第15話 空、荒れ模様

「村上さんって、優しくて、いつも穏やかな人でね。しっかりしてるタイプなんだけどなあ」

 霙は、缶ビール6本、焼酎1升、ウイスキーほぼ1本を呑んでご機嫌な空を見ながら、小声で言った。

 川田氏は

「もうやめた方がいいよ。な」

と、ウイスキーと空になった1升ビンを悲しそうに見ながら言っている。

 川田夫人は、困ったような顔をしながら、

「ごめんなさいね。真秀君が来てる時に失恋しなくてもいいのにねえ」

と無茶な事を言う。

「失恋なんてしてないから。私が、頼りない昇太を振ってやったのよ!昇太を……昇太……もう、バカー!」

「あ、もうやめなさい、空!」

 空は泣きながら、グラスに残りのウイスキーをドボドボと注いだ。

 同じ空間にいるだけで、真秀も霙も酔いそうだった。

「その村上さん、本気でやりたい事があるんじゃないかな」

「でも、今?もう、就職活動って始めてるらしいわよ?私達で言うと、大学入試で合格しておきながら、別の学科に進みたいとか言い出すようなものでしょ」

 確かにそれはどうかと真秀も思わなくもない。

「でもなあ。お姉さんはドライに言ってたけど、仕事にやりがいを求めるのはおかしいかな」

「入社したら定年までとかいう時代じゃないもん」

「でも、退社してすぐに次の会社が見つかるか?それに、したい仕事を始めるにも、あんまり遅くからだとできないって事もあるぞ。村上さんが何をしたいのか知らないけど」

 言いながら、時々、空のスマホで村上へとかけてみる。

 だが、「電波が届かない所にいるか電源を切っているか」というアナウンスが流れるばかりだ。

 これだけ頻繁にかけているのだ。気付かないという事もない気がしたし、ずっと電波の入らないような所にいるのかとも思う。

「これは、本当に修復不可能?」

 霙が恐る恐る訊くが、真秀もわからない。

「話し合いが十分にされたようには思えない。とにかく話をしないと、どっちも後悔するだろうな」

 真秀は言って、霙と、泣く空を眺めた。

 そして村上は、行方不明になった。


 友人も、実家も、何も聞いていない、どこにいるのかわからないと言う。

「何か事故にでも巻き込まれたのかも」

 青い顔をしながらも、

「もう私に、関係ないけど」

と空は強がる。

 それでいて、片時も電話を手放さずにウロウロとしている。

 留守番電話にメッセージは山のように入れた。

 家にも行って、「電話をください」というメモを放り込んでも来た。

 それでも、何の音沙汰もない。

「これは、いよいよ、おかしいんじゃないか。警察に捜索願を出してもらうように、ご家族に言った方がいいんじゃないかな」

 真秀の提案に、霙も川田氏も川田夫人も同意し、霙が話しかけてみる。

「お姉ちゃん」

 空は、目の下に濃い隈を作った顔を向けた。

 そして、胃を押さえてえずく。

「え、ちょっと!?」

「ストレスかも」

 川田夫人が慌てながら、空を洗面所に連れて行った。

「病院に連れて行った方がいいかも知れん。

 悪いが、2人で留守番していてくれるか」

 川田氏はそう言って車で夫人と空を連れて行った。

「お姉ちゃん、大丈夫かな。今まで胃腸も肝臓も超合金みたいに丈夫だったのに」

 霙が眉を寄せる。

「村上さん、どこで何をしてるんだろうな。

 事故とかに遭ったら実家に連絡が入るしな。まあ、身元の分かる物を持ってない時は無理だけど、大抵何かは持ってるもんだしな」

 考え込む。

 やがて、疲れた顔で空達が帰って来たが、それにも驚く事になる。

「妊娠してたわ」

 乾いた笑みを浮かべ、空がそう言った。


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