第3話 試行

 体育科の創設と共に、入ってくる選手の能力は平均的に高くなるだろうと秦野は考えていた。

 そして特にスポ薦組が入ってくることを聞いて、簡単には従わないやつが出てくるだろうなとも察していた。

 そういった才能はあっても人格に問題がある選手をどう使うかは、監督の手腕の内である。

(ただな~。今までのうちはマイペースなやつはいても、致命的な問題児はいなかったからな~)

 正確には問題になる前にぽっきり折られているわけだが。


 現在の日本においては、中学までの選手はお山の大将であることが多い。

 シニアであればまだマシなのだが、シニアはシニアで問題があったりもする。

 そして学校の部活である中学軟式などは、別にメンバーの才能を揃えてチームを作っているわけではないので、余計に天狗になっている選手が多いわけだ。


 なので秦野はスポーツ推薦の中でも完全な実技試験で入ってくる者は、慎重に取り扱うように決めていた。

 たとえば去年卒業しプロ入りした選手が泣き言を入れてきたりもしたので。

(大介みたいなのとは違って、岩崎はまともだからなあ)

 前任者から聞いた限りでは、大介は入学時点では明らかにブレーキを踏んでいた。

 それが壊れて突っ走りだしたのは、一年の夏からだ。

 岩崎は小さな挫折や劣等感を積み重ねて、ようやくあそこまで成長した。

 だがタイタンズというチームでは、必要なタイプの負荷がかからないのではと思ったものだ。


 タイタンズのカラーに、岩崎は確かに合っている。

 だが合わない場所でプレイする方が、成長する場合も多い。

 コーチとの相性もあるが、早々に大活躍している大介と違い、岩崎はまた一度大きな挫折をするかもしれない。

 大学で揉まれた方がよかったとは思わない。一度白富東の環境に慣れてしまえば、今の日本の大学野球は、かなり遅れて見えてしまうだろうからだ。

 一流の指導に慣れた一流選手は、もう二流の環境には戻れない。

 ジンは良いことだと思っていたようだが、秦野としては岩崎の場合、東都か首都の大学をはっきり選ぶか、社会人を経たほうがプロでは活躍出来るのではとも思ったものだ。




 引退した選手も心配ではあるが、それについては最悪、あの人が動くだろう。

 今、秦野が注意しなければいけないのは、スポ選組の六人だ。

 この中で比較的、問題を起こさないであろう人間は、水上悟、上山徹郎、大石正春の三人。

 微妙ではあるがおそらく大丈夫そうなのが、宮武岳。

 そして出身学校まで行って確認して、取り扱い注意と判断したのが宇垣弘と山村響だ。


 怪我と引越しのダブルパンチで、完全にスカウトのマークから外れていた悟は、間違いなくお買い得の選手だった。

 大京レックスの大田鉄也が入学前から接触していて、なんともそこまでやるかと思ったものだ。

 基本的に野球バカで、怪我という障害で一度野球を取り上げられ、野球に飢えた高校球児。

 シニアの監督に聞いても、色々問題もあるが、という枕詞の後に、練習への取り組み方やプレイに関しては絶賛していた。


 上山徹郎はどちらかというと無名だが、それでも県内外から何件かスカウトが来ていた。

 ただ特待生待遇とまではいかなかったのも関係しているのか、あえて選んで白富東に入ってきた。

 中学時代の担任などか、気が優しくて力持ちという、ひどく分かりやすい表現をしていた。ドカベンかよ。


 大石正春はかなり問題はありそうだが、白富東で問題になるタイプではない。

 下手な名門よりも、ということでシニアの監督が白富東を勧めたのだ。

 ようするに自由人で、フリーダムな存在なのだ。ブラジルでそういうやつらを扱っていた秦野には問題はない。


 宮武岳は生真面目であるがゆえに衝突するところが多く、昔ながらの野球少年というものらしい。

 これも当然のようにスカウトの目には止まっていたが、特待生まではいかなくて、ならば近くて強いチームということで白富東を選んだそうな。

 むしろ白富東の自由すぎる環境で、どうやって成長していくのか、意外と楽しみである。




 問題は中学軟式でお山の大将だった、宇垣弘と山村響だ。

 宇垣は県営の試合で場外ホームランを打つようなパワーヒッターで、守備も下手ではない動けるデブだ。

 ただ性格的に誰かの下に付くことが嫌いで、下級生時代はサボりまくっていたし、特待生の話もチームを見学に行って、監督が偉そうでムカついたからやめた、というような生徒である。

 よくもまあ、面接もあったスポ薦入試に合格したものだとも言えるが、取り繕うぐらいは出来るのだろう。


 山村響はサウスポーでカーブを使い、軟式の全国ベスト16までは行ったのだという。

 ただこれは完全なピッチャー気質の我儘大王で、普通の強豪私立だと問題が起こりそうで、スカウトが手を引いたのだとか。

 白富東に来れば好き勝手に出来るとでも思ったのかもしれないが、スポーツ推薦と言いながらフィジカルばかりで完全に選んでいる気がする。内申はどうした?

 もっと悟のような、運が悪いだけの才能が集まらないものか。

 来年の合格基準にもっと口出しをしたい気分にはなるが、そういう選手も含めてチームで勝つのが監督である。


 スポーツ選手の中でも本当に一流となり、そして本当の意味でも成功者になるために必要なもの。

 フィジカル、テクニック、インテリジェンス、パーソナリティ。

 秦野がそれを教えてもらったのは、日本を離れてからだ。

 アメリカでは元選手でないとプロのコーチにはなれないといった、非科学的な考えは存在しない。

 日本はその点では、あまりに感情的過ぎる。

 野球などで顕著な、猛練習による追い込みは、果たして本当に必要なものなのか。

 メンタルを鍛えるためには必要だというものもいるかもしれないが、それは極めてガラパゴス的で、日本以外では通用しないものだ。


 日本人は基礎が出来ていないのに、間違った基礎のまま練習をしすぎる。

 秦野が指導者となって、改めて勉強をしたのは、単純にこれまでと同じ練習をしていても、最初から恵まれている選手を集めて、強度の高い練習をさせるなら、名門強豪に勝てないと思ったからだ。

 ブラジルという野球の未開国で秦野が指導するために勉強したのはまず、どうやったらサッカーが上手くなるかということだった。


 極端な話をしてしまうと、ブラジルは野球にさほど興味のないサッカー大国である。

 また貧困家庭の成り上がりも、いまだに珍しくはない。

 あらゆるスポーツエリートは、サッカーに集まる。その中でどういった選手が上達していくか、科学的に教えられ、そして学んだのだ。

 明倫館の大庭が、シニアから選手を育てて高校野球で勝つという話を聞いた時は、上手くやっているなと感じたものだ。

 そんな過去はさておき、果たしてシニアで実績を残したあの三人は、どういう采配を取るか。




 まずはクソ生意気な発言から始まった。

「俺は四番ファーストってことで」

 宇垣はそう宣言し、マッハの速さで反感を買った。

「お前な、そういうのはそれぞれの適正な守備位置を決めて足の速さも考慮に入れて、ちゃんと適格に決めるもんだろ」

 宮武が真っ先に噛み付いて、他の者の反感を代弁する。

「俺はピッチャーやるから最低でも三点は取れよ。さすがにレギュラーかなり抜けてても、全国制覇したチーム相手なんだからな」

 山村も身の程知らずの発言をするが、それを見つめる二年生たちの視線は生暖かい。


 シニアならばともかく軟式上がりは、自己評価が高すぎる傾向にある。

 あとシニアに対する無駄な対抗感もあったりする。

 地域の人間が集まって作るチームであるシニアは、同じ学校の中だけで作る中学軟式よりも、総じてレベルが高くなる条件を持っている。

 千葉などはまだマシであるが、この傾向は大都市のシニアにおいては相対的に多い。

 学校の部活野球であると、チームはその学校の生徒だけで作られる。

 そしてシニアは中学校に比べて圧倒的にチームは少なく、弱いチームでも比較的強いチームと当たるのだ。


 なので中学軟式であると、チームの中には自分より上手い選手が全くいないことがある。それも他を圧倒するほどに。

 だから試合に負けたとしても、自分以外に敗北原因をいくらでも探せるのだ。

 まあそれでも上山のような調整型の人間もいる。

 それに宇垣と山村もサル山の大将ではあるが、あの選抜試験を突破してきただけのスペックはあるのだ。


 あとはシニアの場合であると、本当に野球をやるための集まりであるため、部活よりは上下関係が緩い場合が多い。

 それでも野球は軍隊的な道理がまかり通っているスポーツなのかもしれないが、少なくとも白富東は違う。

「まあ宮武、そう怒るな。どうせすぐに自分の実力を知って、恥ずかしくて死にそうになるんだから」

 淳は辛辣に言ったが、顔も気配も穏やかである。

 スペックばかりの人間を、無数に倒してきたのが淳である。


 そして宮武はシニア組であるが、上下関係に対してはそれなりに従順なようだ。

「先輩がそう言うなら」

 やっとここから、打順やポジションを決めていくのだ。

「山村はじゃあ九番にしておくぞ。一番打ちたい人」

「ハイハイハイ!」

「じゃあ元気な大石な。つかスタメンで出たいやつ」

 孝司がそう問うと、全員が手を上げた。やはり体育科は違う。


 ポジションはそこそこ上手く分けられたのだが、肝心のショートをどちらにするかが問題だ。

 悟も宮武も、自分の正ポジションを譲る気などない。

 なので上級生が決めなければいけなくなる。

「両方ともショートだけってことはないだろ」

「俺は二番手投手でした」

 宮武の自己申告である。悟は割りと正直者なので、顔には出る。

「水上は他にもやったことありそうだな」

「まあ、内野も外野もキャッチャー以外は一通り」

 特にクラブチームでは、あちこちのポジションを守らされたものだ。

「じゃあ水上がセカンドで、これでポジションが埋まったな。あとは打順か。一番は――」

「ハイハイハイ!」

「分かってるよ。大石でいいんだな? 文哲は希望とかないのか?」

「とりあえずは見ています」

 自己主張の激しいやつらの中では、特におとなしく思える。

 ただ事前の情報の限りだと、侮れないやつには違いないのだが。




 そして打順は決定した。


1 (中) 大石 (シニア)

2 (三) 呉  (硬式)

3 (二) 水上 (クラブ)

4 (一) 宇垣 (軟式)

5 (遊) 宮武 (シニア)

6 (右) 塩崎 (軟式)

7 (左) 平野 (軟式)

8 (捕) 上山 (軟式)

9 (投) 山村 (軟式)


 悟の参加していたクラブチームは硬式であった。

 中学軟式の出身者が多いというのは、やはり今でも高校のスカウトは、シニアから先に見ていくということだろうか。

 確かにメンバーが絞ってありチーム数の少ないシニアの方が、選手を見出すのにも都合がいいのだろう。


 秦野はそれを見ていたが、同時に他の書類も見ていた。

 新入生たちの、中学までの他のスポーツ歴である。


 本格的にやったものではないだろうが、大石は中学の部活では陸上、文哲は水泳、悟はなんと卓球、宮武は剣道などをしている。

 上山は小学校の頃には柔道をやっていたらしく、まさにここもドカベンだ。

(あんまりいいことねえんだよなあ)

 統計的なことではあるが、日本やアメリカのように、多数のスポーツが選択肢にある環境では、中学までは他のスポーツも経験していた方が、大成するのだ。

 後のスーパースターがその才能を明らかに認められるのは、高校時代以降が多い。

 中学までは特に、一つの競技に絞らないほうがいいというのは、秦野の考えではなく単純な統計の事実である。

 もっとも選択肢が全くないような場合は除く。


 だいたいどんな競技においても、アマチュア時代に一番第二の選択としてよしとされるのは水泳である。

 心肺機能の強化、故障の発生率の低さ、適度な負荷に全身運動など、おおよそデメリットはない。

 特にピッチャーの場合は肩の駆動域が鍛えられることは、武史の例を見ても明らかだ。

 台湾出身の文哲は、気候的なこともあり水泳をしていたそうな。


 大石の陸上などは瞬発力強化、宮武の剣道は体軸補正、上山の柔道は足腰強化など、それなりに分かりやすい。

 悟の卓球というのは微妙であるが、あれは反射神経とフットワークが重要なスポーツのため、どことなく分からないでもない。


 明らかに恵体の宇垣はともかく、山村は微調整が必要かもしれない。

 スタメンではないが入れ替えていくだろう選手も、シニア上がりは学校では他の部活に入っている。

 だが軟式出身は、下手をすれば子供の頃から野球ばかりをしている可能性もある。

 実はこれは、あまり良くないのだ。特に野球の中でも、ピッチャーに関しては。


 特定のスポーツを若年層の頃からしていると、体がそれに特化してしまって、バランスの悪い鍛え方になる。

 もちろん鍛えなければ力は上がらないのだが、成長期が終わるまでは下手にそこばかり鍛えると、他の部分が鍛えられず、鍛えたい部分を鍛えるための基礎が出来ない。

 これも統計であるのだが、一流の競技者になる者が全国的な成績を残すのは、どれぐらいの年齢かというものがある。

 小学校時代から既に成績を残していている者は、10%にも満たない。

 もちろん始めるのが遅くてもいいという話ではなく、リトルやシニアの時代の練習は、土台作りまででとどめるべきなのだ。

 白富東のスポ薦の評価基準が、野球の技術ではなかった理由もそこにある。




 これまでの新入部員というのはいずれも、あの白富東の高偏差値の関門を抜けてきた者たちだ。

 座学の重要性を分かっているか、分かっていなくてもすぐに理解出来るものである。

 体育科の授業の中には解剖学につながるものもあり、そこでどうやって体を動かすべきなのかを学ぶ。

 秦野も頑張って、もう一度自分の知識をバージョンアップしているところなのだ。


 白富東がいくら体育科を作っても、全国から選手を集めてくる私立の強豪には、本来ならかなわないはずである。

 だがそれは、一般的な練習をしている場合だ。

 土台からしっかりと作り直し、三年目の夏に焦点を合わせれば、どうにか対抗出来なくはない。

 いい選手だけを集めてそれで勝つなら、甲子園で勝つのは常に名門強豪だけになる。

 それを覆してきたのが、白富東であるのだ。


 今年の新入部員に、化け物がいるかどうかは関係ない。

 自分のキャリアのためにも、この一年生たちは確実に育てようとする秦野であった。

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