第11話 俺の名は

 警察で別々に事情を訊かれ、やっと解放されて廊下に出ると、家族がすでに待っていた。

 真秀と霙は、並んで立つと、家族達と向かい合った。

 家族達は、何かを感じたように黙り込んで待つ。

「心配をかけて、申し訳ありませんでした」

 真秀と霙は、まずはそう言って頭を下げる。

「それと、爺さん。許婚の話は断りたい。俺は、こいつとやって行きたいんだ」

 意外と誰も、驚かなかった。ただ、怪訝そうな表情を浮かべるのみだ。

「私も、ごめんなさい。この人がいいの。

 勿論、まずはお付き合いをすることからだけど」

 家族達は互いに顔を見合わせると、両家の祖父がにこにことして言った。

「よかった、よかった」

「めでたい!」

 家族達も笑い合う。

 ここで真秀と霙は、首を捻った。

「何かおかしいな」

「そうね。反対すると思ったんだけど……」

 しかし、反対されないのならば好都合だ。

 そこで、重大な事を告げなければいけない事にも、お互いに気付いた。

「その、謝らないといけない事があるんだ、雪。俺は本当は、しろせまさひでじゃなくて、黒瀬真秀っていうんだよ。家出中で、反発してたから」

 霙はキョトンとしてから笑い出して言った。

「私もね、川田 霙っていうの。家出中だったし、反発の気持ちが、ね。

 川と言えば山でしょ。それと、霙と天気つながりで雪」

 真秀はくすっと笑った。

「意外と単純な偽名だな」

「そういうまさひで――いえ、真秀まほろだってじゃない」

「ああ。黒を白に。まさひでは、よく名前をそう読み間違えられるから」

「なあんだあ。結局私達って、似た者同士ってわけね」

「らしいな」

 両家の家族達は、予定通りに婚約がまとまって喜んで挨拶しあっていた。

 その中で、祖父たちが真秀と霙の前に立って言う。

「ん、おめでとう」

「長年の夢が叶って万々歳だ」

「でもな、2人共」

「家出はいかんな」

「はい。すみませんでした」

 真秀と霙は、大人しく頭を下げた。


 武者行列が進み、それを観光客や市民が沿道から見る。

「先頭は当主でしょ。若いのね」

「去年から次期当主なんだって」

「へえ。かっこいいなあ」

 観光客が言う。

 ぎっくり腰に当主がやられ、去年真秀が代役を務めた。すると今年も、四十肩なので代わってくれと言うのだ。 確かに四十肩では、流鏑馬は無理だ。

「ご立派になられたなあ、若様」

「文武両道だしな。去年の流鏑馬も見事だったしなあ」

「それより、聞いたか。好き放題していた市議会議員の息子のグループが捕まっただろ。あれ、若様が尽力したらしいぞ」

「聞いた、聞いた!流石だな。黒瀬の殿様は、家臣を守って下さる」

「ああ。ご立派な若様だし、黒瀬家も安泰だな」

 自らを家臣と呼んで胸を張るのは、家臣の子孫にあたる市民だ。

 そうこうしているうちに行列は神社に入る。ここは黒瀬家が建立したものだ。

 真秀は助けを借りて流鏑馬の準備をすると、馬に語り掛けた。

「ハヤテ。昨日の調子で頼むぞ」

 霙達を追ったのがこの馬だ。

 ハヤテは「任せろ」というかのようにヒヒンといななくと、その場で足踏みをしてやる気を見せた。

「若」

 弓と矢を渡され、セットする。

「行くぞ」

 真秀は、流鏑馬のコースを走り出した。


 本部のVIP席に、黒瀬家と川田家は座っていた。

「走る馬から弓矢で的を狙うんでしょう?」

「ええ。その命中率が高いと、今年の運勢はいいと言われるんですのよ」

「責任重大ですね」

「そうなんですよ。ただの縁起物とはいえ、気を使うんですよ」

 親達は和気あいあいち話しながら、始まるのを待っている。

 霙はそわそわとして、カーブの向こうを透かし見ていた。

「プレッシャーが確かに半端ないわね」

 姉は言って、鈴なりの見物人を見る。

 ガイドブックにも載り、ケーブルテレビでも中継され、全国ニュースでも一部が報道される祭りだ。外せば全国にばれる。

「あ、来る!」

 ホラ貝が鳴った。

 すぐに、カーブの向こうから馬に乗った真秀が現れる。

「意外と早くない!?」

 川田家の面々はそのスピードに驚く。

 霙は、瞬きもせずに真秀を見た。

 馬の走る小道から的までの距離は20メートル。矢を射てすぐに次の矢をつがえ、ひと呼吸のうちに狙いをつけて矢を射なければならない。


 1射目の矢が手を離れて飛んで行く。

 その行き先を確認することなく次の矢をつがえる。その頃に、的のベニヤ板が割れる音がする。

 足でハヤテの胴を締め、上体を揺らす事無く騎乗し、馬の速さと矢のスピードを目算と経験で計算し、息を止め、矢を射る。

 この繰り返しで5射だ。

 よその流鏑馬がどうかは真秀は知らないが、これが黒瀬の流鏑馬だ。

 5射を終え、ゴールまで走り抜ける後から、歓声やざわめきが追って来る。

 ハヤテを止めると、担当の家臣の子孫が素早く近寄って来る。

「5つ命中でございます」

 心の底からほっとした。市民のためもあるが、何よりも霙が見ている。無様な結果は残せなかった。

「よかった」

 あとは、祖父と父と試合を眺めていればいい。

「ハヤテ、お疲れさん。ありがとうな」

 ハヤテは鼻息も荒く鳴きながら、鼻面を寄せて来る。

 その向こうに、カメラを構える霙が見えた。

 目が合い、にっこりと笑い合う。

「若?ガールフレンドですか?」

 それに、答える。

「許婚者だよ」

 1拍置いて、歓声が上がった。この日一番の歓声だった。




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