確認大事

 一号車に戻って僕は阿波(自称)の座る席の二つ後ろの座席に座り、メモを開いた。今後の会話でノイズが聞こえたら×を書き、それを長田さんに見せるためだ。

僕がボールペンを押してすぐ長田さんは四人にスマホの画面を見せた。

「お前たちが司に見せられた写真はこれか?」

「ああ」臣。

「そうだ」浮世。

「そうだな」宇津居。ノイズがかかる。

「多分間違ってない」阿波。ノイズがかかる。

 後者の二人にノイズがかかる。『司に見せられた』が嘘だ。僕はメモに宇津居、阿波の名前の横に×を書いた。

「そうか。宇津居、じゃあどこで初めて見たんだ?」

 宇津居は顔をしかめた。

「見たって、新宿のカラオケでだよ」

 ノイズがかかる。初対面の場じゃない。僕がまた宇津居の横に×を書く。長田さんはそれを見て、口を開く。

「先ほど外から連絡が来た。確かにアジトから少し離れた場所に空井戸があった。その中に骨が二人分入っていた。お前は知っているか」

「……何を、言ってんだ」

「いいから答えろ」

「……知っていたとしてもとしても新情報だから新聞で載っててもおかしくないだろ?」

 質問形で返した。やはりこちらを警戒している。長田さんは僕を見た。△を書いてペンで示す。

「お前は七年前、本物の瑠璃と事件の前に会ったことがあるか」

「俺はその時どこにいたのか調べたんだろ?それを見ればいい」これもノイズが聞こえないが、疑問形で流して質問には正確に答えていない。

「お前は瑠璃の顔を入れ替えて、別人を瑠璃に仕立て上げた」

「だから、何言ってんだよ⁉どこに関係がある⁉」

 どこにもノイズはかからないが、確定形で話していない。追い詰めるように長田さんは最後の一言を放つ。

「そうだな。じゃあ元に戻るが、お前は今回の事件でずっと後方で雑事をしていたのか?」

「だがらずっとそうだって言ってんだろ!」ノイズがかかる。×。

 はっとしたように口をつぐむ。長田さんは僕のメモを見て、目元が少し緩んだ。

「なら放送にも関係していないな」

「だから俺の証言を思い出せばいいんじゃないか?」

「じゃあ最後に、お前は今回の車掌室の殺人の犯人か?」

「……だから、俺の証言が間違っているって言ってんのか⁉」

 長田さんは首根っこをつかんだ。

「いいからさっさと正直に言え!お前が犯人だろう!」

 恫喝だった。朱鷺の顔たちは全員驚いている。当たり前だ。全く無関係な質問から、突然話が逸れて突然犯人だと叫ぶ。絶対におかしい。犯人は勘づいたように目を見開いて僕を見た。

「やはりか!」

「お前が爆弾を仕掛けたんだろう!」

「……」

 男は黙った。長田さんがもう一度叫びかけたとき、

「司さん、逃げるなよ」

 窓際の浮世からだった。諭すような言葉に、長田さんと男は驚愕の表情で浮世の方を向く。批難するように目を開いて男を映していた。司を信仰していた浮世が手のひら返した。信仰か壊れた。まさかの行動に驚きと今さら非難するのかという複雑な感情になる。

 男は浮世を呆然と見ていたが、観念したように男は口を開いた。

「……ああ、そうだ。だが、俺は知らない。あの爆弾について一切を知らない」

 突然男は目を大きく見開き、此方を闇に包まれた目で見た。どこにもノイズがかからない。長田さんはそれでも叫ぶ。

「何故だ!」

「あれは他人に作らせた。速度計と東京駅で爆発する以外全く俺は知らない」

「……なん、だと」

 長田さんはゆっくり椅子に司を下ろす。脱力したような風に、呆然と男を見る。

「俺は死ぬつもりだったんだ。隠れて生きるのに疲れた、だが、もう表には戻れない。だから、朱鷺もろとも殺してやる」

 言葉の一切に感情がこもっていない。根無し草というのは本当で、宇津居の代わりをするには適役だったのだろう。

「里見、解析班からの連絡はあったか」

「ない。まだ不定要素が多すぎるし、装備が整っていないから触れるなと」

「……もう時間は無いぞ」

 窓の外は丁度新宿駅が流れて行った。もう時間は無かった。

「おい」

 声をかけたのは臣だった。真顔で長田さんを見ている。

「爆弾についてなら知識はある。もしかすれば解体できるかもしれない」

 長田さんは青ざめた顔で臣を目に映した。

「何を考えている」

「してやられた仕返しだ。こいつを殺させはしない」

 表情は眉一つ変わらない。長田さんは僕を見た。僕は顔を横に振る。どこにもノイズはない。確かに知識があると思っている。

「……里見、夏目を連れて爆弾の場所に連れていけ」

「いいんですか」

「こちらはもう一度外部と通信する。もし問題があれば、すぐに連絡しろ……一か八かの策を試す」

「わかりました」

 臣は立ち上がり、里見は

「行こう」

 背中をポンと叩かれた。場にそぐわない態度だった。僕も立ち上がって、後についていく。

 司が無表情にこちらを向く。奥の浮世は縋るように僕を見ている。

 阿波は……朱鷺は、悲痛な顔をしていた。

 僕はどうしても腹が立ち、直ぐに目を背けた。足早に通路を直進し、一号車を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る