第10話 猫の怨念

 警察に、

「若いのが騒いでいてうるさい。それに、カップルが連れ込まれたようだ」

と通報した牧場主は、厩舎に隠れながら、警察の到着を待っていた。

 と、中で激しい音がした。

 まだかまだかと待っている間にも、音がし、叫び声が聞こえる。そして、玄関前にいた3人が中に入り、しばらくすると、横を回って女の子が走り出て来た。

 首尾よく逃げ出せたのかと少しほっとした牧場主だったが、彼女がエアガンを手にしているのに気付いた。

 そして彼女は入り口から中を覗いて窺っていたが、いきなり立ち上がって、中に向かって撃ち始めた。

(な、何だ!?仲間だったのか!?それとも抗争!?)

 牧場主は、見付かったらまずそうだと、ますます身を縮めた。

 そのうち弾が尽きたらしい。彼女はそれを放り捨てて、中に踊り込んで行った。

 どうなったのかはらはらしていると、今度は最初にここで待っていた3人が、その彼女を人質にとるような格好で出て来て、車に乗り込んで走り出した。

(え……ええーっ!?)

 思わず立ち上がり、厩舎の外に出て車を見送ってしまう。

 と、中から走り出て来たもう1人が、バイクにちらっと眼をやってから、牧場主の方を見た。


 真秀は外に飛び出した。

 バイクはあるが免許がない。霙を追う、足がない。

 と、それが見えた。厩舎だ。

「よし」

 真秀は真っすぐに厩舎に向かった。


 車は暗い夜道を走っていた。スピード違反で捕まったら元もこうもないので、普通に走るようにと気を付けていた。

 と、何かが追いかけて来るのに気付いた。

「バイク?いや、ライトもないしな」

「何だ?」

 リーダーの呟きに、ゲストも振り返る。女も窓から顔を出して後ろを見、霙も振り返った。

「……馬?」

 呟いたのは誰だったのか。

 非現実的な光景に、ポカンとしているうちに、それは距離を詰め、ハッキリと見えて来た。

「あの野郎!」

「真秀!」

 ゲストと霙の声が重なった。馬に乗っているのは、真秀だった。

 車は市街地に入っており、そこそこの交通量のため、馬を振り切る事ができない。

「早く行けよ!」

「車が邪魔で!」

 モタモタしているうちに、馬は並走する形に追いついた。

「くそうっ!」

 リーダーは急ハンドルを切り、馬に車をぶつけようとするかのように寄せて行く。

 それを真秀はかわしていたが、バイクを避けた拍子に、車はそのまま公園に入り込んで行った。真秀はそれを追い、横に付く。

 窓越しに、真秀と霙の目が合う。

 霙はスライドドアを開け放つと、腕を伸ばした。真秀も腕を伸ばす。

「このアマ!」

 我に返ったゲストが霙を引き戻そうとするが、

「尼じゃないし、海女でもないわ!」

と言いながら、霙はゲストの顔を踏み台にして外に飛び出した。

 ふわりと浮いた後、馬の背中に乗せられており、スピードが落ちて行く。

「あ!前!!」

「へ?わあああああ!!」

 車の前方には猫がズラリと並んで、ライトを反射させた目を不気味に光らせている。

 それに驚いたのか恐れたのか。車はハンドルを切ったが、コントロールを失い、低い手すりを超えて、池に飛び込んだ。

「きゃああああ!!」

 悲鳴を上げる彼らを、真秀と霙は、馬から下りて眺めた。

「この池は水草が凄く繁殖していてな。なかなか動けないらしいよ」

「へえ。それは大変ねえ」

 彼らは車がズブズブと沈んで行くのに慌て、外に飛び出したはいいが、水草に絡みつかれて、進めないでいた。しかもそれを猫が見下ろしており、猫に虐待を繰り返していた彼らとしては、「猫の祟り」と感じられていた。

「た、助けて!」

「化け猫だあ!」

「そ、そんなわけないだろう!?」

 にゃああ。

「ヒイッ!?」

 見ている分には面白い。

「何で逃げなかったんだ、雪」

「警察に通報して来るのを待つ間に、真秀が何をされるかわからないと思って」

「せめて、弾が切れたところで逃げてくれていれば。

 まあ、無事で良かったよ」

「真秀もケガは無さそうで良かった」

「それと、助かった」

「私も。ありがとう」

「その。改めて連絡先を交換したいんだけど」

「うん」

 池の中から、声がかかる。

「お前ら!何とかしろよ!」

 真秀と霙は、同時にそちらに顔を向けて言った。

「自業自得!」

 誰かが通報したらしく、パトカーのサイレンが近付いて来た。



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