聴取6
最前列の男、殺人犯の一人を中に入れる。豪胆なのか、諦めか男は揺らぐこともなく淡々と座った。座って早々長田さんが切り出す。
「お前の名前は何だ」
「臣杜栄だ。王の臣下の臣に、杜の都の杜に栄えるの栄だ。覚えていてくれ」
「そうか。お前は夏目と対談した奴を殺した」
「ああ」
「車掌室の二人を殺したのはお前か?」
「違う」ノイズはかからない。本当に殺していないようだ。
「誰が殺したか知っているか?」
「知らん。お前が死んだと言うまで生きていると思っていた」
「共犯者はいるか?」
「居ない。この状況を作り出した時点で必要ない」
これもノイズがかからない。単独であいつを殺したのは確実だ。
「そうだな。お前は誰を殺せと言われた?」
「司だ。理由は聞かなかったな」
「事件の前、もっと早く殺すつもりはなかったのか?」
「無かったな。蓮井が居たから中々手出しができなかった」
「蓮井?」
「あいつは警戒心の塊のような男だった。殺害に使えそうなものは全て蓮井によって管理されていた」
「今回の銃器を用意したのは司じゃないのか?」
「それは合っている。ただ今回のジェスチャーも、同じ服装に統一を提案したのも蓮井だ。情報量を減らして人数を読めなくするためだと言っていた。だからさっさと人数が分からないうちにさっさと殺して、遺体の顔を潰して誰かわからなくさせてから、乗客の中に隠れるつもりだった」
「本当に司だと思うか?」
「お前が倒れたときに連絡が来た。司に夏目を連れてこいと命令が来た。朱鷺に関して別の情報が得られるかもしれないと」
「司が応対すると言っていたのか?」
「本人がそう言っていた」
「……司が司である証明はなんだ」
「お前とすれ違った時、ハンドジェスチャーで確認しあった」
「司の声って、あのしゃがれた声だろ。僕が聞いたのは、もっと若い声だった」
「違う。そいつは宇津居だ」
「なら撃ったのは宇津居だ。だって僕はあいつの声変わりする前の声を聴いた」
つい口を挟んだ。あの時僕が聞いたのは放送とは全く違うものだったからだ。
臣はしてやられたという風に、額を叩きつけるように手を当てる。
「声が変わった時に撃っちまった……」
確かに打たれる寸前、『声が』と言っていた。声が勝手に変わった。だから区別がつかず、司と間違われた。
「偶然だと思うか?」
臣が自嘲するように笑う。完璧に騙された側の態度だ。まず聞きたいことがあった。
「お前は顔を変える、または声を変える能力者が居るのを事件前まで知っていたか?」
「一切知らん。知っていれば警戒していた」
即答。ノイズはかからない。こいつは本当に知らない。
二号車か、三号車に居ればタイミングは測れる。仮に、臣が司を殺すと知っていれば警戒は簡単だ。この時三号車に居たとされるのは蓮井。今のところ、計画に深くかかわったのは蓮井だ。十分可能性はある。
長田さんに視線を向け、ゆるく頭を横に振る。長田さんはうなずいて、他の質問を続けた。
「お前人殺しの仕事してきたのか」
「何でも屋みたいなもんだ。人殺しだけでは割に合わない、その何でも屋も監視社会だかで割に合わなくなってきているがな」
「技術に年齢がついて行けなくなったか」
「逆だ。自分からわざわざ居場所を明らかにする馬鹿が増えた。馬鹿の情報がずっと安くなっている、小銭稼ぎもにもならん。それなりに稼いで足を洗おうと思ったんだけどな、騙されてこれだ」
「そうか。誰に頼まれた」
「俺が会ったのは瑠璃だ」
「いつ会った?」
「八ヶ月前だ。妙な動きをする元部下と、朱鷺を殺せと」
「八ヶ月前……刑務所の中に居たころじゃないか」
「そうだ。だが俺が見た瑠璃は顔つきはニュースでよく見たあの顔だった。何故ここに居るのか聞いたがはぐらかしたきりだ。相手は司治の計画に気がついていた、俺は司の動向を追いつつ身許を偽造して手紙の一つを奪った」
「臣杜栄は本名ではないのか」
「本名だ。身許を偽装したことに司は気づかなかったようだがな」
「体格はどうだった」
「……妙に大柄だったな」
「写真の男と同じだ」
感嘆と共に息を吐く。
「司が俺に瑠璃と教えられたのはそっちだ。写真を見せられた」
「司の周りに無かったぞ」
「臣、お前が回収したんだろう」
「そんなわけがない。俺はただ隙を見て撃てと言われただけだ」
「阿波を撃ったのは何故だ」
「俺は撃っていない。扉を開けたら朱鷺と阿波が倒れていた」
「車掌が犯人ではないのか」
「いいや。運転手は無理だ。下手に動かれたら困るからな、運転の主導権をこちらにもらうため配信の後に寝てもらった」
「完璧に寝ていたのか」
「ああ。寝かせて床に転がしておいた。俺は見た」
「誰が運転手になるつもりだったんだ」
「司だ。阿波が朱鷺と運転手を監視して、司が運転する。その手筈だった」
「阿波が朱鷺を撃ってから、自分を撃った?」
「あいつが阿波ならな」
「……訓練なしで銃を撃てるか?」
「撃てると言えば撃てるが、反動がきつい。それに奪うなら脇の拳銃よりも背の散弾銃が目につくだろう。拳銃を狙うなら、初めから用途が限定される。車掌が阿波と共犯なら別だが、他に組んでいる連中が居たかもしれない」
「……身内が能力者事件の関係者じゃないのか」
「経歴は偽装した。だが真実を知って不満を抱いたのは確かだ。能力の有無で法が異なるのは勝手じゃないか?名目上の平等ですら保てていない。俺が不満を持つのはその一点だけだ。朱鷺も同様だ。奉納金で逃げ切れるのも不満だな」
「金で命を奪ったんだろお前は」
「まあな。最後の仕事だからずいぶん口が軽くなっているらしい」
「そうか。法の違いがお前にとって朱鷺を殺すだけの動機になるか?」
「それは無い。むしろ朱鷺をゆする口実になるからな。俺ならむしろ生かす」
長田さんは僕を見る。僕は首を横に振る。ノイズはどこにも無い。
「じゃあお前の口から見たもの全て話せ」
「ああ」
そう言ってゆったりした語り口で話し始めた。自分の顔に似た奴を選んで、手紙を奪って乗り込んだ。それ以外の話は視点は違うが今までの奴と大体一緒だった。
「犯罪計画を長年立ててきたって分かるんだろう、司に頼まれて協力して今回の計画を立てた。もし夏目が居なければ、配信機器の修理と言って運転室に朱鷺と司を残し二人を殺し、急停止して電車の扉を開け、乗客の中に隠れて逃げるつもりだった。夏目と二人きりにしてくれと言われて丁度良かった」
「司はどういう奴だった」
「根無し草だった。どうも長年逃げていたようだ」
「誰に追われていた?」
「片身と本人は言っていたな。恐らく片身への遺恨を残さないためだ」
「片身についてどう言っていた?」
「自分の立場のためには利用する奴だと。司が言うには七年前の銃乱射事件に居たのは片身の元上司だ。十年前、上司の金の流れが不穏だった事件があった。そのときは部下で出入りしていた奴が犯人となった、だが真犯人は片身だ。それを隠蔽するために司たちを利用し銃乱射事件を起こしたらしい」
「あんな大事を起こしておいて」
「死体の山に隠したかったんだろう。実際に捜査は停止した、人手が必要だったんだ」
どこにもノイズはかからない。
こいつの言うことを信じるべきか。頭に血が上る感覚がする。
「それを他の奴が知っているのか?」
「いいや。他には居ないはずだ。あいつらは全員まともな社会に生きてきた奴だ、話しや感覚が合わん、司の動機と銃の入手方法は知っているが話に出ることもなかった」
「お前は信じているのか?」
無意味だとわかっていても聞かざるを得ない。臣は一笑した。
「さあな。だが、殺害対象に過去の話は必要ない」
興味ない、ということだった。確かにそうだ。話の骨を折られた長田さんを見ると、不安そうに僕を見ていた。起こるよりも事件のトラウマを思い出させる方が心配だろう。僕は軽く手を振って快調なことを示す。長田さんはすっと正面の男に向き直った。先程の不安さはは消え、また元の睨みつけるような表情に戻った。
「司は銃をどうやって入手した?」
「盗みだ。警察署と猟師から盗み出しておくびにも出さずにいた。そもそも横流しを受ければ身許がばれるかもしれないからな」
「……人脈も物資も乏しいな。片身についてはそれだけか」
「暴露するための証拠を持っているようだったが、それは俺には見せなかった。ここまで話しておいて核を話すほど人を信頼していなかったようだ。あるとすれば配信用のパソコンか、司のカメラ代わりのスマホの中だ」
「司のスマホはどんなものだった」
「よくある一世代前の黒のiPhoneだ。中古で買った」
「……瑠璃と銃器の写真をそれで見せられた」
「スマホを持っていたとなると、司が宇津居に渡したのか」
「ああ。瑠璃の写真、お前は見たのか?」
「印刷した写真を渡された。元の情報がどこにあるかは言ってなかったな」
「他の奴に渡したとかは」
「無い。俺と蓮井は確かに司と話していたが、あいつは裏切られないために最低限の情報以外は自分の下で秘匿していた。そんな奴もいないのにな」
「どういうことだ」
「気づかなかったのか?入れ替わった俺と蓮井以外精神的に脆弱な面がある。疑問を抱いても言いくるめるのは簡単だったな」
「……追い詰められている連中を、利用したのか」
「同じような身長を求めたのもそうだろ。こんな凶行の協力者なんてまともな奴はすぐに警察に駆け込む。それをさせずに警察を疑わせて、犯罪を正当化する。顔を変えられてこの状況を作り出すのが目的なら、十分成功しているな」
そう言って臣は皮肉気に笑った。
長田さんは無表情だ。多分、さっきの言いかけたものがこれだったのだろう。洗脳まがいの詐欺につい語気が荒くなる。
「お前もその一人だろう」
「自覚している。目先の金に釣られちまったな」
してやられた、という風に笑う。更に攻め立てたかったが時間もなく、それができるほど誠実な人間じゃなかった。
今のところこいつは朱鷺を殺した、という一点においては完全に潔白だった。それだけを納得して椅子の背にもたれる。
「さあ。これでよく分かったな。朱鷺は完璧に片身の偽証について隠すために行動していたようらしい、というのが俺の知る範囲だ」
「……今日のこの時間に朱鷺を呼んだのは何故だ」
「朱鷺が出張で松本に飛んでいたのが丁度昨日だと知った。朱鷺が東京に帰る適当な時間を考えこの時間に指定した」
「朱鷺は誰と会っていたかわかるか?」
「ああ、片身の秘書だ」
顔を見合わせる。僕は顔を横に振る。相手は嘘をついていない。
「どこでそれを知った?」
「昨日司から教えられた。探偵を雇ってつけたらしい。ちゃんと事務所に入る写真も出してな。勿論合成していないものだ」
「何故止めなかった……まさか、お前は片身の手先か?」
「いいや違う。権利争いは面倒すぎる、知っていれば俺は断った」
長田さんは僕を見た。頭を横に振る。臣はどこまでも正直に答えている。
「なら、司は片身の手先か?」
「憎んでいるような口ぶりだったが、今はもうわからない」
何処にもノイズがかからない。本当に無関係らしい。
「蓮井と宇津居の喧嘩に入らなかったのは何故だ?」
「喧嘩?」
「犯行前日の喧嘩だ」
「……ああ、蓮井は宇津井のことがあまり気に入っていなかったからな。怒鳴ることもよくあったからな、今回もどうせ怒鳴り終えた後に向かえばいいかと放置しておいた。まさか包丁を持ち出すとは思ってなかった」
「一週間で何回喧嘩していた?」
「一方的な罵倒を含めて、初日に三回。後は顔を合わせれば大概怒る。だから買い物以外は基本阿波と浮世に任せていた」
「そうか。廃墟の手配にお前は関係したのか?」
「司が選んだ。廃墟を転々としたこともあったせいで選ぶにはあまり時間がかからなかった」
「一週間の訓練を考えたのは誰だ?」
「俺は言っていない。あるとすれば司か蓮井じゃないか。蓮井は元猟師と自称していた。銃の扱いや振る舞いについて俺たちの中で一番知識があった。だから司が銃についていくつか質問に行くことはあった。その際に計画について聞いていてもおかしくない」
「……何故そんな奴がこんな凶行に手を貸した」
「さあ、司が偶然選んだらしいが本意はわからん。多分即戦力が欲しかったんだろう。俺が呼んだわけじゃない」
「……お前は何処を住処にしていた」
突然の質問だった。もう最終確認になっている。臣は一瞬面くらったが、すぐに意図を理解したように即答する。
「東京新宿の歓楽街だ」
「そうか。……これで最後だ。お前が臣杜栄という証明はあるか」
「基本身許を隠して生きていた。無理だな」
それに、と言いにやっと笑った。
「お前は本当に信じているのか?本当にあいつらが本物か」
わかりきった質問に長田さんはため息をつき、即答した。
「……事件解決が出来ればそれでいい。必要なのはアリバイだ。お前の本質は関係ない」
僕も同意だった。むしろ、犯罪者の本質と向かい合いたくなかった。
列車はトンネルに入り、曇った音が響いた。
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