果、アレクは埼玉と決まった。
投手力には定評のあるジャガースであったが、今度は打線を強化しようという意図があったのか。
また埼玉は過去に、ポスティングでMLBに何人かの選手を送り出しているのも、決め手となったのかもしれない。
そんな千葉は、三位で鬼塚を指名した。
千葉は二年連続でシーズンを最下位で終えていたため、投手を優先的に取っていった後の三位であった。
鬼塚は元々、三位までに指名してくれるなら、社会人ではなくプロに行くと決めていたので、ここで企業には丁重にお断りの連絡を入れる必要がある。
こういうことをすると、そのうち社会人からの声がかからなくなることもあるのだが、そもそも白富東は、これまで社会人野球には一人も送り出していない。
体育科の出来た今後はどうか分からないが、とりあえず学校側は問題視していないし、そもそも秦野もプロ待ち三位以内という条件を示してあるので、これは仕方のないことなのだ。
白富東に甲子園で負けた大阪光陰からは、四人のプロが出た。
まあ白富東は、武史が志望届を出していれば、複数球団の手が上がったことは間違いないであろうが。
ただ今年のドラフトの傾向は、打てる野手を重視したイメージがある。
「それにしても真田がライガースって、来年の大阪はやべーな」
「俺らから見たら真田を獲った方が絶対にいいのに、なんでセのチームは獲らなかったんだろな」
「つーか今年、大卒社会人まで合わせても、外れ一位以外は真田と水野しかピッチャー指名されてないじゃん」
「去年までの二年連続で、高卒ピッチャーの即戦力多かったからだろうな」
確かに球速などを見れば、三球団競合となった真田でも、MAXは150kmと、去年までの二年間に比べると、明らかに球速のMAX値が落ちている。
大卒の方にも150kmを投げるピッチャーはいたし、津軽極星の南部も150kmを甲子園で投げていたのだが、やはり160kmピッチャーがプロを志望しなかったことが大きかったのか。
武史はプロ待ちをせずに、大学に確実に入学するという条件で、かなりの便宜を図ってもらっていた。
そのあたりは去年の直史と一緒である。
来年の早稲谷は、相当に強くなる。
ただあのクセのある兄弟を、上手く扱える人間がいるのかは疑問だが。
部室と言うよりはクラブハウスといった方が正しい規模になった建物で、アレクと鬼塚の記者会見は行われた。
アレクはこんな時もふわふわしていて、これからプロの世界に入っていくのだという緊張感を感じさせない。
「それにしても、競合があった三人のうち、二人がパか。やっぱりパってクジ運強くないか?」
「いや、上杉さんと大介さんを獲られてるわけだから、その時点でクジ運悪いだろ」
それは確かにそうである。
ともあれ、鬼塚は千葉に残ることになった。
もっともマリンズの二軍寮は、実は埼玉にあるし、二軍グラウンドも埼玉なのであるが。
アレクはなんとなく一年目から活躍しそうであるが、鬼塚はまあ一年目はファームか、と思う後輩たち。
だが千葉の思惑は、ちょっとそういった視点からのものではないのである。
部室内にて、鬼塚は秦野と二人、頭を下げていた。
「色々と、ありがとうございました」
鬼塚は二年の春から、ずっと白富東の四番であった。
練習試合などで多少は変わることもあったが、基本的には四番として働いてきた。
自身の実力と言うよりも、白富東の四番であったというイメージが、世間では強烈であったろう。
もちろん打撃の成績も、立派なものを残しているのだが。
それでもアレクに比べると、バッターとしての成績は劣る。
「別に礼を言われるようなことはしてないけどな。チームが勝つためにお前を鍛えて、チームが勝つためにお前を使ったわけだし」
成長したのは最初に道標を示したセイバーと、そのまま愚直に突き進んだ鬼塚自身の力である。
ただ、ここで秦野は伝えるべき言葉を持っている。
「鬼塚、お前の選手としての最大の武器は、バッティングでも守備でも走塁でもない」
もちろんそれらも、プロで通用するレベルではあるのだが。
「メンタルだ。結局三年間を金髪で通し続け、最後には甲子園の観客からの声援さえ受けた、そのメンタルだ」
そう、アレクはプレッシャーを感じない人間性を持っているが、鬼塚はプレッシャーに負けないメンタルを持っている。
「変えてみたいと思ったことは、素直に変えていい。だが自分で納得出来ないことは、絶対に変えるな。ブレるな」
これが、指導者として最後に言ってやれることばだろうか。
鬼塚はなんだかんだいって義理堅いのだ。
それに、やるべきことにたいしては真摯でもある。
無言のまま、もう一度深く頭を下げる鬼塚であった。
×××
本日2.5に群雄伝12 大介対策が投下されています。
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