第2話 選別
入学式の後のオリエンテーションなども終わり、さて本日は解散というところで、担任が付け加えた。
「あ、部活説明会前だけど、もう野球部は参加出来るからな。今日は大事な伝達事項があるらしいから、入部を決めてなくても行ってみるだけは行ってみた方がいいぞ。なんでも春の大会に入れるためのメンバーを一年からも決めるみたいだし」
緩い。
「シニアの先輩とかの話だと、強豪の高校って春休みから普通に練習に混じってたらしいけど」
悟の言葉に上山は頷く。
「うちの中学の先輩で野球特待になった人もいたけど、やっぱり普通に春休みから練習だったって」
ただ白富東はセンバツに出場して最後まで残っていたので、その疲労を取るという必要はあっただろう
ちなみに普通の強豪私立は、だいたいそれでも練習をする。
行き先が同じなので、当然連れ立って向かう二人である。
こうして並ぶと、上山の背の高さがはっきりと分かる。
「上山って身長と体重どんなもん?」
「最近計ったのだと185cmの86kgかな」
それでも高校球児の平均からだと、まだ体重は平均かもしれない。
ただ最近はキャッチャーもどっしりタイプではなく俊敏さを求められる。
シニア組ならまだしも、千葉の中学軟式について、悟は何も知らない。
ただ合格候補と言われていた連中が、全て自分より大きかったことは憶えている。
「水上君って東京のどのシニアに入ってたの?」
「俺が呼び捨てにしてるんだから、そっちも呼び捨てでいいぞ。てか、シニアなんかだと名前呼びさせたりしてたな」
そのあたりも中学軟式の部活とは違うだろう。
部活の上下関係は厳しく、シニアの方は実力主義というのが、おおよそのイメージである。
「あ、そんでおれは年報シニアってとこ。関東ではそれなりって感じかな。一年の時は三番、二年の時は四番打ってた」
こう言うとだいたい相手が驚いてくれるので、ちょっといい気分の悟である。実際に上山も驚く。
「それで三年は全滅だったんだ。いつごろやっちゃったの?」
「三月。そこから三ヶ月はほぼ絶対安静で、リハビリしてまともに動くようになるのにまた三ヶ月。そっからようやくまた鍛え始めたって感じ」
「そんだけ休んでて、よくあんな数字出せたね」
「けっこうギリギリだったかな。でも基礎体力自体はともかく、野球はかなり下手になってて焦った」
そんな会話をしながら野球部専用グラウンドに向かったのだが、この日が新年度の練習開始日というので、ファンや偵察だけならともかく、マスコミらしき姿まである。
「どんだけ……」
「まあ三連覇しちゃったからね」
白富東高校は春夏春の甲子園三連覇を達成したチームである。現行の体制でこれまでに三連覇したチームは、他に一校しかない。
そして今年も、このままならドラ一指名されそうな選手がいる。下手すれば二人。
大観衆を横目に更衣室のある部室へ向かうわけだが、悟などはこれはもう、クラブハウスと言っていいのではないかとさえ思う。
もっとも去年の新入部員が大量だったため、これでも小さいと思われているのだが。
「そういや今日呼ばれてるのって、スポ選組だけかな?」
「でも先生はああ言ってたし、混ざりたいやつはもう来るんじゃね? ……てか、あれ監督と新入部員じゃね?」
既にジャージ姿の監督と、ユニフォームの姿が二人分。
スポ選組ではないはずだが、一年が短くホームルームが終わってるだけで、上級生は遅れてくるはずである。
「そういやスポ選以外でも体育科はいるはずだから、それかな」
「あ~、体育科。でも60近くの偏差値。俺じゃ絶対受からないやつ」
「俺はスポ選外れても、一般でここに来るつもりだったけどね」
「マジか」
それだけここで野球がしたかったということか。
それを前提に考えてみれば、どこかの私立から声がかかっていた可能性もある。
部室にはコーチがいて、使えるロッカーを教えてくれる。
ただ元々の部員数から増えすぎたため、今年の新入部員次第では、ロッカーを増やす必要があるそうな。
着替えながらも色々と話してみる。
「やっぱ中学時代もどっかからスカウト来たりしてた?」
「ん~、あることはあったけど別に特待生じゃなかったし、それに白富東が体育科作ることは割と有名だったから、一応滑り止め一つ受けて、こっち本命にしといた。俺キャッチャーだけどちょっと体が硬くてさ。そういうの治すのうまいらしいし」
当たり前のようにスカウト自体はあったらしい。
「ここ落ちてたらどこ行ってた?」
「勇名館」
「俺は東雲」
悟のように東京出身の人間からすると信じられない話だが、千葉はかなり公立が強い県なのだ。
一時期はむしろ公立ばかりが強く、そこにトーチバが大学資本をもって乗り込んできて、他の私立が対抗するために野球部に力を入れてきたという歴史がある。
そんな私立の努力を全て吹っ飛ばす、白富東という存在が誕生してしまったわけだが。ついでに白富東の台頭以降、甲子園に行ったのは、同じ公立の三里だけである。
「ちゃす」
「ちゃす」
「うす」
そんな感じで話していると、また更衣室に入ってくる者たち。
こちらはスポ選入試で見た憶えがある。
「あ、トップだ」
「トップか。上山と仲良くなったのか?」
「同じクラスになったよ」
「それよりトップって俺のこと? いつの間にそんな名前ついたの?」
それは悟が、直史に投げてもらったのを見ていた者がいたからだ。
「すげ~な~って話はしてたんだよな」
「まあパワーはなさそうだけどな」
だいたいは好意的に声をかけてきたのだが、一人だけウザそうなやつがいる。
「小回りだけ利いてもどうにもなんねえだろ」
否、もう一人いた。
「んだとデブとヒョロ」
悟も気が短いと言うか、舐められたら殺すを地で行くだけに、一瞬で空気が凍りつく。
「ちょっと待った。まだ入部届も出してない時期に揉めたら、絶対印象悪いよ?」
慌てて上山が止めるが、どうやら彼はこういう役割が運命付けられるらしい。
それにしても悟に対して、どちらも180cm前後の体格を持っているのだが。
ライオンと虎に向かって行く、ラーテルのようなものであろうか。
「無駄にいきなり揉めんなよ。それでベンチ枠が空くならいいけどな」
止める者も止める者で、言い方に棘がある。
なぜいきなりこんなにギスギスしているのか、悟と二人で話していた時は、そんなにキツくはなかったのに。
おそらくあの話のせいであろう。
そう、白富東はその春の大会で、使える一年をいきなりベンチに入れるという。
野球名門校でも一年がベンチに入るのは、早くても一年の夏だ。
それまでは高校レベルについていけるか、確認する必要があるからだろう。
なんとか収まってグラウンドに向かうが、どうやらスポ薦以外でも、初日から練習に混ざろうという気合の入った者はいるらしい。
体育科は全員が野球部なわけではないが、およそ定員50人のうちの半分ぐらいは、野球部が目当てと思ってもいい。
ちなみに本当に運動ではなく、スポーツ系の分野に進もうと思って進学したらしい者もいる。
「ちゃす」
「ちっす」
「おう」
適当な新入部員の挨拶も、適当に流す秦野である。
初日からやる気の一年生は10人を越えて集まっていた。
スポ薦の六人と、特別枠の一人はちゃんと来ている。
あと一般だが体育科で入学したのが四人。
秦野が完全に把握しているのは、スポ薦の六人と、特別枠の一人までだ。
体育科にもそれなりの人材はいるかもしれない。いや、むしろ白富東の歪な人材の厚みを考えれば、スポーツを科学的に捉える人間も多いのかもしれない。
なんでも事前の調査では、野球部の実戦部隊よりも、研究班に入りたい人数の方が多いとさえ聞く。
スポ薦組の六人が揃うと、やはり悟を除いて体格がかなり大きい。
悟も身長に比して体重は多い方だが、他のやつらは身長がでかいのだ。
「ん~、12人か。ピッチャー経験者とキャッチャー経験者はいるな」
秦野は確認する。キャッチャーは上山、ピッチャーはサウスポーの山村響。
どうやら聞く限り、悟に対してある程度友好的なのは上山と、シニア出身の宮武岳と大石正春。
そして対抗意識を持っているのが、中学軟式出身の山村と宇垣弘らしい。
もっとも当たりの強さも素ではあるそうだが。
宮武と大石は、後で二年生の時の悟を思い出したので、自然と実力を認めてくれている。
最後のシーズンを丸々棒に振ってしまったというのも、同情のポイントらしい。
硬式シニア出身と、中学軟式出身の微妙な壁である。
同じ軟式でも上山は、そんな意識もなく中立のようだが。
「水上、試験の時はまだ完調じゃなかったらしいけど、もう大丈夫なのか?」
「はい。クラブチームの練習に混ぜてもらったりして、かなり戻してます」
そんなことも把握しているのかと思う悟であるが、鉄也と秦野がつながっていないわけはないのだ。
「守備とバッティング、どのくらい戻ってる?」
「守備は九割方……バッティングは試合ではまだ打ってないんで」
「まあナオの球をちょこっと打ってたし、それで充分か」
他の一年の注目が集まるが、声をかけてきたのは秦野であるから仕方がない。
秦野としても別に悟のことを特別扱いしているわけではない。
単純に、戦力になるかならないかが問題なのだ。
「センバツを終えてまだ時間も経っていないが、今月も下旬には、さっそく春季県大会の本戦が始まる」
白富東は予選免除だが、それでも本大会は一回戦からの出場となる。
「その試合で二つ勝てば夏のシードは取れる。もちろん県大会レベルでは優勝を狙っていくが、センバツの結果で関東大会にも出られるので、ぶっちゃけ負けてもいい」
選手に負けてもいいなどという監督は、まずいないだろう。
「シードだけ取ってあとは関東の私学との練習試合にあてる予定もあるが、関東大会はそうそう当たれないところもあるので、むしろこちらは全力でいきたい」
前置きが長かったが、秦野の言うことは一つに結論づけられる。
「現在のベンチ入りメンバーはセンバツに合わせた18人。ただし県大会の登録枠は20人となっている。この二人分を、お前ら一年が獲得するチャンスがある」
噂どおりである。
「これから一年と、二三年の試合をする。さすがにベストメンバーは組まないが、甲子園レベルのスタメンは組むからな。そこと対戦してアピール出来た者から最大二人をベンチにいれる。基準に満たないと思えば、二三年から選ぶ」
実力主義というか実戦主義と言うか、普通ではやらないことをいきなりやってくる。
一年の春からベンチに入り、下手をすれば公式戦に出られる。
全国レベルの実力でありながらこんな条件など、絶対に他ではありえない。
「赤尾、青木、淳は一軍から外れて一年の指揮をしろ。相談に30分、軽く連繋を確かめたら試合開始だからな」
それにしてもスピーディーすぎるが。
指揮を任された淳たちであるが、資料はもらっているものの、野球をする姿をするのは初めての一年生たち。
ちなみに二三年のメンバーと言っても、ほぼスタメン固定の孝司と哲平、それに淳まで投げないとなると、かなり戦力は低下する。
秦野は他に、武史は最初は投げさせないという縛りまでつけた。
打撃もいい三人が抜けるのは手加減という意味もあるが、普段は出場機会の少ない選手を、どうやって使っていくかも課題となっている。
白富東は現在の三年生と二年生で、60人を超える大所帯だ。
しかしこの中で野球の能力を期待されて入ってきたのは、アレクとトニーの二人だけと言っていい。
他は全員が、正攻法で入試を突破してきたのだ。
スポ薦の六人の他にも体育科の人間は、平均的な野球の上手さでは二三年の一部を上回っていることも充分にありうる。
「二年の赤尾だ。とりあえず知っている者もいるけど、名前と出身中学かシニア、それとポジションを言ってくれ。別に声を張り上げる必要はないからな」
一般的な野球部は、声が小さいだけで監督がヒステリックに怒鳴り散らす場合もある。
適当にといった感じで紹介を促していく。
「上山徹郎、棚橋中出身、ポジションはキャッチャーです」
上山の隣の悟の番である。
「水上悟、東京の年報シニア出身、去年は丸々怪我で、引っ越してきてからは地元のクラブチームで練習してました。ポジションはショートです」
上山以外のスポ薦組は、ここでようやく悟が夏の体験入部にいなかった理由を知った。
「宇垣弘、浦安東中出身、ポジションはファーストです」
最初に悟に喧嘩を売ってきたやつである。上背もあるが厚みもあって、こいつはもう完全に強豪の体格である。
「山村響、原北中出身、ポジションはピッチャーです」
こいつも口が悪かったやつである。
「大石正春、南房シニア出身、外野全部です。よろしく」
少しノリは軽いが、こいつは悟には好意的だった。
「宮武岳、鷺北シニア出身、ポジションはショートです」
悟には好意的だったが、軟式相手には棘のあったやつである。
それにしてもポジションでショートが被った。
他の面子も紹介はしていくのだが、どうやら反応を見る限り、本格的に使える戦力はこの六人らしい。
だが最後の一人の紹介が、注目を浴びた。
「ウーウェンチョーです。漢字ではこう書きます。台北からやってきました。ポジションはピッチャーです」
呉文哲。
今年の外国人枠は台湾人であるらしい。
×××
水上悟 右左 170 73 遊 シニア出身 三塁ランナー絶対帰すマン
上山徹郎 右右 185 86 捕 軟式出身
宇垣弘 右左 182 88 一 軟式出身
宮武岳 右右 176 75 遊 シニア出身
大石正春 右左 180 76 外野 シニア出身
山村響 左左 178 74 投 軟式出身
呉文哲 右右 177 72 投 台湾出身
本年の新人のまとめ スポ薦組六人+1
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