第12話 公立連合
本年の関東大会は、規定の18校に加えて、センバツベスト4まで残った二校が加わり、20校にて行われる。
なお白富東の三年生は、この関東大会で敗北したことがない。
一年の春から、去年の秋までずっとだ。
はっきり言って夏のシードを取ってしまったので、別にもうこれ以上勝ち進む必要もないのだが。
群馬県で行われるということで、よほどのファンか父母会の人間以外は、応援に来ることも難しい。
しかもこの大会、決勝までの試合数は少ないものの、日程はひどい。
球場が分かれて試合が行われるので、連戦が多いのだ。
それでも今年は20校の出場ということがあって、白富東は二回戦からの登場で次の準々決勝まで二連戦で、一日空いた準決勝と決勝までも二連戦で済んでいる
これが他の年だと、五連戦で大会を終わらせることも珍しくない。
どのチームも夏を見据えて、調整程度で抑えることが多い。
大会日程は六日間である。その初戦の日。
甲子園と違って観客も少ないので、ベンチメンバーは呑気に観戦などしていたりする。
「準決勝までたいしたチームいねえじゃん」
完全に気の抜けた状態で、武史はトーナメント表を眺める。
その言葉はある程度正しく、なにやらどの県も強豪がベスト4まで消えていることが多く、歯ごたえのありそうなのは準決勝で当たりそうな東名大相模原、向こうの山の帝都一と春日部光栄ぐらいなのである。
だがそれは逆に言えば、秋の段階とはチーム力に変化があるということだ。
東京は実質二位で都立が勝ちあがってきてたりもするし、他にも栃木や山梨、茨城なども公立が勝ち上がってきている。
今年の春は公立が熱いのか、などと武史は思っていたりするが、実は当たっていたりする。
「特に東京と神奈川、それに栃木もなんだが、公立校同士のリーグ戦を行ってるみたいなんだよな」
去年の夏から秋にかけて、そういう動きがあったらしい。
考えてみれば千葉も、白富東と三里、上総総合が似たようなことをしている。
現在の高校野球は、この数年白富東が常識外の活躍を見せているので勘違いされているが、私立が支配していると言っていい。
去年の夏も今年の春も、甲子園出場チームで公立は二割に満たない。
この状況を打破しようと公立は考えるわけだが、何よりもまず予算の面で、私立にはとうていかなわない。
予算があるということは、人と設備がそろえられるというわけだ。
白富東のようにセイバーの金と伝手があるチームなどはまずない。
この状況をなんとかしようと考え動きだしたのは、東東京の公立工業高校の、野球経験のない監督であったという。
他の部活と交互に使うしかない狭いグラウンドでありながら、素人監督は素人であるがゆえに、常識や限界とは無縁のところから、野球部を強くしようと考え始めた。
皮肉にもと言うべきか、彼がそう考えたのは、白富東高校が、まるっきりの無名校から一気に千葉県トップクラスとなり、センバツでも勝ち進んだからだ。
セイバーが理論だけでインタビューを受けていたのを見て、まず理論から入った。
そして彼が考えたことは、予算を上手く使う以上に、人を上手く使おうということであった。
それが公立連合につながる。
つまるところ公立高校によるスコアラーの分担による偵察と、チェックポイントの共有化である。
気合とか根性とか、そういったものは彼にはなかったのかもしれない。
だが野球を科学的に捉えて、それを学ぼうという熱意はあった。
野球部らしくない野球で、その年は万年一回戦負けのチームが、ベスト16まで進出した。
二年目にはベスト4、そしてこの三年目、都大会で準優勝したのである。帝都一には敗北したが、それまでに甲子園常連校を倒して。
都立が連合を組んで、まず私立を倒す。
もちろんトーナメントの中では都立同士の試合もあるだろうが、まずは私立との差を埋めることが大事なのだ。
秦野としては油断であるが、この公立連合の動きに気が付かなかった。
この春にようやくその成果が結実し、関東大会まで進めたということだ。
公式戦で当たる可能性のあるチームと、情報を共有して鍛え合う。
これは秦野も、そしてセイバーですら考えなかった、反則ではないが思考の盲点である。
他には明倫館などは、シニアチームとの連絡を密にし、三年間ではなく中学からの六年を通して、実質的な選手作りをしている。
確かに元々シニアには、ある程度進学する高校が決まっていたりするのだが、高校とシニアが連繋して選手を一貫して育てるというのも、珍しいことである。
ただサッカーならば元々ユースやジュニアユースなど、そういった体制を整えてはいる。
本音を言うならプロなども、いまだに古臭い指導をしている学生野球には、手を入れたくなるのだろう。
プロは勝たなければいけない。
選手は投げなくては、打たなくてはいけない。
だが学生野球の指導者は守られている。
プロの監督やコーチは、結果が出せなければあっさりと首を切られる立場である。
だが高校野球などは教員の指導者では、立場が守られている。
教職と監督を同時にするのはもちろん大変であるが、監督として失敗しても、食べるのに困るわけではない。
根性論で指導するチームの監督はいるが、本当の意味でのハングリー精神などは持っていないのだ。
セイバーが最近動き回っているのは、そのあたりにも関連しているらしい。
現在の日本のプロ野球選手、およびプロ関係者は現役選手でなくても、球団職員やコーチであれば、高校生に指導が出来ない。
これはNPBだけでなく、独立リーグ機構に所属している者にもあてはまる。
だが元プロが学生指導資格を回復する制度は進み、辺見が大学野球の監督をしているように、高校でも元プロの指導者が出てきてはいる。
そこでセイバーが考えたのが、コーチングスタッフの育成会社である。
球団を増やすことを、彼女は諦めていない。
そして同時に、元選手たちを上手く活用することも考えている。
NPBにおいてコーチなどの年収は、800万から1500万といったところが多い。
これは世間的に見れば高給取りに見えるかもしれないが、多くは単年の契約か、長くても数年の契約である。
将来が全く見えない元プロの選手を、会社で雇ってコーチとして育てるのだ。
契約が切れたら次の仕事先を探す。これがセイバーの考えた、日本の野球のレベルアップを図るためのシステムである。
公立連合。白富東もある意味、この中の一つである。
シニアと高校の連携。これは以前からもある程度はあったことだ。
そしてセイバーの考える、元プロの雇用を促進させる、コーチとしての会社の設立。
今でも外部からコーチを雇っている高校などもあるが、これは完全に規模が違う。
考えるだけならいくらでも出来るのだが、それをやってしまう資本力がセイバーにはある。
一回戦が終わり白富東の対戦相手は、栃木県の鹿沼工業と決まった。
就職率の高い工業高校で、はっきり言ってこれまでは無名校であった。
関東大会への出場は今回が初めて。ただ観戦していただけでも、どこがストロングポイントなのかは分かる。
まず守備自体は、そこそこ堅い。
その中で投手は、四枚を継投してきた。
打者一巡ごとに交代というわけで、なかなか一打席だけでアジャストするのは難しいだろう。
そして打撃に関しては、バッターがフォアボールを選んでくることが多い。
選球眼のいい選手を置いて、そして打撃力があるバッターで返す。
当たり前と言えば当たり前のことではあるが、それを確実に行っている。
あとは送りバント以外にも、バントの使用が多い。
プッシュバントやバスターなど、単純な攻撃はしてこない。
ただ打てるバッターには、積極的に打たせていっている。
絶対的なエースはいない。だからピッチャーは適性のある人間で回している。
普通の右が二人に、右のサイドスローが一人に、左が一人だ。
こういった継投は、白富東が戦った中では、千葉県内では三里、関東では甲府尚武がそうであった。
ただ三里も甲府尚武も、ピッチャーをただただ増やして対応していたというわけではない。
去年の甲府尚武などは、明確なエースがいた。
以前は地方大会の最初から、エースが最後まで投げぬくというのが高校野球であった。
だがその連日の酷使で潰れていってしまった者も多い。
ピッチャーを増やさなければいけないというのは確かだが、使えるピッチャーを育てるのは難しいのだ。
これが大学やプロに行くと、一気に使えるピッチャーは多くなる。
そもそも高校レベルの選手であると、中学時代は四番でエースなどという例が少なくはない。
宿舎においてミーティングを開始するが、鹿沼工業に関してはスコアはともかく映像が少ない。
ただ人数は少なく、ベンチ入りメンバーの20人を割っている。
その中でピッチャーを作っているのだから、これはもうそういう戦略なのだろうとしか言いようがない。
「はっきり言ってどのピッチャーも、たいしたことはない」
秦野は断言した。
「ただ特徴がある」
そして四人のピッチャーを映す。
とにかく低め低めに集めて、時々カット気味のボールでゴロを量産するピッチャー。
荒れ球ではあるがゾーン内に適度に散らばるピッチャー。
サイドスローは角度をつけて、右バッターには少し打ちにくいかもしれない。
そしてサウスポーは、サウスポーという以外にあまり特徴がなさそうだ。
「基本は打者一巡で交代するが、荒れ球と低めのピッチャーは、二巡目も投げることはあるらしい」
スコアを見てみると、無失点で勝った試合がない。
だいたい三点以内に抑えて、五点ほどを取って勝っている。
競り合いに強いという印象だが、ある程度のロースコアには抑えている。
決勝では木っ端微塵に打ち砕かれたようだが、それまでには普通にシード級のチームを倒している。
甘く見ていい相手ではないと思うのだが、それでも物足りない。
武史がやる気が出ていないのは、大阪府大会で、大阪光陰が真田を登板させずに負けているからだ。
どうせ勝ちあがっても大阪代表と戦えるわけではないのだが、これは気分であり理屈ではないので仕方がない。
そんなやる気のないエースを把握しながらも、秦野も戦略を立てていかないといけない。
さすがに帝都一レベルの相手には、モチベーションを上げてくるだろう。
相手のピッチャーの攻略は、その打席内で決めるしかないという、厄介なものである。
だが相手の打撃陣も問題だ。
なんだか大介の影響でもないのであろうが、最近は背丈はそれほどでもないのに、長打が打てるバッターが増えてきている。
おそらく大介のやってる理屈とは別に、身長が小さくてもパワーがあれば、長打が打てるという理屈で打ち始めた選手が多いのだろう。
大介の長打は、あれはもう才能だ。誰がそれっぽい理屈をつけても、甲子園の場外まではボールは飛ばないはずなのだ。
鹿沼工業も三番を打っている打者が、打率も打点もホームランも多い。
四番はむしろアベレージヒッターだ。
つまり三番打者最強論を使っているわけだが、そのためには一番と二番の打者で、出塁する必要がある。
共に打率は二割台の前半であるが、出塁率は四割近くある。
「まあこっちのデータは色々と向こうも持っているだろうしな。ピッチャーはこちらも継投でいく」
まずは左で淳から投げていく。
そのスピードと軌道に慣れたら、今度はトニーである。
そして〆は武史であるが、問題はアイドリングをしっかりしなければいけないということだ。
五月も下旬となり、肩を作るのには難しくない気温になっている。
ただどうも秦野は、向いていないのを承知の上で、武史をクローザーとして使おうとしている。
そして武史も特に不満はないので、唯々諾々と従っているわけである。
公立の下克上に、モチベーションの上がらないエース。
フラグは散々に立っている気がする。
武史としては、別にやる気がないわけではない。
ただ最近は本気を出さずに、だいたい八割の力で相手が三振してくれるので、手を抜いているのは確かだ。
バッテリー陣を集めて相手のバッターの対策をするわけだが、おそらく普通に投げて打ったら勝てるだろう。
敗北フラグが立ちすぎて、逆にフラグが折れている気すらする。
明日の試合以外にも、他の出場チームのデータは渡してもらっている。
帝都一が都大会の準決勝で破った早大付属が、三位決定戦で勝って関東大会に出ている。
ただ準々決勝で当たりそうなところも、武史が野球に対して興味が薄いこともあるが、それほど名前を聞かないチームである。
ちなみにちゃんと調べている秦野も、いきなりこんなチームが勝ちあがってきていて驚いている。
高校野球界に何が起こっているのか。
150kmを投げないピッチャーが甲子園で記録を残し、ワールドカップでも表彰された。
フィジカルモンスターのエリートが集う甲子園で、一番小さな選手がホームランを量産し、ワールドカップでもMVPに輝いた。
スピードとパワーは、あらゆるスポーツにおいて最も重視されるものではある。
だがそれに劣っていても勝てるということを、あの二人は示し続けてきたのではないか。
もっとも大介のあの体格でも、パワーはあるのだが。
練習時間の短い白富東が、あの二人のレジェンドが抜けた後も、甲子園を制覇した。
既に高校生の時点で、単に体をいじめ抜くトレーニングは、結果によって否定されている。
気合も根性も関係なく、やるべきことをやったチームが、トーナメントを勝ちあがっていく。
もちろんこれが、同じくフィジカルエリートたちのメニューになれば、また私立が優勢の時代となるのかもしれない。
過渡期なのか。
鹿沼工業は県大会も一二回戦を除けば、大量点は取っていない、
得点源となる打者は、ほぼ決まっている。
単純に勝つだけならば、これを抑えればいいだろう。
どことなくしっくりこないものを感じながらも、試合前日の夜は更けていく。
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