第3話

 「お疲れ」

 マリンと黄桜役のベテラン先輩は僕の顔を見て微笑んで言った。

 かわいい声の女性声優さん二人は誰もが知る,アニメファンの中では神のような存在の人だ。初めて会った時は緊張して何度もNGを出してばかり。今も顔をまともに見ることすらできない。

「しんちゃん、最近良くなったね。すごいよ。また明日ね!」

 黄桜役の三島ゆかりさんがバッグからキャンディーを僕の手に渡した。

「ありがとうございます、また。明日もお願いします」

 僕はうれしくてそのキャンディーを大事にバッグに入れた。それは宝物に思える。はちみつドリンクを一口飲むと、頭がすきっとした。それはレモンのせいだろうか、それとも窓から入る外気を胸に吸い込んだからかも。


 僕は大きく伸びをすると,窓を閉めた。

 秋の終わりは乾燥してきりりとした風が肌を刺してくる。こんな時間になるのなら、一枚ジャンパーかブルゾンがあれば良かった。風邪を引いたら大変だと焦ったが、どうすることもできない。確か、駅前に商店街があったはずだ、腕時計を見ると夜8時。

 ああ、もう閉まっているだろうか。僕は震えながら駅までの寂れた商店街を歩いた。急にお腹が減ってきた。収録の前は食事は抜くのが僕のスタイルだった。食べると集中力が高まらない。

 今の役柄が尊皇攘夷の武闘派の役柄だったから……。


 一人の時間が長くなれば、長くなるほど哀しみが強くなるばかりでやるせない。仕事に打ち込めば気持ちが分散されると思ったが、心が痛くて集中できないようになる気持ちが胸の奥でざわつく。

 きっと集中できていないのだと思う、その瞬間に台本を強く握り僕は役柄に自分の思いを寄せる。恭二郎という役柄になりきれ! 僕は強く目を閉じた。


「頑張って、信治さん。私はここにいるから」

 悠奈の声が僕の胸にこう、突き刺さる。強く、強く。まるで僕の背中の左側に顔を寄せて右肩に手を置いているようだ。

 僕は自分の右肩に自分の手を置いた。そこに彼女の手はないのに。

「こうかい? これでいいのか、悠奈」

 悠奈の声に応えながら、僕は画面の画像に声を合わせる。

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