聴取8

 危険だからと二号車の外に出て、連結部に椅子を置いた。前方には犯人どもが集まり、背後の車輌には誰も居ない。横の扉からは外の住宅街が見えた。山はあまり見えない。東京が近づいている。

「里見は透視だけじゃなく、単純に力が強い。だから、隣の車輌からでも見えるこの通路で会話してくれ」

「聞こえるかもしれませんよ」

「ほぼ確認みたいなものだから、聞こえてもどうしようもないだろう」

「そうですね」

 里見は見たことを言うだけだ。だから証言の裏付けをするだけだ。もう終わった。後は整理するだけだ。

「ああ。これは、使えるだろう」

 手渡してきたのはペンとメモ帳だ。今までの証言をまとめたものだ。僕はパラパラめくる。

「もし、里見の発言で気になったことや証言との齟齬が見つかれば書き込んでくれ」

「良いんですか」

「俺は犯人たちを見張るから同席できない。すまないな」

 そう言って、長田さんは第一車両に入った。里見が長田さんに気づく。何か話して、里見がこちらに走ってきた。

「お疲れ様です!」

 先程と同じように元気に駆け込んできた。命の価値を理解していない子どものようだ。無知故の残酷さを感じつつ、置いた段ボールの上に座った。

「さて、どこから話せば良いですか?」

「長田さんからは一週間前からの話を聞いています。一応そこから話してください」

「はい!」

 元気に答えて、同じように一週間前からの話を始めた。長田さんよりも遙かに大雑把な説明だったが、ほぼ同じだ。メモ帳には長田さんが自分の話の要点を有り難いことにまとめて書かれていた。目を通しつつ里見の話を聞いた。長田さんと異なるのは乗車にさしかかってからだ。

「とりあえず、乗車前に朱鷺の鞄の中身を見ましたね。只のサラリーマンと変わらず、パソコンと最低限の衣服と筆記用具のみでした。流石にデータの中は僕は見れません」

「他の乗客の荷物は見ませんでしたか」

「プライバシー的にだめです。見られたら嫌でしょ普通。こんな事態になるなら見とけば良かったとちょっと後悔してますけど」

「仕方ない……とおもいます」

「まあそうですね」

 けろっと。多分思いついたことを脳から垂れ流す性格だ。

「夏目さんも知っていると思いますが、ほとんど朱鷺の後を目で追っていました。だから発砲するまで朱鷺と入れ替わりは起きていません。他の連中は目を離していましたので証言を求められると難しいです。でもこの事態になる前に入れ替わる必要とかあるんですかね」

「まだ分からない。その後はどうした」

「朱鷺が喫煙室で銃を向けられたんですよ、取引相手は拳銃を持っている以外素手でした」

「顔は見えたか?」

「はい。朱鷺の顔じゃなく、もっと痩せたような男でした」

 多分浮世だ。

「その後に覆面の男が現れて渡しました。そこで夏目さんが血を吐いて倒れたので一旦透視をやめました」

「……再開したのはいつからだ?」

「長田さんに渡してからですね。その頃には車輌の乗客が他の場所に移動させられ終えていました。だからまず全体を見ました。通路を犯人どもが歩いていたから、長時間にわたって見れた訳じゃない。大体二分くらいで往復するから、側を通る十数秒は透視せずに見ていた。でも注目していたのは夏目さんのところだった」

「何故?」

「ほぼ唯一の人質でしたから。まだ爆弾とか見ていないし、外部からの連絡だと朱鷺が告発のために生かされていると聞かされて、次の配信が始まるまで放置しても良いかと思っていました。むしろ心配だったのは車掌と乗客の方ですね。下手に動いて挑発しないか一抹の不安がありましたね」

「お前は僕の観察のために見落としたのか?」

「危険な場所に一人、放っておけるわけないじゃないですか」

「……見たところで、何が出来るって訳じゃない」

「いえいえ一番危ない立場だから放っておけませんよ。さっきの発砲も夏目さんが人質に取られていたらまた別の行動を取らざるを得ません。連れて行かれないのが一番ですが、連れて行かれたらまた一から考え直さないといけません」

 健全な乗客に注目すべきだ。言いたかったが、時間の無駄なので後にした。

「それで、覆面の下は見なかったのか?」

「見ました。口の中に爆弾がないか探すために」

「声はわかるか?」

「無理です。あと相手が基本ハンドジェスチャーで会話しているので本当に非常事態でないと声が出せないから聞こえません」

 これは確かに仕方ない。ほぼ声に出さなかった。

「前方から、どんな顔をしていた?」

「顔を見たのは夏目さんが行ったあとです。車掌室の二人は顔が変わっていません。車掌室の一人は、朱鷺とよく似ていました。夏目さんと話していたのは若い童顔の男で、奥の車輌を回っていたのは妙に老けた白い顔の男と、面長で黒目の大きな男と、厳つい顔の男、撃ったのは渋い顔の男です」

「……似た顔?」

 さっきも聞いた。似た顔が居ると。

「でも仮に顔を変えられるとすれば、顔はあまり固執しても仕方ないんじゃないですか?見る限り顔が変わるとき痛いとか無いみたいなので、話すのも最低限とすれば殺されるまで顔が変化したことに気づかないはずです」

「じゃあ、何故朱鷺に顔を変えたんだ?」

「朱鷺を殺すつもりじゃないですか?」

「誰が……?」

「朱鷺の顔に変えたなら本物の朱鷺かそれ以外かは能力者が死ぬまで確定しません。仮にどの朱鷺が殺したかわかって顔を戻したとしても、本物の朱鷺かどうかは不確実です。もしかしたら違うかもしれなという可能性を残すために朱鷺の顔に変えたんじゃないですか?」

 里見の考えに納得した。仮に身体検査したとしても似た体格に整形したら区別は付きにくい。血液型も同じなら、尚更難しいだろう。この中に居る朱鷺の顔を変えてしまえば時は無い朱鷺を作り出せるかもしれない。此処で一度立ち止まって考えをまとめる。

 臣は瑠璃に司を殺せと言われた。

 朱鷺の顔をした奴は誰かに殺された。

 僕と話していたのは……。

「そういえば連れてかれた時に誰かとすれ違ったって言ってましたが本当ですか?」

「ああ。ハンドジェスチャーで会話して戻っていった」

「どこから来ました?」

「二号車ですれ違ったから、一号車からだな」

「その人は何をしていたんでしょうか。時間を考えると、この人が車掌室の二人を殺したとしてもおかしくありません」

「顔は見なかったのか?」

「夏目さんの方に注目していたので見る余裕は無かったです」

「阿波が蓮井と入れ替わったといっていた。だから……いつ入れ替わった?」

「入れ替わりました?ごめんなさいそこも見ていません」

「いや、確実に戻ったかとは聞いていない」

「じゃあ僕を渡した後臣は何をしていた?」

「見た限りでは二号車を見回っていました。それで別の車輌に眼を移したている間に二号車手前で休んでいた奴と交代して、動きが妙だと思っていたら一号車の奴に打ち込みました」

「……他の人はどうだった?」

「見回ってました」

「……誰も次の配信、通信の準備をする素振りは無かったのか?」

「それは車掌室辺りに居る奴に任せるつもりだったのでしょう。それならおかしくありません。銃声もなければ車掌室に入るまでは計画通りと考えていたんだと思います」

「僕が何かことを起こしてもどうにもなると思ってたのか?」

「何とかなると思ってたんじゃないですか、司が夏目さんの側にいると思っていれば」

 今回の呼び出しも、僕という不測の事態も司への信頼があるなら安心して見回りができる。臣は一人になったところを狙う、蓮井はおそらく別の意図があるから司の行動はそこまで関係ない。

 つまり僕の前にいるのが司だと確信していなければ回らない。だが僕が聞いた声は司じゃない。

「とりあえずあの場所に居ればすぐに対応できるし、朱鷺も誰か一人居れば身動き取れない。だから、あそこに誰か、多分司が居ると思ってたんじゃない?」

 そうだ。全員司が僕と会話していると見なして行動していた。だが確証は曖昧だった。でも一人は違う。確証を持って話していた。

「……阿波は何を見た?」

 ピンときたことがあった。里見は意味が分からないように不思議そうな顔をしている。

「あの、質問は他にありますか」

「いや、このくらいでいい。何かまたあれば聞く。あ、最後に確認のために嘘を一つついてくれないか」

「嘘……僕はあんまりそばが好きじゃないじゃないですか?」

 ノイズがかからない。嘘をついていないのか?確認のために質問した。

「蕎麦好きなのか」

「はい。よく食べます」

 ノイズがかからない。

「今度は確定形で言ってくれないか?」

「えっと……僕はそばが好きじゃないです」

 今度はノイズがかかる。初めて気づいたが、これはもしや。

「今度は疑問形で、もう一度いいか?」

「蕎麦が好きじゃないんですかね?」

 ノイズがかからない。初めて気づいた。

「確定形じゃなければ能力は発動しないのか」

 今更な事実だった。里見は思い出したように大声を出した。

「あー、やっぱり。夏目さんはそうなんですね」

「そうって、気づいていたのか?」

「長田さんに一応疑問形でやっとけって言われました。嘘を見抜く能力にしても確定形でしか嘘を見抜けない人とか、二択の質問でしか嘘を見抜けない人とか、嘘を判別するにしても色々種類ありますね。夏目さんみたいに確定形じゃなければ発動しないことは結構オーソドックスな能力で、他の疑問形で尋ねる能力よりも多いです」

「……司は能力者について知っていた、在住した記録があるなら能力について調べることも可能か?」

「可能です。司が知っていてもおかしくないかもしれませんね」

 それを先に言ってほしかった。使い始めの初心者だとしてもこれは確認してほしかった。

もう一度尋問をやり直したい、だがそんな時間はもう無かった。

 八王子駅を丁度通り過ぎた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る