ひとまず考える
長田さんが手招いている。里見が走っていき、入れ替わりに長田さんが司のスマホを以てこちらに来た。他の連中は大人しく黙って座っていた。お互い疑心暗鬼になっているようだ。
連れられて二号車に向かう。先程と同じ席に座ると、外は随分家が増えてきた。そろそろ都心は近い。急に焦りを感じ始めた。
「スマホ、どうでした」
「君が見た指の動きを何度か繰り返したら開いた」
セキュリティが体を成していない。幸運だったが、少し残念さもあった。
「中身は何が入ってますか」
「それが、片身との通信記録だ」
「片身との?」
「暗号化されていたが、本社に送ったら簡単に解読できた。wifiの使用履歴の一つが、片身の事務所のものだった」
「それは、運がよかったです」
「本当にな。お前が見た瑠璃はこれか?」
長田さんが画面を僕に見せる。先程見たものと全く一緒だった。頷くと、長田さんはスマホを下ろした。
「もし片身と繋がっていれば、今回の計画そのものが狂言の様なものだ。キャストを呼び、特定の人物を殺すふりをする」
「今回の場合、朱鷺のことですか」
「ああ。七年前、片身がまず立候補した地域は企業の力で成り立っている場所だ。そこで突然現れた片身が当選するのは難しい。当時、その地元企業の環境問題が提起された。運動の中心人物は、ちょうど講演会に登壇予定の奴だった。そいつが亡くなった後、環境問題は解決した」
「何故殺す必要があったんですか」
「時間稼ぎだよ。それと、デモ隊の排除だ。直ぐにでも提訴する準備をしていた他の住民と、倫理を理由にして科学技術の発展に反対するデモ隊は邪魔だった。だからその中で暴走する連中を作り上げて、事件を起こして自壊させた。今、そうそうデモは起こらないだろう」
眉間に皺が寄る。あの事件以来、集会がとても減った。議論を交わすよりも、集団が集まる危険性に目を向けるばかりだ。ある意味平和になった。これが片身の予定していた結末なら、内心笑いが止まらないだろう。
「偽の犯人を仕立て上げ、自分は捜査の目から逃れた。だから後は共犯者の一人の朱鷺を殺すだけだ。そうすれば一切が闇の中に葬られる。それと、朱鷺に一切の罪を被せる計画もあるかもしれない」
「どうしてそう思うんですか」
「先ほどの阿波の証言だ。警察につながり、証拠を持ち出すのは朱鷺なら可能だ。司と裏で繋がり、ここにキャストを集めるための証拠集めを朱鷺がして司が実行する。それなら片身と裏で繋がっていることに道理が通る」
僕はここでやっと整理がついた。ここまででやっと犯人が思い当たった。
「夏目、何か気にかかることでもあったのか」
急に黙った僕を訝しむ。僕は早々に切り出した。
「いまある情報から犯人を考えました。長田さんは犯人が誰かわかりますか」
「別に考えなくていい」
「でもこの立場に置いたってことは、ある程度は予想できたでしょう」
「それは……そうだが」
「間違っていればすぐに訂正や否定してください。長田さんは自分の推理はありますか?」
「あるが、まだ精査していない」
「そうですか。じゃあ僕の話はまとめとして聞いてください」
苦い顔をする。人間である限り考えることはやめられない。
「手早くまとめてくれ。あまり時間が無い」
「ありがとうございます」
軽く礼をしてから、僕はさっさと切り出した。
「朱鷺殺害に関して覆面たちの中で嘘をついていないのは浮世と臣です。臣は自分が司を殺した以外は全く嘘をついていません。そして司が入れ替わったことを知らなかったとすると、瑠璃に依頼されたことを誰かが知って司が入れ替わったことです。多分それを知ったのは朱鷺が昨日秘書と面会したのは瑠璃の生存を知って、その後に大人しく捕まった。一回目の放送の後、司がいったん一号車に出たときに蓮井と阿波が入れ替わって、朱鷺と蓮井が入れ替わりました。その後、阿波と朱鷺が入れ替わってローテーションに戻って行った。その直後に司が入れ替わったとされる二人を殺して、宇津居のふりをして戻って行った。そして僕と会話を望んだ宇津居と入れ替わらせて、臣の来襲を受けた」
「宇津居は何故夏目と会話を望んだ?」
「弟が殺されたのは事実です。だから、現場のことを知りたかったのかもしれません」
現場のことを聞きたがる理由は目撃者情報の確認もあるだろうが、わざわざ司に頼んでまで会う理由はこれくらいしか思いつかない。あの妙に礼儀正しい態度も身内の巻き込まれた事件の被害者と会う態度とすれば理由はついた。
「顔が見れたのは3号車に居たはずの宇津居、つまり司です」
「となると……能力者は司か?」
「はい。七年前の事件の犯人は司です。今回の事件の目的は朱鷺の死亡と」
「蓮井と朱鷺の顔が似ているのは司がどちらかの顔を変えたのか?」
「そうですね。そして、蓮井は朱鷺の協力者だった。司が朱鷺の顔を変えたのかどちらかは不明ですが、司と蓮井が裏で繋がっています。おそらく朱鷺の顔に蓮井が入れ替わったんだと思います」
「ならなぜ蓮井を殺した?」
「本当は朱鷺を殺したかったんだと思います。裏で内通していた蓮井を朱鷺の代わりにさせる。朱鷺の顔を残しておけば影武者はいくらでも作れます。今回の不祥事で尻尾を現した朱鷺の中身を挿げ替えるつもりだったのかもしれません。司は朱鷺の顔に入れ替えたんですけど、その中に本物の朱鷺が混ざっていた」
「俺もそう思うんだが、阿波が朱鷺である根拠はどこだ」
「阿波は顔を覚えにくいと言っていたじゃないですか。なのに区別がついていました。それはおかしい。蓮井が阿波に間違えて教えていたのは後で証言を混乱させるつもりだったとすれば。だが、間違えて阿波に教えた事実だけ教えて、本人が正しいコードネームを浮世に教わったことを知らなった。だから、間違えた証言をした。あと時間の問題です。配信時刻は10時から10分程、それから僕は向かったのは20分。すれ違ったのが一人。もう入れ替わっていて、とっくに阿波が戻っていてもおかしくないです」
「……つまり、今生きているのは臣、浮世、司、朱鷺だよな」
「はい」
「爆弾を仕掛けたのは司。これは何故だ?」
「最後尾から現れたという点です。理由は、単に列車の破壊と都合がよければ朱鷺の死体を消し飛ばすためと犯人の人員を曖昧にするため。七年前と同じです」
「……司は死ぬつもりか?」
「いや、確保されなければ誰かと入れ替わって逃げ切るはずだと思います」
「車掌を殺さなかったのはまだ運転させるつもりだったのか」
「そうですね。速度爆弾を知っていれば仮に知識があったとしても下手なことをして誤爆しても困ります」
「お前の言い方なら、司に『殺したか』と質問した時にノイズがかかるはずじゃないか?」
「それは……あの、質問形で嘘をついてもらってもいいですか?」
「……俺が医者じゃないと思うのか?」
ノイズはない。此処で確信した。
「やっぱりノイズがありません。油断していました。質問で質問を返せば嘘かどうか判別できないです。司の返答は全て疑問形だった」
「となると、宇津居の返答は嘘の可能性があると」
「司が能力者の存在を知っていれば、対策をしている可能性はあります。確認する必要はありますが」
顔と声が入れ替わってしまったが、宇津居が司であることはほぼ確定している。そして、朱鷺のことは今はまだ関係ない。
「長田さんはここまで聞いてどう思いますか」
「異論はないな。司が宇津居なことはわかっていたが、質問の返答と矛盾することが気になってた。そういうことか」
「納得したということでいいですね」
「ああ。十分納得できた。あとは本人を質すだけだ。だが問うのは司だけだ」
「何故ですか」
「君の言う動機なら、朱鷺を司はどんな状況であれ殺す。下手すれば自分の命を巻き込むかもしれない」
「……そこまで自分の命を捨てられますかね」
「追い込めば何をするかわからない。申し訳ないが、大人しくしていてくれ」
長田さんが頼み込むような眼でこちらを見ている。
僕の復讐の相手だ。殺意は十分ある。朱鷺を殺したいのは司だけじゃない、僕もそうだ。僕には司を殺す理由も、朱鷺を殺す理由もあった。だが今は熱した鉄のような殺意を寒国の冬の川に沈めるように理性が包む。あの事件の犯人を殺したいのは確かだが、今ではないと受け入れていた。冤罪の人間を殺そうとしたことと、悪人に鼓舞されて事件を起こした連中を見たからだ。真実が確定していない。それだけが僕の心を冷やしていた。
「……わかりました」
できるだけ深刻に頷く。伝わったかわからないが無言で立ち上がった。
今は時間が無いから心境を伝えないだけだ。ただ、もし時間があっても長田さんには僕の心境は伝わらないだろう。乱射事件での苦しみは、何度も医者に伝えたが理解されたと思えたことは無かった。叔父にも、申し訳ないが祖母にも。ただ生き残った被害者なら理解できる気がしたが、顔を合わせるとあの時を思い出しそうになって苦しい。葎飛のように他の要件がある、または被害者同士の吐露でなければ向き合えなかった。
こんな状況でさえ、冷静になれば背負う虚無に、孤独を考えてしまう。僕は窓の外を見た。
ビルが見え始めた。東京だ。もう逃げられない現実があった。
列車は最終目的地へ走る。終着駅は東京だ。
たたん、たたんと電車は揺れる。僕は変わらない揺れに苛立った。
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