第2話

 ■???


 ――室温23℃

 ――湿度18%


 装置を起動する。


 共振器が光を放ち、続いて発生した魔力の渦が試験槽の中の鉱石へと照射される。


 すると突然、鉱石が破裂した。

 バラバラに散った破片が試験槽の中を跳ね回り、激しく火花を放つ。


 ――隣をちらりと伺う。


 夫のリュクスはこちらが見ているのにも気づかず、じっと実験の行く末を見守っている。


 試験槽の内部に白い煙が満ちていく。

 やがて音が止み、辺りが静寂に包まれる。

 中の煙が徐々に晴れていくと、「元の形を保ったまま」の鉱石が姿を現す。


 目を丸くしながら、その様を見つめる。


「やった……」


 リュクスの口が静かに動くのがわかった。


 ――成功した。


「やった、やったぞ!!」


 ようやく彼がこちらを向く。

 興奮に満ちた表情。


 ――私は夫の、この顔が好きだ。

 普段は寡黙で表情をあまり見せないくせに、実験となると少年のような屈託ない姿に変身するのだ。


「成功だ!見ろ!見ろよ!」

「うん、見た。見たよ。良かった、本当に……うっ」


 突然こみ上げてきた吐き気に思わずしゃがみ込んでしまう。

 顔にたちまち脂汗が浮かび始めるのが自分でも分かった。


「おい、どうした、しっかり……」

「大丈夫」


 夫を制し、立ち上がる。


 ――そろそろ言うべき時なんだろう。


「多分、喜んでくれてるんだよ……この子も」

「あぁそうだよ! もちろんさ……って、今何て?」

「だからこの子」


 白衣の上から自らの下腹部を指し示す。


「ほ、ほんとうか?」


 頷く。


「あなたと私の」

「あぁ……今日はなんという日だ。これまで存在なんて信じたこと無かったけど……神様って本当にいるのかもしれないな」


 そっと私の肩を抱くリュクスの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。



 ■AD1000年 エリジオン近辺の研究所


「これ、KMS社製ですね。間違いないです」


 モニターに情報が映し出されるや、研究員の男が声をあげた。


 規則正しく機械が立ち並ぶ、無機質な実験ルーム。

 解析装置の台座の上に、セレナ海岸で回収した銀色の箱が乗せられている。

 数本のレーザー光が、怪獣のパーツと思しきその箱を、隅から隅までなぞっていく。


 AD300年に突然現れた巨大な機械製の魔物。


 解析の様子を見つめながら、ヘレナはセレナ海岸での戦いの模様を反芻していた。


 ――ジェネレータもそうだが、急速に変質を行う黒い金属の正体は一体……


 この場所を取り次いでくれたセバスちゃん、そしてアルド達も息を呑んで解析を見守っていた。


 モニター内の情報を精査し終えた研究員が、診断結果を告げる医師のように話し始める。


「だいぶ旧型で、今はあまり出回ってないタイプみたいですね。これ、どちらで?」

「だってさ、アルド。どうなの?」

「あぁ、えっと、廃道に埋まってて……」


 セバスちゃんに突然話を振られたアルドが誤魔化そうとするが、


「何か気になる事でもあるの?」


 ヘレナが逆に研究員に尋ねる。


「あー、モノは間違いなくKMS社が作ったものだと思うんですけどね。付着してたものの材質が今まで見たことないっていうか」

「主任研究員のあなたでも分からないようなものなの?」

「専門は光力学の方ですからね。結晶の方はちょっと……おい! こっち来てくれ!」


 男が、部屋の隅でコンソールを叩いていた女性研究員を呼びつける。


「君はKMSで結晶研究やってたんだっけ?」

「ええ。二つほどのプロジェクトに携わっただけですが」

「これ見てくれ。モノ自体はKMSの恐らく3世代ほど前のモデルだと思うんだが、この付着した素材、何か見覚えあるか?」

「これって……」


 モニターを見せられた女性研究員が驚きの表情を見せる。


「いえ、でも、そんなまさか」

「どうした。心当たりがあるなら言ってくれ」

「……配位構造を見るに、素材自体はこの世界には存在しないものです」

「何だって? そんな事はないだろう、現にここにこうしてあるんじゃないか」

「表向きは、ですよ。KMSにいた頃、噂で聞いた事があるんです。未知の金属体を研究しているグループがあるって」

「ゼノ・プリズマ絡みの?」

「いえ、それとは全く別種の。これも噂ですが、何やらエネルギーを取り込みながら自己増殖する金属の研究とか」

「自己増殖だって?」

「はい。有り体に言えば『生きている』金属体ということになりますね」


 ――生きている金属。


「空気中の元素をもとに、エネルギーを蓄えながら自律的に増殖を行う物質を作ることで、ゼノ・プリズマとは違ったアプローチでエネルギー問題に取り組んだとかどうとか」

「おいおい、そんな話聞いた事ないぞ」

「だから全部噂なんですって。そもそも私みたいな下っ端に詳細なんて分かりようがないですし、都市伝説みたいなもんなんですから。大体ゼノ・プリズマの話だって、機密ガチガチじゃないですか」


 ――なるほど、やはり完成していたのか。しかしそれにしても何故、あの時代に?


「じゃあこの付着しているのが、その金属体だって言うのか?」

「それは分かりません。ただこれだけ僅かな付着物に、通常では考えられない程のエネルギーが内包されているようですので……すみません、これ以上は本当に」

「そうか。ありがとう……結局分からずじまいか。いや申し訳ないですね。友人のお役に立てず」

「ふーむ。天下のエリジオンの研究チームでも分からない事ってあるもんなのねぇ……さ、もう用事は済んだ?」


 話は終わりだとばかりにさっさと帰り仕度を始めるセバスちゃん。


「どうしたでござる? ヘレナ殿。難しい顔して」

「……何でもないわ」

「はぁ、これで振りだしか~」


 ――直接確かめるしかなさそうね。


「アルド」


 実験ルームを去ろうとする一行を呼び止めるヘレナ。


「ついてきて欲しいところがあるの」



 ■エリジオン南東 某地点


 エリジオンの南東に位置する荒野。


 砂埃の舞う廃墟の中に立ちすくむヘレナ。


 ――当然跡形もない、か。


 小さなガレキを拾いながら、アルド達に語りかける。


「合成人間にとっても、信頼に足るエネルギー供給源の確保は差し迫った課題だった。だから、秘密裏に未知のエネルギー源の研究が行われているという情報を掴んで、動かないはずがなかったのよ」

「じゃあ、この廃墟は」

「……私達のグループがたどり着いた時には既に崩壊した後だったわ。別の……合成人間の勢力によってね。ただ、恐らくはその勢力は何も得ることが出来なかったんでしょう。そこからどこかに技術が渡ったという話は聞かなかったの。様子を見るに、ここの主が自ら施設を爆破したんでしょうね。技術と、共に」

「……」


 押し黙るアルド達。


「……リュクス博士」

「え?」

「確かそういう名前だった。稀代の材料学者と言われた男。ゼノ・プリズマに代わる資源の研究を行っていたけど、クロノス博士と対立してエリジオンから追われたと聞いたわ。その後はKMS社と繋がってたそうだけど……こんな辺鄙な場所に隠れているくらいだから、ほとんど知られてなかったとしても無理はない」


 エイミがたまらないといった様子で前に出る。


「その人は、合成人間達のせいで……」

「言っておくけど、私は平和的に解決する事を望んでたわ……生きる為に必死なのは私達も同じよ」

「……」

「……ごめんなさい。言い訳するつもりはないわ、それに」


 ――何か感じる。

 

 ふと、ヘレナがガレキの中へ歩みを進めていく。


「おい、ヘレナどうした。どこに行くんだよ」


 ――大きなガレキの下。ほんの僅かな反応だがこれは……。


「アルドさん、待ってくだサイ」

「なんだよリィカまで」


 ――なるほど。


「……次元の裂け目」


 砂で埋もれ巨大な岩のようになった建物跡の前で立ちすくんでいるヘレナ。


「合成鬼竜」

『……あぁ。確かに反応ありだ。極僅かだがな』

「あなたの力で拡張出来そう?」

『やれない事はないが、どこに繋がっているか保証は出来んぞ』

「……どうする?」


 振り返り、アルドを見つめるヘレナ。

 アルドが戸惑いつつも頷いて応える。



■???


「やはり奴らに渡す訳にはいかない」


 やっと自室から出てきたリュクスは、開口一番そう言葉を発した。


「でもこれまでの援助の事なんかは……」

「あぁ、確かにその点はKMSには感謝しているよ。おかげでやっと実用段階まで漕ぎ着けられそうだしね。だけど……」


 ――固い表情。こうなったら彼はテコでも動かないのを知っている。


「軍事転用しようとしてるんだったら話は別だ。その気満々だったよ、彼らは。返事は一旦保留にしてきたがね。資源エネルギーの発展の為なんて題目は真っ赤なウソさ。スポンサーはもっと慎重に選ぶべきだった。僕は誰かを殺すために研究をしてきたわけじゃない」

「じゃあ、あの技術はエリジオンに」

「尚更ごめんだ! 奴らは僕たちを捨てたんだぞ!? それを今更……」

「……」

「……怒鳴ってごめん。もう捨てようと思っている」

「え?」

「今までの技術を、全部だ」

「……」

「……生活はどうする?って顔だな」


 ――それはそうだ。だって……。


 リュクスが視線を移す。

 リビングスペースの端に置かれた簡易ベッド。

 その上で、小さな赤ん坊がすやすやと寝息を立てている。


「畑仕事でも何でもするよ、この子の為だったら」

「……いいの?」

「研究人生、この辺が潮時なんだよ、きっと。名残り惜しいけどね。」

「……」

「あれは世の中の為には無い方がいい技術だ」

「……私はあなたが元気でいてくれたらそれでいい」

「ありがとう。理解してくれて。それでこそ僕の妻だよ、エゼル」


 ――憑き物が落ちたようなリュクスの表情。


「さて。どうやって処分するかはこれから考えるとして……」


 リュクスが部屋に戻ろうとした時、突如、けたたましい警報音が鳴り響く。

 すぐに遠隔監視映像を起動する。


 ――敷地の外。地平線の向こうからやってくる武装ヘリの集団を確認する。


 ふぎゃぁ!と赤ん坊が激しい声を上げる。


「合成人間!? どうしてここが……」

「くそ、後をつけてきたのか、注意は払っていたはずなのに……いや、待てよKMS社は既に」

「あなた!すぐ逃げないと」

「いや、エゼル、君はその子を連れて先に逃げろ」

「でも……」

「あれを処分したら僕も向かう」

「無理よ! 間に合わない!」

「やるしかないだろう。奴らの手に、僅かな欠片だって渡す訳にはいかない」


 急いで扉に向かうリュクス。

 出ていく寸前、振り返ると、


「第2実験室の裏口から地下へ続く階段へと出られる。五分経っても僕が来なかったら……」


 ――だめ。そんなのだめ。


「……とにかく急ぐんだ。非常用の物資も幾らかそこに置いてあるから、まとめておいて」

「リュクス……!」


 だが、声には応えず、リュクスは扉の向こうに消えていった。


■??? 第2実験室


 ――五分が経過しても彼は戻って来なかった。


 ラボの第2実験室には何事もなくたどり着けた。

 急いで準備をしながら彼を待っていたが……。


 広い実験室の隅で、赤子を抱えてうずくまる。

 ところどころで聞こえてくる銃声に耳を塞ぐ。

 悪い事なんて考えたくもなかった。


 ――実験室の前が何やら慌ただしい。


 たくさんの足音、金属音。


 ――合成人間に襲われた人はどうなるんだろう。私は殺されてしまうかもしれないが、この子だけは何とか見逃してくれないだろうか。それとも……。


 扉が開く。

 子供を抱きかかえ、顔を伏せる。


 ――あぁ、ここで終わりか。


 エゼルが目を閉じ、覚悟を決めたその時。


 突然、激しい閃光が辺りを包み込む。

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