第4話

■AD300年 セレナ海岸


 怪獣の尻尾を引きつけ駆け回っているアルド。


「俺達も続け!」


 再び奮起した兵士達の波が怪獣へと押し寄せる。

 たまらず怪獣が尻尾で辺り一帯を薙ぎ払う。兵士たちの幾人かがかわし切れず吹き飛ばされた。


「サイラス、今だ!」


 振り切った反動で、一瞬静止した尻尾の先に舞い上がる一つの影。

 一息で高く舞い上がったサイラスが、曲芸師のような身軽さで尻尾の先に着地する。

 そのまま神速の疾さで怪獣の背を駆け上がっていく。


「頭を狙えば、ただでは済まないであろう」


 瞬時に頭部までたどり着き、居合一閃。

 狙いすまされた刃が獰猛なスピードで怪獣の頭部を真っ二つに……と思われたその時、首筋の装甲が瞬時に肥大化し、サイラスの刀を受け止める。

 だがその衝撃は凄まじく、ばきんっっ!!と鋭い音と共に怪獣の巨体がぐらついた。

 怪獣がよろよろと、数歩後退し、立ち止まる。

 次の瞬間、怪獣の身体全体に真っ赤な模様が浮かび始める。

 そのまま怪獣の全身が光を帯び始め……、


「エイミ!」

「はぁぁあ!!!!」


 跳躍したエイミの拳が正面から怪獣の胸部を襲う。

 まともに直撃を受けた怪獣の身体が大きく傾くが、倒れる寸前で踏みとどまった。

 怪獣の背中から一足飛びで跳ね上がっていたサイラスがエイミの傍に着地する。


「やはりそう簡単には倒れてくれないでござるか」

「まだまだ、何度でも叩き込むだけよ!」


 再び構えを取るエイミをサイラスが止める。


「待つでござる! 何か様子が……」


 前方。怪獣が腕をだらりと下げ、動かない。


「何言ってるの、この隙に!」


 静止も聞かず走り出すエイミ。

 再び跳躍し、怪獣の胸元に突っ込んでいき、その拳がコアを守る装甲にめり込む。


「よし、手応えあっ……」


 バンッ!!というものすごい音と共に弾き飛ばされるエイミ。

 アルドとサイラスの目の前の地面にその身体叩きつけられる。


「な……っ!」

「エイミ殿!」


 怪獣の装甲が次々と「弾け飛び」始めていた。


 まるで風船が破裂するかのように、大きな音を立てて各部の分厚い装甲が、怪獣の身体から剥がれ落ちていく。

 現れたのは……不気味に紅く輝く金属の身体。

 その姿は引き締まった「恐竜」の形に近い。まさしく機械の恐竜と呼ぶにふさわしい姿形である。

 身体のところどころからは、禍々しく蒸気が立ち上がっていた。

 紅色と思われた装甲は、どうやら高熱を帯びた金属であるらしい。


「不死身でござるか……」


 苦渋に満ちたサイラスの声。

 

――巨体が地を踏み抜き、大地が揺れる。



■BC20000年 ヴァシュー山岳西端 某地点


『人間の記憶容量全体を保存する為には、いくつかの記憶装置へと分割する必要があります。それぞれに非常用のジェネレータをつけるとはいえ、前段としての機械への記憶の転送は膨大なエネルギーが長期間必要になります。しかし私達が作った金属体が秘めるエネルギー機構をもってすれば不可能ではない……理論上はそうでした』


『逃亡生活の中で、既に瀕死の状態になっていた幼い我が子の意識を移す試みが始まりました。ですが、出来上がったのは自律的にエネルギーを求め、周囲のものを吸収し、我がものにし続ける機械金属体………そんな原始的な動きを繰り返す怪物を作り出してしまいました。今の私では何が間違っていたか、何が正しかったのか、検証する術も残されていません』


 ところどころで、くぐもったうめき声が入る。

 何か怪我をしているのかもしれない。


『実験は上手くいった……そう、上手くいったのです。しかしそれは予想を超えた形として現れました。それは日毎にエネルギーを取り込み続けたあげく、周囲の金属との融合を始め、ついにはこのラボの設備までも吸収し、それにも飽き足らずこの大地に眠るエネルギーを求め地下深くに潜り込んでしまいました……今はどんな形になっているのかも分かりません』


 ヘレナがボタ山を見上げる。やはりリュクス夫妻のラボそのものがここに飛んでいた。


『なんてことをしてしまったのか。私は大変な禁忌を犯してしまいました。救うためとはいえ、あまつさえ自分の娘を実験体にしたあげく、この世界を崩壊に導くような物まで生み出してしまって……』


『……元は小さな金属体でした。ですが今はどんな形になっているのかも分かりません。ただ我々人類や、自然界に、あまり良い影響を及ぼさない事は確実です。これを発見された方……エリジオンやKMS社の方でも構いません。どうか手遅れになる前に、地下に眠る災いの元を見つけ、このオーブと共に封じている結晶で機能を消滅させてください』


 リィカがコンテナの中に手を伸ばす。

 人の頭ほどの大きさの結晶体が転がっていた。

 結晶体は、日光を受けて宝石のように七色に輝いている。


『その結晶を使えば、地下に眠るコアの持つ性質を相殺し、エネルギーを自らの中で循環させる機能が停止するはずです。それで、あの子を……どうか、止めてください……私は出来なかった。早く止めるべきだったのに。生み出したのは私なのに』


 長い沈黙。


 やがて始まった言葉は悲痛に満ちたものだった。


「……メーナ、守れなくてごめんね。こんなお母さんでごめんね」


 無言の時間が過ぎる。


「数万年の時を経て、自己進化を遂げた機械生命体の一つの形態……人間は家族を守る為ならなんだってするようね」


 ヘレナがリィカから結晶体を受け取り、山をおりていく。


「合成鬼竜、すぐに回収して。アルド達のもとに向かうわ」


 反応がない。


「どうしたの? 急がないと」

『……』



■AD300年 セレナ海岸


 怪獣の装甲が、禍々しく紅色に輝く。

 直後、けたたましい唸り声をあげながら、巨体が海岸地帯の蹂躙を開始する。

 あとに残るのは倒れ、苦しむ兵士達。

 海岸のところどころでは地割れが起きている。


「ヘレナ達はまだなのか!?」


 怪獣の猛攻をかわしながら叫ぶアルド。


『今やってる……が、いかん。時空航行システムが機能しない』


 怪獣の身体中に青い雷光がほとばしる。

 するとその巨体から放出された幾筋もの稲妻が、アルド達へと無軌道に襲いかかる!


「くっ……!」


 すんでのところでかわす。

 後方で稲妻を浴びた一枚岩が音を立てて崩れ落ちた。


『そいつの身体から出ている猛烈な電磁波のせいだ』

「こっちで何とかするしかないのか……」

『っ! いや待て……聞こえるか、こちらAD300年……』



■BC20000年 ヴァシュー山岳西端 某地点


『聞こえるか……』

「えぇ、そちらの状況は?」

『率直に言うと非常にまずい。そちらに行ける見込みもない』

「ソンナ……」


 瞬時に思考を働かせるヘレナ。


 ――まるで、タイムカプセルのようデスネ。


「……そうね。その通りよ」

『どうした?』

「合成鬼竜、そちらの……AD300年の位置座標を教えて」

『それはいいが、一体何を』

「いいから!」

『……なるほど、意図は分かった』


 合成鬼竜から位置座標を受信したヘレナ。


「手伝ってくれる?」

「ハイ、もちろん」


 エゼル博士の残したコンテナを軽々と抱えるリィカ。

 そのリィカを掴んだヘレナ。

 彼女の脚部スラスターに火が灯り……そのまま空高く跳躍していく。


    ×    ×    ×


 ヴァシュー山岳西端からさらに北西へと進んだ地帯。


 たどり着いた先は海岸地帯から遠く離れた荒野だった。

 草木がほとんど植生していない不毛地帯。

 その上空を猛スピードで飛ぶヘレナ。


「掘削の深度を計算しマス」


 リィカとエゼル博士の置き土産を抱えたまま目的地へと急ぐ。


「海面上昇による地層侵食を考慮スルと、最適ポイントは地中およそ数十メートルほど……」


 目的地が見えてきた。

 荒野の中にそびえ立つ台地。


「座標点はあの中よ、どうする?」

「時間がありまセン、私が端緒を開きマス」


 台地の真上、リィカがコンテナをヘレナに託し、一直線に飛び降りていく。


 そのまま取り出したハンマーを携えると、落下の速度を乗せ、地面に叩きつけた!

 大きな地割れが生じる。


「さぁ行きなさい。あなたの、子のもとに」


 コンテナを抱えたヘレナが地割れに向かって加速する。

 そのまま台地に衝突。辺りには大きな土煙が立ち込め、そして……。



 ■AD300年 セレナ海岸


 大地が揺れる。


「あ……っ!」


 足を取られその場で動けなくなるフィーネ。


「フィーネ!」


 駆け寄るアルド。


 凄まじい咆哮が響く。

 二人をめがけて、怪獣が一際大きな火球を放出した。


「アルド!」

 

 響くエイミの声。

 フィーネのもとに駆け寄ったアルド。

 彼女を庇うように前に出る。

 目前に迫る巨大な太陽。


「……!」


 壮絶な炎の塊が二人を無慈悲に蹂躙するかと思われた、その時。


 彼らのすぐ傍にそびえ立っていた一際大きな一枚岩が、火球から二人を庇うように、彼らのそばに倒れ込んできた。


 衝撃で吹き飛ばされる二人。


「アルド殿!」


 立ち込める砂煙の中、剣を杖代わりに立ち上がるアルド。

 フィーネもまた、肩を抑えながら何とか立ち上がる。


「あぁ、星の煌きが……海岸の守り神が……」


 倒れ込みながら火球の一撃を受け完全に崩壊した大きな一枚岩を見た兵士達の嘆く声が聞こえてきた。


 だが怪獣はそんなことは意にも介さず、周囲を完全に焼き払おうと身体にエネルギーを集中させている。


『岩の中だ!』


 合成鬼竜の声。


 崩壊した一枚岩――星の煌き。

 無残に砕け散った、その内部から金属製の何かが顔を覗かせている。


 コンテナだ。


 その蓋が開き、中から何かが転げ落ちた。

 

 人の頭ほどの大きさの、七色の結晶体。


『そいつをやつにぶつけるんだ』

 

 サイラスが、いの一番に動き出す。


 彼の動きを察したのか、怪獣がいくつもの小型火球を放つ。

 だがサイラスは素早い身のこなしでかわし続け、コンテナに近づいていく。


 と、そこに、狙いの逸れた火球がコンテナへと一直線に向かっていく。

 だが火球がコンテナを高温で包み込む一歩手前、サイラスの口元から伸びた長い舌が結晶体を回収した。


「これを!」


 空中に投げ出される結晶体。

 だが怪獣まではまだ遠い。


「しっかりやりなさいよ!」


 エイミが駆ける。

 そのまま跳躍し、ふらふらと宙を浮かぶ結晶体を空中で蹴り飛ばす。

 飛んだ先、滑り込みながら結晶体を掴み取るアルド。

 目の前に立ち塞がる紅い巨体。

 掲げられた大きな腕が振り下ろされる。


「お兄ちゃん!!!!」


 かわしたアルドが、巨大な爪を蹴って怪獣の腕に飛び乗ると、そのまま一直線に駆け上っていく。

 目指すは怪獣の頭部。

 駆け上り、さらに飛ぶ。

 アルドを見据える怪獣。

 その口が大きく開き、強大なエネルギーが集まっていく。


「これで……っっ!!!!」


 空を蹴ったアルドの身体が、猛烈な速度で開いた口の中に飛び込んでいく。


 凄まじい光が辺りを包み込む。


 グオオォォ!!!

 咆哮が響き渡り、地が揺れる。

 怪獣の身体が激しく発光を始める。

 光はさらに広がり、やがてセレナ海岸全域を包み込み、ついには……。


 ――ママ、どこなの、ママァ――。


    ×    ×    ×


■AD300年 セレナ海岸・夕方


「ダメね、完全に使い物にならないわ」


 夕焼けに染まるセレナ海岸。


 浜辺に散らばった怪獣の残骸を拾い上げ、エイミがため息をつく。


「その物体からはもう何の反応も感じられまセン」

「せっかく珍しい金属だって言うから持って行こうと思ったのに」

「金属体のエネルギー機構が中和されたんでしょう。戻してあげるのが適切かと思われマス」

「そうだね……」


 エイミの手の中で真っ黒になった装甲が崩れていく。

 

 リィカが顔を上げる。

 視線の先に黒い「ガラクタの山」が積み上がっていた。


 アルドの一撃によって停止した怪獣の身体はやがて崩壊を始め、今では全く原型を留めていない。


 潮が満ち、海水が「怪獣だったもの」を舐め取っていく。


 燃え切った炭のように、ボロボロになったメーナの残滓が、波にさらわれ消えていく。


    ×    ×    ×


 潮の満ちた浜辺。

 その海面に横たわる大きな岩の上。


 ヘレナが夕陽の沈む海岸線を見つめている。


 ――メーナ、守れなくてごめんね。こんなお母さんでごめんね。


 手の中のサウンド・オーブを見つめる。


「家族、か……」


 振り返る。


 浜辺にアルドとフィーネの姿。

 アルドの負った傷をフィーネが治している。


「フィーネ、もうちょっと優しく……」

「もう! 少しは我慢してよお兄ちゃん。ただでさえ無茶ばっかりするのに……」

「いてっ! 痛てて……」


 そんな様子を遠目に眺めているヘレナ。


 ――人を知る旅はまだまだ終わりそうもない。

 ――それまでは、彼らが、私の……。


「……みんな必死なのよ、きっと」


 そう呟くと、サウンド・オーブを放り投げる。


 波にさらわれ、あっという間に遠ざかっていく。


 煌く水面に乗って、海の中へと還っていくオーブを、見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも見つめていた――。


 Completed...

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ハイ・エボリューション Tsumugi @Tsumuginozanshi

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