三日目 6

 日没をすこし過ぎた頃、ドゥジエーム大公邸に戻ったオーギュスト・シスは、玄関の前で待ち構えていた大公妃ユニスが腰に手を当てて目をつり上げている姿に出迎えられた。


「おかえりなさいませ、オーギュスト」


 馬車から下りたばかりの夫に対し、ユニスは険のある声を発した。


「陛下はなんとおっしゃっていましたか」


 夫が前国王の親衛隊を保護することを女王に伝えに行ったことを彼女は知っていた。


「認めてくださるそうだ」

「まぁ! そうですか! そうでしょうね。陛下だって認めなければご自身が親衛隊を引き取る羽目になるかもしれないからと、あなたに押しつけたのでしょうね!」

「ユニス、言葉を慎むように。陛下はそこまで考えてはいらっしゃらないよ。プルミエ公爵夫人がおそばにいたから、夫人に親衛隊を認めるよう言われていたのだろう」

「お義姉様がいらしたの!? まぁ、それならわたくしも王宮へ行けば良かったわ!」


 妻の態度が豹変したので、オーギュストは軽く苛ついた。

 国内の貴婦人たちの間では、いまでもマリアンヌの影響力が強い。王女時代から彼女は貴婦人達から絶大な支持を集めており、彼女が白と言えばからすでさえ白いと言い出しかねない貴婦人たちが多かった。

 ユニスもそんなひとりだ。

 オーギュストと結婚する際、ユニスは大公妃になることよりもマリアンヌの義妹になることの方を喜んだ。

 この国の未婚の令嬢たちは、コルネーユ王の妃の座も王妃という地位よりもマリアンヌの義姉という立場を狙って奪い合っていた節がある。


「それで、お義姉様はなんと?」

「いろいろと、お小言をいただいたよ」

「ま、そうでしょうね。それで、あの親衛隊はいつまでこの屋敷にいるのですか。彼らの傍若無人な振る舞いには、わたくし、うんざりしていますのよ? パトリスは彼らの影響を受けてやたらと乱暴な言葉遣いをし出すし、粗野な振る舞いを真似てみたりするし、あれでは王宮に連れて行けませんわ。陛下がいまのパトリスを見たら、最低の評価を下すことでしょうね。お義姉様だって眉をひそめるでしょうし、シリル殿と比べられでもしたらもう目も当てられませんわ。わたくしとしては、できるだけ早く出て行って欲しいと思っていますのよ?」


 親衛隊に対して不満をためていたユニスがまくし立てる。


「そのことだが」


 妻をなだめて屋敷の中に入りながら、オーギュストは口を挟んだ。


「親衛隊を大公家にふさわしい品位ある者になるよう、教育するよう命じられた」

「教育? 彼らに? お義姉様が命じられたのですか?」

「いや――陛下から」

「あの陛下があなたにそのようなことを? でも、まぁ、あの方だって親衛隊に関しては即位当時からご自身の意見を貫かれていましたからね。コルネーユ王亡き後、早々に親衛隊を解散すると決めたのは陛下だと聞きました。宰相はしばらく王宮に置いておいてはどうかと進言したそうですが、それに関しては女王陛下は宰相の意見を無視したとか」


 ヴィオレーユ女王は自分の意思をほとんど示さないと言われているが、親衛隊や軍に関してはそれなりに思うところがあるのか、家臣たちの反対にくじけることなく自分の意見を通そうとしている。

 特にコルネーユ王の親衛隊に関しては、かなり以前から不快感を示しており、マリアンヌも親衛隊の存在をこころよく思っていなかったこともあって女王の決定を支持した。もともとコルネーユ王が私費で雇っていた傭兵たちだったこともあり、親衛隊の解散と解雇はヴィオレーユの女王即位前に速やかに実行されたのだ。


「無理難題をふっかけて、親衛隊を解散させようというおつもりなのかもしれないが」

「わたくしだって、この屋敷に大公家の親衛隊を名乗る者たちがたむろっていることは反対ですわ。できれば即刻追い出して欲しいものです」

「しかし、彼らにはコルネーユ王の親衛隊隊士だったというきょうがあるのだ。王族として、彼らを庇護する義務がある」

「そんな義務も義理もあなたにはありませんわ。あなたは結局、お兄様から譲られた唯一のものを後生大事にしているだけですよ」


 ユニスの指摘にオーギュストは唇を噛みしめた。

 コルネーユ王が亡くなる直前、オーギュストを一度だけ王の病床へ呼ばれたことがある。

 そこで兄王は彼に、親衛隊を譲ろう、と告げたのだ。それは、これまでほとんど兄弟らしい関わりがなかったコルネーユからの、最初で最後の贈り物だった。

 娘は親衛隊を引き継いでくれないだろうからね、とコルネーユ王は弱々しくオーギュストにぼやいた。


「コルネーユ王はあなたに親衛隊を押しつけて安心して亡くなったようですが、彼らの面倒を見るだけでどれだけのお金がかかるかも考えてくださいませ。人をひとり雇うだけでも給金やらまかない費やらでそこそこの出費だというのに、傭兵という役に立っているのかいないのかわからないような者たちを数十名も面倒を見なければいけないんですよ?」

「親衛隊は十九名だよ」


 妻の小言に首をすくめながら、オーギュストは訂正した。


「陛下の心証が悪くなるだけで、なんの得にもなりませんわ。彼らにかかるお金を、お義姉様のように病院や救貧院に寄付をした方が、よっぽどましですわ」


 なぜヴィオレーユ女王が求心力などないに等しいのに、いまだに王座から転げ落ちないのか、オーギュストにはようやくわかった気がした。

 この国の貴婦人たちのほとんどから指示されるマリアンヌが、ヴィオレーユ女王の後見となっているからだ。いずれはプルミエ公爵家を継ぐシリルが王配となり、マリアンヌはさらに女王の支えとなるだろう。

 コルネーユ王よりも王にふさわしいと噂されながら、コルネーユよりもほんのすこしだけ遅く生まれたというだけで王位継承権第二位となった容姿端麗なマリアンヌ。コルネーユ王の優秀すぎる

 本当に彼女は妹なのか、実は先に生まれたのはマリアンヌなのではないか、という疑惑で、コルネーユが即位する際にはひそかに王位継承順位が疑われたほどだ。

 現在、デュソール王国の陰の女王はマリアンヌであり、その夫である宰相が表向きは政務を執っている。

 ヴィオレーユ女王が王として認められているのは、マリアンヌが王として姪を認めているからであり、シリルが王配になれば王位はほぼ間違いなくマリアンヌの孫に継承されるからだ。

 だから、貴婦人たちは誰もオーギュストやその息子のパトリスを王位継承者として認めない。

 反宰相派の貴族の中にはオーギュストを担ぎ出そうとする者もいるが、彼らの妻はマリアンヌを支持している。

 ドゥジエーム大公家でも、ユニスはマリアンヌの信奉者だ。自分の息子が女王の王配になることを願いつつも、マリアンヌに反抗したと誤解されるのではないかと心配している。


(そういえば今日の女王は、プルミエ公爵夫人がそばにいるせいか珍しく強気だったな)


 うつむきながらも自分の意見を述べた女王は、日頃のおどおどした様子は見られなかった。


(ここ数日、女王が真面目に仕事をしているという話だが、公爵夫人の影響だろうか)


 オーギュストは今日の女王に多少の違和感を覚えたが、それはプルミエ公爵夫人や近衛隊隊長の存在が大きいのだろうと考えた。


(それよりも、親衛隊の教育をどうするか、だな)


 まだ文句を言い続けている妻を横目に、オーギュストはため息をついた。

 親衛隊の隊士を教育するなど、女王に仕事をさせるよりも困難に思われた。

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