第27話 星空の記憶

(ノーヒットノーランって凄いことのはずなんだけどな)

 ヒーローインタビューのお立ち台で、マスコミに囲まれた武史は遠い目をしていた。

 色々と言われているのは分かるのだが、なんであそこであんなミスをしたのか。

 ランナーを気にしてボールから目を切るのは、内野の守備においてはタブーである。

 ましてやあの場面では他にランナーなどいなかったし、特に足の速い選手でもなかったのだ。

 遠い目をしては、溜め息をつく。

 そしてまた遠い目をする。

 お立ち台の上で、武史は何も言えなかった。


 秦野としても、これは予定外すぎる。

 武史の調子は間違いなく良かった。途中からは完勝を確信させるぐらいに。

 パーフェクトはさすがに上手くいきすぎだよなと思っていたらこの始末である。

 顔面は引きつりながらも笑顔を作って、試合については受け答えしている。


 これなら、普通に一点ぐらい取られて勝った方が良かったのではないか。

 完全に武史の表情が死んでいる。

 無言の武史に対して、インタビューもかなり言葉を選んでいるが、反応がない。ただの屍のようだ。

 大記録を達成したはずなのに、まるでお通夜の空気。

 いたたまれない。

 ただネットでは盛り上がっていそうな気がする。

 そしてその想像は事実である。




 一人ずんどこと落ち込んでいる武史であるが、帰りのバスに乗ると、スマホの方には色々とメッセージが来ている。

 大方はこちらを励ますものであったが、不安を覚えるメールの送り相手が一人。

 大阪光陰の後藤だ。チームとしては因縁のライバルであるが、武史とは代表合宿でかなり親密になった。

 開いたメールには短い文章。

『 (;´Д`)ィ㌔   ……って送れって隣の真田が言ってる』

 ろくでもない内容であった。

 プギャ――m9(^Д^)――!! でないだけマシであるのかもしれない。


 そんなどうでもいいメールは廃棄して、慰めのメールを探していく。

 特に女子からのメールがほしい。

 聖ミカエルの女子野球部は、多くが見に来てくれていた。

 

 少女たちの慰めの中で、恵美理の必死の長文メールが輝く。

 明日美の方はSNSで猫がパンチしてる謎のファイト画像を送ってきたが。

 とにかく恵美理の必死の武史アゲの文章の効果もあって、宿舎に帰るころには、完全に機嫌を直している武史であった。

 なんという単純な男だろうか。

 まあ女にモテたいと必死な時点で、ある意味純粋ではあるのだろう。


 宿舎には夕方に直史が訪ねてきたが、武史の様子を確認しただけで帰って行った。

 甲子園期間をたっぷり使って婚前旅行をしているこの兄は、慰め方も独特である。

「まあ第4クォーターの残り一分10点差の場面で、50点目のフリースローを外したようなもんだろ?」

 あるいは3-0ぐらいで勝っている終了間際、サッカーのPKを外したようなものかもしれない。

 勝ったのだからそれでいい。直史的にはそう考える。

 もしもノーヒットノーランやパーフェクトなどを狙ったら、去年の夏の決勝再試合は、最後までもたなかっただろう。


 ともあれ一回戦は突破した。

 そして二回戦の相手は、恐れていた蝦夷農産となった。




 秦野が恐れていたのは蝦夷農産の打撃力だけでなく、あの去年の夏に投げた、へっぽこのアンダースローを起用する思考の柔軟さである。

 あの選手は卒業したのでもういないが、同じように驚く起用をしてくるかもしれない。

 白富東は確かに強打のチームではあるが、一般的な意味での強打ではない。

 なんと言うか、感覚的なのだ。それを象徴するのがアレクだ。


 アレクの甲子園でのホームラン数も、かなりの数になってきた。

 大介が四大会参加であるのに対し、アレクは五大会に参加している。それでも全く抜けない大介が異常であるのだが。

 打ち合い自体は、秦野は恐れていない。勝つ自信がある。

 選手を選んで打線を組める、ありがたい選手層の厚さである。


 優勝候補というのはそれなりに困ったこともあり、先の試合を見てオーダーを組まなければいけない。

 一般的な強打のチーム相手には、軟投型の方がいいと言われる。

 さらに淳という左のアンダースローがいるので、普通ならばここで淳を使うのが正解だ。

 だが三回戦の相手に桐野が上がってきたら、あの足を絡めて嫌らしく攻める相手には、こちらも投手経験の豊富な淳を使いたいのだ。


 二回戦までは中四日あり、そして三回戦は中二日である。

 準々決勝にまで残れば、あとは帝都一なり大阪光陰なりと、心の準備なしで戦う可能性もある。

 いや、心の準備と言うよりは、万全の状態で戦うのが難しいと言うべきか。

 ここからはある程度のリスクを考えた上で、最後まで勝ち残ることを狙っていかなければいけない。

(桐野相手には……技巧派がいる)

 武史が三振を奪いまくるのでもいいかもしれないが、走塁を重視したチームであるから、ちょっとしたミスを得点につなげていくかもしれない。

 そういう時にはやはり、対抗出来るピッチャーは違うだろう。


 部員を集めたミーティングで、秦野は告げた。

「次の試合は淳で行くからな」

 三回戦までに桐野が消えていてくれたら、そちらの方が楽かもしれない。もっとも今度は、桐野を倒した要因を分析しなければいけないが。




 甲子園の初戦を終えて、悟は宿舎の庭に立っていた。

 ここも、東京も、夜空に星はほとんど見えない。

 白富東のあたりは千葉でも、それなりに星が見えたのだが。


「体冷えるよ」

 声をかけてきた珠美は、同じように空を見る。

「ブラジルとは全然違う空なんだもんね~」

「ああ、南半球だから」

「星座が違うのに気付いて、日本なんだなあと思ったし」


 珠美は物心がつくころまでは、日本にいた。

 そこから一度母と共にブラジルに行ったのだが、仕事の関係で珠美はブラジルに残った。

 母は途中で珠美を日本で育てようとしたのだが、その時にはもう、珠美が父の世話をしなければいけない状態になっていた。

「まあブラジルで呑気に夜空を眺めてたら、普通に強盗に遭うけどね」

「マジですか」

「程度問題だけどマジ」


 そんな会話をしていて、悟は思っていたことを口に出した。

「甲子園ってホームランが出にくいですよね」

「あんた、初出場で二安打二打点上げておいて、そんなこと考えてたの?」

 二打席目で初ヒット、そして三打席目でランナー二人を帰す二塁打を打って、悟は充分に勝利に貢献していた。

 もっとも今日の試合は、武史が全てをもっていったが。いい意味でも、悪い意味でも。


 二年前には直史に、今日は武史にノーノーをやられた天凛は、弱いチームではなかった。

 全国制覇の経験もあるチームであり、そこからヒットを打って打点を上げたのだ。おそらく悟の名前は、今日で全国レベルになった。

 そんな悟は、己を客観視していた。

「俺って、プロに行けますかねえ」

「知らんがな」

 珠美はばっさりと言ったが、すぐにフォローする。

「まあ、自分次第じゃない? タケ先輩は卒業するけど、トニーと淳の球打ってれば、プロレベルまでには成長できると思うよ」

 バッピを武史にしてもらう時、150kmオーバーでもそれなりにヒット性の当たりに出来るのが悟である。

 少なくとも、可能性がないとは言えない。


 珠美はそんな悟を見ていて、自分の記憶を思いだす。

「お父さんがブラジルで教えてたチームはね、ブラジルだけじゃなくあちこちから、選手を集めて教えてたの。その中でもメジャーリーガーになった人は何人かいたけど、共通していたことは一つかな」

 悟の興味を引く話題である。

「自分はメジャーリーガーになる、絶対になるって思い込んでた人」

 それでは悟は失格ではないか。

「だからこれから、絶対にプロになると思って野球したらいいと思うよ」

「絶対に、ですか」

「なにしろ日本人って自己評価が低い人多いからね。まああんまりアテにならないあたしの目から見ると、悟君はプロに行ける可能性はあると思うよ。大介先輩みたいに、絶対に活躍出来るとまでは思わないけど」

 それは比較の対象が悪すぎる。


 白富東はプロ野球選手を輩出している。

 それどころか現時点で、ルーキーの大介は、三冠王を狙う位置にあり、ライガースの大躍進の原動力となっている。

 それと、悟にだけ投げてくれた、佐藤直史。

「大介さんって、どんな人でしたか?」

「大介先輩は、プロになるしかないって思ってた人だった。でも入学した時は、全然そんなこと考えてなかったんだって。白い軌跡読んでないの?」

「俺、活字は読むの苦手なんで」

 悟は勉強が出来ない。


 だが悟にも分かった。

 必要なのは自信。そして自信を持つための意志。

「俺だって、目指してもいいんですよね」

「目指すだけならあたしだって出来るしね。女子選手、大学ではシーナさん投げてたし」

 さすがにそれは、とは悟は言わない。

 未来は自分で切り開くものだと、珠美は普通に信じている。


 体を冷やすといけないということで、悟は宿の中に入った。

 ここから、プロを目指すほどの自信を手に入れられるのか。

 まずは目の前の甲子園が、自分をアピールする舞台になる。




 甲子園の試合日程が過ぎていく。

 ことしは比較的ジャイアントキリングが起こらない年であり、強豪同士の激突が熱い。

 白富東はピッチャーは休ませながらも、地元のチームとの試合を組んである。

 そして体力を減らさないように、しっかりと食べる。


 大阪光陰は問題なく一回戦を突破したが、真田は投げていない。

 だが緒方が五安打一失点という内容で、しっかりと勝ってきている。

 大阪光陰は真田だけのチームでないと言うよりは、緒方が次のチームの核になりそうだ。

 自身でも打点を上げていて、主力としての存在感を増している。


 消えるチームもあれば、予想もしない試合展開で残るチームもあり。

 秦野としては脳のメモリから、不要になったものをどんどんと消していく。

 チームの内部には問題はない。練習においてもちゃんとストレッチとアップをして、ここで一番問題となる怪我には気をつけている。

 このチームは武史だけのチームではないが、武史がいないとさすがに優勝までは厳しいだろう。

 今年の春、大阪光陰が負けたように。


 選手たちには練習をさせて、自分は夜にその日の試合の録画を見る秦野であるが、やはり強いところは隅まで強い。

 大阪光陰などは毎年20人しか野球部入りを認めておらず、それも全てスカウトだ。

 今年も数人はベンチの中に一年が入っている。

 対して帝都一などは100人を超える大所帯であり、松平監督はコーチ陣に裁量権を与えながらも、チームとしての大枠はしっかりと把握している。

(明倫館……)

 センバツでは弱点を持っていた明倫館だが、ベンチ入りは一年もいる。

 あのチームのシステムだと、二三年に主力が多いはずなのだが。


 油断できるチームなどはない。

 だがそれでも、全ての試合で全力を出すわけにはいかない。

 具体的には、ピッチャーの消耗具合だ。

 明倫館もピッチャーを継投で使ってきて、それはしっかりとしている。

(それで蝦夷農産か)

 いよいよ当たる、強打のチーム。

 北は蝦夷農産、南は桜島と、沖縄を除けば本土の北と南のチームが、打撃のチームというのは面白い。


 これで勝つ。勝てるはずだ。

 そう思いながらも、秦野はもっと、補佐役がほしい。 

 高峰は野球部部長としてはよく働いてくれているが、野球の専門家ではない。

 コーチ陣はベンチの中には入れない。それでも色々と相談はするのだが。

 結局は嫁に連絡をとって内心を吐露し、二回戦がやってくる。

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