忠告 ~自覚はあります~
「そういえば、今日初恋の人に再会した」
夕食後のお茶を啜りながら、私は今日の奇跡を百合子に話すことにした。
「え? それって天塚君?」
「あれ、なんで知ってるの? 話したっけ?」
百合子とは高校からの付き合いだ。
私が話した以外に彼を知っているはずはないのだが、私には話した記憶はない。
「うん、前に一回だけ聞いたことあるよ」
「……そうだっけ。全然憶えてない」
「そんなものだよ、話した側なんて」
彼への思いはずっと私だけの中に秘めていたわけではなかったのか。
それはそれで少しショックだ。
逆に無意識に百合子を友人として信頼していたということでもある。
それはそれでなんだか嬉しくもある。
「で? 再会って、帰宅途中に見かけたとか?」
「いや、うちの会社に入社してきたの」
「へー……。じゃあ、それってチャンスじゃん」
「だと思うでしょ?」
「えっ、なになに、なんかあったの?」
「なんでそんな嬉しそうなのよ」
「いいじゃん。波乱があったほうが面白そうだし」
他人事だと思って、百合子はすでに野次馬モードに入っているらしい。
それでも、聞いてもらえるだけありがたい。
ここは百合子に甘えて愚痴らせてもらうとしよう。
「はぁ……。彼、指輪してた」
「左手?」
「左手」
「薬指?」
「……薬指」
「確定じゃーん」
「なんなら苗字まで変わってたわよ」
「うわー、婿入り。そりゃお相手にゾッコンじゃん」
「もうー、それ言わないでよー!」
婿入りか嫁入りかなんて、互いの家の事情ありきの結論だということはわかっている。
それでも、できれば苗字は変わっていて欲しくなかったのは事実だ。
「どうすんの? 辞職は冗談にしても転職は視野に入っちゃったんじゃない?」
「しないわよ。今の会社けっこう気に入ってるし」
「でも辛くない? その彼と毎日顔合わせる可能性あるんでしょ?」
「可能性どころか、教育係に任命されてますから」
「うわー……。それなのに、耐えられるの?」
「……」
「……ん? まさかだけど、満更でもない感じ?」
「そりゃまあ、ずっと片思いしてきた人だし……?」
「ちょっと待って、まさか狙ってないよね?」
「……狙っては、ないけど」
「嘘じゃん! 絶対ワンちゃん狙ってるじゃんその反応! ダメだって! やめときなよ!」
百合子が珍しく声を荒げる。
これは本気で心配している時の態度だ。
「わかってる!? 不倫だからね!? なんなら訴えられる可能性もあるんだからね!?」
「いや、大丈夫だって、ほんと。ちゃんとわかってるから」
「ほんとかなー。私絶対応援しないからね?」
私が抱えている思いに、決して褒められない感情が混ざっていることは自分でもわかってる。
私だって彼を本気で狙って、奪って、離婚させようなんて考えていない。
それでも、親友にだけは。
ほんの少しでもいいから同情とか、応援とか。
そういうことを期待していなかったと言えばそれは嘘だ。
「……そろそろお風呂入って来るね。沸いてる?」
「あっ、うん……。ただ、追い炊きは必要だろうけど」
「りょうかい。それじゃね」
「あっ……っ……」
何か言いたげな百合子の視線を振り切って、足早にリビングを出る。
これ以上何かを言われたら、百合子との空気が悪くなりそうで。
今日はもう、縁を切るとかそういうのは考えたくなかったから。
小学生の頃に好きだった彼と再会したとして、あなたは付き合えますか? @papporopueeee
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