聴取4
まずは、見回りをしていた男の一人で、二列に並んで窓際に座っていた男を呼んだ。長田さんに連れられ二号車に入る。回転させた二列目の椅子に座らせ、僕と長田さんは三列目に座る。男は入ってからあたりを見ておどおどしている。こんな事件を企てたにしては臆病に見える。自分たちが追い込まれる立場を考えていなかったのか。舌打ちしたくなるが、挑発させないためにも黙る。長田さんはドアの前に立ち、僕はその隣に持ってきた椅子に座る。
窓際に座る。外は再び山に変わっていた。雪が深く振ったのか、白単色の風景が流れる。列車は勝手に進む。焦燥感に駆られる。苛立ってはいけない。僕は男に向き直る。
男は僕の方にちらちら目を向けていた。
「気になるか?」
「そりゃ、まあ……子どもが、どうしてここに」
よく考えてみればそうだ。長田さんがすぐに平然と歯理由を話しだす。
「あの事件の被害者です、犯人の証言を聞いて、僕が思い当たる節があるかもしれません」
準備していただろう答えを淡々と言うと、男は同情的な目をした。
「酷いな」
そもそも事件の犯人が何を言っているんだ、どこにもノイズのかからない言葉を無視する。
長田さんは会見に駆け付けた木者の様に手帳ペン録音中のスマホを持っている。咳をして、尋問を開始した。
「まず名前を言え」
「浮世十三です」
「何歳だ」
「35」
「誕生日は」
「一〇月二〇日です」
「出身は」
「神奈川県横浜」
「お前はどんな顔だった」
「こんな眼が大きな顔じゃありません。もっと小さくて、枯れたような顔をしていました」
「どんな声だった?」
「……低くも高くもない、特に特徴無い声です」
「浮世十三である証明はあるか」
「亡くなった妻の事件現場の住所を言えます」
「お前はこの列車内の誰かを殺したか?」
「そんな訳がない」ノイズはかからない。こいつは今の所犯人じゃない。長田さんの方を向いて、首を振る。長田さんは頷いて、正面に向き直る。
「共犯者の名前、役職を言え」
「……証明書は見てないんですけど、自称、司治、宇津井潤、臣杜栄、蓮井陣、阿波迅。役職は、司がリーダーなこと以外はっきりしたものはない。大体は司が用意して、計画も蓮井と臣と話し合ったが大綱は司が考えた、俺は一切関係していない」
急に黙り、男はこちらの顔色を探る。嘘じゃないと顔が語っている。ノイズはかからない。心の底から流れに任せていたことを示していた。人に任せてここまでのことをやったのか。ある意味感心していた。
「事件開始からの流れを言え」
「それぞれ銃と服装を隠し持って、取り引きの10時に着替えて出て来ました。初めは1号車に蓮井、二号車に阿波、四号車は臣、五号車に私、八号車には宇津居、十号車に司が居ました」
「この順番の意味は?」
「蓮井が一番戦闘力が高いので運転室の制圧が必要で、阿波は体力が無いので後で車掌室に移動するために二号車、宇津居と私は慣れていないので臣と司で挟んで、司が一つ後ろなのは一度全体を見るためです。司は全体を見た後に一号車手前で着替えました」
「成程。その後はどうだったんだ」
「計画通り蓮井が車掌室を制圧して、その後司から連絡が入りすぐに私が朱鷺を車掌室に連れて行きました。倒れた乗客のことは臣に任せましたね。その間、宇津井は後方の乗客を前方に集め、私も引き渡してすぐに戻りました」
全く知らない。僕が寝ている間の出来事だろう。
「放送中に車掌室に居たのは阿波と蓮井と司と朱鷺、あと車掌二人。三号車に居たのは宇津居で四号車に居たのは私で、臣は五号車で夏目さんの側に居ました」
「放送が終わった後の動きはどうだ」
「臣の声で夏目さんがいるとの連絡が来ました。そしたら司から返答が来て、一号車に連れてきてほしいと来て、それで連れて行きました」
「計画外の事態を引き起こすことに異議は無かったのか?」
「司以外なら抗議したかもしれませんが、リーダーである司なら何か理由があるのだろうと思って特に何も言いませんでした」
「司をそんなに信用していたのか」
「信用というか、こういう状況に慣れている雰囲気でしたから大丈夫だと。ですからやっぱり信頼度は違いますね。臣、蓮井ならまだ不測の事態でも対応できると思いますが、体を鍛えていない私や宇津居、阿波が呼べば確実に反対されたと思います」
そんな危険な奴の計画に乗ったのか?たまにこいつの曖昧な性格に不安になる。突然真実と書かれた文書を送られ、中身を信じて、集まって犯行に及ぶ。端から見れば異常なほど。
浮世もおかしいと思ったのか眉をひそめている。長田さんは質問を続ける。
「発砲音が聞こえたとき、どこに居た」
「ええと、四号車を見回っていました。発砲音がして、通信機を起動しても反応がなかったんで前の車輌に駆け込んで宇津居……おそらく、と一緒に殴り倒されました。このときまでは俺は俺自身の声だったと思います」
「本来ならどういう予定だった」
「俺は演技や演説が下手なんで、乗客の方を到着までずっと見回っているはずでした。宇津居、臣もそうでした。臣は一番武術の心得があって、殴り合いが起こったときの制圧役として見回りの方に居ました。阿波は体力が無かったんで、ずっと立っていればいい運転室の見張りを担当。蓮井は放送裏方ですね。一回目の放送が終わって、ちゃんと放送されているとわかって後はリーダーの司に放送を任せました。事件が起こったのは蓮井がこちらと合流して臣が休憩にいくところでした」
「休憩のルーチンはどうなっていたんだ」
「十分に一回交代です。短期間の訓練で、重い装備をつけたまま動くのは結構体力を奪われるので細々とりました」
「この計画の本来の過程はどうだったんだ」
「列車ジャックをして全国に注目、その後に朱鷺の口から偽証と超能力者の存在を暴露させるつもりでした。警察と超能力者との癒着、それによる真実の隠匿を白日の下にする。それが計画でした」
「目立つためにジャックしたと。その後、どうなるつもりだったんだ」
「第一にネットで配信をして、ジャックした事実を明らかにした。そこである程度は成功したんだ。次に警察から反応があれば、超能力者の存在について暴露する。それが出来れば後は解放するつもりでした」
「警察が反応するだけでいいのか?世間は超能力者を信じないだろう」
「動いた、という事実が必要です。七年前の事件の曖昧な真実と検察の癒着の自白。信じるかどうかは曖昧ですが、無視できなかった、という理由付けにはなります。騒ぎ立てる理由にはなるでしょう」
「逃げるつもりはなかったのか」
「はい。そもそも逃げても居場所がありません。だから、俺みたいに苦しむ連中が減ればいいと思っただけです」
全部真実だ。
気持ち悪い。
主義主張が余りにも僕と似ていた。追い込まれた人間がどうするのかまざまざ見せつけられている。僕を映した鏡だった。
「大丈夫か?」
はっと意識が戻る。長田さんが心配そうにこちらを覗いている。
「顔色悪いぞ」
個人的な話で勝手に気分が悪くなっただけだ。無駄に時間使わせるわけにはいかない。
「喉が渇いただけです。水を飲めばまた戻ります」
「本当か?」
半信半疑に聞き返す。
「大丈夫です」
強く言い返した。長田さんはこちらの意を汲んで水を渡した。受け取り、半分まで残っていた水を全て飲み干す。
「もういいか?」
「はい」
相手を睨みつける。浮世は心配そうな顔をしていた。何故同情する。
長田さんが調子を戻して、再び尋問を開始する。
「この計画をいつ、何処で知った」
「……半年前に、手紙が来たんです。お前は本当のことを知らないから、真実を教えてやるからここに来いと」
「お前の身に何があった」
「二年前通り魔に俺の妻が殺されました。そのときの犯人の供述があやふや、それでも事件の状況からして犯人はこいつしかいない。置いて行かれる気分でした。量刑が決まって犯人も動機を自白した。裁判が終わっても肝心な所、犯行手段がはっきりしない、通り魔にイフで刺されたと言いくるめられそうになりました、でもナイフは監視カメラに映されていない。押収されもしなかった。だが刺された跡はあった。すっきりしないまま時間だけが過ぎていって、頭がおかしくなってしまって、俺は妻の幻覚を見るようになるまでになりました。それで仕事での立場が悪くなって、やめました。幻覚を見て、日々どこか虚ろな眼をする俺に周囲は距離を取り始めました。事件が終わっているからいいだろう、辛いだろうけど次の一歩を進めるべきだ、両親も言っていました。まだ何も終わっていないのに。鬱屈さを追ったまま時間だけが過ぎていきました。七月一〇日、事件現場に花束を供え帰りに手紙が入っていたことに気づきました」
「信じたのか」
「七年前の事件について書かれていました。初めは頭のおかしい奴が妄想を綴ったものだと思いました。でも気になったのは、警察が被害者遺族にも事件の真実を隠しているということでした。気になって調べてみると、捜査の疑問点について浮かび上がってきました。犯人のうち、二人が何度も控訴を申し込んでいるところも、半信半疑ですが妄想ではないかもしれないと現実味を持つようになりました」
「それで、何処に呼び出された」
「新宿のカラオケの一室です。そこに居たのは今回の事件の実行犯です」
「それはいつ何処のカラオケの何番の部屋だ」
「八月二三日の一四時、新宿駅前のカラオケ城の402号室です。手紙を何度も読んでいましたからよく覚えています。僕が入るときには全員そろっていました」
「そこで名前を話したのか」
「はい」
「今誰が誰か分かるか?」
「……犯行時のローテーションだと、頭を撃たれたのは司、車掌室に居たのは阿波、殺したのは臣、俺の横に座っているのは宇津居、後ろに座っているのが蓮井です」
「何故司だと分かる?」
「司が呼び出せ、と言ったから……多分、そうなんじゃないかと」
「それぞれの呼び名はどうなっている」
「全員名字呼びです。名前が重なっていましたから。犯行中は別の名前で呼びました。司さんをヤグルマ、阿波をマツバ、臣をイワコマ、宇津居をアズマ、蓮井をハナワ、俺をシロタエと呼んでいました。ハンドジェスチャーで会話していたのでほぼ使うことはなかったですね」
「何故その名前に?」
「誰も思いつかなかったから、菊の名前にしました。全員身近な人を能力者に殺されていたと言ってましたから」
「年齢や体格について、何か言っていたか」
「司は三十九、阿波は三十六、臣は三十七、阿波は三十二、宇津居は二十九、蓮井は四十二と本人は言ってました。体格は、司があまり変わり無かったですね。身長も体格もあまり変わらない、よく考えてみるとおかしいですね。ここまで似ているとは分からない」
「そうか。その後はどうなっている」
「集まって、超能力者の存在にと朱鷺による隠蔽に関する司の調査文書を読みました。それで超能力者の存在を隠していると理解して、他に苦しんでいる人が居ると知りました。司さんは超能力者の存在の暴露をしたら、追われるようになったと言ってました」
「あいつは抑も七年前の事件の関係者の可能性もある。追われるのは当然だろう」
「聞いていないぞ」
青ざめた顔に変わる。何を今更。一度も二度も犯行したことに変わらないだろう。
「司は何だと言っていた」
「同僚が殺されて、それからずっと追っていると。個人的な調査で判明したと言っていました。」
「他の連中も同じ調子だったのか?」
「いいえ、俺と阿波とは泣いていましたが、蓮井は首をひねって黙っていました。臣はすぐに何故呼び出したのか司さんに聞きました、理由もなく呼び出すわけがないと」
「臣の考えは当たり前だ。その後はどうした」
「それで、告発し、全国に超能力者の隠匿についてどうすれば一度で広げられるか話し合うためと言いました」
「司はそこまで考えていなかったのか」
「そもそも本当に来るか疑問視していたらしいです。誰も来なければ、そもそも考えるだけで無駄だからと」
「成る程。誰が列車ジャックを発案した?」
「司でした」
「実行犯が列車にしたのか。他に何も言われなかったのか?」
「俺たちはジャックすることに反対しました。無関係の人間を巻きこむことや、そもそも脅迫は良くないだろうと。だけど、正しいやり方では告発できないと説得され、警察の干渉の難しさ、時間稼ぎについて考え、誰も殺さないという条件付きで特急列車にしました。ああ、気が狂っているな、本当に、境遇の似た連中が集まったということで気が高ぶっちまった。誰も、止めなかった」
「銃を持って随分甘い考えですね」
「本物だと知らなかったんだ」
「夏目」
長田さんが諫める。時間が無い。僕は一旦引く。
「その後はどうしたんだ」
「大体の計画を考えました。丁度、阿波が電車に詳しかったんで人の居ない時間帯に賄賂で朱鷺を呼び出した後にジャックすることにするとまで決めました」
「朱鷺は殺すつもりは無かったのか」
「はらわた煮えくりかえる気分でした。ですが、朱鷺は妻の事件の捜査に干渉していた訳じゃない。どの事件で何をしたのかを知りたい遺族はいくらでも居る、他の連中も同じ考えとは言ってました。だから裁判で全部吐くまでは殺さないということに異論は無かったです。まだ何も吐いていないはずなのに何故殺したのか、俺にも分かりません」
「それで、どうなった」
「一週間前に長野県の山中に突然呼び出されて、前日まで動きの訓練をしました。突然銃を差し出されて驚きましたが、司さんに偽物だと言われて信じました」
「あれは本物だ」
「そうだったんですか」
「知らなかったのか……それで、どうした」
「前日に一杯酒を交わして、駅の方に行って乗り込みました。着替えたのはトイレと多分喫煙室です」
「入れ替わる隙があるとすれば何処だ?」
「多分、着替えのときです。昼間は集団行動を義務づけられて、着替えも同じ場所で顔が分かるように行動していました。夜も、だれか見張りを立てて、もし何かがあればすぐに全員を呼び出すことになっていました。六日間の短い間、べつに何も起きませんでしたけど、随分危機管理のしっかりした人だと感心していました」
「変な行動を見せた奴はいたか」
「……そこまでは。ただ、俺は阿波と宇津居とよくつるんでいて、臣と司がよく何か話し合っていました。蓮井はただ銃の修練に集中していて、見える範囲でしたがいつも少し離れた場所に居ました」
「成程……何処で特訓した」
「中部の廃村に忍び込みました。電気が無くてキャンプのように火やランタンを使って過ごしました。運が良かったのは車を三十分走らせればスーパーにたどり着くことと、食事の腐りにくい季節ってことですね。寒いのは体を動かしていれば忘れられました」
「スーパーに行ったのは誰だ」
「阿波と俺、二回行きました。同じ車なのに別の人間が乗っていればおかしな顔をされるということで同じ人間で行きました。一回目は食料を買い出しで、二度目は酒を買いに行きました。その間何か話しが進んでいるということはあまりなかったと思います。ただ、二度目の買い出しから帰ってきたら蓮井が宇津居に怒っていました。あいつが勝手なことを言ったらしいです。蓮井は怒って中身を話すこともなかったし、宇津居は黙っていました」
「怒るとすれば何だ」
「蓮井は朱鷺が関わった事件の被害者遺族です。四年前のレンタルスペース事件、密室状態で死んでいた男が弟です。兄弟は両親と仲が悪かった。だからか少々病的に弟を気にしているところがあって、そこを宇津居がついたと思われます」
「他には」
「特にありません。見た限りでは臣と司は不満があっても目的のためなら冷静な自分を演じられます。阿波と宇津居は表情に出やすく、俺は抑も精神が不安定なので不安なことがあればすぐに情緒不安手になります。蓮井はそもそも家族関係以外には一つのことに集中する気質です。蓮井の怒鳴りで安定剤を飲みました。ああ、あと阿波はあまり記憶力が良くないのか、コードネームを間違って覚えてました。コードネーム全く使わなかったので、最終日に俺が気づいて教えました。結局あまり使わず仕舞いでした」
「阿波は覚えたのか?」
「はい。一応確認して全部覚えました」
「お互いに身の上話はしなかったのか」
「立ち入った話をしたのは宇津居と阿波、司です。特に宇津居は七年前の銃乱射事件に巻き込まれたって言って特に憎んでいました」
「……あの場に居た?」
「いや、あの場に居たのは宇津居の弟です。秘書として同行していましたが、巻きこまれました」
「そうか、他にあいつらの個人情報について知っていることはあるか」
「……自己紹介の時大まかに出身地を言っただけです。司、臣、蓮井が東京、私が神奈川、宇津居が群馬で阿波が千葉です。全員特に訛りもない」
「分かった。顔つきは?」
浮世が考え込むように口にこぶしを当てる。
「……上手く説明できませんが司は目つきの鋭い賢そうな顔、臣はひげを蓄えた野性的な顔つき、蓮井は童顔で、宇津居はひょうきんな顔、阿波は女顔です」
「声はどんなものだった?」
「ええと、司が放送で流れた少ししゃがれた声、蓮井はおそらく今の声に似た声、臣は渋い声、臣は低い声、宇津居は若い声ですね、私は息漏れの酷い中音くらいです」
似た声?引っ掛かりを覚えた。偶然声が似ることなんてあるのだろうか。確信を持てず僕は口を挟まなかった。
長田さんは質問を続ける。
「似たような顔はあるか?」
「いいえ。名前以外髪型もバラバラ、遠くから見ても顔を隠さなければ区別は出来ます。今回のように顔を隠して服を同じにすれば誰も区別つきませんよ」
「それは朱鷺も同様か」
「はい。初めて見たとき少し驚きました、よく似てると」
「誰に」
「蓮井ですね、ふと思っただけですよ。共犯者のうちの蓮井に似ているなぁって。でももし朱鷺が覆面をつけて、同じ服を着ていれば区別はつきにくいと思います。相当な演技上手なら入れ替わっていても気づかないと思います」
「お前が顔を変える能力者である訳ではなく」
「そんなわけがない!」ノイズはかからない。
長田さんは目だけを動かして僕を見た。今の質問の確認のためだ。僕が横に小さく振ると、視線は浮世に戻った。
「わかった。お前は違うな。ここまでの会話で、司のことを異様なほど信用しているな。何故だ」
「私は……!」
勢いよく答えようとして、口を押えて黙った。深呼吸をして一息つき、語り始めた。
「司さんと会うまで私は屍のように生きてきました。警察に真実を求めても一蹴され、放置されました。社会復帰もろくにできず、妄言を口走る意志薄弱な人間として見下されることも頻繁でした。ですが司さんは私に真実を教えて頂き、普通の人間のような扱いも当然のようにしてくださりました。ごく短い間ですが仲間もできました。それだから、この人は正しい人だと信仰のようなものを抱いていました。少なくとも阿波と宇津居はそうでした」
口早になりかけながらも必死に押しとどめている。放っておけば熱心な信奉者のように司の素晴らしさを語ってしまう、そんな危うい精神状態だ。聞いているだけで気分が悪くなった。あまりにも僕と似ていたからだ。
長田さんは訝しげに目を細めた。
「なら、今はどうだ?」
「……今、ですか」
浮世は目を逸らした。胸中は複雑だろう。夢から覚めた心地で自分のしたことを恐れているのかもしれない。恩人が凶悪犯罪に導いてもそう簡単に割り切れるものじゃない。孤独を付け入れられて今回の事態に手を貸した。頭がおかしくなっていた。絶対にそうだ。僕は相手の心境を考えることを無理やり打ち切った。自我の境界が壊れ、人格が混ざりそうだ。
返答のない相手を見て長田さんは諦めたように質問を変えた。
「……成程。では尋問は終わりだ。何か言いたいことはあるか」
浮世は不安そうに僕たちを見回してから、突然頭を深く下げた。急にどうしたんだ、此方の動揺をよそに叫ぶように言葉を放つ。
「止めるべきだった。本当に、本当に申し訳ない。まともに生きている夏目君を見て、本当に情け亡くなった。すまない……すまない……」
浮世は泣き始めた。凶行に及んだ犯人に、実は瑠璃を殺しに行くつもりだったと言えばどんな表情になったのか。一本列車が違えば同じ仲間になっていたかもしれないと、なんとも言えない感情がわき上がる。
僕はまともに生きていないと否定したかった。だが否定したところで事件を起こした事実は変わらない。過去は不可逆であり、僕はその立場に居たかもしれないと思うと罵る気も起きなかった。
浮世の泣き声だけが、狭い部屋に響いていた。
あまりにもいたたまれない雰囲気のまま、長田さんは浮世を立ち上がらせた。
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