英雄適正
松脂松明
天に見抜かれて
どこにでもある団地。どこにでもある家。どこにでもあるベッド。しかし、その布団はスポーツマンが使っているような高級品。そして、包まれるだけで眠りに落ちそうな柔らかな掛け布団。
そこに一見、何の変哲もない青年が寝ていた。いや、青年と少年の間だ。つまりは自分がそうと気付かない宝の時期。学生という時代を謳歌しているはずの年齢だ。
窓辺に寄せられたベッド。そこで一日で最高の時間を味わっている。
「クソッ! 今日も来たか!」
恐ろし新聞が投げ込まれた瞬間よりも早く察知して、英雄は立ち上がった。鍛え上げられた第6感。そして、膨大な経験値が驚異を感じ取り英雄を目覚めさせるのだ。これがなければ生き抜くことはできなかっただろう。
窓辺にベッドがあるのも、最悪でも陽光で起きるためだ。まずスタートから気をつけなければ、これから始まる死のマラソンに決して耐えることはできない!
「はぁっ!!」
気迫と共に窓から飛び降りる。既に姿は通っている学校の制服である。
恐ろし新聞は読めば、ルートが確定してしまうだろうことから目を瞑ったまま自由落下する。
英雄は3階の高さからも平然と飛び降りた。彼は鍛えれば鍛えるだけ、骨格や筋肉による制限を突破して身体能力を高める奇跡を授かって生まれた。
もうこの時点で普通ではないが、普通でないからと言って普通の生活が送れないという道理も無い。
そもそも、乱用するほど人格は破綻していないし、それだけでマウントが取れるほど社会は甘くない。しかし! 見たこともない世界や、星に連れて行かれると聞いて頷くバカが居るか! 裂帛の意思で都合の良い妄想を振り払い、真っ当な幸せを掴むのだ!
しかし、またしても、しかしだ。そうは問屋が卸さない! 彼の能力は強力でありながら、操縦しやすい。それは異世界側や何か良く分からない秘密結社達がよだれを垂らすほど魅力的だ。
つまりは世の男子たちが求めてやまない、スリリングハーレムな世界へと導かれているのだ!
「厄介な……!」
「勇者様! こちらです! どうか世界をお救いください!」
「それがトラックに乗って言うことかぁーーー!!」
着地と同時に、横からトラックが迫りくる。最初はただのおじさんだったのだが、神様か世界が業を煮やしたのか……とうとうファンタジックな美少女が乗っている。
そりゃ可愛いと英雄も思う。しかし、美人が隠せる難にも限度がある。トラックでこちらをひき殺そうとする輩と関わりたくない。
「せめて、召喚とか穏便な方法を取れないのか!? いや、その前にトラックあるなら魔王とか邪神とかもう、それでひき殺せや!」
トラックと等速で道路を駆け抜ける英雄。皮肉にもこの連中がしつこいおかげで、もはや超人だ。本場のお米の国でマーベラスに活躍できるかもしれない。
昨日のうちに仕掛けておいた縄にぶら下がり、別の道路に移るべくターザンを決めながらだと、特にそう感じる。
それでもごめんなさい。痛いのとか悲劇とか普通に嫌です。
「しまった!」
わずかな感慨が命取りである。着地したのはなぜか都合よく生えている廃ビル。下からは金属音が断続的に響き渡り、足元がくずれかかる。
このパターンは下で正義とか悪とか、そんなあやふやなサイボーグや超能力者が戦っている場面だ。落ちたら最後、巻き込まれて世界の陰謀とかと戦う羽目になってしまう。
足元が確かなうちに全力で屋上を後にするべく、最高速度でダッシュジャンプをした英雄はまたしても己の迂闊さを呪う。
逃げる際には無闇に空に出ない。浮遊中は無防備であり、落下速度という制限がかかる。
ほんの少し上空には、ふりふりの格好をした将来が楽しみな美少女が浮いている。
「サダカ! ポリコレステッキの真の力を発揮するには愛の力が必要なんだ!」
余計なこと言うなや、糞珍獣!
危うく口出しして気付かれるところだった。
顔を見られたら突如として、自分がお耽美な顔に変貌するのを防ぐべく姿勢を変える。顔は下に向け、それでいて直立不動。空気抵抗を活かして、速度を全力で相殺。
何とか地上への進路を確保した。しかし、まだだ。最初に撒いたはずのトラックが、最後のチャンスとばかりに迫る。
「まさか、自動車専用道路を利用したのか!?」
物流を担う道路を利用すれば、英雄が逃走経路として選ぶ、異世界勧誘トラックが通れない道にも回り込める。
こちらの性格だけでなく、地理と法を理解していなければ出来ない芸当だ。そんなこと学んでる暇があったら、自分で戦った方が早いだろう。
そのツッコミを口にしようとして、唇が凍りつく。そもそも
通用しないことも、小回りが利かないことも分かっているはずだ。普通の自動車とトラックの違いを思い起こせーー!
「いや、それはいくらなんでも駄目だろ!?」
近くにあった鉄パイプを通り過ぎざまに、荷台のコンテナの扉へと投げつける。こいつら、魔物を詰め込んできやがった!
咄嗟にかかった即席の閂のあと、扉を蹴りつけて歪ませる。幸いにして力ずくで扉を破れる魔物ではないらしい。構造上これで一安心だ。
「勇者様、いまお助けします!」
ナイフを持って突進してきた聖女だか王女だかに、ボディブローをお見舞いして英雄はようやく学校へと向かう余裕ができた。
……しかし、忘れてはならない。英雄の安息は睡眠時のみ。学校にも様々な罠があった。普通に生きるなら学歴があったほうが良いから、避けては通れない。
曲がり角で学校のアイドルとぶつかりそうになったので、隣りにいた佐藤君を盾にして難を逃れる。
なぜだか普通の教育機関を占拠しようとする武装集団を、校舎に入ってくる前にボコボコにした。
夜中に学校ヘと行くことが無いようにかばんの中身は完全に確認。黒髪ロングの女学生とは絶対に目を合わさないのもポイントだ。
なにもないところで転んだ少女のメガネはマッハでかけ直してあげて、素顔を見ないうちに逃げる。
帰りの道行きは登校時と同じなので割愛する。
……なんだってこう、異世界や異常集団が関わってくるのだ。望んでいる人のところへ行って欲しい。
ググールに地図を載せて、ストリートビューぐらい見せてから勧誘して欲しい。
こうして英雄はようやく家に帰り着いた。素晴らしい時間は真面目に授業を受けているときと、寝ているときだけだ……
「おはよう、お兄ちゃん♪」
朝起きると昨日までいなかった妹にアッパーカットを食らわせて、英雄の次の一日が始まった。
英雄適正 松脂松明 @matsuyani
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