タイムマシンあたためますか?

ぽてゆき

タイムマシンあたためますか?

 コンビニでタイムマシンが買えるようになるなんて、ほんと便利な時代になったもんだ。

 深夜、バイト帰りに立ち寄った自宅近くの店。

 日用品と化粧品の間、〈超科学商品〉と書かれた棚に置いてある目当ての品に手を伸ばす。


『超小型タイムマシン(1回使い切りタイプ)』


 紙幣大のプラスチックケースの中に長方形の銀板、その真ん中にオレンジ色のボタンが付いている。

 シールに派手なフォントで印刷された商品名が表すとおり、通常のタイムマシンと違って時間を遡れるのは一度きり。

 その分、通常のマシンと比べて価格はグッと抑えられているのだが、それでも底辺フリーターの僕にとっては簡単に手を出せる代物ではない。

 半年間バイト連勤、食事と遊びを極限まで切り詰めた成果を手に取り、レジへと向かう。

 この時間だと、店員は大抵ロン毛の兄ちゃん……ではなかった。

 カウンター越しにタイムマシンを差し出す僕に向かってニコッと笑いかけてきたのは、とても綺麗な女性の店員さん。


「商品をお預かりします。タイムマシンが1点。こちら、あたためますか?」

「あ、お願いしま……えっ? これ、温めて使うの!?」


 慌てて聞き返す。

 い、いや、確かに僕はタイムマシン未経験者で、正直どんな仕組みで動いてるかなんて事すら分かっていない。

 けど、さすがにタイムマシンを温めるなんて、弁当じゃあるまいし……。


「はい。こちらのタイプは、常温で使用すると大爆発を起こしてしまうんです」

「……えっ!? マ、マジで??」

「はい。マジで大爆発します」


 店員さんは冷静な顔で言い放った。

 切れ長の目は真っ直ぐ僕を見据えていて、とても嘘をついているようには見えない。

 何より、僕に反論する余地など無かった。

 思い返せば高校生の頃、〈超科学〉の授業なんて退屈でほとんど居眠りしていたし、大学には行ってないからその辺りの知識は絶望的に乏しい。

 それでも、直感的にどうしても腑に落ちないのが……。


「これって精密機械だよね? それをどうやって温めるの?」

「もちろん、電子レンジです!」

「そ、そう、やっぱり……」


 さすが、その登場から何十年経ってもほとんど姿を変えることのない早熟天才家電。

 人類が宇宙の彼方へ進出しようが、野良ロボットが徘徊するようになろうが、ボタン1つでぬくもりをくれる四角い相棒。

 ホント、いつもお世話になってまーす……って、感謝を捧げてる場合じゃない!

 

「機械をレンジで温めるとか大丈夫なの? むしろ、そっちのがヤバそうな……」

「大っ丈夫です!」


 彼女は拳をギュッと強く握りしめながら続けた。


「私、大学で超科学を専攻してたんで結構詳しいんですけど、タイムマシンの大半はクロニティカ性の素材が使われているんです。電子レンジのマイクロ波はクロニティカ素材との親和性が高いため、その安全性は火で水を温めるのと同じ程度だと言われていますのでご安心ください!」

「な、なるほど、そりゃ助かるハハハッ……」


 とか笑ってみたけど、もちろん何を言ってるんだかさっぱり。

 タイムマシンより先に自分の頭が爆発しそうなぐらい。

 ったく、こんなことならちゃんと授業受けとくんだった……。

 それに、無謀な夢なんか見てないでちゃんと大学に──。


「ううん、あなたはそのままでいいの。大丈夫だから」

「……えっ?」

「あっ、やだ、ごめんなさい! 私ったら変なこと言っちゃって……!」


 落ち着いた大人のお姉さん、って感じだった店員さんが、両手で口を押さえて慌てるそぶり。

 そんなギャップを見られただけで何だか得した気分になり、小難しい疑問やら、謎の言葉やらは一瞬でどこかに飛んでいってしまった。


「ははっ、そんじゃ、タイムマシンあたためて下さい。大爆発なんてされたらイヤなんで!」

「は、はい! では少々お待ちください!」


 綺麗な店員さんは笑顔でタイムマシンを手に取ると、スッと後ろを向いて電子レンジの中に入れた。

 時間をセットし、ブーンという音が鳴り始める。

 彼女の背中越しに『残り10分』を示すタイマー表示が見えた。


「ながっ」


 思わず口からこぼれた呟き。

 それに気付いた店員さんがこっちに向き直りながら「すみません。少々お待ちください」と申し訳なさそうな顔で言った。


「あっ、別に全然大丈夫! 急いでるわけじゃないし」


 本音を言えば、一刻も早く家に帰ってシャワーを浴びて眠りたかった。

 疲れ切った体を癒やして、明日の“時間旅行”に備えたかった。

 ……けど、なぜだろう。

 タイマーの時間を見た瞬間、ちょっと嬉しい気持ちにもなっていたのだ。

 彼女が綺麗だから……それは否定しない。

 でも、それだけじゃない。

 彼女と話していると、妙に心が落ち着く気がする。

 人見知りしがちな僕にとって、初対面でそう感じるのはとても珍しい出来事だ。

 もしかして、これが噂で聞く”一目惚れ”ってやつなのか──。


「あの……ちょっと質問しても良いですか?」

「えっ? あ、ふぁい」


 絶妙なタイミングで声をかけられたせいで、思い切り噛んじゃったよおい!


「それは……ハイ、ってことでよろしいでしょうか?」

「お、おう! そう取って貰えると助かる……っていうか、何も言わずに続けてくれた方がもっと助かったけど」

「フフッ、次からはそうします!」


 ニコッと笑う店員さん……くぅ~、可愛い過ぎる!

 なにこれ、罠?

 罠なの??

 コンビニってこんな楽しい所だったっけ?

 僕は電子レンジのタイマーがなるべく早く進まないように念じながら、脇道にそれかけた会話の背中を掴んだ。


「えっと、質問って?」

「はい。お客様にこんな事を聞くのは失礼かも知れないのですが……タイムマシンでどこへ行かれるつもりなのかなぁ……と。念のため──じゃ、じゃなくて、素朴な疑問ということで」

「ああ、それね」


 普通だったら、そんなことを店員に言う必要なんて一切ないし、「何言ってんのこの人」とか思っちゃう所だけど、今の気持ちは全く逆。

 それは、彼女に一目惚れした……というだけでは無かった。

 生まれて初めてタイムマシンを使うことに対する不安。

 しかも、その目的が……。


「人生の分岐点……って感じかな。口にすると恥ずかしいけど」


 僕は自嘲気味に笑いながら答えた。


「やっぱり……」

「……えっ?」

「……あっ、ごめんなさい! えっと……そう、お客様の雰囲気から、なんとなくそんな気がしてて。失礼ですよね、そんなの勝手に思っちゃって。本当にごめんなさい」


 店員さんは何度も何度もペコリと頭を下げ続けた。

 全然大丈夫ですよ……と普通に返すのも面白くない。

 電子レンジのタイマーはもう3分を切っている。

 僕は、限られた時間の中で何とか自分という存在を彼女に刻み込むべく、ちょっとした賭けにでることにした。

 

「あっ、そうそう。実は、タイムマシンを買ったら何をするか、2つ候補があったんだよね」

「そうなんですか?」

「うん。1つが人生の分岐点に行くこと。もう1つが……」

「はい……」

「……原始時代に行くこと! 女の人のヌード見放題ツアー! ぐへへへへへ」


 伝家の宝刀、渾身の下ネタ炸裂!

 下ネタを繰り出す時の鉄則、絶対に恥ずかしがってはいけない。

 ためらってはいけない。

 明るく楽しく元気よく!

 それさえ守れば、意外とウケちゃったりすることが──。


「…………」


 ……ん。


「…………」


 ……んん?

 こ、これは……やっちまったか……。

 ……そう。

 世の中には、絶対的に下ネタを受け付けないという人が少なからず──。


「プッ……プププッ……」


 ……おっ?


「……プッ! もう、相変わらずなんだから」

「……えっ? それってどういう……」

「あっ、いや、えっと……男の人って相変わらずそういう冗談好きだな……ってことです!」

「ああ、なるほど。まあ我ながらバカだよね、ハハッ」

「フフッ、でも原始時代に行く時は私も誘ってくださいね」

「えっ?」

「だって、男の人のヌードも見放題なんですよね?」


 店員さんは、純粋無垢な笑顔を僕に向けながら、事もなげに言い放った。


「……ははっ、確かに! 絶対誘うわ」

「よろしくお願いします! ちゃんとタイムマシン代の半分支払いますので」

「おいおい、どんだけ見放題ツアー楽しみにしちゃってんだよ!」

「えへへ」


 ……ヤバっ!

 楽しすぎ!

 深夜のテンションだと思うけど、こんだけノリが良いとかもう最高過ぎる!

 我ながら相当勝ち目のない賭けだと踏んでたものの、まさかこんなに上手く行くとは。

 もっと早く彼女と知り合ってたら、タイムマシンなんか使わずに──。


 ガタガタガタガタッ!


 突然、店の奥の方からけたたましい音が鳴り響いた。


「えっ? なに今の??」


 咄嗟に聞くと、彼女はすぐに「あっ、だ、大丈夫です。事務所に置いてあった段ボール箱が崩れちゃったんだと思います」と言いながら後ろを向いた。

 電子レンジやタバコが並んでいる壁の端っこに扉が見える。

 きっと、その中に事務所があるのだろう。

 段ボールが崩れたっていう感じの音には思えなかったけど、そんなのどうでも良い。

 それより、せっかくの楽しい流れがスパッと断ち切られてしまったことの悔しさよ!

 内容が内容だけに、改めて仕切り直すってのもアレだし。

 ったく、余計なことしやがって!

 と、事務所の扉を睨み付けたその時。


「……た……すけ……て……」


 ……えっ?


「……す……け……て~……」


 ……な、なに今の??

 事務所の方から、かすかに聞こえてきた声らしき音。

 しかも、その言葉は……。


「あの……大丈夫? 今、あそこから『助けて』って」

「……あっ! タイムマシンのあたため完了しました!!」


 僕の問いかけを遮るように、彼女は電子レンジの扉を開けて中からマシンを取りだした。

 ……おかしい。

 ちらっと見えたタイマーは、まだ何十秒か残っていた。


「お待たせしました」


 彼女は……店員さんは、スッと体をこっちに向けながら、手に持ったタイムマシンを僕に向かって差し出した。


「お熱いので気をつけてください。ありがとうございました」


 無邪気に笑ってたさっきまでとは打って変わって、急に事務的な対応。

 顔は笑顔のままだが、今はもう完全に店員のそれだった。

 ……あっ、そうか。

 僕と彼女はあくまでも客と店員。

 まったく、何を期待してたんだか……。


「それじゃ……」


 僕はアツアツのタイムマシンを受け取り、ただの客として店を後にした。


 アパートに向かう道すがら、僕の肩はこれでもかと言うぐらい落ちていた。

 結局、いつもこうなんだよな……。

 何か良いことがあるとすぐ調子に乗って、失敗して、後悔して肩を落とす。

 ホント、人生その繰り返し。

 その結果がこの有様。

 いい年して、未だにフリーターで常にカツカツの生活。

 その元凶は分かっている。

 あれは高校3年生の冬休み。

 趣味で書いていた小説がとある公募の最終選考まで残った。

 残念ながら受賞には至らなかったものの、僕は自分に才能があると勘違い。

 推薦で進学が決まっていた大学を蹴って、プロの小説家への最短ルートを目指すという暴挙に出た。

 その結果がこの有様。


「……クソッ! もう明日まで待ってられない……!」


 薄汚れた愚痴を吐き捨てながら、僕はタイムマシンのケースを無造作に引きちぎり、銀色の板を取り出す。

 左手で握りしめ、右手の人差し指をオレンジ色のボタンに向ける。

 時をかける行き先は高3の冬休み。

 最終選考に残ったことを知らせる手紙を、落選にすり替える。

 その手紙を受け取るまで、元々自分の作品に自信なんて無かったんだ。

 現実の厳しさを思い知らせて、まっとうな道に進むように修正する。

 そうすれば、きっと明るい未来……幸せな”今”に変わっていくはず……。

 まだ温もりが残るタイムマシンに願いを込めて、僕はオレンジ色のボタンを力強く押し込んだ。

 ……が、反応なし。

 暗い夜道。

 僕は何も変わらず僕のまま。

 何度押しても無反応。


「おいおい、どうなってんだこれ……」


 こめかみに冷たい汗が流れる。

 もしかして不良品だったのか……と、何気なく破れたパッケージの裏面を見てみた。


「……嘘だろ!?」


 赤い文字で『この商品は決してあたためないで下さい』と書かれた注意文が目に飛び込んできて愕然とする。

 騙された……のか。

 なんでそんな事を……というよりも、このタイムマシンを手に入れるために費やした努力と時間が一瞬で無駄になった、そんな絶望感が心の中を覆い尽くした。

 クレームを付ければ取り替えて貰えるかも、と思ったが、動き出した足が向かったのは今来た道ではなかった。

 結局、僕はこのろくでもない人生を全うする運命に逆らうことは出来ないのだ。

 大学を蹴って無謀なチャレンジに挑もうとしたのは自分で下した決断。

 お金を稼いでタイムマシンを買おうとしたのも自分で決めたこと。

 今日、あのコンビニでタイムマシンを買ったこともそう。

 店員さんに「あたためますか?」と言われて、当然断ることもできたのに、首を盾に振ったのは自分。

 どうあがいても、絡みつく蜘蛛の糸から抜け出すことなんてできやしない……。

 ほんの1ミリだけ差し込んでいた希望の光すら失い、いびつで大きな絶望感の上をフラフラと歩きながら、何とか自分の家に辿り着いた。

 アパートの入り口、右手に並んだ郵便受けを確認しようとして思い切り苦笑い。

 世界の果てから果てまでも量子のデータが飛び交うこの時代、紙を使った郵便が来る確率は宝くじで当選するよりも低い。

 それこそ、自分宛ての手紙が最後に届いたのはあの高校3年生の冬休みってぐらい──。


「えっ……!?」


 郵便受けの中に封筒の影。

 震える手でそれを手に取り、差出人を確認することもなく上部3センチをビリビリに破き、中に入っていた手紙を取り出す。

 そこに書かれていたのは……。


『銀河小説大賞受賞のお知らせ』


 そんなものに応募した心当たりは……ある!

 どれだけ長くバイトしようが、寝る時間と遊ぶ時間を極限まで削って小説の執筆に当てた。

 人生に絶望していたとしても、暗闇をさまよいながら物語を紡ぐことだけは決して止めなかった。

 数え切れないほど落選し、どうせ受賞することなんて無い……なんて思いながら書き続けた。

 まさか……それがついに……。

 気がつくと、どんな宝石よりもキラキラと輝くお知らせの紙が、涙でグシャグシャになっていた。

 少しだけ気持ちが落ち着いてきた時、頭の中で稲妻が走る。


 もしも──タイムマシンが壊れて無かったら……!


 僕は軽やかに体を反転させ、猛烈な勢いで走り出した。

 もちろん、その行き先は……。




 コンビニに辿り着くと、そこにあの店員さんの姿はなかった。

 それどころか、店の前にはパトカーが停まっていて、数人の警察官が慌ただしく店の中と外を行き来している。


「ちょっとあなた、捜査中につき勝手に立ち入らないで」


 そう言いながら警察官が僕の元に近寄ってきた。


「あの……何があったんですか?」

「ああ、コンビニの店員が襲われて縛られる事件が起きてね。と言っても、店の金や商品も何一つ盗まれていないのだが」


 警察官は苦笑いしながら肩をすくめた。

 それを聞いて、あの時聞こえた謎の音、そして「助けて」という声が脳裏をよぎる。

 ついさっきここで買い物したことと併せて、その件を警察官に伝えた。


「なるほど。貴重な目撃者として詳しく話を聞かせて貰えるかね?」

「あ、はぁ……って、その犯人……というか店員になりすましていた女性がどこへ行ったのか分かってるんですか?」

「いや、残念ながら全く足取りを追えてない状況でね。そもそも、既にこの時代には居ない可能性も──」

「えっ? それって……」

「ああ、鑑識の結果、レジ付近にクロノダストの残滓が検出されてね」


 それってもしかして……。


「タイムマシンを使った犯行だとしたら、時空管轄課に引き継がなければならないんだよな。ったく……」


 歯がゆそうにする警察官とは裏腹に、僕は少し笑ってすらいた。

 タイムマシンがあたためられて使えなくなったことで、僕は自分の作品がついに認められたことを見逃さずに済んだ。

 その件と、コンビニで起きた事件が無関係……とは到底思えない。

 明らかに、僕は彼女に助けられた……!

 ただ、なぜ彼女が僕のためにそんなことをしたのか──。


「……ちょっと先輩! こんなものが電子レンジの中に!!」


 大声を上げながら駆け寄ってきたのは、若い女性の警察官。

 その手には、小さな紙が握られている。


「おいおい、落ち着け。で、何が書かれていたんだ?」

「はい! 読み上げます!」


 女性警察官は広げた紙に目を落としながら、ゆっくりと言葉を声にした。


『深い事情があって、詳細を説明することができなくてごめんなさい。

 ただ言えること。私は、あなたの作品が大好きです。

 いつも最初に読ませて貰えることがとても嬉しく、とても誇りに思っています。

 半年後、授賞式で初めて出会うのを楽しみに待っています。

 いつの日か、一番近くにいる者より』


 それを聞いた先輩の警察官は、何のことだかさっぱり分からんといった表情を浮かべていた。

 その横で、僕は人目もはばからず号泣。

 もちろん、それは悲しみからでも絶望からでもない。

 その手紙に綴られた言葉から全てを理解し、彼女が僕のためにしてくれたことに対する感情があふれ出たのだ。

 想像力には自信がある。

 なぜなら僕は……物書きだから。

 

 

〈了〉

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