後日

 澄み渡った冬の青空に、ちりぢり散らばった雲が流れていく。昼食後の頭は少しぼーっとしていた。事件前よりも少し食べる量が増えた。まだはっきりとした空腹感は戻っていなかったけど、現実から隔離された病院だからだろう。朝起きたら昼まで大体こんな感じで時間を浪費している。行動を取ろうと思っても、頭がはっきりしない。寝転んで窓を見ていたり、天井を眺めたり、スマホのニュースを眺めるくらいだ。医者や叔父が来るとき以外は何も考えていなかった。

 あれから一週間経った。

 列車の外に待機していた救急車に乗せられてすぐに病院に搬送された。CTスキャンや脳波計など体をくまなく検査されて、遅れてやってきた叔父と共に無問題と笑顔の医者に報告された。余命一ヶ月といわれた病状も、突然奇跡的に治ったと無理矢理納得させられていた。多分この医者は能力者の関係者だろう。正誤判断はつかなかったが、その後の入院について話をした。余命は伸びたが、この先再発の可能性がある。だから暫く専門機関に隔離する必要があると。専門機関に関する資料を叔父と僕に渡した。山奥にある病院でとても清潔感あふれ、広い土地で過ごす。保護者も僕も安心させるような冊子だった。あまりにも都合のいい舞台の、権力と資金の濫用が見て取れた。今ここでいろいろ暴露したところで根拠がない、情報量の差で言い負かされる。この空間で孤立していた。渡されて説明を受けた叔父は、少し悩んでいた。医者はこれは必ず入院する必要があり、政府からも補助金が出ると強い語調で説得した。多分、僕のことを心配している訳じゃないだろうと思っていたが、心配だから考えさせて欲しいと普通の保護者の様なことを言っていた。不倫で妻を捨てたような奴にはそぐわない言葉だった。医者にとっては予想内の反応だったのだろう。納得した様子で、数日後にまた呼ぶといって、問診は終わった。

病室に戻ると叔父はとても心配していた、正直離れたくないと泣いた。叔父の泣くところは初めて見た。だが、内心冷えていた。その介護心を、涙を自分の妻には出せなかったくせに。優先順位をつけられているようで、しかし心から心配されていることに少しの安堵を覚える自身がいてとても複雑な気持ちだった。自分でも処理できず、疲れたから寝ると言って無理矢理帰らせた。実際事件終わってからすぐに病院の検査で疲れていた。叔父が泣き顔で帰ってからすぐに寝た。

起きたのは次の日の午後だった。その後に警察の人に事情聴取を受けて、能力の識別などの説明を受けて能力に関する調査も行った。だいたい予想したとおりだった。距離範囲内で本人が嘘だと思っている発言にノイズがかかる。コミュニケーションなど精神的な面で負担がかかりやすい能力だから、どちらにせよ一旦自分の能力の調整のために別の場所に隔離されるべきと説得された。僕は叔父と話すまで待ってくれと言った。警察の方もすぐに受け入れた。警察は医者の方を通じて書類を送って欲しいと伝えて解散した。書類を見たけど拒否した場合のことは書いてなかった。多分、何かと理由をつけて強制的にでも移動させるつもりなんだろう。僕は離れたくないと縋る親子関係を考えて、すぐにやめた。

 それからまた寝て、起こされたのは次の日の午後二時だった。警察の人が来て事情聴取をした。救急車に乗せられる前に話は聞き終えたはずだったけど、能力の隠蔽についての裏取りに来た。僕が何をしたのか聞いてきた。超自然現象からただ殺人現場を目撃した少年という立場として発表されるらしい。マスコミとかのことを考えると嘘でも隠してくれるのは有り難かった。

契約書のサインは未成年だけど書くことになった。一応精神科に通っていることを説明したが、長田さんが代わりに責任を取ってくれるとのこと。現場に居て、信用を決めたのは長田さんだからと。帰ってから僕は布団に倒れこんだ。この事件で間違いがあったら責任を負うのは長田さんだ。唯一の成人だからだ。僕は、あいつを殺さなかったことに今更安堵していた。殺していたら、立場がなくなっていたのは長田さんだ。自分のことじゃなくなっていた。里見にも影響があってもおかしくない。ほんの少しの関わりでも、関係が生じていた。殺人事件という特殊な現場だったからか、それともただ普通の場所でも背負うものがあるのか。

 ふと昔のニュースを思い出した。友人が事件を起こした、その人が声をかければ止まっていたのかもしれないという後悔を語っていた。そのときは苦しみは理解できないと考えていた僕は、苛立ちと共感の半々でチャンネルを変えた。僕が自殺した友人を止められなかったときも同じことを言っていた。長田さんはいつインタビュー側の立場になってもおかしくない。気が重い。

 それから二日経った。多分もう退院してもいいはず。だけど退院できないのは、多分僕の精神状態と能力者の扱いについて処分の決定を待っているんだろう。放っておいて死なれても病院やいろんな人たちが困る。死ねない理由も増えていた。

 上手い命の使い方を考えていたのに、どうしてこうなってしまったんだろう。いくら考えてもわからなかった。爆弾を解体できたなら他の連中なんて死んでも良かったのに何故助けたのか。それは自分の供述の信用のためとしか言いようがなかった。

 結局あそこで見捨ててしまえば自分の能力に対する信頼が無くなってしまう。嘘を偽造して反論させないためにから殺した、とみなされてもおかしくない。そうすればあの場での真実に対する信頼がなくなって、事態も解決出来たか分からない。長田さんが殺させる訳がないだろうけど。……結局、僕が殺意を以て搭乗したことはどうでも良くて、僕が何をしたかに意味があった。司、臣との違いは人を実際に殺す\殺さなかっただけだ。事実を眼前に突きつけられたけで現実に戻ってきただけだ。結局僕の立場は変わっていない。将来への不安だけが残っていた。

 たまに不安から超能力者であることや本当に存在すると暴露しようか迷ったが、今度は精神病院に送られそうだったからやめた。ネットで言っても嘘と一蹴され、病院の人に言ってもおそらく関係者ばかりだから隠され、叔父に言ったところで睡眠不足による妄言と心配されるだけだ。

 一週間もすればニュースは警察からの発表が起承転結にまとまっていた。列車ジャックは朱鷺と似た奴を人質にした厄介な事件だったということになった。警察の権威のために、朱鷺が蓮井と入れ替わっていたことは黙秘された。ただその直後現れた本物の瑠璃によって、七年前の事件に片身が関わっていたことを朱鷺なしで証明できた。瑠璃は片身の手下に追われていたので安全の確保ができたとして出頭したらしい。蓮井による七年前の偽装も、瑠璃による告発も、これからのことだった。

 寝てばかりだが、重い体では動きたくなかった。同じようなニュースばかり流れるスマホを棚の上に置き、僕は窓の外を見ていた。千切れ雲が夕焼けに染まる。面会時間終了時刻も近く、人の声がだんだん少なくなる。胸にいたみが走る気がした。全てから隔絶された気がして、今の僕が溶け込もうとしたところで齟齬が起きる。歯車がかみ合った世界で、僕は必要なかった。

 病室のドアがノックされた。

「はい」

「失礼します。長田と里見です。今後の生活について話しに来ました」

 長田さんの声だった。素早く体を起こし、皺を作っていた寝具をさっと整える。

「どうぞ」

 できるだけ大声で返答した。扉がゆっくり開いて二人が入ってきた。手には封筒を持っていた。ベッドの側の椅子に二人は座った。

「調子はどうですか」

「最近はずっと寝てます。それ以外はニュース見ていますね」

「なら、最近の捜査の動向も大体知っているな」

「とりあえず瑠璃茂雄本人の逮捕は知っています。それと……司治の本名が判明したことまでです」

 本名はわかった。だが犯罪を行う前に死亡させて、戸籍を消していた。これは単独で行ったため、正直本名が判明したところでわかることはほぼ一切ない。

 長田さんも同意なのか、あまり気にした風ではない。

「本当の本名が出てきてよかったな。司に関する捜査は順調に進んでいるらしい」

 僕は頷いた。あの日からほぼ隔日で新情報は明らかになっている。入院直後の混乱はほぼ収まり、列車内での出来事はもう数か月前のことのように思えた。

事件直後はもう大騒ぎだった。僕の方にマスコミは来なかったが、警察関係者や電車の運営会社は連日会見していた。何処に責任があるのかとか、捜査は正しかったのかとか、検察に癒着があったことにどう責任を取るのか、他に冤罪事件があるんじゃないかとかすぐに結果が出ないことを同じように延々と聞いていた。これから捜査するんだから少し待った方がいいんじゃないかとか妙に他人事のように感じてしまった。とりあえず判明したことは、当時のアジトにあったものは主犯である朱鷺または蓮井によって特定の人物以外処分されていたらしい。その中で特に本物の瑠璃に関するものは処分され、偽造した証拠物を置いていたということである。それを指示したのは片身と証言した。しかし、片身の方は否定していた。物的証拠からもう不信感が募り恐らく逮捕状が出るのもあと数日だろうと予想されている。

また、瑠璃と自供していた奴は非実行部隊の春間信二という名前で只のかかしとして生き残らせていたということである。片身が議員をやっている地域に自分の親族がおり、地元を統治する企業に勤めている親族だけでなく友人に嫌がらせや偽の不祥事によって失職させるかという脅しを受けてこのような状態になったと自供している。結局、親族は仕事を辞めて一家離散してしまったらしいが、政治的な争いに巻きこまれた一関係者として扱われれば罪も随分軽くなる、下手すれば無罪になるかもしれない。企業と議員との癒着もまた問題に上がっている。本物の瑠璃も司の言っていたように片身の部下に追われて殺されかけていたらしい。今回の殺人依頼から罪に問われることは確実だが、後は警察と裁判所に任せるしかない。僕はほぼ傍観者としての立場に甘んじるべきだと思っている。どうであれ、無罪の人を殺しかけた奴に発言権は無い。

それに今度こそ真実が明らかになった。適切な罰が与えられるはずだ。そう信じるしかない。司、臣、おそらく蓮井は生きているうちは外に出られないだろう。浮世はどうなるんだろうか。浮世の量刑だけは僕にはわからない。

 しばらく布団の中で思索に沈んで、事件を起こしかけたことに恥ずかしくなったし後悔した。この事件を経て自分の愚かさに恥じることとなった。確かに偶然七年前の真実は明らかになったが、僕の苦しみをどうにかするものではなかった。解決しても事件は無くならない。死んだ人はなくならない。多少溜飲は下がった。それだけだ。

 それだけだった。

 騒げば騒ぐほど、この六年間の沈黙に怒りが増す。新聞の文面から居なくなっても、苦しみは続いていた。見えなくなっても存在はしていた。もう過ぎたこととして扱われるのが苦しかった。まだ続いているのに何故終わったように世界が回るのか、置いてかれた気がして僕は目を背けていた。友人の自殺でそれもままならなくなったから外に出ただけだ。あいつが自供したところで、事件の解決を遅らせていたのは確実だ。保身よりも真実が欲しかった。

「おい、聞こえているか?」

 はっと現実に戻る。二人が心配そうな顔をしてこちらを見ていた。

「やっぱり早かったんじゃないですか?夏目さんの能力を考えると精神的な疲労が思ったよりも大きいのかもしれません。もうちょっと休ませておいても事件は起きないと思います」

「夏目に懸念は無いが、他の悪用を狙う連中が心配だ」

「俺たちみたいな、ですか」

「判別もつきづらいだろう」

 勝手な言い様だ。だが能力者について無知な僕は反論できない。

「頭が脇道に逸れていました。気をつけます」

「そうか……会話と読解に支障は無いか?」

「読解に少し時間がかかります、すみません」

 ここ最近頭を使っていない。

「いい。仕方ない、時間に余裕を持ってきたから気にするな」

「ありがとうございます」

 長田さんは封筒を差し出した。A4サイズの封筒を手に取り開ける。中からは移住のための書類や、精神病院についての説明が入っていた。

「こんな状態で申し訳ないけど、やっぱり一度こちらの方で面倒を見る必要性がある。いったん移住して、能力制御の訓練を受けてもらう。その結果自分で能力をオンオフ出来るようになるか、出来なかった場合の支援をどうすべきかを考えなければならない。申し訳ないが、一回試して欲しい」

「わかりました」

 長田さんは驚いた表情をする。

「……最低でも一年以上は戻れないかもしれない。瑠璃の裁判に立ち会えない、それでもいいのか?」

「別にいいです。結果はネットで記録が載るのでそれを見ます。叔父にサナトリウムでの隔離と話せば多分分かってくれますよ」

 最近毎日叔父が来る。今更保護者面する叔父が鬱陶しかった。

 長田さんが目を細める。

「……叔父さんとは仲良くないのか」

 イラッときた。長田さんはまっすぐに僕を見て、誠実な態度を取っている。

「関係ありますか」

「隔離の都合上、書類に保護者のサインが必要だ。保護者との仲が悪い場合、サインをもらえない場合や最悪監禁されることもある。だから今のうちに気がかりなことがあれば言って欲しい」

 そういうことか。

「最近、叔母が自殺しました。精神病院で転落死です。葬儀は平穏に終わりました。問題は、叔父は叔母が亡くなる前から浮気していたことです」

「……」

 複雑そうな顔になる。事実を言っているだけだから本当にやめて欲しい。

「叔母があの事件から精神を病んで入退院を繰り返していたんです。言動もおかしくなって、叔父の息子も家に帰らなくなりました。僕は祖母の家に身を隠していました。だから一人が耐えられなかったんでしょうか、祖母が亡くなってから叔父の家に引っ越したある日の夜、叔父が家に女を連れ込んで居ました」

 今でも覚えている。叔父が会議で遅くなると言った日。先に寝てなさいと言われたが覚醒状態で暗い部屋でも寝れなかった。だから適当にスマホを見ていると、玄関の扉が開く音がした。僕の部屋は奥にあったけど二人分の足音と、叔父と女の声が聞こえた。足音を立てずにドアの隙間から居間を除くと、同年代ほどの女がいて抱きしめ合っていた。家から出ようと真剣に考え始めたのはここだった。自立したかったのはもっと前からだ。常に重りを付けた動かない体では無理だと理解していたが、それでも痛くなかった。

「だからあの家には帰りたくない。叔父は居て欲しいとか言ってますけど正直都合のいいことを言っているだけです。もう一度やり直したいと思っているかもしれませんが、だったら叔母の……どうして叔母の支えになってくれなかったのか」

 叔父の内心は理解していた。幻覚や幻聴の敵意に悩まされていた叔母に一人で向き合えと放置されれば逃げたくなる。浮気でも、誰か支えてくれる人が居て欲しかったのは分かる。それに僕がなるべきだとも。でも一歩踏み出せなかった。久々に見た安寧の表情が僕の感情をぐちゃぐちゃにした。

「僕は養子で、叔父は子供を引き取ることにいい顔していなかったんです。優先順位は決まっているなら、何故僕ではなく叔母を支えなかったのか」

 僕は養子だった。別に後ろめたさや両親へ思うところは無い。むしろ事件まで知らなかった。問題は両親以外だった。養子をもらうことに全員が賛成していた訳じゃなかった。事件が起きた後僕をどうするかという問題で一悶着起きていた。病院に長期入院しかけるところだったが、父方の祖母の鶴の一声で僕を引き取ることになった。叔父が引き取ったのも、他の親戚が高齢化したか進んで引き取ろうとしなかったからだ。むしろ、お前がいたから殺されたのかもしれないとか裏で噂していた。もう家に帰りたくなかった。

 長田さんが驚いた顔をする。里見は普通の歓談する態度で聞いていた。

「……よく話してくれた、辛かったな」

「は?」

 言葉の中身を理解して、頭が真っ白になった。

 中途半端に理解した態度をとるな。

僕は手を握りしめる。

「何が辛いだ!僕よりももっと悲惨な立場の人たちを見てきたでしょう!なのに辛いって、分かるのか!?僕の苦しみが!」

 向き合わざるを得ない現実に折れたのは僕だった。だが立ち直って社会復帰している人も居る。そこで言われ無き批難を受けて苦しんでいる人も居る。僕は足を止めて泣いていただけだ。僕への批難は正しいものだ。だって何もしていない、ただ時間を浪費して、食事を消費して寝ているだけで前に進んでいない。みんな夢があった、才能もあった、前進への活力があった。僕はそいつらのために成さねばならない。彼らが成し遂げるはずだった偉業と肩を比べるものか、それ以上のことを。論文一つかけずに寝ていた。成し遂げられないなら死ぬべきだ。みんな苦しかった。僕だけじゃない。

「だから、これを叔父に出してサインをもらいます。退院して、すぐに荷物まとめて出て行きます。それが一番いいんですよ。まさか仲良くしろって言いますか」

「それは。そんなんいってたら俺の事情も相対化してカーストの下位になりますよ。だからそういうのやめたほうがいいですよ、どっちが苦しいとかほんときりがない」

 里見が普段の会話のように語りかける。驚いた、たいていの人は僕の事情を知ると黙りこむか、誤って他の話題に変える。どちらでも無かったのは事件被害者と関係者、医療従事者のような知識があるか実際に事件に遭遇した人だ。

「里見!」

 長田さんが叱りつける。だが里見は平然と続ける。

「俺も結構荒れてましたが、まあ、今は落ち着いています」

「僕もお前みたいに落ち着けと」

「いえ、今はそんな苦しくないので、苦しい奴をみてるとどうしたっていうか、話聞かせろよっていうか、話ししてくれてありがとなって感じがあります」

「何が言いたい」

「人間ずっと同じじじゃないと思いますよ。玉虫色……ってか、まあ、上手く言えませんが、今苦しいのは夏目さんだし、今は自分を大事にしてください」

「……はぁ」

 両腕が義手と言っていた。この諭すような態度もあったはずの手足が関係する事件を通して得たものだろう。里見の義肢を意識すると言葉が喉の奥で止まる。僕は欠損までいっていない。

「里見、話をしに来たんだ。喧嘩をしに来たんじゃない」

 長田さんは大人の態度で里見を諫める。里見は僕と長田さんを交互に見て、

「そうですね」

 納得した態度でふてぶてしく椅子に深く座り込んだ。大人しくしたことに安堵し、長田さんは僕に向き直った。

「……その叔父は夏目に暴力を振るうことはなかったんだな」

 そういえばこんな話題だった。冷めた頭で今までの会話を思い出す。家についての話題だった。

「はい。食事も出してくれました」

 叔父は見捨てることは無かったが、中途半端に面倒見ているのが気持ち悪かった。叔母のことを考えると、どうしても後ろめたい気持ちになる。そうか、と小さく呟いて長田さんは心配そうに続ける。

「話も通じるか?」

「……浮気以外普通の人でしたから」

「そうか。叔父さんも人間だから一旦距離を取るのもいい、ただ保護者の立場を放棄されると困る」

 長田さんは名刺を差し出した。

「もし、必要なら呼んでくれ。手続きには必要だろう」

「……」

 受け取り、丁重に財布に入れた。長田さんは切り替えて、咳払いをした。

「とりあえず、書類に質問はあるか?」

「ありません」

「そうか……なら、何か心残りはあるか?」

 この質問は予想内だった。僕は布団で何度も考えたことを言う。

「祖母と友人の墓参りと、瑠璃に擬態していた奴に会いたいです」

 長田さんは予想通りだったのか、表情を動かさなかった。里見は平然とした様子だった。

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