聴取5
次は浮世の隣の奴だ。長田さんが連れて来る間僕は座って待っていた。
浮世が立ち上がってから、眠気と疲労感に襲われていた。思ったよりも疲れている。窓の外を眺める。やはり山と川だったが、家が増えてきた。段々人里に近づいて来ている。日も高くなって洗濯物が増え、人の姿も見えた。平和な営みと列車内の状況のギャップに気が重くなる。早く終わらせたい。巻き込まれたとはいえ自分のせいでこの状況に陥ったものだ。この圧迫感も同様だ。真っすぐに生きていれば苦しむはずのないことで苦しんでいる。
浮世の涙がきつい。同情する視線が辛い。次の奴はどこまでも倫理観のとち狂った奴なことを願った。凶悪犯罪者が常識人であるはずがない。全く別世界の住人であるはずだ。自分のことを棚に上げて僕は祈った。
がたがた言わせながら暴れ馬を引くように、長田さんが扉を開けて入ってきた狭い部屋に入り次第叫んだ。
「俺はやめた方がいいと忠告したんだ!」
「いいから座れ!」
無理やり体を椅子にぶち込む。頭から入りこんだ男の体勢を無理やり正す。男が暴れる中、なんとか普通に座らせる。
『俺は』以外にノイズがかかる。声と同じくらい大きいノイズに頭が痛い。
「他の連中が止めなかった!おれの、俺の知らないところで勝手に進めやがって!もう後に引けなくなっていたんだ!」
ほぼ全ての言葉にノイズがかかる。自己保身に躍起になっているらしい。または爆弾の存在を本当に知らなかったのかもしれない。一応死に瀕している状況でここまで追い込まれるのは当然かもしれない。冷静すぎるが故に、逆に後ろめたかった。
「わかった、わかった。ならさっさと全部吐け。包み隠さず自白すれば量刑は軽くなる」
長田さんは落ち着けるように優しい声で諫めた。涙目で今にも泣きそうな男は始め息が荒かったが、段々ゆっくりになり、最後は深呼吸をした。
「本当か……?」
「本当だ。さっさと駆け引きもせずだましもしなければすぐに爆弾も解体できる」
「助けてくれるのか!?」
「ああ。助けるからこれから質問にはっきり答えろ」
「……」
宇津居はじっと長田を見て、僕の方を目だけ向けた。
「なんで倒れたが気がここに居るんだ?聞くところによるとノイズが聞こえるって話じゃねぇか」
「七年前の事件の証言のために協力していただいている。体調はお前が気にすることじゃない」
「でも雑音が聞こえたっていうのは本当だろ?なんで病人を同席させんだよ」
確かにそうだ。長田さんはすぐに切り返す。
「お前がさっさと証言すれば終わる。爆弾解除のために仕方ない」
「つまり俺がさっさと覚えていることを見たままに吐けばいいだけか?」
「当たり前だろう」
「そうか……」
不安げに目を細めて、俺と長田さんを交互に見て、
「じゃあ、俺のことを信じてくれよ?」
すがりつくような眼でこちらを見た。僕はこの目が苦手だ。
長田さんがわざとらしく咳をした。と津居は僕から視線を逸らし、そちらに視線を向けた。僕は少し安心した。
長田さんは自分に注目を集めて、それから尋問を始めた。
「まず、お前の名前は何だ」
「宇津居潤だ」
「誕生日は」
「五月二二日」
「出身は」
「群馬県富岡市だ」
「宇津居潤と証明できるものはあるか」
「近所の暴走族に喧嘩売って二〇日逃げ回っていた、道中何処に隠れたかとか言える」
「それを誰が知っている?」
「……元カノが半分知っている。その後、ビンタされて別れたこととか」
「わかった」
どんな顔をすれば良いのか分からない。こんな小物が、まさか列車ジャックをするなんて予想した奴も居なかっただろう。長田さんがあきれ顔になる。
「お前は超能力者か?」
「何言ってんだ?」
「じゃあ、この列車内の誰かを殺したか」
「俺がそんなことしたと思っているのか?」
両方ノイズはかからない。今の所錯乱していて話にならない。長田さんは冷静に話を続ける。
「事件時、何をしていた」
「四号車を見回っていた。突然銃声がしたんで驚いて、他の連中に聞こうと後ろの方に走ったんだ」
「通信機器は持ってなかったのか?」
「持っていたが焦っていたんだ!本当だ!俺はただの会社員でトランシーバーなんて使うこと滅多にない!つーか、声が変わっていたんだから通話してもわかんねぇだろ!」
大声に耳が痛い。中間にノイズはかかる。警備会社か、それとも元からだろうか。男は大声でまくしたてる。
「だから前の出入り口あたりに入って、浮世と殴られて縛られた。このとき声に、多分顔も変わったんだ!どうなってんだよ!治るのか!?」
「ああ。事件が解決すれば治る。顔を変えたのも爆弾をつけた奴と多分同じ奴だからな、安心してくれ。最悪警察病院で手術させる」
「本当か!?」
「ああ」
最後の言葉は微妙にノイズがかかっていた。確証は持てないのだろう。微妙に顔がこわばっていた。
「だからここに来るまでの道中を教えてくれ。計画に誘われてからここに来るまで覚えていることの一部始終を語ってくれ」
「わかった!」
そう言って早口に話し始めた。弁解するような語り口でまくし立て、多少分かりづらいこともあった。所々ノイズがかかるところがあったが、長田さんに合図を送って問い詰めると覚えていないところを補填する内容を勝手に埋めていた。本当に知っているところだけを言えと怒鳴ると、一切合切ノイズがかからない供述となった。内容は浮世とほぼ同じだ。ほとんど別視点なだけで情報は同じ。ただ、蓮井を怒らせたところが異なっていた。
「夕食の準備の前、蓮井の手が震えていたんだ。だから手伝うと声を掛けたらなあ、あいつ、突然なめるな!と怒鳴りやがって。包丁をこっちに向けたんだ。だから俺は腰を抜かして尻餅をついたんだ。馬鹿にしやがってって何回もいってたんだけどな、買い物から帰ってきた阿波と浮世に治められた。浮世たちに何があったと聞かれた、蓮井は絶対に言うなってまた怒鳴った。だから俺は黙ってたんだ」
「そのとき他の奴は居なかったのか?」
「司と臣が居たはずだ。全く出てこなかったけどな。司と臣はいつもごそごそ二人で話している、たまに蓮井が助言を求められて居るっぽいんだが、阿波と浮世と俺は放って置かれてる。浮世と阿波は思考速度が落ちているからいいと納得しているみたいだったんだが、俺は秘密にしているところが納得いかなかった」
最後の言葉がノイズがかかっている。メモをして、話しを続けてもらう。
話すうちに冷静になったのか、男はだんだん語気を弱くしていく。
「浮世と阿波の思考回路が遅い?お前は違うのか?」
「俺は違う。ただ、何故か呼ばれなかっただけだ」
宇津のこの性格は話すにはノイズが大きすぎる。あまり話しが進まないと司は考えていたのかもしれない。対面している僕でもうるさくてかなわない。
「……他の連中の仕事とか聞いたことあるか?」
「さあ。阿波と浮世が治療中としか言ってねぇ。他の連中も煙に巻いていた」
「そうか。お前の仕事は何だ」
「末端中小企業の課長だよ。朝から晩まで無気力に働いてた」
「一応役職じゃなかったのか」
「ああ。だが、七年前に正直どうでも良くなった。俺はぼんくらでどうしようもない男だったから、色々言われてんの知ってんだ。弟は俺と真逆で、勉強が好きで勤勉な奴だった。いい大学行って、いい成績とって、お偉いさんの秘書になった。あいつは俺のようになりたくないと軽蔑していた。そんな態度が気にくわなかったが、努力は知っていたから尊敬はしていたよ。稼いで幸せになってくれとおもっていた。けど生き残ったのは俺だった。それからどうでも良くなったんだ。結局努力しようがぼんくらに生きようが運が良くなければ死ぬ。そう思うと本当に何で生きてんのかわかんなくなった」
秘書?そういえば撃たれる前にあいつに聞かれた。宇津居のために聞いたんだろうか?聞きたかったが余計な情報を渡すかもしれないと考えてやめた。
宇津居は無気力なように姿勢を崩した。おそらく、本人は自覚していないのだろうが病んでいた。言葉の覇気は段々無くなり、表情は虚無になっていく。
「弁解を必死にしているじゃないですか」
「そりゃあ勝手に罪をなすりつけられるのだけはなあ、あの事件の曖昧さから嫌になった。わかるだろ」
共感はない。僕は耳に入った言葉を咀嚼せず流ししていた。こいつと向き合いたくなかった。
「最後に一つ、何故お前は逃げなかった?」
「一から十を話して、自宅が知られている奴に逃げられると思ってなかった。警察に通報したところで容疑者は五人だ。端から襲えばいい」
当然のように言った。多分、こういう場面に何度も遭遇してきたんだろう。
「どうでもいいって言っているのに、生きるのに必死なんですね」
「俺が今死んだところで、ただ一人死んだだけだろ。何の意味も無い。それに、七年前の犯人がいるかもしれないんだろ。その手伝いをしたことが許せない」
浮世と同じく深く頭を下げた。
「頼む。犯人を捕まえてくれ」
事件を起こした奴が言うか?顔を殴りつけたかった。だが、弟を殺した犯人に協力した後悔と警察への憎しみは両立する。二分できない。
余りにも複雑な感情に、どう答えればいいのか分からなかった。
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