聴取1
医者に連れて行かれたのは二号車だ。入るとそこにあったスマホと財布は無くなっていた。車掌が持って行った。
真ん中の左側の席を回転させ、長田さんは通路側に座った。僕は窓際に座る。対面に座るとさっきの男を思い出すからだ。
医者が車掌から借りたスマホを操作して、録音機能をつける。
「自己紹介が遅れてすまない。俺の名前は長田宗介だ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「色々疲れているところ申し訳ない。何か体に変化はあるか?」
僕はここで話を切り出した。
「人の言葉にノイズがかかります。多分、本人が嘘だと自覚している内容にノイズがかかります」
「……例えば」
「失礼ですが、あなたは医者じゃないですよね」
長田さんは口を閉じた。半分は状況判断で確定した事実だから疑っているかもしれない。
「ああ。俺は警察だ」後半にノイズがかかる。
「それも嘘ですね」
「……何故そう思った?」
「警察だ、にノイズがかかりました」
小さく何度か頷いた。信じてもらえたようだ。
「医者でないとわかったのは俺が主張したときに、ノイズがかかったのか」
「はい。『医者である』という言葉にノイズがかかります。ですから恐らく医者でないと自覚しているということになります。あっていますか」
「ああ、俺は医者でも警察でもない。……ノイズがかかり始めたのはいつだ」
「床で起きたときからです」
「やはりか。里見が出した薬、飲んだこと覚えているか」
「はい。あれのせいですか」
「いや、元から君の体は変化していたんだ。自分の体が変化する上で、血や肉を作り直す。その過程で血を吐き、激痛が走っていた。あの薬はその過程を安定させるためのものだ」
「能力を発現させるために、人体が変化するのですか」
「そうだ。驚くかもしれないが、この世界には超能力者がいる。一人二人ではなく、数万人の規模で。先天的に能力を持っていたものや、臨死体験や今回の人体の構造変化など後天的に目覚めるものだ。君は後者だ」
全て初耳だった。僕の担当医は能力に関することは一言も無かった。
「原因不明の難病と言われるだけで、そんな説明を聞いていません。薬のことも聞いていません」
「ああ。一般の医者にはこの転化について知られていない。ごく一部の専門機関に登録された奴にしか知識を教授されていない」
「何故ですか。見殺しじゃないですか」
「すまないが、能力が発現すれば一般社会から隔離された場所で管理される。能力次第だが、特に危険な能力の持ち主と分かれば束縛はきつくなる。能力の内容はランダムだ。能力の内容は誰も決められない。危険性も同様だ。だから本人に説明して、今後の人生が全く異なるものに変わることに合意いただければ薬を与える。大抵は薬を飲むが一部はできるだけ苦しまない死を望む」
「……薬を飲まなくても生き残れないのですか」
「確率は一パーセント以下になる。生き残ったとしても、隔離されこちらの社会に戻ってこれない可能性や下手すれば一生監視される場合もある。絶望の中で生きていけるほどの奴は中々居ない」
「……僕の場合はどうなりますか」
「今の所は、自分で能力のオンオフを決められるようになれば戻れる可能性はある。だが一旦こちらの社会からは隔離される」
「あなたは今外にいるじゃないですか」
「それは仕事で呼ばれたからだ。もし逃げ出せば最悪殺される。里見が薬を持っていたのも能力の安定剤の側面があるからだ。仮に能力が暴走すれば即座に戻される」
何処にもノイズがかからない。嘘をつく必要がないからだろう。
「わかりました。僕は別に隔離されてもいいですから、事件が終わり次第荷物をまとめます」
「……今決めるのは早急だ。まだ、状況も状況だから一旦忘れて、先に能力についての説明を聞いた方がいい」
「いいですよ。むしろ、家に帰りたくないんです」
僕は笑った。長田さんは悲しそうに眼を伏せたが、すぐに顔を上げた。
「では、時間が無い。簡単に能力について説明する。この場合能力というのは超自然的なもので、条件付きのものを示す」
「……イタコや、占いについてはどうなりますか」
「その人たちは専門の登録協会があって、その後ろで繋がっている。協会の歴史で長いのは彼らの方だから、あまり頭が上がらないんだ」
「はあ」
思ったよりも世知辛い。長田さんは皮肉げに口を歪める。
「運営するのは人間だ。結局社会の営みから逃げられないんだ。今はあまり関係ない……で、能力についてだが」
無理矢理本筋に戻したな。人柄が垣間見えた気がしたが、こんな状況で世間話を聞くわけにもいかない。
「発動時には必ず条件がある。俺の能力は『最大一分間物を消す』能力だ」
ネクタイピンをネクタイを挟んだまま持ち上げる。目の高さまで持ち上げピンを開く。突然ネクタイがふっと消えてピンだけが残った。
「え?」
あたふたあたりを見回す。何処にもネクタイはない。長田さんはピンを開いて固まっていた。数秒して、ネクタイがピンの間に戻った。超自然的な現象に面食らった。だが目の前で起きたなら信じるしかない。
「……これが、あなたの能力ですか」
「ああ。条件は、無生物で一部でも視界に入ることだ。一度発動すれば切れるまで他の物を消すことは出来ない。里見の能力は透視で、一キロ以内の物なら壁を透かして視力関係なく見ることが出来る。条件は、その場を動かないことだ。条件じゃないが、副作用では遠くを見ている時は近くを見ることは出来ない。同時に二つ以上の視点を持てないんだ」
「速度も保って復元されるのですか」
「そうだな。速度を保ち本来存在するはずの場所に速度を保って戻ってくる。速度が異なればすり抜けも出来る」
随分怖い能力だ。
爆弾を消せないかと思ったが、速度を保つなら処理は難しい。
長田さんもそれに気づいているのか、手を頭に当てる。
「このように能力には時間制限や距離制限、発動条件がある。今の所細かい条件は分からないが、やるしかない」
はっきり言い切る。勝手に覚悟されているが、乗客の命を助ける片棒を担うということだ。間違えれば皆死ぬかもしれないのに、全くの他人を仲間に入れるのは正気じゃない。
長田さんは真正面から僕を目で射抜いていた。曖昧な条件でやっていいのか、確認すべきじゃないのか、気になることは色々ある。だがそれを退けるだけの覇気があった。もう後が無いのは長田さんも同様だ。
「そんな簡単に情報を渡していいのですか?」
「後で里見とも事情聴取して貰う。前提条件で何か問題が起こるかもしれない。今のうちに知らせておくべきだと判断した」
僕は真っ先に思いついた言葉を叩きつけた。
「じゃあ、瑠璃の別人疑惑について何故教えてくれなかったんですか」
一番に浮かんだのはこれだ。真実を教えてくれればもう少し苦しみが和らいだかもしれない。他の被害者、被害者遺族も理由のわからない裁判の延長に不満を持たなかったのかもしれない。長田さんは下っ端で情報拡散の権利を持っていないとわかっている。でも知っていたなら言ってほしかった。たとえ信じられなくても、真実を知らせてほしかった。
長田さんは驚いたように目を見開いたが、直ぐに目を閉じ、頭を下げた。
「本当に申し訳ない。事件が終われば必要な情報を申請して渡そう」
重々しく告げる。僕の心情を慮っている。だが、僕は僕だけが真実を知るべきとは思えなかった。
「それは、被害者遺族には伝えないんですよね」
びくっと固まり、長田さんは申し訳なさそうに言った。
「ああ。超能力の悪用をさけるためだ。これだけは引けない」
どこにもノイズはかからない。嘘をつく必要がないとわかっているからだ。胸が熱くなるが、この異常な状況ではすぐに冷めた。優先すべきは事件の解決だ。怒るのもそれからでいい。
大きくため息をついた。すると緊張感が戻ってきた。こんな奴が助けになるのだろうか。
「あの……信用しすぎじゃないですか?」
「人手が足りない。だから、頼む」
僕の嘘を暴く能力者はどこにも居ない。見はりを見はる者は居ない。
……仮に、僕が誰かの証言を嘘だと言った場合、仮にそれが誤った真実を証明してしまえば『間違っている』ことを指摘するのは物的証拠しかない。逸れすら不可能であれば……下手すれば、僕が犯人をでっち上げることも出来る。乗客全員を殺す、拡大自殺もできる。
朝の通勤ラッシュを思い出す。彼らには行く先がある。この列車の乗客にも僕にはない居場所はあるはずだ。嫉妬よりも、紙のような得体のしれない感触が体に張り付く。別に僕が殺したいのは瑠璃であって見知らぬ他人じゃない。言い訳ばかりが浮かぶ。
汗が頬に伝う。医者は顔を上げ、ティッシュを差し出した。
「すまない。こんな目に遭わせて。素人を巻きこむ気は無かった。最大限サポートする」
手のティッシュを見つめる。勘違いしている。でも本当のことを言うわけにはいかない。
誰かの嘘を証明するだけの証拠は、僕への信用しかなかった。これからナイフを買う人間と言えば、信用は簡単に潰える。ここで起きた探偵劇は下手すれば無効になる。
いや、そもそも瑠璃が犯人じゃないかもしれない。捜査通り、実行犯でない、下手すれば冤罪の人間を殺しに行く?馬鹿じゃないのか?じゃあ、どうすればいいのか?簡単だ、関係者の可能性が高い、能力者を告発するしかない。
選択肢は無かった。
頭が混乱している。とりあえず、ティッシュを手に取った。
「ありがとうございます。応えられるよう努力します」
僕はできるだけ快活に答える。後ろめたさで吐きそうだ。
これではもう殺せない。殺した時点で、能力への信頼はなくなる。どうしてこんな能力を得た?現実への改変が可能、まさに冤罪可能な能力だ。僕自身のふるまいが能力の効力につながる。無責任に行動できなくなる。僕は事実を背負わなければならない。
長田さんが心配そうに僕の顔を見ていた。相当ひどい顔をしているに違いない。
「……もし、体に不調があればすぐに言ってくれ」
胃が痛いのは相手の方だ。痛くなる頭を無視して声を張り上げる。
「ありがとうございます」
微妙な顔をされた。だが、直ぐに無表情に戻る。今は大月だ。東京へは約一時間後に着く。時間は無い。
んん、とわざとらしい咳をして姿勢を正した。
「では、夏目祭君、証言を頼む」
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