第16話 決断
川田家は、お通夜のようになっていた。
空の妊娠そのものも驚きだが、それでどうするか決めるにも、父親である村上が行方不明だ。
川田氏は娘の妊娠に、いきなり老けたように見えた。そして、
「真秀君はそんな事はしないよな。信じているからな」
と泣きそうな顔で取りすがって来る。
川田夫人は、とにかく体が第一と決めたらしい。食事を作り、食べさせ、普段通りに振る舞っている。
「女は強いって事かな」
真秀は川田氏をくっつけながらそう呟いた。
霙は、村上への不満が募っていた。
最初はそうでもなかったのだが、空の妊娠発覚で、強硬になった。
「無責任だわ。父親なのに」
「でも、本人も知らない事だし」
「真秀、村上さんの肩を持つの?」
「そうじゃないけど」
「……そうね。ごめん。八つ当たりだわ」
「いや、無理もないよ」
「……ところで、やっぱり真秀も、そういうの、興味あるの」
「え!?いや、まあ、無い事は無い、けど」
しどろもどろになり、そして、真秀と霙もギクシャクし出す。
(ここにいるのもあと少しだといいうのに。
村上さんとやら。恨むぞ)
真秀は、あった事のない村上に、密かに恨みの念を送ったのだった。
空は自室でぐっすりと寝ると、晴れ晴れとした顔で出て来て、宣言した。
「わたし、決めた!この子、1人でも産んで育てる」
「お姉ちゃん」
「昇太がこのまま見つからなくても仕方ない。見つかって、一緒に育ててくれるって言えば、そうする」
川田氏はガックリと首をたれながら、静かに言った。
「わかった。わかったけど、空。見つかったら、答えに関わらず、1発殴るぞ」
霙も頷く。
「私も応援するね。
で、私も村上さんに、至近距離からフルオートを叩きこむから」
川田夫人は、にっこりと笑った。
「あらあら。物騒ね。警察沙汰にはならないようにしなさいね。やるならバレないようによ」
真秀は、
(俺は絶対に、こういう事にならないようにしよう)
と決心した。
ドアチャイムがなったのは、そんな時だった。
「はあい」
霙が出る。
そして、
「え!?村上さん!?どこにいたの!?お姉ちゃんが大変だったのに!」
という声と、
「え!?空に何か!?」
という声がして、ドタドタという足音がし、村上がリビングに飛び込んで来た。
やたらと薄汚れているし、無精ひげが伸びている。
「え?この人が?」
真秀は、予想と違うその風体に、皆の様子を窺った。
川田氏は唖然としたように固まり、川田夫人も口を覆って驚きを隠せないでいる。
そして空は、
「どこに行ってたの」
と涙のにじむ声で言うと、フラフラと村上に近付き、
「電話くらい出なさいよね!!」
と回し蹴りをした。
「ぐおっ」
体をくの字に折って膝を付く村上に、川田氏と川田夫人が慌てて駆け寄った。
「ちょっと、村上さん!?」
「だ、大丈夫か!?」
真秀は、眉を八の字にした霙と並んでそれを見守った。
「す、すみません。アマゾンの奥地って、電波が入らなくて。戻って来たら、電池が切れてて」
村上はそう言い、どうにか笑顔らしきものを浮かべた。
「アマゾン?」
全員の声が重なる。
「はあ」
空は腕を組んで仁王立ちになっていたが、ソファにどっかりと腰を下ろした。
「わかるように、順番に説明して。
その前に、落ち着かないから座って」
「はい」
村上はちんまりとソファに腰を掛け、全員が聞く体勢になった。
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