第2話 通り雨

 霙はホテルを出たが、この辺に土地勘もないし、そうお金も持って来ていない。

 ホテル近くの公園にあった滑り台の下のトンネルに入り、ブツブツと文句を言っていた。

「生まれる前からの婚約者って、何時代の話よ。どこかの格式のある家ならともかく、普通のサラリーマン家庭におかしいじゃない。こんなの聞いたら、皆絶対に笑うに決まってる。

 家出、しちゃった。でも、これで嫌だって事、わかってくれるかなあ」

 そう言って、外を見た。

 午後9時を過ぎ、ポツポツと、雨が降り始めたところだった。


 真秀は家を出たものの、どこに行こうか迷った。へたなところに行くと、すぐに見つかっておしまいだ。友人や親類は頼れない、なんてものじゃない。

 そうして人のいない方へと歩いていると公園に行きついたが、ちょうど雨がぱらついて来たので、すぐ目の前にある大きな滑り台の下のトンネルに潜り込んだ。

「あ」

 そこには先客がいた。霙である。

「雨宿りしたいんだけど、いいかな」

 彼氏と待ち合わせをしているとかなら、誤解させてしまうかも知れないと、一応真秀は訊いてみた。

「あ、どうぞ。って、私の家でも何でもないんだけどね。へへ」

 霙は笑い、それで真秀はほっとした。

 それで黙って、雨のやむのを待つ。

 幸い短い通り雨で、すぐに空は晴れた。

 が、どちらも行く当てはない。ただそのまま座っていた。

「えっと、止んだみたいだけど」

「ああ、うん。そうね……。そっちは?帰らないの?」

「あ、まあ、うん、そうだな……」

 それで何となく、お互いに察した。

「家出か?」

「う、勢いで飛び出して来ちゃったというか。そっちは?」

「……同じく」

 それで、どちらからともなく苦笑した。

「私はか……」

「か?」

「違う。山田……雪」

 霙はとっさに、川を山に変え、霙を天気つながりの雪に変えた。

 真秀は間と「か」が妙な気はしたが、自分も名前を名乗る流れなので、偽名をと考え、違和感を忘れてしまった。

「俺は、……白瀬まさひで、だ」

 黒を白に変え、真秀をよく読み間違えられるまさひでにした。

「白瀬君ね。よろしく」

「山田さんか。こちらこそ」

 どちらも、偽名を捻り出せたことにホッとしていたのだった。

 それで、家出の原因を語りだす。

「聞いてよ、白瀬君。うちのおじいちゃんったら、いきなり私に許婚がいるとか正式に婚約するとか言い出すのよ。酷いと思わない?まだ高校2年生よ?」

「ああ、同い年だったのか。

 それには同感だな。実は俺も、同じ事を言われてな」

「へえ。意外と世の中の人って、許婚がいたりするのかな」

「どうなんだろう?」

 2人は首を傾げた。

 真秀は、自分の家が多少一般的ではない事は自覚しているが、よその事情に詳しいわけではない。

「相手はどんな人なの?」

「知らないな。写真を見る前に出て来てしまったから。

 でも、大人しくてかわいらしいとか言ってたな。

 相手に不服があるわけじゃないんだ。生まれる前から決まっているというのが、何か、こう……」

 それに霙が勢い込んで同意した。

「わかる!私もそう思うもん!

 出会いとか、告白とか、そういう課程もドキドキするもんじゃない?したいじゃない?」

 2人はますます意気投合し、手を取り合わんばかりにして盛り上がった。

「大人しくてかわいい?今どき許婚って言われて大人しく従うなんて、それは大人しいとかじゃなくて、何も考えてないんじゃないの?」

「人形ってわけだな。そういう女性はなあ。

 そっちのも、許婚ならそういう行為も許されるとか思って、隙あらば押し倒して来るような奴かも知れないぞ」

「うわ、気持ち悪い。ないわぁ」

 2人はお互いを同志と認め、許婚から逃げられることを祈り合った。

 乾いたパンという音が聞こえて来たのは、そんな時だった。




 

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