聴取3

「ではまず、長田さんの話を聞かせていただけますか」

 寝ていた時の話は聞いていなかった。それに長田さんはおそらく警察関係者だ。里見はあの飄々とした雰囲気で聞きだせるとは思えない。だから真面目そうな長田さんに僕が知らない情報をできるだけ聞きたかった。

 長田さんは僕の言葉に頷き、

「そうだな。俺が何をしていたか、まだ話していなかった。事情聴取のいい訓練になるだろう」 

 独り合点している。そこまで考えていなかった。僕は只何をしていたか聞きたかっただけだ。

「何故列車に乗り込んだのか、そこから聞くか?」

「はい。そこから、僕が起きるまで何をしていたのか教えてください」

「分かった」

 うん、と咳をする。

「俺と里見が乗り込んだのは、朱鷺の追跡のためだ。あいつが収賄容疑がかかっているのは知っているか?」

「噂なら聞きました」

 一ヶ月前、適当なネットニュースに載っていた。そのときは匿名で、まだ疑惑という体で書かれていた。

 ここ数年、冤罪や真実の明らかにならない事件が増えている。その原因はある検察が関係しており、証拠を偽装したり、仲間を使って証言を作り上げ望んだストーリーに導いているという記事だった。三流カストリ紙の連中によって書かれたオカルトまがいのネットニュースだったが、銃乱射事件でも証拠を偽造したと書かれていたから頭の端に引っかかっていた。そして、七年前の事件なのにまだ裁判が続き、中々着地点の見えないところが疑惑の真実味を増していた。鼻で笑えるほど絵空事じゃなくなっていた。

「警察の方で情報統制を敷いている。明らかになれば権威が失墜するからな。それに疑惑が出ていると本人に知られれば、確実に警戒される。だからこちらは隠密に行動していたんだ。潮目が変わったのは一週間前だ、こちらの方に協力要請が来た」

「協力要請?」

「能力者関係の事件や、複雑な事件だとたまに能力者が呼ばれるんだ。今回の場合、電車内での取引を確実に目撃して欲しいと来た」

「それなら捜査員による潜入捜査すればいいじゃないですか」

「前回それをして、誰も見なかったらしい」

「逃げられたってことですか」

「ああ。取引を聞きつけて朱鷺を複数人で追跡したが、誰も見なかった。只、別の場所で朱鷺の顔を見た奴が居るらしい」

「似た顔、また顔ですね」

 七年前の事件も、今回の事件もまた同じ、『顔』が関係している。

「背後に顔を変える能力者がいる可能性を考え始めたのはここからだ。だが、調査する前にむしろ追跡されていることに気づかれて、最近は警戒されている。最近は無駄話せず帰ることも頻繁だった。最低限の会話以外誰とも会話しない。完璧に手詰まりだった」

 顔をしかめる。苦労話でも聞かされたのかもしれない。

「だから警察関係者ではない俺たちが呼ばれた。里見の能力はこういうのに向いているからな。俺は里見の目付役と、密室戦闘時の優位差を鑑みて呼ばれた」

「この列車に他の仲間は居ないんですか」

「居ない。顔が割れているかもしれない、あとやはり能力者が多すぎても扱いきれないからな。力の差が大きすぎる」

「……協力を仰げそうでもなさそうですね」

「能力者がいることをあまり知らせたくない。今回のような事件が起きることもある」

「……抑も存在を知らせれば起きなかったのは?」

「申し訳ないが、年齢問わず発症することを考えるとあまり知らせたくない。実際に利用されて大きな被害を出した例もある……事件の遺族に事実を隠蔽させる」

 謝られても困る。結局、僕がここまで来てしまったのははっきりとした真実が明らかにならなかったからだ。恨み節はいくらでも言える。この人に言ったところで、只話を聞くだけで何も変わらないのだろう。

「今朝朱鷺が取引のために列車に乗るということで俺と里見が同乗した。列車ジャックに関する話は一切聞いてなかったな。聞いていれば、もっと人員を増していたよ」

「長田さんが走るまで、二人は何をしていましたか」

「喫煙室で取引していた。里見の報告の後に突入しようとしたが、隣の車輌で覆面が銃器で脅していた。相手の勢力が分からないから、一旦引くことにした。只の乗客のふりをして、夏目の診断のために立候補した。夏目が連れて行かれた後は、相手の戦力を里見に見て貰って機を待っていた。次の配信の時に行動を起こすつもりだったんだ」

「配信?」

「夏目が倒れていた時、車掌室から自分たちの要求を動画生配信して外部に発信していた。一度目と言っていたみたいだが、二度目は無理だな」

「動画、見れますか?」

「録音続けたままでなら。ちょっと待ってろ」

 カバーのついていないスマホを取り出す。手早く操作して、動画を出した。

 運転室だろうか、背景は白く、ドア以外何もない。壁の前にあの浮いたスーツの男が座り、その隣に銃を持った男が直立している。ドアの側にも守衛のように別の男が立っている。

「この顔が見えているのが朱鷺ですか?」

「オリジナルの朱鷺のはずだ……おそらく」

 いつから顔が変わっているのか、事情聴取まで分からない。

 すぐに演説が始まった。少ししゃがれた中音の声だった。気絶する前の放送と同じ声だ。今まで聞いた二人とも、朱鷺の声とも違う。

 直立不動のまま、張り上げ、威勢良く脅迫を始めた。内容は、瑠璃の再審要求と、片身の告発だった。七年前の事件の黒幕は片身であり、朱鷺を使って犯人をでっち上げていた。また、瑠璃は全くの別人であるという頭のおかしな主張を世間に叩きつけていた。仮に要求を反故すれば、列車の乗客に発砲すると脅迫していた。

 次は一〇時半にまた放送する。警察の態度次第では別の事実を発表すると言い、放送は終わった。スマホの上部を見る。今は一〇時四〇分だ。次の放送はもう無い。

 動画を終えて、僕はまず質問した。

「この放送はいつ頃放送されました?」

「一〇時一〇分ころか。迅速に乗客を掌握したから銃を出してからあまり時間はかかっていない」

「僕が起きたのはどのあたりですか?」

「一〇時二〇分位じゃないか?恐らく発砲があったのはそれから5分後位だ。時計を見れなかったから正確な時間は不明だ」

「……殺されたのはこのうち誰ですか?」

「わからない。只、同じ部屋に居た車掌二人は一人が戻った後に薬で寝かされたようだ。後で事情聴取するつもりだが、確かに俺が車掌室に入ったとき壁際に寝かされていた」

「七年前の事件で顔を変えていた人って、体格が変わっていましたか?」

「わかる範囲では体格はそのまま、ただ声と顔が変わっているだけだ」

「二人の車掌の体格は朱鷺に似ていますか?」

「二人とも、朱鷺よりも十センチ程高いか、低いかっていうくらいで全然違う。遠目で見ても入れ替わればすぐにわかる」

「能力って、成長したり変化したりすることってありますか」

「無い。初めから固定される」

「じゃあ、車掌が入れ替わっている可能性はどうですか」

「今のところは低い」

「顔を入れ替える能力者以外にも居ないんですか?」

「居たとしても実行犯が逃げた様子は見られない。だからまずは犯人を聞きだす」

「もし間違えていたなら」

「解体班を無理やり送り込んでもらう。少々乗客に被害が出るかもしれないが、仕方ない」

「……あの、顔を変化させる能力者は登録されていますか」

「先ほど連絡があった。消去させられたはずの能力者の記録がある。一週間寝食を共にした人の顔になる能力だ」

「どこから見つかったんですか」

「朱鷺の家だ」

 また朱鷺だ。何をするにしても朱鷺が関わってくる。

「朱鷺が能力を持っているのか、または他の奴が能力を持っているのかわからないがとりあえず朱鷺の家のUSBに残っていた」 

「いつ消去されたのですか」

「最後に利用されたのは10年前だ。その能力者の身元を調べているが、此方は時間がかかりそうだ。あまり期待しない方がいい」

 僕はもっと内実を教えて欲しかったが、あまり関係なくきりが無い。状況説明の方に話題を戻す。

「発砲するまで覆面の連中は何をしていましたか?」

「見回っていたな。いつも最低限一人が車輌に居た。姿がたまに見えなくなることもあったが、それも十数秒くらいだ。誰かを連れ出して入れ替わるところも見なかった。里見が見る限りでも入れ替わったような奴は居なかったようだ」

「じゃあ、入れ替わりは覆面の連中の中だけで起こっていたということですか」

「そうなるな」

「……質問ですが、能力は使っている本人が死ねばどうなりますか?」

「言い忘れていたな。どのような状態でも能力は取り消される。だから、顔を変えた犯人は生きている」

「……能力の所有者と犯人は同じと思いますか?」

「ほぼ同じと考えて良いと思う。変えなかった場合の不利益は誰が誰を殺したか判明する点にある。捜査を攪乱して、時間切れを待つために一々こんな面倒くさいことをしなければならない」

「そうですね」

 単純なことを複雑にしているのはこの一点だ。もし顔を変えていなければ、誰が誰を殺し、誰が生き残っているのか、そこから犯人も分かる。

「俺から言えるのはここまでだ。質問は?」

「今の所無いです。一度嘘をついていただけますか」

「……さっきUFO見た」

 ノイズが聞こえた。いや、聞こえなくても分かる。

「完璧に嘘です。会話時間で制限があるかと思いましたが、特になかったです」

「録音時間は、五分ほどだ。五分以内の会話なら能力は適用されると見て良いな」

「時間を考えておきます」

 嘘が下手だ。今までのノイズのかからない証言内容といい、この人は素直な人みたいだ。だから僕みたいな奴も信用する。無条件の信用のかぶせ方にぞわぞわする。既に放り投げたい気持ちを抑え込み、

「事情聴取中は俺がメモをする。夏目は相手の話に集中してくれ。最悪中身を覚えていなくていい、ノイズの有無に集中してくれ」

 浄水器を思い出す。犯人と向き合うのは体力と精神力が要る。時間は無いが、まだ壊れるわけにもいかない。

「誰から連れてくるか?」

「ランダムが良いと思います。証言を考える暇があって時間稼ぎされるのも困ります」

「ならまずは真ん中の窓際の奴にするか。判別がつかない」

 とりあえず、長田さんの証言については終わりだ。多少の不安を覚えながら僕は立ち上がった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る