第47話 フォアザチーム

 関東大会準決勝、対戦相手は茨城県代表の水戸学舎。

 チーム打率、長打率、防御率、これらは白富東が明らかに上回っている。

 ただ不気味なのは、まずエラーが0であること。

 強いチームを作ろうとしている監督の下では、エラーが減る。

 白富東の場合は一試合に一個未満であるが、それなりにエラーが出ている。

(あとは盗塁に、エンドラン、送りバントにスクイズか……)

 これらのスモールベースボールの戦術を、確実にやってくるところが強いのだ。


 実際のところは秦野も、守備が良くて戦術理解度の高いチームが好きである。

 ただ今年の夏までは、下手に作戦を立てるよりも、選手の運用にだけ気を遣っていれば勝てたのだ。

 だがおそらく、今年からは無理である。

 それでもまだ全国トップクラスの投手力を持っているが、本当に全国区の強豪がスカウトするような、超一流のピッチャーはいない。

 バッティングは比較的、全国区の超強豪と比べても同じぐらいであろうか。とにかく悟の覚醒があって良かった。


 ただ今日の水戸学舎は、そういった単純な力で勝てる相手ではないと思うのだ。

 白富東の定跡どおりに先攻を取れたが、この試合に限っては後攻を取るべきだったかもしれないとも思っている。


 白富東の今日のスタメンである。


1 (一) 宇垣 (一年)

2 (二) 青木 (二年)

3 (遊) 水上 (一年)

4 (捕) 赤尾 (二年)

5 (三) 久留米(二年)

6 (左) 駒井 (二年)

7 (中) 大石 (一年)

8 (右) トニー(二年)

9 (投) 佐藤 (二年)


 先発を誰にするかは、正直迷ったのである。

 防御率が一番いいのは淳であるが、相手の打線も自軍のエースがアンダースローであるので、攻略の仕方などは分かっているかもしれない。

 なので試合の展開次第では、トニーに交代することも考えている。

 そこも考えてトニーは八番だ。淳はバッティングもいいので、そのままライトに入ることも考える。


 ピッチャーを大量に作って継投させていく作戦は、まだここで試すのは時期尚早であろう。

 ただ今日の試合の消耗度合い次第では、明日は何人か出番が回ってくるかもしれない。




 白富東は極端に左打者が多い。

 孝司、久留米、トニー以外の六人が左打者だ。

 左相手には左という常識で当たるなら、水戸学舎は左の梅津を先発に使ってきただろう。

 だがそれでも渋江を先発にしてきたのは、それなりの理由があった。


 渋江の決め球であるシンカーだ。

 ミートも上手い宇垣と哲平が、続いて三振と内野ゴロに倒れる。

 そして悟も浅いレフトフライに倒れた。


 シンカーなら淳も投げられるし、淳のシンカーの方が変化は大きいだろう。

 しかしそんな淳に対して、水戸学舎も左打者が七人いるのである。

 左対左の常識を考えて、秦野も淳を先発に持ってきた。

 だがそんな常識を無視してきて、先頭打者の和田が積極的に、低めのストレートを初球から打ってきた。


 この和田の特徴としては、俊足であることが大きい。

 他の打者までみんな、走塁の上手い選手を揃えているのだが、早くて速いのはこの和田が一番だ。

 転がした打球を、サードの久留米がキャッチするが、球の勢いがなかったこともあり、一塁でセーフの内野安打。

 いきなり水戸学舎はチャンスである。




 盗塁を常に意識し、一つでも前の塁を目指す。

 攻撃時におけるスモールベースボールの基本である。

 左の淳からは、盗塁はかなりしづらい。

 そう思っていたのに、一球目から走ってきた。


 球速のない、変化の大きなカーブを投げたとはいえ、あっさりと盗塁を許してしまった。

 盗塁阻止率が極めて高い孝司に対して、随分と思い切ったものである。

 そして次には送りバント。

 ワンナウト三塁という、理想的な場面で、それなりに長打力のある三番である。


 一回の表で先制できず、一回の裏に先制点を奪われる。

 白富東にとっては珍しい展開になるのか。

 ランナーの足を考えれば、内野ゴロでも一点である。

 ここで孝司は秦野と確認し、内野を前進はさせない。

 ゴロを打たれて一点ならば、確実にワンナウトをもらう。

 初回の先制点は精神的な打撃は大きいだろうが、まだ序盤も序盤であるのだ。


 淳からクリーンヒットが打てるなら、水戸学舎は打線もかなりいいことになる。

 だが、打ち上げた。

 ほぼ定位置のレフトフライだが、あのランナーの足なら帰ってこれるか。

「GO!」

 合図ととも三塁ランナーがタッチアップし、水戸学舎が先制点を取った。




 水戸学舎の渋江は、おそらくこれまでに当たった投手の中で、一番の意識的に作られた軟投派だ。

 ピッチングのキモはシンカーで、あの落ちる球が低めのゾーンに入ってくる。

 左打者にとっては逃げていくようで、右打者にとっては食い込んでくる。

 それでも白富東の打線であれば、攻略出来ないはずはないと思っていた秦野であるのだが。


「セカン!」

 ランナーが出たところで、ゲッツーを奪われる。

 二回の表も三回の表も、ランナーが出たのに三人で終わってしまった。

 シンカーというボールのゴロを打たせやすいという特徴と、堅実な守備が見事なまで機能している。

 投手の特性を活かしたチームの守備だ。


 ただ秦野は、堅実なのはチーム作りだけではなく、情報収集もだと察している。

 一回の裏に、淳から初球でスチールを決めてきた。

 あれは確実に、淳のモーションを盗んでいたのだろう。

 淳はトニーと比べても、盗塁のしづらいピッチャーだ。

 サウスポーからあっさりと盗まれたのが、おそらくその後の送りバントを簡単に成功させたのにも、外野フライを打たせてしまったのにも響いている。


 幸いと言うべきか、淳は初回の失点を引きずらず、そのあとは無安打ピッチングで抑えている。

 しかしこちらの方に、得点のチャンスが来ない。

 来たと思ったらゴロを打たされて、ゲッツーを取られている。


 パーフェクトをされているわけでもないのに、四回の表は一番の宇垣からの打線。

 秦野にとっては、これはいやなパターンなのだ。

 攻撃がいなされ、相手も試合展開を早めている。

 このままずるずると行くとまずい。


 引っ掛けた宇垣が、ベンチに戻ってくる。

「シンカーを狙いすぎちまった」

 その言葉に、秦野は内心で手を叩く。

「シンカーに意識が向きすぎているな」

 そもそもあのシンカーは、振らなければおそらくボールになる。

 ゾーンを通っているということならストライクだろうが、キャッチングの位置が低すぎるのだ。

 それにバットに当たることは当たるので、たまに見逃すとストライクと取られる。


 映像を見ていただけでは気付かない、試合全体の中での一つの球種の利用法。

 水戸学舎は、水戸学舎としてのプレイで勝つ方法を知っている。

 チーム力が足し算ではなく、掛け算になっているチームとでも言おうか。

 秦野はネクストバッターサークルの悟にも伝えた。

 そして哲平が、捉え損ねたシンカーが、サードライナーに終わる。




 淳もシンカーを使えるが、あくまでも、組み立ての中の一つの球種でしかない。

 しかし一つの球種を武器として磨いたなら、それを中心とした配球になる。

 二打席目の悟は、シンカーも一つの変化球として普通に強く打つか、それとも見逃していくかを迫られる。


 まだ回が浅いので、ここからシンカーを見逃していって、使えない球にしてしまってもいい。

 だが、悟なら打てる。

 左打者にとっては逃げていくシンカーだが、体が突っ込むこともなく、アウトローを叩く。

 打球はやはり流し打ちの形になり、三塁線を越えていった。


 走って二塁までは達したが、外野のカバーは早かった。

 三塁を狙う余裕は全くなく、ここでストップ。

 今日初めて、ランナーが二塁にまで進んだ。




 ツーアウトで二塁となれば、孝司としては狙うしかない。

 ただ悟の足でも、向こうの守備陣は中継も速いため、単打で一点というのは厳しいか。

 ツーアウトなので自動的にランナースタートは出来るが、それを含めてもどう考えるか。


 相手の守備シフトを考えるに、引っ張らせることを目的としているのか、やや左寄り。

 確かにあのシンカーを考えると、引っ張ってしまう可能性の方が高いのだが。

 外野の手前に、上手く落とすか。あるいは右方向に、抜けていく球を打てるか。

 空振りはしないだろうが、強い球を打つのが難しい。

 秦野は当てにいくのではなく、しっかりと振り切れと言ったが、かなり上手くミートしないと飛ばないのだ。


 初球からシンカー。

 こんなに一つの球種を多くして、肘などへの影響はないのかとも思うが、同じくシンカーを使う淳曰く、むしろ負担は少ないだろうとのこと。

 スピードがでろんと落ちるような変化をして、右打者にとっては膝元に変化してくる。


 見逃してから、二球目を待つ。

 今度もシンカーが来れば、それを狙い打つ。

 だが二球目はストレート。球速はないが、アンダースローのストレートは独特の軌道を持つ。

 初球のシンカーがボール宣告されたので、これでワンワン。


 三球目は逃げていくスライダーで、これもゾーンを通る。

 シンカー待ちをしていた孝司は見送ったが、まさかシンカー狙いを読まれているのか。


 だが四球目にシンカーがきた。

 狙って、打つ。しかしこのシンカーは、大きく外れる。

 上手くカットが出来ないか。

「くっ」

 窮屈なスイングで、打球はライト前に飛ぶ。

 手前で落ちる。これは悟なら帰ってこれるのではないか。


 捕球したライトはバックホーム。何気に強肩だ。

 キャッチャーは悟に追いタッチをして、完全にアウトになった。




 うなりたくなる秦野である。

 今のはタイミング的に確かにアウトになっただろうから、三塁コーチャーは止めるべきであった。

 しかし次の久留米が全くタイミングが合っていなかったので、ここで一点という気持ちも分かるのだ。


 相手のバッテリーが、こちらのバッターにどう対処するか。

 そして守備の配置や、打球の当たりなど、どうにも噛み合っていない。

 幸いと言うべきかは、あちらの打線も初回以外は、淳のボールを打てていないことだ。

 ただ、今年の白富東のストロングポイントであるはずの得点力が、全く発揮されていないことが痛い。

 ランナーが出ても、ようやく長打で二塁というのだから、話にならない。


 試合が進むにつれ、初回の一点が重くなる。

 淳は四回の裏もあっさりと三者凡退にしとめて戻ってきた。

 だがここで五番の久留米が、完全に相性が悪いのだ。


 内野ゴロで凡退。

 六番の駒井も、粘ったが内野ゴロで凡退。

 分かってはいたが、渋江は典型的な、グラウンドピッチャーだ。

 ゴロを打たせて、強固な守備で着実にアウトを取る。

 そしてこの渋江は、確かに防御率もいいのであるが、さらに四球で歩かせることが少なく、一番の特徴としてはホームランをこの秋には一本も打たれていないということだ。


 こういった試合の時は、ホームラン一本で流れが変わったりする。

 その一本を許さないのが、水戸学舎のバッテリーである。いや、チーム全体としての意識の共有なのか。

 本格的な「高校野球」のチームだ。

 システムとしては一昔前のものであるが、パワーの足りない巧打の選手などがいる高校野球では、間違いなく強いチームである。




 五回の裏も堅実に守って、グラウンド整備が入る。

 ベンチで考える秦野であるが、とにかく今の白富東では、相性が致命的に悪い。

 特に左打者が、ここまで打てないとは思わなかった。

 かといって右が打てるというわけでもない。


 ホームランで一発、というパワーのあるバッターはいる。

 しかし確実にホームランを打つには、相手のピッチャーの球質が向いていない。

 トニーがパワーで持っていくか。あとは宇垣や孝司なども打てるとは思うのだが、狙い球を絞らせないし、狙ってもあのシンカーは確実なミートが難しい。

 左バッターでは泳いでしまう。

 まあ大介などであれば、泳いだ体勢からでも、腰の回転で打ってしまうのだろうが。


 シンカーを攻略するか、封じるしかない。

 そのための攻撃が、あと四イニング。

 上位に回るのは、ぎりぎりであと二回か。


 水戸学舎の特徴。監督がシニア時代からの、同じ監督であるということ。

 学校職員として働いている彼の名は、確か多摩川であったか。

(チームとしての完成度が高い)

 とにかく秦野が言えるのはそれだけだ。

 白富東は確かに強いのだが、まだ新チームとしては習熟していない。

 この軟投派を攻略するには、監督の采配が必要になる。


 一点を取る。

 そして相手が長打を許さないタイプな以上、もう一点を取られたら、そこで負ける。

 ここまでかなり楽な試合をしてきたが、この試合はもっとシビアに考えるべきであった。

 送りバントをちゃんと使わなければいけない試合だったのだ。


 六回の表、打順は八番のトニーから。

 この難しい試合を、どうにか勝ちたい。

 そこでようやく、秦野にはこの新チームの完成形が見えてくると思うのだ。

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