2 誕生会

「ハッピーバースディー祐介」


 そういうと賢治は僕の首に腕を回し、耳元で言った。


「どうせ祝ってくれる彼女なんていないだろう」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた賢治に、でもその通りなので言い返せない。


「そんな祐介君を祝って、今日は俺が高級クラブに連れて行ってあげよう」

「いかないよ、そんなところ」

「また、本当は興味あるんだろ」


 ウッと言葉に詰まる、またまた言い返せない。


「それに、これは社会勉強だ、これからはそういう世界を知っておくのも医者になるためには必要だと思うよ」


 なぜか胸を張る賢治を白い目で見ながらも、まんまと丸め込まれ僕は人生で初めてクラブなるところに足を運ぶことになった。しかし──


「ここキャバクラじゃないのか?」


 きらびやかな装飾のほどこされた怪しい扉の前で僕は立ち止まった。

 壁には番号のついた可愛らしい女の子たちの写真が飾られている。


「どっちも同じようなものだろ」


 賢治はそういうと、ここまできて帰らないよなとばかりに肩を組む。

 別に女の子に興味がないわけではない、彼女だっていたことはある、しかしこういう店で働いている女性には少し抵抗があった。

 だが後から来た客に半ば押しだされるような形で、結局僕たちは店の中に入ってしまった。


「どうだ、すごいだろ」


 僕と賢治を挟むように女の子が三人席に着く。


「一杯だけ付き合ってやる」


 すでに女の子と話だした賢治は、むすっとした顔の僕にハイハイと言うように手をパタつかせた。


 誕生日を祝ってくれるという話ではなかったのか? 


「まったく、自分が来たかっただけじゃないのか」


 なかばあきれながら、とりあえず目の前に注がれたビールを一口飲む。


「……」


 根が真面目な僕は20歳前にお酒は飲んだことがない。

 そう、これが人生初めてのアルコールだった。


「苦いの苦手? これなら飲みやすいよ」


 表情にでていたのだろう。隣に座っていた女性がいくつかカクテルを進めてくれた。賢治側にいる二人とは違って、衣装こそ派手だがどこかこの場にそぐわない可憐な女性だった。


「あ、おいしい」


 新しく運ばれてきたカルーアミルクの甘さに素直に感想をこぼした僕に、それを進めてくれた彼女がクスリと笑う。


「あの、名前は……」


 初めに自己紹介したのに、その時はすぐ帰るつもりだったので、頭に残ってなかった。申し訳なさそうに尋ねる。


「エリです」

「エリちゃん……」


 ようやく何か話せそうな感じになった時


「そう、俺たち医者のたまご」


 賢治が突然僕の首に腕を回して自分の方に引き寄せた。


「へー、すごーい」


 賢治と話していた彼女たちの声が1オクターブ高くなる。


「何科なんですか?」

「俺は整形外科予定。もしなおしたいとこあったら俺のとこにおいで」

「じゃあ今度ヒアルロン酸打ってよ」

「私はいまのままで可愛いから、いいかな」


 キャピキャピとした女性たちの声とガハガハと笑う賢治の声が耳にうるさい。

 僕は強く賢治を押し返した。


「あの、祐介さんもお医者さんのたまごなんですか」


 エリが上目づかいでそう問いかける。

 まさかエリも医者のたまごだとわかったとたん、あの二人のように甘えた声をだしてくるのか。

 僕は少し冷ややかに視線を返したがそんな僕のことなど気にもせず、エリは真剣な顔で一歩近づいた。


☆──☆


「あの祐介さん──」


 エリが何か言いかけた時、店の奥で激しい怒声が上がった。


「なんなんだこの店は!」

「うちはお客様のような方を相手にするような店ではないんです」


 スラリとしたスレンダーな体形。

 軽くカールがかかった長い明るい茶髪の髪をアップにした、いかにも水商売という格好をした女性が、手を振り上げたその客の手を逆につかみ上げると後ろにひねり上げた。

 まさか反撃されると思っていなかった客が「痛てて!」と悲鳴を上げる。


「サヤさんっ」


 エリが口元を抑えてそう呟いた。そうこうしているうちに、沢山の黒服とオーナーらしき人が集まってきて事態は終息した。


 そうして店からは各テーブルに「お詫びのしるし」として高そうなお酒が配られた。

 賢治と二人の女の子はおごりだと届けられたお酒におおはしゃぎである。


 しかしエリだけが、黒服に連れいかれたサヤという女性を心配してるのか、気持ち青ざめた顔をしたままだった。


「彼女が心配?」


 エリが困ったような表情を浮かべる。


「実はもう二回目なんです、きっと辞めさせられてしまいます」


 理由はどうあれ、客に対してあの態度はどうかと思うぞと思ったが……


「たぶんサヤさんまた誰か助けたんです」

「助けた?」

「はい、前の時も私が酔ったお客様にしつこく言い寄られているのを見かねて、お客さまと口論になってしまって」


 でもこういう店だ、ある程度しかたないのでは。でもそれと同時に思う、もし目の前でエリが酔っ払いにいいよられ、今のように血の気の引いた怯えた表情をしていたら、僕はこういう店で働いているのだからとみて見ぬ振りができるのだろうか。


「なんでエリちゃんはここで働いているの?」


 たぶんエリにはこの世界は似合わない、もっと口も立ち回りのうまい、そう今目の前で賢治を褒め散らかして、いいカモとして金をむしり取れるような子でないとここでは生きていけないと思った。


「それは……」

「まぁ話したくないならいいんだけど」


 これで遊ぶお金が欲しいとか言われたらある意味僕がショックを受けそうだ。

 しかし少しためらった後エリはぽつりぽつりと話してくれた。

 

 祖父の病気のこと、その入院費のこと。

 そして手術を受けたいがどこに頼っていいかわからずそれを相談しようとさっきしていたことなど。


 僕は話を聞きなながら、どこかほっとしたような、そんな気がした。

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