聴取7

 長田さんは最後列の朱鷺を連れてきた。男は大人しく座り、此方の一挙一動に注視している。びくびく臆病に反応を伺う様に悲しさを感じざるを得ない。一方長田さんは無感情に質問をぶつけた。

「お前の名前は」

「阿波迅だ」

「は?」

 証言が違う。阿波は驚愕する僕たちを見て、気の抜けた顔をした。「あれ、何も知らないのか?」 

「蓮井じゃないのか?」

「いや、俺は阿波だ。阿波迅」

「他の連中は蓮井と思っている。何故だ」

「場所じゃないか?本当は俺がいるはずだった時間に蓮井が運転席で護衛していた」

「……とりあえず、お前の出身地は何処だ」

「千葉のディズニーの近くだ」

「お前はこの列車で誰かを殺したか?」

「いいや。無理だろ」

 後半でノイズがあった。

「ああ。今ここに居るのは誰も皆蓮井といっていた」

「嘘だろ?何故気づかない。裏で口裏合わせているんじゃないんだろうな」

「そんな訳がない!」

「じゃあお前、浮世とスーパーに行ったときどんな話しをした」

「スーパーに行ったのは宇津居と浮世だろ。俺はそんとき、臣に喧嘩を売られてたんだ」

「……え?」

「え?」

 お互い顔を見合わせた。長田さんが割って入る。

「ちょっと待て、何を言ってるんだ?」

 阿波自体が困惑しているようだった。

 長田さんは頭を抱え、息を吐き出した。

「まず、お前の話をしてくれ。一から十までな、全部吐け」

 脅すように威圧するように長田さんは睨む。阿波は震えるように頷いた。

「とりあえず、お前の誕生日は」

「三月四日だ」

「お前がお前である証明は」

「……難しいな。好きな落語位しか言えない」

「お前はどうやってこの事態に関わった?」

「半年前に送り主不明の手紙が届いて、中身を読んだら俺が欲しいものが載っていたんだ。彼女がどうやって殺されたか、何故真相が隠されたままなのか。司が警察から隠れて捜査して、手のひらに隠していたナイフが彼女を刺したってわかったんだ。初めいたずらかと思ったんだけど、警察に隠されていた監視カメラの映像も中に入っていてな、そこには確かに突然手に現れたナイフが彼女を刺す場面が映ってた。色々調べたが合成じゃなかった。だから信じて八月に東京に行った。そこで共犯者が集まっていたんだ」

 長田さんが黙ってこっちを見た。僕は突然の確認に一瞬頭が白くなったが、どこにもノイズがかかっていないことを示すために頭を横に振った。それを確認して、直ぐに目線は目の前の男に戻った。

「誰が呼んだ?」

「司だ。司治って言っていた」

「リーダーもそいつか?」

「ああ。そいつが話して人を集めた」

 ここまでは同じだ。阿波は斜め上を見つつ昔のことを語った。

「それから俺たちは一緒に議論して計画を立てた。このとき詳しい動きをしていたのが宇津居だったな。あいつ戦術についてすげぇ詳しかったみたいでさ、司も役に立ってたって言ってた。それで大まかな予定を立ててから、解散した。それから全く連絡が来なくてさ、急に司に呼び出されたのが一週間前だ。長野の廃村に呼ばれた。そこで銃器の扱いの訓練を受けたんだ。逃げ方は司が教えて、宇津居が猟師だから散弾銃の使い方を教えた。休憩時間には宇津と司が話していた。蓮井は俺たちに銃の知識を頻繁に教えていた。会話が終わった宇津居が一緒に銃の訓練をしていた。その後蓮井と浮世が買い物に行っていた。俺たちは帰ってくるまでに訓練の片付けと食事のための準備をしていた。そこで俺、手違いで臣を怒らせちまったんだ」

「何故怒らせた?」

「臣に間違えて銃口を向けたんだ。中身は入ってなかったからたくさんものを持って移動する途中で間違えて向けちまった。そしたら突然激怒しやがった。そんで相手は包丁を持ちだしてきたから現場に居た司と蓮井が押さえた。その後怒ることは無かったがあのときは殺されるかと思った」

「その後、どうした」

「朱鷺を追って俺が呼び出して、その後脅して俺は運転席に連れて行った。そん時司と蓮井が居たな、後はいいかって引き渡して乗客の見回りに行った。そんで奥から飛び出てきた里見に蹴っ飛ばされて今に至るんだ」

「前の列に並んでいるのは一体だれた」

「一番前が宇津居、前の席の窓際が浮世で左が臣じゃないのか?」

「……分かった。蓮井に入れ替わってくれと言われたんだな」

「ああ。俺は体壊してから在宅で仕事していたからな。一週間前までほとんど人と会わず、体を動かしていなかった。この中で一番体力が無い。そもそも装備が重くて、訓練はしたが歩いたらすぐに息が荒くなる。だから車掌室と配信担当にしてもらったんだ」

「じゃあ、蓮井に変わったのは何故だ」

「蓮井が司の命で朱鷺に聞き出すことがある、五分だけでいいから変わってくれと言われたんだ」

「疑問に思わなかったのか?」

「怖かったんだ。一番力が強いから、何されるかわかんなくて怖かったんだ。蓮井は俺よりも賢くて、沸点が低いのは臣だが蓮井は冷静に人に暴力を振るえる怖さがあったんだ。あと司は俺よりも蓮井の方を信頼していたし、冷静に尋問できるのは俺じゃなくて蓮井だ。俺がそこに居たらぶち切れるかもしれない」

「そのとき運転手は寝ていたか?」

「ああ。もう寝かせて奥の壁にもたれかかっていた」

「他に運転室に居た奴はいるか?」

「朱鷺だ。そのとき居たのは寝ている車掌二人と、座った朱鷺、俺と蓮井だけだ。トランシーバーで連絡が入って、夏目祭が倒れているって話ししたら司があんたを呼び出した。何をしているんだと思ったが、警察の反応を待つ時間もあると押されて拒否できなかったな。まさかこうなるとは思ってなかった」

「爆弾について知識があるとすれば誰だ」

「調べりゃ誰でも……実行できるとすれば知識のある司、宇津井、スーパーで外部との接触の出来た浮世も。スマホは今朝まで司に回収されていたよ。情報を横流しされたくないからと警戒していた。俺は一週間前に突然集まって計画について聞かされたんだ。それまでに列車ジャックをすることを知っていて、当日までに爆弾を準備できる奴だ。誰か分からないけど」

「わかった。お前は何か障害があるか?または感覚に不調をきたしたことあるか?」

「……実は、人の顔を覚えるのが苦手なんだ」

「そうか。じゃあお前はどうやって識別していた?」

「体格に差異は無かったから、声とコードネームだな。殆どハンドジェスチャーで会話していたから区別するのは難しかった」

「ならそのコ―ドネームはどうなっていた」

「司がヤグルマ、宇津居がハナワ、蓮井がアズマ、浮世が、臣が、俺が だ」

「わかった。なあ、お前はお前が見たものが本当だと思うか」

「当たり前だ。俺は俺が見たものしか語れない。お前たちの様子だと、俺は夢でも見ているのか?」

前半にノイズがかかっている。

「そうか。お前以外の奴はお前とはまったく違うことを言っている」

「!?そんな!おれは犯人じゃない!」

「では何故そいつらと違う証言になると思う」

「……朱鷺」

「朱鷺がどうした」

「俺がいないうちに朱鷺と誰かが入れ替わって、俺以外がだれかに入れ替わっている、それくらいしか考えられない」

「誰がそれをして喜ぶ?」

「そりゃあ……朱鷺だろ。朱鷺と繋がっている奴で、死んでもいい立場の奴」

「お前はどうだ」

「おれは朱鷺を殺さない。まだなにも吐いていない奴を殺す訳がない」

 熱の籠もった言葉だった。相当な恨みがあるのだろう。

「戻るぞ」

 肩を連れられて男が出て行った。

 問題が増えてしまった。

 まだ調査は終わっていない。僕はさっさと次のことを考えた。                  

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