聴取2
「先程、黒服はなんて言っていたか教えてくれないか」
「はい。相手は超能力者を知っていました」
「……やはりか」
一部始終を伝えると、長田さんは眉間に深い皺を刻んだ。
「相手の生き残りが混ざっていると?」
「おそらくは。誰が、と明言する前に撃ち殺されたので僕には分かりません」
揚々と語る覆面の姿を思い出す。どこにもノイズのかからない証言。この中の誰かから教えられた真実を心から信用していた。何故そこまで信じていたのか今でもわからない。早く聞きだせばよかった、悔いばかりが残る。
「それは仕方ない……だが、本人が混ざっているとは殺された本人も予想外だろう。犯人の顔を入れ替える。今回と同じだ」
「犯人たち、顔を変えられていたんですか」
「ああ、全員朱鷺の顔になっている。里見が変わる前の顔を知っているから、恐らくこちらが困惑している隙に変えた。条件は分からない、だが、変えて逃げたということになるな。あいつはこの列車くらいなら全体を見渡せる。だが透視能力の使用中は自分の周りが見えない。だから、隠す、仕掛けるとしたら安全の保証できないあの黒服が現れたあたりだ」
「何故、顔を変えたんでしょうか。爆弾を仕掛けて、もう逃げられない」
「全てを消したかったからじゃないか。もし俺たちが居なければ、ここの犯人全てを殺して、後方車両に逃げ込んで、誰かに顔を変えて、爆弾から逃げ切ればいい。必要なのは誰が殺されたか、だ。全員顔を変えてしまえば、誰が殺されたかわからない。全員同じ格好をしていたのもいつだれを殺しても判別できなくするためかもしれない」
「目的は一体……」
「推測でしかないが、自分の存在を殺すため、事件関係者を殺すためじゃないか。ここまで大事にしてしまえば、細かい部分はどうとでもなる。何かあっても爆発してしまえば、逃げるだけの時間稼ぎはできるはずだ」
朱鷺を呼び出したのはおそらく連中だ。言質を取るのが大まかな目的。覆面は殺すのが目的。じゃあ、朱鷺を殺した奴の目的は。
「朱鷺の証拠偽装を消すためですか」
長田さんはゆっくり頷いた。
「可能性としては一番高い。もし仮に顔が戻ったとしても顔の入れ替え犯人が分からなければもし顔が戻ったとしても本当に朱鷺かどうか殺すまでわからないと思っているかもしれない」
「……」
今なら聞ける。意を決して口を開いた。
「長田さん、今後のためにも長田さんから聞いた七年前の事件の調査結果を教えてください」
相手は思い出したようにすぐ返答した。
「そうだな。言うべきだな」
長田さんはすんなりと受け入れ、説明を始めた。
「七年前の事件の事件発生直後、あいつらは逃亡した。道中で内部分裂を起こし、瑠璃が他二人を殺害し、車を投げ捨てアジト近辺の空井戸に投げ込んで火をつけた。その後、アジトを囲まれて逃げられなくなったため事件の成功を以て大人しく逮捕された。あらゆる計画について自供し事件は終わった。それは表の話だ。逮捕当時から、妙な点はあった。車の場 所だ」
長田さんは空を見る。
「捨てた空井戸から射殺現場の車への距離は約一キロ。空井戸からアジトまでの距離まで一キロ。逮捕されたのは事件発生から二時間。空井戸から車までは急傾斜が続き、成人男性二人の体重は七十キロ台、二時間じゃ、共犯者が居なければ難しい。だが目撃者によると、瑠璃の顔をした男一人が遺体を持ち運ぶ姿を見たらしい。他に人は居ない。瑠璃は体力筋力共に一般人並みだ。不可能にほど近い」
「初めからアジトに待機していた、と考えた方がまだ成立するということですか」
「ああ。だから瑠璃と自称する奴を逮捕したが、これで終わりとは誰も思っていなかった。それで捜査は続いていたが、朱鷺が証拠を偽造していたおかげで捜査は混乱した。誰が主犯か、個人を識別する証拠がほぼすべて間違っていた。……おそらく、投げ捨てられた遺体も顔が変わっていた。虫歯や金歯は残っていたが、歯型も変わっていた。誰が死んだかという確証もまだ取れていない」
たたん、たたん、一定の間隔で列車が揺れる。外部から遮断された空間でフィクションじみた話が続く。
「警察の威信と、遺族の精神安定のためにも瑠璃を裁判にかける必要があった。一度は死刑が出たが、真犯人が出ないうちは量刑に処すことはできなかった。……最近やっと朱鷺が関わっていたことが判明した。今回現場を捉えようとしたのは確証を持たせるためだったが、先手を出されたな」
「逮捕された一人は別の人間かもしれないと初めて聞きました」
「捜査の末に逮捕された奴だ。朱鷺が偽証していた、覆面はそう言っていたんだな」
「はい」
「仮にそいつを信じるとすると、あの事件の犯人の半分は冤罪ということになるかもしれない。そして本当の計画についても瑠璃から言葉を聞くことも無かった。計画書は一切消去されていた」
僕の知らない情報ばかりだった。
「夏目君はどこまで知っている?」
「逮捕された後は殆ど有耶無耶でした。逮捕時の状況や、逮捕されるまでどうだったのかは知っていますが、捜査の中身はほぼ霧の中です。裁判で色々判明していましたが、近隣で捨てているところを見られたのは知ませんでした」
「警察が情報を絞りすぎだ。捜査の遅延で不満が溜まっていてもおかしくない」
「長田さんは知っていたんですか」
「事件当時には中に居た。だから報道もこっちとは違うんだ」
知っていたならなぜ抗議しなかったのか。逆恨みのような熱が胸に溜まる。
長田さんは僕の感情に気づかずにネクタイピンを外して、口に寄せる。
「今の聞いたか、ああ、瑠璃の方は頼む」
ネクタイピンをポケットに入れる。ピンを失ったネクタイを取った。Yシャツの一番上のボタンを外すと開放感が増した。長田さんは軽く肩を回した。
「外の警察の方ですか」
「正確には超能力者関係の警察みたいなものだ。夏目の話を聞いて、これから瑠璃に事情聴取に行く。終わり次第連絡すると来た」
ネクタイを巻き、別のポケットの中に入れる。清潔感が減り、日常感が増した。
「爆弾解体の方はどうなりますか」
「今爆弾処理班の方で解析中だ。そちらも結果が分かり次第また連絡が来る。こちらが出来るのは爆弾取り付けの犯人を探し出し、出来れば吐かせること、解体のための道具を揃えることくらいだ。後者は車掌に聞くしかない。今俺たちはまず犯人を明らかにすることだ。そのために、君も事情聴取に同伴してもらっていいかい」
ふと、自分が何故ここに居るのか思い出した。そうだ、犯人を殺すためだ。僕はそうしなければならない。七年も逃げた奴を見逃す理由はない。瑠璃茂雄が曖昧な立場になった。ここに下手すれば七年前の真実を知っている奴がいる。なら、
「わかりました」
僕は腹に熱いものが満ちた。七年ぶりに頭が冴えた気がした。
犯人を追いつめれば、死刑になるのは確実だ。
つまり、僕は正しく犯人を殺す手助けをすることになる。
結局することは変わらない。自分の手で首を絞めるか、そうでないかの違いでしかない。
両親の顔、祖母の顔、葎飛の顔がよぎる。もう戻らないとしても、爆弾が爆発したとしても、真実を明らかにしなければならない。
絶対に逃がさない。
胸が熱くなる。
長田さんは複雑そうな表情をしている。
たたん、たたんと列車は終着地へ走る。結末を庸と知らずただひた走る。
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