別視点1

大月駅のホームは人がまばらだ。体の芯まで凍えるような寒空の下で待つ好き者は滅多に居ないが、今は何人かが寒空の下に立っていた。ほぼ全員が捜査員だ。一般人のような格好をして、今回の潜入捜査員たちが確保するだろう朱鷺が来るのを待っていた。

検察であり、捜査の攪乱に精を出している朱鷺の確保が決定したのは昨日だった。主に証拠の偽造、裏で依頼を受け、恣意的に捜査の方向性を変えていた確証を持てるだけの証拠を先日の殺人事件で掴めた警察は嬉々として今回の逮捕に臨んだ。朱鷺が関わった最近の事件では証拠が何故か二つあるというミスを犯し、また受刑者から昔の裁判のやり直しを求める声が異常に上がっている。不審に思った警察が関連を捜査しているうちに、朱鷺治実の名前が出てきた。七年前の事件にも関係するため、今回取引の現場を押さえるために超能力者を呼び『透視』を使い交渉を確証に変えるために能力者二人を乗せた。あとは結果を待つだけだったが、突如不測の事態が起きた。

 捜査員の一人が耳のイヤホンを抑えている。長田と里見との連絡役だ。本人たちからの情報は捜査員全員に伝わることになっている。発言の責任を取るためにも、連絡役は限られている。数分前突然連絡が切れた。状況のつかめない連絡役は応答を呼びかける。一切反応は無い。直後電話がかかってきた。耳のイヤホンを抑えつつスマホの電話を乱暴に取る。通話越しに絶叫まがいの甲高い声がスマホから響く。

『部下の吉井です。突然すみません』

「どうした」

『トレインジャック実況という配信が始まりました!場所はあさぎりの車掌室とみられます。現在発信源を調査中』

「どこで配信している」

『ユーストリームです』

「了解。直ぐに出す」

 電話をつないだまま操作し、ユーストリームのページを開く。ホームで『列車ジャック』と書かれた配信が堂々と流れていた。配信を再生するとほぼ真っ白な背景に後ろ手に拘束された朱鷺が小さく体育座りしている。朱鷺を挟むように覆面が両側に立つ。手には長い散弾銃を持っている。

 連絡役はコートの襟に隠したマイクのボタンを押し、現場の捜査員に通達した。

「当該列車がジャックされた。今ユーストリームのページでジャックの生放送をしている。一番線の捜査員は至急駅員室に向かい駅を封鎖するよう手配。二番線の捜査員は放送ページを見ながら待機。誘導の指示で即座に動けるようにしておけ」

 了解、と多数の声が聞こえた。一番線で電車を待つそぶりをしていた何人かが走り出し、

 通信役がスマホの画面に戻ると、覆面の黒い男が朱鷺に銃を向けていた。

 特殊部隊のように漆黒のジャケットとパンツを着、その上にタクティカルベストをつけている。頭に黒いヘルメットと黒いゴーグルをつけ、口にはガスマスクをつけている。銃を突きつけている奴も、背後で銃を持ち直立している奴も同じ格好をしている。統一感を出し、判別させないためだろうと推測する。

『発信元特定しました。あさぎりです』

ホームに放送が鳴る。列車に不審物が見つかったという理由で駅の外への避難を呼び掛けている。乗車券の払い戻しの案内をする前に一般客が逃げるように駅から出ていく一部の捜査員が誘導し手足の不自由な人のサポートをしている。通信役は指示が必要ないと判断し、スマホに目を戻した。数秒の沈黙ののち、画面右の男が言葉を発した。

『この配信を見ている諸君に告発する』

 加工された音声だった。甲高い声で声紋を消しており年齢性別一切わからないようになっている。

「配信制限はかけてあるか」

『配信会社に連絡して捜査本部のみ閲覧可能にしてあります。視聴者数も水増ししてあるので安心してください。ただ列車ジャック自体は知られました』

 舌打ちする。捜査員のいら立ちも知らないまま、覆面は演説を始めた。

『この朱鷺治実という男は、自らの保身のために、金で工作し、いくつもの冤罪を生み出してきた。あの、七年前の乱射事件でも!』

 衝撃は無い。それは捜査員なら周知の事実だったからだ。

 こちらに答えるように覆面は話を続ける。

『わかっている、私は正義の使者ではない。このような脅迫に身を落とした時点で正義ではない。だがこのような違法な手段に落とさねば摘発できぬ悪もある。片身津軽のようなものだ』

 連絡役の耳に通信先からどやめきが聞こえた。片身津軽、最近乗りに乗っている政治家だ。

 演説する覆面とは別の奴に銃をさらに近づけられ、怯えた表情を浮かべる朱鷺。写真で見た自信満々な表情は跡形もない。

『我らは要求する。七年前の銃乱射事件の再捜査、瑠璃茂雄の再審、もとい、片身津軽の逮捕を求める!期限はこの列車が東京駅に到着する時刻、12時までだ。さもなければ乗客に何が起こるかわかっているだろうな』

「あいつらはどうした」

 連絡役は冷静だった。能力者が乗っていることは知っているからだ。乗っている二人なら機を見れば制圧できるかもしれない。だが不測の事態が起きないとも限らないため、連絡がつかないことに苛立っていた。何度もマイクのボタンを押すが、反応は無い。

『一部の人間による事件の真相の隠蔽を、私は許さない!』

 最後の言葉に熱を入れ、配信は終了した。

 連絡役に引っかかったのは一部の人間という言葉だ。朱鷺に関する脅迫に、今回の宣言。考えられるのは一つだけだった。

「こいつ、超能力者のことを知っているな」

 憎々しげに呟くと、冷静になった部下の声が返ってきた。

『真実に目覚めたと言っています。これは朱鷺と能力者のことでしょう』

「おそらくな。……面倒なことになった、一旦駅から引く」

『分かりました、駅の閉鎖は東京まで全駅に決定しました。ご留意ください』

「了解」

 スマホを耳につけたまま通信役は諦めてボタンから手を離す。スマホからは騒がしい怒号や叫びなど喧騒が聞こえる。不測の事態に戦々恐々となっているのだろう。同情しつつ立ち上がり、仲間と合流のために一番線に向かう。ホームには捜査員のみとなっていた。改札の向こうでは駅員が急ぎ足で看板を立てている。一般客は払い戻しのために窓口に並んでいる。

「厄介なことになったな」

 呟きはパトカーのサイレンに紛れた。真っ赤なパトランプが煌々としていた。

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