第3話 傷付いた猫
トンネルから出て、辺りを見回してみる。
と、どこからか微かに、猫の弱々しい鳴き声がした。
「猫?」
「赤ちゃんかもよ。似てるから」
「じゃあ、まさか捨て子か?」
それは大変だと、2人は目を皿のようにして探した。
「あ、あれか」
真秀は弱々しく動こうとしては転んで鳴く猫を見付け、駆け寄った。
見ると、動きがぎこちなく、怯えるように毛を逆立てて威嚇してくる。
「ケガしてるな。ケンカか?」
暗い中、黒っぽい毛が所々濡れているのがわかった。体を引きずって来た跡には、血液のようなものも残っている。
「病院に連れて行こう」
言いながら真秀は着ていた上着を脱いで、猫に手を延ばした。しかし猫は必死に抵抗して、動きの悪い体で暴れ、噛みつこうとする。
「大丈夫よ、怖くないから。ね」
霙も声をかけ、それが効いたのかどうかはわからないが、猫は何とか大人しく上着に包まれた。
「駅前に動物病院があったからそこに行こう。ここからなら一番近い筈だ」
2人と1匹は、動物病院に駆け込んだ。
医師は30代の夫婦で、もう閉院したところだった。だが、猫を見るなり、奥の処置室へと急ぎ、猫の治療を始めた。
「この子もみたいですね」
「この子も、とは?」
「最近、モデルガンでケガをした猫やハトなんかが獣医師のところに連れて来られるんですよ。うちにも、目を撃たれて失明した子や、撃たれて内臓にダメージを受けた生まれたばかりの子が来た事があります」
それに、真秀も霙も眉を顰めた。
「サバイバルゲームらしいんですけど、公園や山の廃屋で騒いでるそうで、公園は流石に日中は危険だからって禁止されたのを聞き入れたようですけど、山の中では相変わらずで。すぐそばには馬の厩舎もあるから。あそこはお祭りの馬もいるし、イタズラされないか、馬がストレスにならないかって、ピリピリしてますよ」
それに霙が、ああ、と頷く。
「お祭りって、ガイドブックに載ってたわ。騎馬行列とかするんでしょ?」
それに、獣医師は勢い込んで頷いた。
「ああ、旅行者さんでしたか。
それはもう、迫力もあって、見ごたえがありますよ。まず黒瀬の殿様を先頭に――去年から若様がこのお役に就かれてるんですけどね――鎧武者の騎乗した武士と
奥さんの方もにこにこと嬉しそうで、
「ぜひ見て言ってね」
と霙に言う。
「殿様とかって、祭りのためのなんて言うか、京都の時代まつりで言う斎王代みたいなものじゃないんですね」
霙の言葉に、夫婦は大きく頷いた。
「もちろん!」
「元からここに住んでいる市民にとっては、ここは黒瀬市ですよ。黒瀬家は今も我々の誇りで、盛り立てて行くべき主君のようなものなんです。
市長とか県知事と黒瀬家の意思が違っていたら、間違いなく黒瀬家に従うのが元家来である黒瀬市市民ですから」
胸を張る夫婦に、
(いや、そこは市長や県知事に従った方がいいんじゃ)
と霙は思ったが、微妙な顔付きの真秀に苦笑され、同じく苦笑を浮かべるにとどめた。
「それより、あの猫は」
真秀が話を変える。
「前足の骨が折れていましので、入院させて様子を見ますが、大丈夫でしょう」
それに、真秀も霙もほっとした。
「じゃあ、お願いします」
頭を軽く下げ、眠る猫を見てから、真秀と霙は外に出た。
すると、霙は思い出したように怒り出した。
「サバイバルゲームは、決められたエリアで安全に行わないとだめなのよ。迷惑をかけたり、動物に銃を向けるなんて論外。サバイバルゲームをやる資格はないわ」
「もしかして、やってるのか?」
「ああ、うん。友達とチームを組んでてね。まあ、大して強くないけど」
霙はへへへっと笑った。
2人は駅ビルの前に来ると、トイレに入る事にした。女子トイレは目の前だが男子トイレは20メートルほど先にあり、このビル入り口で待ち合わせようと言って、別れた。
真秀は、
(一晩帰らないと、女の子はなあ。この後送るか)
と思いながらも、別れるのが名残惜しい気がした。
霙も、
(連絡先とか訊いたら変かなあ。でも、意外と気が合うし、メールのやり取りとか続けてもいいわよね)
と、思った。
そしてお互いに、
(許婚者がこんな人ならいいのに)
と溜め息をついた。
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