四年目・晩夏 継承の季節
第38話 楽しい苦しいチーム編成
夏の甲子園が終わった。
多くの高校球児たちにとっては地方大会が夏の終わり、高校野球の終わりであり、都道府県別のチームの選手も、甲子園で高校野球が終わる者は多い。
だが忘れてはいけない。
国体が九月の終わりにあるし、それよりも先にワールドカップがあるのだ!
そう二年前、日本人的には直史と大介が名前を売ったのは甲子園であったろうが、世界的に見れば注目すべきはワールドカップであったのである。
昨年のアジア選手権を優勝していた日本は、当然ながらこれに参加する権利を持つ。
そして今回の開催地は――。
「ふんふ ふんふんふんふ~ん♪」
何か変な節をつけて武史が歌っているのは、アメリカの国歌。
そう、ベースボールの発祥地アメリカなのである。
ここでめんどくさいな日本でやれよと言うのは直史ぐらいで、だいたいの選手は他人のお金で国外に旅行に行くのは嬉しいのである。
武史が準備をしている間、既に直史は自動車免許の合宿のため、実家からは出ている。
さっさと免許を取得して東京に戻らないと、秋のリーグ戦が始まってしまう。
そう、秋と言いながら大学野球のリーグ戦は、残暑も厳しい九月の半ばから始まるのだ。
それはともかく旅行ならず試合の準備をしている武史であるが、それを見つめるツインズの視線は冷たい。
今回は彼女たちも学校を休んで応援に行く気はない。前回の時のような騒ぎを起こすつもりはないのだ。大介もいないし。
イリヤは準母国とも言えるアメリカなので観戦に行くそうなのであるが、前回のような騒ぎにはならないように、学校から厳しくお達しが出ている。
ただツインズの視線が冷たいのは、そういうことではないのだ。
甲子園が終わって、白富東が優勝し、甲子園大会四連覇を果たした。
もう絶対にないだろうなという記録である。なにしろ高校野球は、長くても五回までしか挑戦の機会は与えられないので。
戦力がそのペースで入れ替わっていたら、普通はどれだけ選手を集めても、そこまで頂点に立ち続けることは出来ない。
チーム自体は孝司がキャプテンに順当に就任し、新体制にスムーズに移行している。
ただ進路が決まっていて主戦力でもある、武史、アレク、倉田、鬼塚の四人は、国体まではある程度顔を出す予定だ。
特に鬼塚は進学ではないので、もう完全に一年生の指導に情熱を傾けていたりする。
白富東からワールドカップに出場するのは、武史とアレクの二人……のはずだった。
進路が社会人に決まってるなら、来てくれないかと声がかかったのが鬼塚である。
まあポジションのバランス的に、外野はどこでも守れるし、内野もサードを守っていたことの多い鬼塚は、追加人員として非常に使いやすかったのだろう。
これで活躍したら、ワンチャンドラフト上位指名もありうる。
まあそのあたりはいいのだ。
佐藤家の双子の視線が冷たい理由は他にある。
佐藤家の甘やかされた(とツインズは思っている)次男坊は、まだ恵美理に告白していないのである。
バカかと。アホかと。
問い詰めたい。問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。
甲子園で優勝したらなんだって?
その後も女子野球の国際交流戦で、わざわざ応援に行ってたよな?
どれだけのきっかけを無駄にすれば、お前は前に進むことが出来るのだ?
なお武史的には、大学にお互い進学が決まったら。今度こそ絶対に、とは周囲に言っている。
もう勝手に恵美理に告げてやろうかと思うツインズである。恵美理はなんだかんだ言ってもお嬢様なので、あちらからの告白など期待するのは酷である。
もうこんなヘタレやめておけばと言いたくなるツインズであるが、恵美理の想いが分かっている以上、そこまで言うのもなんだかな、と我慢しているのだ。
甲子園の後に、話があるとか言っておいて、大学はお互い東京だから、もっと会えるようになっていいね、としか言っていないのだ、このトントンチキは。
他人を軽蔑することの多い傲慢なツインズであるが、心底腹を立てるというのはあまりないことだ。
何かきっかけが欲しいなら、このワールドカップで活躍して、というのでもいいではないか。
「でも振られたら俺、立ち直れない……」
人生で今まで、一度も告白した経験のない武史である。
なお告白された経験はあるのだが、本人がそうと気づいてなければノーカンだ。
モテないと勘違いしているこの男は、なんだかんだ言ってイリヤのおかげで甲子園は勝てたということを、理解している点だけは許してやる。
だがそれ以外が全てダメダメである。
ただ武史の自己肯定感が低いのは、明らかにツインズにも責任があるのだが。
武史が大人っぽい容姿の女性に魅かれるのは、そのあたりに理由がある。直史とは正反対だ。
じゃあイリヤでもいいじゃないかと思うのだが、どうやらイリヤと武史はそういう関係にならない運命にあるらしい。……あるらしいよ?
とにかくワールドカップは放っておいても、国体と秋の大会の方は問題である。
三年生だけでもチームは作れるのであるが、さすがに戦力が薄くなる。
たとえば大阪光陰などは、スタメンの七人が三年であった。
「別にいいんじゃないかな。甲子園でやりきった感じはするし」
倉田までそんなことを言う始末であるが、さすがにそういうわけにもいかないだろう。
だが現役の二年生たちには、確かに秋季大会の方が大切である。
新チームの始動は、孝司がキャプテンになったところから始まる。
ただここで、かなりの問題が発生する。
ベンチ入りメンバーが、二年よりも一年の方が多くなりそうなのだ。
今年の二年までは、通常の入試によって入学してきた、つまり勉強も出来るタイプ。
今年の一年は、勉強はそこそこしか出来ないが、その分野球の実力があるか、フィジカルが優れたタイプ。
人数では二年の方が40人と多いが、一年は30人しかいなくても、平均的な能力では上回っている。
「参ったな」
秦野としても、このアンバランスさは困っている。
だいたい上級生に上手い者がいて、下級生は実力によってそれに従うというのが、一般的な高校野球の姿である。
今さらであるが、今年は体育科の創設だけにして、スポ選は来年からにすれば良かった。
ただそれをやると、悟も含めて何人かは入学出来なかっただろうが。
純粋に実力順でポジションを埋めていくと、問題になるかもしれない。
1 佐藤 (二年)
2 赤尾 (二年)
3 宇垣 (一年)
4 青木 (二年)
5
6 水上 (一年)
7
8 大石 (一年)
9 トニー(二年)
ここまでは割とあっさりと決まるのだ。
不足しているのは、まずは外野である。
守備範囲を考えて長谷を入れるとしても、バッティングなどの技術はまだまだだ。
トニーがピッチャーの時は淳を外野に入れることになるが、無難にはこなしても専門家には及ばない。
あと内野は逆に、候補が多すぎる。
守備だけを考えるならサードは佐伯でいいのだろうが、バッティング技術まで含めれば、宮武を使ってみたい。
控えのキャッチャーは上山がいる。
投手は他に文哲、山村は専任だ。
「内野は豪華だけど、外野が問題なんだよなあ」
「マサは内野だけじゃなく外野も出来ませんか?」
佐伯は内野ならどこでも守れる。さらに外野までカバーしてくれれば最高だ。でも打てない。
「佐伯は確かに守備だけならいいんだが、スタメンで使うタイプじゃないんだよな」
投手戦のリードした終盤なら、守備固めで絶対に入れるだろう。
「悟なんて守備負担減らしてやった方がよくね?」
哲平の言葉であるが、サードに悟をコンバートしたら、本職ショートの宮武を使える。
長打力でも、打率は低いが飛ぶことは飛ぶのはトニーである。
だが打率とOPSを計算すると、悟がこのチームの打撃の中心となることは間違いない。
孝司と哲平も打率は高くて足もあるので、悟を上手く活用したい。
打順の方も問題である。
1 青木
2
3 水上
4
5
6
7
8
9 ピッチャー
スカっと空いているのは、候補者がいないからではなく、色々と考えられるからだ。
とりあえず一番打者は、新チームで出塁率が最高であり、足もある哲平なのは間違いない。
高打率の長距離打者が多いので、悟を四番でなく三番に置くのは、白富東の伝統である。
「赤尾、四番に入らないか?」
「入るしかないですかね……」
長打を打てるというなら、トニーを入れてもいい。
だがプロ野球と違うトーナメントを戦うには、長打も必要だが確実性も欲しい。
しかしキャプテンと正捕手と四番を務めるのは、負担が大きいことも確かである。
「まあ暫定四番だな」
強いて反対する理由まではない孝司である。
二番打者をどうするか。
小器用な選手を入れるか、一番に続いて打てる選手を入れるか。
「足だけなら大石を一番にして、テツが二番でもよくありませんか?」
「大石はまだ出塁がなあ。けっこうボール球の見極めがついてないし」
悪食で打てそうなのを打ってしまうのだが、打球の強さが足りずに捕殺されてしまうことが多いのだ。
かといってバントなどが苦手なわけではないので、二番打者としての適性はあるかもしれない。
「マサスタメンにしないなら、五番はサードで久留米使ってもらえませんか?」
「久留米か。あいつも急に伸びてきたよな」
二年生の一般入試組にも、いい選手はいるのだ。
久留米は夏の大会前の練習試合では数字を出して、ベンチ入りの候補にはなっていた。
問題は公式戦の経験の少なさだが、それを埋めていくのが今の状況だろう。
速い打球に怯まない度胸はあるし、それにパンチ力もある。
いきなり四番に抜擢は本人にもプレッシャーがかかるかもしれないが、まずクリーンナップに置いて、そのあたりは慣らしていけばいい。
「久留米は代打でもっと使っていこうかと思ったけど、一気に引っ張り上げてみるか」
二年が一年に負けていないと監督に認めさせて、頷きあう孝司と哲平である。
そして二番も提案する。
「宇垣か」
そう、性格はいまだに困ったところのある宇垣である。
ただあれで走れるタイプのデブだし、バントなどの小器用さもあるのだ。
ちゃんと打線の中で機能するなら、確かに二番打者として魅力的だ。大石と違ってボール球には手を出さないし。
なんだかんだ言って、野球IQは高い。だからむしろ、先頭打者にしてもいいぐらいである。
「そこそこ走れるから、一番にするか。青木が次の打者であいつを活用した方が上手くいくんじゃないか?」
なんと言っても哲平は一年の時から、ほぼずっと二番を打ってきた。
二番打者としてなら、色々な場面に対応できるのだ。ただアレクが打っていた一番の後継者というのは、宇垣を調子に乗らせるかもしれない。
「一番の重大さを感じてくれればそれでもいいんだが」
秦野としてはそう考えているらしい。チーム事情的にはそのバランスがいいのだろう。
「あと外野なら、駒井がいいと思うんですけど」
「あいつか」
元は内野志望であったのだが、なかなかスタメンが変わらないし、佐伯が守備固めで使われるので、外野の練習もしていた。
足も速いしそれなりに打つし、元内野ということも関係しているのか、判断も早い。
ようやくポジションと打順が決まった。
これにコーチ陣の意見なども聞いて、秋の大会のレギュラーの発表である。
しかし、やはり問題がある。
ベンチ入りメンバーに、一年と二年が同数なのだ。
部員数自体は二年の方が多いし、こういったものは上級生が優先される。
だがそれでも、体育科創設によって集まった部員の方が、平均値は高いのだ。
1 (一) 宇垣 (一年)
2 (二) 青木 (二年)
3 (遊) 水上 (一年)
4 (捕) 赤尾 (二年)
5 (三) 久留米(二年)
6 (右) トニー(二年)
7 (左) 駒井 (二年)
8 (中) 大石 (一年)
9 (投) 佐藤 (二年)
なんだかんだ言って、スタメンは二年が多くいる。
あとは控えの捕手は一年の上山と、代打としても使える二年の小枝。
小枝は走れないタイプの旧式キャッチャーなので、あくまでも予備として考える必要があるだろう。
控えのピッチャーはスタメンに入っている哲平、悟、トニーの他に、一年は文哲、山村、宮武、花沢、平野、石黒あたりがそれなりに使える。
「来年はサウスポーが一人になるのか」
秦野はふと気付いたが、使えるレベルのサウスポーが何人もいる、これまでの方がおかしかったのである。
それに次の一年で、左投手が入ってこないと決まったわけでもない。
ただ150km近くが出せるトニーと、甲子園でノーノー間近をする淳が抜けると、明らかに投手力は落ちる。
花沢にアンダースローの練習をさせたり、悟にはサイドスローで投げさせたりもしているが、精密な投球が出来る文哲であっても、上の世代に比べると投手としての格は落ちる。
いや、直史と岩崎がいた時代からは、落ち続けて当然とも言えるのであるが。
大介が抜けて、アレク、鬼塚、倉田、武史がいた時代と比べても、打力もまた落ちている。
これまでが高すぎたわけであるが、これでもまだ全国制覇を狙っていけるだけの戦力はある。
あとはこの冬をどう使うかだ。
とりあえず考えなければいけないのは、秋季大会である。
県大会本戦から出場出来る白富東は、九月の下旬からが公式戦開始だ。
それまでに練習試合は入れておきたいし、夏休み中には中学生向けの体験入部が迫っていて、大会前には学校説明会で、野球部についても紹介をしないといけない。
これでも甲子園優勝を考えて、かなりスケジュールを調整してもらっているのだ。
「正直、今年の秋はどこまでいけると思います?」
孝司の問いに、正直に顔をしかめる秦野である。
「センバツ狙うにしても、まあ県大会は問題ないと思うんだが」
新しいチームを作りながら、他のチームについても情報を仕入れていく。
忙しいことだが、手足となって動いてくれる研究班がいるので、おそらく普通の公立よりははるかに楽なはずなのだ。
鶴橋はともかく国立などは、教師もしながら監督をやっているわけで、どうやって仕事をこなしているのか。
まあ白富東から、色々と情報提供はしているが。
とりあえずこの秋はまだ、白富東の強すぎた時代の影響で、千葉には敵はいないと言っていい。
関東という括りなら、今年は帝都一がかなり強化されると思う。
今の二年は、かなりの選手獲得に成功しているのだ。さらに一年生も。
あとは神奈川が微妙だという話も聞く。ただ神奈川はそんなことを言われながらも、結局強いチームに仕上げてくるのだ。
注意しているのは埼玉県で、花咲徳政が今年は強くなりそうだとか。
そして群馬の桐野だ。野球部が結果を出してきてから入学してきた選手が今度三年になるし、あそこはチームではなく監督が強い学校だ。
そして茨城県が、ちょっと面白いことになっているとも聞く。
秋の大会のデータを集めて、あとは冬の間にどれだけこちらもチーム力を高めていくか。
「国体もありますよね」
「三年と、一年の控えメインでいく」
秦野はもう決めた。
県大会はおそらく決勝までは問題ない。そこから関東大会に出て、センバツ確定のベスト4まで勝ちあがるのは対戦相手によるだろうが。
東京代表の出てこない秋は、まだしも楽な相手が多い。
その県大会で転ばないためにも、スタメンは動かさない。ただ三年だけで国体を戦うのも厳しいので、控えの中から何人か連れて行って、全国レベルの相手と対戦させる。
今年の国体は東北であるので、移動などでも色々とかかるだろう。
死ぬほどめんどくさいが、三年生にとっては本当に最後の大会だ。
本当に負けてもいいのかな、とかすかに考える秦野であった。
×××
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