一日目 4

「フラン。さきほどの、七日後までに陛下が見つけ出せなかった場合の話だが」


 フランシーユたちが勝手に家出の話題で盛り上がって収拾がつかなくなりかけたところを見計らい、プルミエ公爵が話を元に戻した。


「お前がヴィオレーユ女王としてシリルと結婚することに関しては問題ない」

「どこがですか。大問題ですよ。だって、お兄様と結婚でしょう?」


 いくら世間知らずだという自覚はあってもそれなりの常識は持っているつもりだったフランシーユが顔をしかめると、プルミエ公爵は娘からわずかに視線を外した。


「お前とシリルは兄妹ではなく、実際は従兄妹にあたる。お前は――――陛下の双子の妹だ。つまり先のコルネーユ王の娘だ」

「は――?」


 目を見開いて父親を凝視したフランシーユは、ゆっくりと母親、兄の順に見回したが誰も否定をしなかった。


「陛下とお前が生まれたとき、双子ではいずれどちらが先に生まれたかで揉めることになるだろうからと、陛下はご自身の妹であるマリアンヌにお前を託したのだ。陛下とお前がよく似ているのは、従姉妹ではなく実の姉妹だからだ」

「わたくしは、シリルを産んだあとに身体を壊してしまって、もうひとり子供を持つことは無理だろうと医者に言われたの。でも、できれば娘がひとり欲しいと思っていたから、あなたがわたしのところに来てくれたときはとても嬉しかったわ。あなたが陛下と双子で生まれてきたのは、わたくしがもう子供を産めないことを知ったあなたが王妃様のお腹を使って生まれてきてすぐにわたくしのところへ来るためだと思ったくらいよ」


 プルミエ公爵の話を捕捉するように公爵夫人は言い募った。


「お腹を痛めてあなたを産めなかったわたくしは、あなたの母を名乗る資格はないかしら? あなたがどのような形でわたくしの娘になったにせよ、あなたはわたくしの最愛の娘よ」

「……血の繋がり方が変わっても、お母様がわたしのお母様であることに変わりはありません」


 他に答えようがなかったので、フランシーユは渋々公爵夫人を肯定した。

 フランシーユの頭の中は混乱していたが、母の必死の懇願はひしひしと伝わってきている。

 プルミエ公爵夫妻が育ての親であることは間違いない。


「育った境遇が違うせいか、お前と陛下の性格はすこし違うが」

「…………すこし?」


 プルミエ公爵の呟きにアンセルムが疑問を呈したが、室内の誰もが無視した。


「貴族の娘として自由闊達に育ったお前と、王位継承者として幼い頃から厳しい教育を受けて育った陛下では、いくら一緒に生まれたとはいえ物の見方や考え方が異なるのも当然だろう」

「わがまま三昧の間違いじゃ……」

「アンセルム。口の中が空っぽで暇だから余計な言葉がぼろぼろこぼれてくるんじゃないの? ちょっとこの紅茶でも飲んでみる? あなたのために角砂糖を十個入れてさしあげるわ。わたしが用意したお茶が飲めないなんてことはないわよねぇ? わたしが陛下の身代わりをしている間、警護をしてくれるお礼として毎日午前と午後のお茶の時間にあなたのために仕事の疲れが一瞬で吹き飛ぶ甘い甘ーいを淹れてさしあげるわ」


 プルミエ公爵が余計な口を挟むアンセルムをにらみつける前に、フランシーユは作り笑いを浮かべて茶器を手にした。


「いや、お気持ちだけで結構ですっ」


 顔を引きつらせたアンセルムが、そのまま口を引き結んで黙り込む。

 甘い物が苦手な彼は、出涸らしの渋い紅茶は平気で飲むが、砂糖がひと匙でも入っていると吐きそうな顔になる。焼き菓子や飴、チョコレートなどもってのほかで、部屋の中で菓子類の甘い匂いが漂うだけで逃げ出すほどだ。香水も甘い薫りが苦手らしく、園遊会や舞踏会に出席した際は早々に庭へ逃げ出しているらしい。


「お父様。わたしがお兄様と結婚しても問題ないとお父様がおっしゃる理由はわかりました。が、わたしにとっては問題大ありです! わたしがもしずっと陛下の身代わりを続けることになったら、フランシーユ・ガヴィニエスはどうなりますの? 失踪したまま、世間から忘れ去られることになりますの? お母様が最愛の娘と呼んでくださるフランシーユ・ガヴィニエスの存在を消してしまうおつもりですか?」


 プルミエ公爵を上目遣いで瞬きせずに凝視したフランシーユが、低い声で問い詰める。


「わたしはお父様にとって何者ですか? お父様の娘のフランシーユ・ガヴィニエスではないのですか? ヴィオレーユ女王の予備ですか? 万が一のために、わたしを手元で育てただけですか?」

「フラン。父上にそのような言い方は――」

「わたしはお父様に尋ねているんです!」


 シリルがやんわりと止めようとしたが、フランシーユは冷たく兄をはねのけた。


「それとも、お父様とお呼びするのを止めましょうか? プルミエ公爵」


 挑むような目つきでフランシーユはプルミエ公爵を睨んだ。


「フランシーユ。お前はマリアンヌの前で言わなくても良いことを私に言わせたいのか?」

「一国の宰相なら、この場でどのように答えるのが模範解答であるかくらいご存じでしょう? 世間知らずの小娘を丸め込むくらい、やすいはずです。さぁ、わたしが何者であるか答えてくださいな」

「――聞いてどうする」


 プルミエ公爵は疲れた表情で静かに尋ねた。


「興味があるから聞いているだけです」

「答えたくない、と言ったら?」

「勝手にわたしが答えを想像するだけです」


 強い口調でフランシーユは答えた。


「わたしがお兄様と結婚することになるか、アンセルムと結婚するか、まったく別の殿方と結婚するかなんて、そんな先のことはいまはどうでもいいんです。もしかしたら明日になったらアンセルムが刺客に襲われて死ぬかもしれないし」

「勝手に俺の寿命を縮めるな。三日前に占い師に手相を見て貰ったら生命線が手首まで伸びているからものすごく長生きするって言われたばかりぞ」


 さすがに黙っていられなかったのか、アンセルムが口を開いた。


「明日、王命で処刑される可能性だってあるのに?」

「真面目で堅実な人柄と評判の女王陛下が明日になったら急に暴君かよ!? 頼むからフランはただのわがまま公爵令嬢でいてくれ!」

「だから、それはプルミエ公爵の返事次第」

「やっぱ陛下の身代わりはフランには無理だろ。フランは無駄に知識量が多いし頭が良すぎて機転が利きすぎるし、陛下と違って口も達者だし、この十数年間宰相閣下の政務を身近で見聞きしているし、七日も実地訓練したらすぐ要領を飲み込めるだろうし、そうなったら脳筋集団の近衛師団をころっと手懐けて凡愚な大臣連中にいらついてさくっと粛正しそうで怖い」

「面白そうね。もし七日後に陛下が戻られなかったら、手伝ってね。アンセルム。長生きするんでしょう? もしわたしがお兄様と結婚することになったら、あなたを女王の愛人にしてあげるわ」

「愛人!? 女王がシリルと婚約破棄して普通に俺と結婚するという選択肢はないのか!?」

「将来の宰相として有望視されているお兄様と、将来は将軍として活躍しそうなあなたを比べたら、外政より内政を重視するべきでしょうし、そうとなればお兄様が王配にふさわしいと思わない?」

「シリルを選ぶ理由が理路整然としすぎていて気に入らないっ! 思考回路が宰相そっくりだ! 女王と双子だなんて宰相のでっち上げに決まってる!」


 顔をしかめたアンセルムが抗議した。


「そりゃそうよ。だってわたし、お父様の娘だもの」


 フランシーユが答えると、アンセルムは黙り込んだ。


「わたしはこれまでずっとプルミエ公爵の娘として育ってきたのよ? ほら、生みの親より育ての親って言うじゃない。わたしがプルミエ公爵家の血を継いでいないとしても、わたしはずっとお父様みたいな大人になろうと思ってきたわけだから」

「……宰相みたいな大人?」

「クレール公爵夫人としてファヴェリエ社交界に君臨するのが最初の目標だもの!」

「あ、そう……。二番目の目標とかは訊くのは止めておくよ。どんな目標にせよ、俺が巻き込まれない道はなさそうだし」

「よくわかってるじゃないの!」


 アンセルムは気に入らない婚約者ではあるが、幼なじみでもあるのでフランシーユの性格をよく理解している。


「女王になると、政務が忙しくて社交界だの旅行だのができないじゃない。クレール公爵夫人として外国に行けば、デュソール王国女王の義妹ですって大きな顔していろんな国の王宮に出入りして人脈を広げて、大陸中に――」

「とりあえず、この王宮で女王の義妹として勢力広げることに専念してくれ。陛下だってフランが王宮を牛耳っても文句はないだろうからな。大公派が一掃されればお喜びになるだろう」

「大公派?」


 聞き慣れない言葉にフランシーユは首を傾げた。


「ドゥジエーム大公派、だ」


 アンセルムが答えると、プルミエ公爵夫人の表情が曇った。

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