第11話 蹂躙の季節

 存在自体が反則と千葉県内では言われている白富東だが、ベスト8まで来ればさすがに真面目なオーダーを組んでくる。

 なにせ対戦相手が、国立監督の率いる三里高校であるので。


 昨年の三里高校は、豊富な種類の投手で継投し、センバツに初出場を果たし、甲子園で勝ち星も上げた強豪公立であった。

 しかし三年の中心メンバーが抜けた後は、明らかにチーム力は落ちていた。

 練習試合では先発の文哲をなかなか捉えられなかったが、この試合でもそうだとは限らない。

 なので先発には防御率の高い淳を出したのだが、一イニングに一人はランナーが出るような試合になっている。

 得点に至っていないのは、本日ショートのスタメンに出した悟と、セカンドの哲平が内野ゴロを拾いまくっているからだ。


 六回の攻防が終わって、点差はわずかに二点。

 打たせて取るではなく、打たれて取るをしている白富東だが、淳のピッチング自体は良く、鋭く振れている三里のバッターを、上手くゴロにしとめている。

 ただゴロであっても、訓練された内野の間を、抜けていく球がそれなりにある。

 淳は統計的に見て計算出来るピッチャーであるが、本来はノーヒットノーランなどを狙うタイプのピッチャーではない。

 国立監督としては、打線の全員がバットを振れているこのスタイルを、今後の三里のものにしていくのだろうか。


 星や古田がいなくなって、エースとなった東橋は、長い左腕で大きく曲がる変化球を使ってくる。

 打てないほどではないが、長打にはなりにくい。

 純粋に打力と守備力の差はあるが、それが分かっていてなお、正面からの殴り合いにきている。

 もっともさすがにアレクなどを相手にしては、敬遠気味の四球にしてくる。




 国立監督のチーム作りは、勇気がいるものだ。

 守備を鍛えた上で、バットを正しく振り込んでいる。スモールベースボールではない。

 元々本人もバッティングが優れていた選手であったので、その指導の方が向いてはいたのだろう。

 相手が優れていても、真正面からぶつかっていく。

 まあ春の大会だからこそ出来るのかもしれないが、点にはなっていなくてもヒットが出ているのは、三里の選手たちの自信になっていくだろう。


 淳としては三里のバッターは、苦手なタイプである。

 振りぬいてくるが、フォーム自体はコンパクトだ。長打狙いに一貫しているというわけではない。

 そうそう連打されてビッグイニングになるとは思わないが、どこかで一点ぐらいは取られるかもしれない。


 倉田のリードは傷口を最も小さくするようなものであるが、孝司の大胆なリードの方が合っているのだろうか。

 しかし三里のバッターは、自分のようなアンダースロー相手に、それなりにちゃんと振れているのだ。

(そういや星さんがいたからか)

 左ほどではないが珍しいアンダースローが、去年までの三里にはいた。

 だが星の球速は淳よりも、10kmは遅かったはずだ。


 淳を七回のマウンドに登らせる前に、秦野は武史に肩を作らせ始めた。

 今日はスタメンの最強の布陣の中から、唯一武史だけは抜いてある。リリーフの時に肩を作らせるためだ。

 武史のピッチャーとしての弱点は、細かいところは色々とあるが、大きなところはただ一つ、アイドリングに時間がかかることだ。

 春には158kmを計測したが、夏の甲子園までに大台に乗るだろうか。


 倉田も孝司もスタメンで使っているため、三番手のキャッチャーを座らせているのだが、はっきり言ってキャッチングだけで精一杯である。

 接戦になった場合、倉田が打って塁に出たら、代走を使うかもしれない。

 その後に孝司まで負傷でもしたら、この三番手を使うことになる。

(上山を鍛えた方がいいかな)

 秦野は既にその思考を、夏の甲子園にまで飛ばしている。




 直史や大介のような、専業でもないくせにそれなりに上手いキャッチャーは、今年はいない。

 上山はブルペンで武史のボールを受けさせているが、全力を出さない限りは捕球出来るようになっている。

 キャッチャーは専門職だし、なかなか才能が集まらないポジションでもある。

 投手の質と枚数を考えれば、文哲ではなく上山を選んでも良かったのだ。


 ただ上山は、バッティングに関しては、それほど高いレベルにはない。

 中軸も打てるだけの長打力はあるのだが、ほんの少しミート力が足りない。

 これもまた読みで打つタイプで、一定以上の打率には上がらないだろう。

 あくまでも白富東基準である。普通のチームなら四番を打てるレベルだ。

 キャッチャーとしての適正と潜在能力を考えれば、夏までには背番号を得るかもしれない。


 七回の表も、どうにか淳は無失点でマウンドを降りた。

 まだ余裕はあるだろうが、ここからの準決勝と決勝の日程が、春季大会ではタイトである。

「残りはタケに投げさせるからな」

「了解です」

 投球練習をするだけで、向こうには威嚇となっている武史である。




 淳は技巧派であるので、狙い打ちが上手く嵌れば、点が取れるのではないかと錯覚させる。

 だが武史のようなストレートが自慢のパワーピッチャーは、その投球の音だけで、相手チームの心を折る。


 武史は登板直後はMAXが出ないのだが、それでも155kmを出してくるなら、バッターとしては絶望しかない。

 国立としてはここで、選手たちが崩れるかどうかが、夏を戦えるかどうかの試金石だと思っていた。

 だがせっかく最小失点でピンチを切り抜けてきたチームが、投球練習だけで崩れそうになっている。


 去年までだったら星がいた。

 だがあの、負けるに決まっているのに立ち向かっていける謎のメンタルは、そうそう誰もが持ちえるものではない。

 ある意味で星は、まともな精神ではなかった。

 ただあの暴走するキャプテンがいたからこそ、三里の戦力で甲子園に行けたとも言える。


 ここまでだ。

「ピッチャー交代」

 東橋がここまで投げてきたのは、もちろん立派なことだ。

 だがあちらはほぼベストメンバーを揃えていたのに、この点差で済んでいるのは、かなり運の要素が強かった。

 白富東は三里以上に、強い打球が打てる選手が揃っている。

 野手の正面に打球が行ったのと、ホームランを打たれなかったのが、この点差になっているのだ。


 野手を守備型のメンバーにチェンジして、どうにか失点を想像の限度内にする。

 当たりを平均的な守備配置で考えるなら、本来なら今のスコアは7-1ぐらいになっているのが適正であろう。

 夏の大会で白富東に勝つ可能性を少しでも上げるには、勝とうという意思の統一が必要だ。

 そのためには白富東の強さを、実感出来るようになっておかないといけない。




 二番手ピッチャーは右の、サイドスローに近いスリークォーターである。

 東橋の後に使うとボールの角度が違うので、それなりに有効だ。

 秦野としてはこのピッチャーも、残り二回で一点は取っておかないといけない。

 三里が去年のセンバツに出られたのは、ピッチャーの継投による。

 今年は星や古田のような選手はいないが、継投でバッターの狙いを外していくというのは、間違った戦術ではない。

 もっともどの投手も、何か一つはストロングポイントがないと、ワンポイントとしても使えない。


 そしてアレクのような、初対決のピッチャーの初球から打っていくバッターには、継投の効果が出にくい。

 九回の表に、中に甘く入ったボールをまたスタンドイン。

 これで点差は三点となる。


 八回の裏からマウンドを受け取った武史は、本日はムービング系の球の効果の確認である。

 カット、ツーシーム、小スプリットの三つで、チェンジアップは使わない。

 三振を取れるピッチャーが、あえて打ち損じのボールを投げる。ナックルカーブは禁止である。

(つっても俺は兄ちゃんとは違うから、どんどん選択肢減っていくんだけどな)

 そしてムービング系の変化球だが、なぜか空振りが取れる。

 手元で変化する球で、ミートは外れてもバットには当たるぐらいなはずなのだが。


 単純にスピードに合わせていけない。

 150km前後で細かく動くボールなど、高校レベルでは魔球なのである。

 結局一人だけは前に飛ばせたが、残りの五つは三振で、試合は終了した。




 ゴールデンウィーク期間中に県大会を終わらせるので、準決勝と決勝は連戦となる。

 ただピッチャーが多く、しかもそれぞれに完投力がある白富東は、絶対的な優勝候補である。

 そして本日もミーティングである。


 試合のスコアは3-0と、相手の攻撃を完封したものである。

 だが先日の練習試合と違って最初からほぼスタメンでありながら、取った点数は以前より少ない。

「お前ら、長打が打てそうだからって長打を狙いすぎ」

 普段なら秦野も、バッティングの基本は長打だと教える。

 正確には強く振り切ることによって、長打になることを目指すのだが。


 高校生レベルでは難しいのは、判断である。

 試合に流れがあるかどうかというのは、今でも論じられるオカルトかもしれないが、秦野自身はおそらくそれはあるだろうし、勢いは確実にあると感じる。

 だがその勢いは、簡単に止めることが出来る。

 流れというのは厄介で、そうと分かる者と分からない者がいる。

 そしてそれを変えるのは、ごくわずかな可能性の糸をたどっていくしかない。


 確実に一点を取りにいくべきか、それとも強振してビッグイニングを狙うべきか。

 序盤に先制点を取れなかった時点で、今日は難しいゲームになると想定していなければいけなかった。

 またこの間の練習試合と公式戦では、勝つことの価値が違いすぎる。

 そして春の大会と夏の大会では、これまで勝利の意味が違いすぎる。


 三年の夏に勝って終わりにするためには、まずベンチに入らなければいけない。

 そこから一度も負けずに終わるには、13連勝が千葉県では必要だ。

 とりあえずシードを取ったので、14連勝する必要はなくなった。

 運が良ければ甲子園も二回戦からの登場で、12連勝で日本一になれる。

「うちのチームは全国でも有数の戦力を持ってる。順当ならば全国制覇も可能だろう。だが甲子園はシードのないトーナメント戦だ。しかも準々決勝からは相手が分からない。戦力を上手く使わないと、途中で体力切れで負けたり、体力を使いきってもいないのに負けたりする」

 そのあたり興行としては面白いのだろうが、試合をする者としてはたまらない。


 帝都一と大阪光陰が、今年の夏の対抗馬となっている。

 しかし普段から強い桜島や、また戦力を入れ替えている明倫館、他にも近畿の強豪などは、チームの特色がしっかりしていて、侮って勝てるものでもない。

 これがセンバツに出場できていなかったり、春のゴールデンウィークまでに敗退していたり、夏の県大会で負けてたりすると、長期間の休みの間遠征などが出来るのだ。

 もちろん公式戦で勝ったことによって、関東大会で関東の有力校と対戦出来る。

 だが関西よりも西のチームは、向こうが遠征でもして来ない限り、なかなか戦う機会はない。


 練習の効率化によって、技術の習得速度は上がる。

 だが試合の経験値は、実際に試合をしないとどうしても頭でっかちになる。

 まあ他の地域の強豪も、関東へ遠征はしかけてくるので、そこで練習試合は組めるのだが。

 どのチームと対戦し、どのチームとは対戦しないかは、監督は判断しなければいけない。 

 部長の高峰も手伝ってくれているのだが、やはりもっと専門知識のある、参謀のようなコーチが一人ほしい。

 セイバーの手配してくれたコーチは、基本的に技術コーチであって、そういった面でのフォローをしてくれる人間がいないのだ。

「言っておくが関東大会まで勝ちあがっても、学校の全体の応援なんてないからな。開催地は群馬県だから、どうやっても無理」

 それと今年は、もう一つ特別なことがある。

「センバツにうちと帝都一がベスト4以上に勝ち残ったから、出場校が20校になる」

 関東大会には推薦枠で出場出来るので、ベスト16まで勝ち残ったら別に負けてしまって、残りの休日に練習試合を入れても良かったのだ。

 たださすがにわざと負けるというのは、変な負け癖がつく気がして選択できなかった。

 このあたりリスクとリターンの割合が、どうなのかは微妙である。




 ミーティングも終わり、明日は自由行動である。

 一応は秦野もグラウンドには来る。ベンチメンバーは完全休養であるが、この程度なら全く消耗していないという者もいる。

 そういう者には、ベンチ入り以外のメンバーの練習を見るように言ってある。

 上手い人間のプレイを見るのと同じく、下手な人間のプレイを見るのも、マネをしてはいけないが反面教師にはなる。


 そんな指示を出した秦野は、三里の国立と連れ立って居酒屋にやってきた。

 指導者同士の意見交換で、実質今のところ理論の面では完全に秦野が提供するばかりになっている。

 だが国立は大学野球の名門のショートして、そしてバッターとして、優れた成績を残している。

 秦野の提供したデータや、行っているトレーニングを話して、何がどう肉体を動かしているのか、国立が自分の体で感覚的に試してみたりするのだ。


 なおこの二人に、上総総合の鶴橋が混ざることもある。

 するとトレーニング理論よりは、戦術や戦略の話が多くなる。

 鶴橋の場合はとにかく経験が豊富であるので、トレーニングではなく指導論になったりもする。

 ただ教員としての鶴橋からすると、やはり何もしなくても勝手に部員が集まっていた昔の方が、やりやすかったとは思っているらしい。


 だが今日はそういうことではなく、普通に近況を話し合うだけである。

「そういや国立先生は結婚されたそうで。おめでとうございます」

「ありがとうございます。まあ、あんまりいい亭主をしてはいないんですが」

「へえ、それがどこで見つけてきたんで?」

「教員同士ですよ。公私共に支えてもらって、頭が上がりません」

 一歳年上の姐さん女房だとか。

「こんな野球バカのところに嫁に来て、本当にいいのかと思いますけどね」

「そうやって自認しているだけ先生はまともですよ。俺の方は高校の同級生だったんですけどね」


 とまあ、こういう身内の話もする。

 だがやはり野球バカが二人揃うと、野球の話になってしまう。

「ショートの子、まだ一年ですか。あれはいいですね」

「いいんですよ。ただ本人は長打がなかなか打てないのを気にしていましてね」

「長打ですか。体重は何kgあります」

「73kgですね。だから打てないはずはないんですが」


 ここでアドバイスするというのは、チームに対する背信行為になるのかもしれない。

 だが国立も秦野からたくさんのMLBでの最新トレーニングの情報を得ているし、アドバイスから何かを得られるかは自分次第だ。

「スイングの入り方を、ダウンスイングを意識した方がいいのかもしれませんね」

 世間では一般的に、ダウンスイングはイコール転がすスイングというイメージであろう。

 だが実際には王貞治はダウンスイングで入りながら、フォロースルーはアッパースイングになっている。


 悟の場合はミートは上手いのだから、アッパースイング気味になるようにして角度をつけるのは、出来るものなら飛距離を伸ばせるのだろう。

 なるほど、と思う秦野であるが、今後の白富東において、心配になってくるのが打力である。


 春の大会でも圧勝続きの白富東であるが、変化球への対応力には心配が残る。

 なぜなら去年までなら、直史がバッティンピッチャーで相手の変化球を再現してくれていたからだ。

 引退後も卒業までは、それなりに顔を出してくれていた。

 もちろん淳のような変則派のボールはあるのだが、直史ほどのなんでもありのピッチャーはいない。


 目の前にあるのは、強豪ばかりの関東大会。

 だが見据える先は、三年生の最後の夏の甲子園である。

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