第19話 進路指導――霙

 待ち受け画面を眺めている霙の手元を、後ろからひょいとマヤが覗く。

「なあんだ。真秀君かと思ったのに猫かあ」

 霙は嬉しそうに、それを皆に翳して見せた。

「かわいいでしょ、ほら、ほら」

 スマホ画面には、まだ小さい黒猫が映っている。真秀と会った時に、サバイバルゲームの電動ガンで撃たれていたのを見付け、病院に連れて行った猫だ。ケガが治り、真秀が引き取って飼っている。

 名前はレイン。雨の夜に見付けたからだ。

「目が大きくてかわいい!」

「赤いリボンが似合う!」

「うわあ、触りたい、抱きたい、遊びたい!」

「そうでしょ!いいなあ、真秀」

 霙はそう言ってマヤ、半蔵、オバQと一緒に待ち受け画面を眺めた。

「この写真撮ったの、真秀でしょ。どうせなら一緒に自撮りで摂って送ってくれた方が嬉しかったよね、霙は」

 イヒヒと笑うマヤに、霙は真っ赤になって

「もう!そんな事――」

と反撃しかけたが、

「その方が良かったなあ」

と思わず言って、更に赤くなった。

「頼んで送ってもらえばいいじゃない」

 半蔵が言うのに、

「は、恥ずかしいじゃない」

と答えるが、彼女らは笑い出した。

「許婚者の写真を欲しがってどこが悪いのよ。

 他に写真ってどんなの持ってるの」

 オバQが興味深々になって聞く。

「お見合い的に渡し合ったものだけね。

 私が渡したのは、入学式の時のものらしいわ。真秀のもそうだったし」

 それに皆は、え、と真顔になる。

「一緒に撮ったりしてないの?」

「そう言えばしてないわ」

 何かとすぐに写真を撮る人もいるが、霙も真秀も、そういうタイプではなかった。それでつい、撮り忘れていたのだ。

「今度はネコを抱いて自撮りしてもらおう」

 オバQが言うが、霙は恥ずかしがって吹っ切れない。なので、霙の代わりにマヤが送ってしまう。

「お、いいってさ」


     今度はネコを抱いて、自撮りしたのを送って


     わかりました。今夜送ります。


「何勝手に――いいって!」

 一転喜び出して、舞い上がる。

「でも、何か返事がこう、業務連絡風?」

 半蔵が小首を傾げ、マヤとオバQも考え込むが、

「次、川田ー」

と担任に呼ばれて、霙が慌てて立ち上がった。

 順番に、進路相談を受けているのだ。

「じゃあね」

 霙は教室の中に入った。

 霙の成績は、普通。学校のランクも、普通だ。

「川田は、進学希望だったな」

 担任は進路調査票を見て、そう確認する。

「はい」

「どこに行きたいとか、どの学科に行きたいとかは?」

 霙は身を乗り出した。

「東大の、法学部に!」

「ははは!冗談はいいから」

「いえ、本気です!」

 担任は霙を見、手元の資料を見、霙を見た。

「ああ、今からは、難しいかな」

「偏差値の低い底辺が――とかいう話があったじゃないですか。実話でしょ?」

 担任はやや困ったような顔をした。

「まあ、そうだけど。物凄く大変だぞ?滅多にないから話題になったんだしな?」

「でも……」

「川田。全てのテストでこの先全部98点をとれるか?そのくらいじゃないと無理だな」

 霙は打ちひしがれた。

「化学と英語と物理と数学と古文と世界史がなければ……」

「そういうわけにはいかないからな」

 霙はがっくりと肩を落とした。

「えっと、どうしてそこに行きたいと思ったんだ」

「い、許婚者が、そこを志望してて」

 真っ赤になって答えるが、顔は嬉しそうにニタニタしていた。独身で彼女を作る暇もない担任は、内心で舌打ちをしたい気分だった。

「現実的に考えると、無理だわ。彼氏と同じ学部でなくてもいいんじゃないか?」

「まあ、そうですけど」

「いつ結婚するの?川田は仕事とかするのか?何か夢とかやりたい事はないのか?」

 霙は考えてみた。

「結婚の具体的な時期は決まってませんから、仕事も、どうかな。

 やりたい事……サバゲーの大会で優勝したい!」

「はい。もっとよく考えて、ご両親とも相談しておくように。

 次の奴呼んでー」

 担任は、そう言って切り上げた。



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