第4話
翌朝、ナグシャムの宿屋で朝食を終えたアルドはエイミと合流してゆったりとくつろいでいた。その中で自然と話は昨日ヒカゲと話したサンの嫁入りのことになる。
「昨日はエイミが突然思い切ったことを言い出すからびっくりしたよ」
両腕を上げ、体をぐっと引き伸ばしながらアルドはエイミにそう切り出す。
「まあね。サンの足とか見た直後で、ずっと何とかしてあげたいって考えていたから、その勢いで言っちゃった感じかな。ヒカゲさんに怒られても仕方ない状況だったけど」
会って間もない人に見ず知らずの他人を嫁にしろと提案した昨日の自分の行動がいかに大胆不敵だったかを思い返して、エイミはやや気恥ずかしそうに肩をすくめた。
「でも今思い返してもこのプランしかないかなって思うのよ。サンも、サンのお母さんも、あと多分シャオルーも幸せにできる方法って」
「エイミはすごいよく考えていたんだな」
アルドが感嘆の声を上げると、エイミは「んー」と肯定とも否定ともつかない返事をし、一瞬黙り込んだ。それからゆっくりと話し出す。
「ずっと会えていなかった大事な人や友達に久しぶりに会った時に、その再会があんまりいい形じゃないのって、何だかしんどいのよ。その人との楽しかった思い出が、純粋に楽しい思い出じゃなくなっちゃうから」
まだ確かな形になっていない自分の思いのかけらを、言葉として口に出すことでどういう考えなのかを自分で確かめていっているような、そんな話し方だった。アルドは彼女の邪魔はせずに聞き役に回ることにした。
「ほら、幼馴染のミルディとクラグホーンにこの間会ったでしょ。感動の再会とはほど遠くて、どっちかっていうと最悪って言った方がしっくりくる感じだった。あそこから色んなことが目まぐるしく起こって、あんまり二人としっかり話し合わないうちに敵対関係っていうよりは同盟って感じになって、再会した時に戦っていたのが、まあ、なあなあになっちゃって」
やや俯きながらそう話していたエイミはそこで顔を上げ、無理矢理明るい声を出す。
「別にあの二人とケンカし続けたかったとかそういうわけじゃないの。今は敵同士になっているわけじゃないからそれは嬉しいんだ。でもまあ昔よりはちょっと距離を感じるし、なんかもやもやするっていうか」
正確に言い表すことができずもどかしく感じたのか、エイミは「あーもうっ」と短く声を上げる。
「上手く言い表せないんだけど、とにかくっ、私はサンとシャオルーには、あの居心地悪い再会がそんなこともあったねって後で笑って話すことができるくらいにはお互いちゃんと話し合って仲良くなってほしいの」
「うん。俺も同意見だよ」
エイミが自分の表現の拙さに苛立ちながら吐露した思いに、アルドは優しく頷いてみせた。
「俺だってエイミと同じだ。ずっと会えなかった大事な人と久しぶりに再会した時に戦った。その後、もっとずっと話していたかったのに、全然話せていない。救い出せていない」
アルドの大事な人が誰のことか、エイミにはすぐに分かった。その人は孤独な暗闇の中に長い間閉じ込められ、歪な怪物になっていて、その姿でしかエイミは出会っていない。だがアルドとフィーネがどれだけ彼を救いたいと強く願っているのか、その思いの片鱗くらいは彼女も分かっているつもりだ。
「アルド……」
しんみりした雰囲気になりそうになって、エイミはそこで頭を横に振る。そして気を取り直してわざと声を明るくしながら言う。
「さ、それなら私もアルドもあの二人を助けたいって気持ちは同じってことね。これで助けられるかは分かんないけど、やれるとこまでやってみましょ」
「ああ、もちろんさ」
エイミの言葉に、アルドは優しく笑って頷いて見せた。
ちょうどその時、宿屋の玄関の扉が開き、シャオルーが二人の前に姿を見せた。シャオルーはどこか不安そうな顔で二人を交互に見る。
「ヒカゲ様の方の準備は整いました。お二人をご案内します……」
そこまでボソボソとした声で言ってからシャオルーは口をつぐんで一度顔を俯かせた。それから顔を上げ、アルドとエイミの方を交互に見ながら問いかける。
「あの、本当にやるんですか」
「ここまで来たからにはね」
エイミがあっさり言い切ったが、シャオルーは納得がいかない様子で首を横に振った。
「でもこれ、ただ芝居を打ってサンとあの母親を騙すってことじゃないですか」
「そう。大芝居よ、あの親子を幸せにするための」
昨日エイミの提案によりヒカゲを巻き込んでとある作戦を行うことになった。だが一夜経ってもシャオルーはその作戦に乗っかることに躊躇しているようだった。
「こんなの、ただの一時しのぎですよ。それに、サンが乗ってこなければこの作戦は失敗です」
「その通り。サンが拒否したらこの作戦はそれで終わり。私たちはそれ以上彼女を助けてあげられない」
でもね、とエイミは言葉を続ける。
「きっと彼女ならこの作戦に乗ってきてくれると思う。ずっと足を縛ったままあそこで長い間過ごしていたけれど……」
エイミの脳裏に、サンが話していた言葉がよぎる。
『あの頃のことをここ最近よく思い出すのよ。時々大人の目を掻い潜って紅葉街道やクンロン山脈の方へ忍び込んでいたの、ほんとに楽しかった。一番印象に残っているのは、どうやって行ったかは分からないけど、ずっと山を登っていったらとっても綺麗な日の出を見ることができた時だったな。シャオルーも覚えている? あの綺麗な日の出、またもう一回見たいなって思っちゃうの』
「それでもずっと貴方と外で遊んだ時の思い出を、あんなに大事そうに話してくれたんだもの」
シャオルーはそこでバツが悪そうにエイミから視線をそらした。
「貴方だって、その時の思い出がとても大事なものだったから、彼女に会いたかったんでしょ?」
エイミの問いかけに、シャオルーは直接答えなかった。その時、宿屋の入り口から見知らぬ青年が現れ、つかつかと三人の方に歩いてきた。アルドとエイミが怪訝そうに彼の方を見ると、青年は徐に口を開いた。
「アルド殿、エイミ殿。お待たせして申し訳ない。こちらは準備ができましたよ」
「そ、その見た目に全くそぐわない低い声は、ヒカゲさん?」
青年の口から出てきたのは、昨日ガーネリに扮したヒカゲが発していた低い中年男性の声そのものだった。思わず驚きの声を上げたアルドを見てヒカゲはクククッと笑いながらその低い声で話し続ける。
「どうですか。人づてに孤独な少女の娘の話を聞いて心を打たれ、求婚する純朴な若き宮殿の文官という設定です。無論、架空の存在なので現在宮殿で務められているどの方にも全く似ておりません」
自信たっぷりに語るヒカゲに、エイミが恐る恐る尋ねる。
「えっと、あの、声の方は……」
「ああ、さすがに本番は変えますよ。今はこの声で話していた方が楽なのでこちらで話させてもらっているだけですから、お気になさらず」
「ああ、まあ、それなら」
さらりと答えるヒカゲにエイミはぎこちなく頷く。
(まあ、昨日はリンリーやホオズキとかに扮していた時は本人たちの声が出せていたし、大丈夫かな)
そんなことをエイミが考えていると、ヒカゲはシャオルーの方を見て、やれやれと首を横に振っていた。
「お二人を迎えに行ってすぐに建物から出てこないと思っていたら、やはりここでもウジウジしていましたか。今朝私のところへ来た時も色々言っていましたから、そうじゃないかと思っていたんですが」
「ウジウジって……」
ヒカゲの言葉に異議を唱えようとしたものの、何を口にすればいいのか分からず、シャオルーは中途半端に言葉を途切れさせた。そこへすかさずヒカゲがシャオルーに語りかける。
「シャオルーよ。貴方はもっと自分に自信を持つべきです。私が貴方に何足も靴の作成をお願いしているのは何も貴方の貧しい境遇に同情したからじゃありません。貴方の能力を買っているからこそお願いしているのです。私の注文内容に基づいてあそこまで丁寧に、なおかつ歩きやすく靴を作り上げる職人を私は知らない。唯一不満なのは、幼い頃からの想い人を外の世界へ思い切って連れ出す勇気がないところです」
「お、想い人って……」
「違うとは言わせませんよ」
シャオルーが顔を真っ赤にして慌ててヒカゲの言葉を否定しようとしたが、ヒカゲは彼にその間を与えなかった。
「親の目を盗んで街の外へ一緒に遊びに連れ出していた幼馴染の話、以前してくれたでしょう。先方の家の事情で会えないがいつかその幼馴染と一緒にまた山を越えた先に見た素敵な日の出を見たいと言っていたことも、その幼馴染にいつか靴を作る約束をしたという話も全て覚えていますよ。それを語る貴方の様子から、その幼馴染は貴方にとっての想い人なのだと分かりました」
「……ん?」
聞き覚えのある内容を聞いて、アルドはすぐにそれが何かに思い当たった。そう、それはサンが話していたシャオルーとの思い出の話だ。
(そっか。サンにとって大切だった思い出はシャオルーにとっても忘れられない思い出だったんだな)
「エイミ殿から話を聞いた時、彼女の出会ったその人こそ貴方が私に教えてくれた幼馴染と同一人物だとすぐにわかりましたよ」
ヒカゲの言葉を受け、シャオルーはボソボソと喋り出す。
「本当にサンが想い人なんだとしたら、久しぶりに再会した時にあんな責めるような言い方をしたりしませんよ。それに僕は彼女の方を全然見られなかったんですよ」
「好きだからこそだと、私は思ったけど?」
シャオルーの言葉にエイミが割って入る。
「好きだった人の姿がすっかり変わり果ててしまっていたら少なからずショックは受けるわよ。サンの場合、昔貴方と元気良く走り回っていたのにいざ会ってみたら立ち上がるのもままならない状態だったし、相当な衝撃だったと思うわ」
「……」
黙り込んだシャオルーの肩にヒカゲがポンと手を置いた。
「今回貴方の仕事は私たちを彼女のところへ案内すれば終わりです。彼女を家の外へ連れ出すのは私の役目だ。貴方はただ見守っていてください」
シャオルーはヒカゲの言葉に対して直接答えなかった。ただ一言「ご案内します」と言って宿屋の出口の方へ歩いて行った。
「こちらです」
道中無言だったシャオルーがそう言って立ち止まったのは、サンの家の前だった。ヒカゲはゆっくりと頷き、一人一人の顔を見る。
「それでは、手はず通りにお願いしますね」
アルドとエイミは真っ直ぐヒカゲの方を見てヒカゲの言葉にうなずいた。アルドが扉を叩くと、サンの母親が顔を出した。彼女はアルドの顔を目にした途端、顔をパッと輝かせて飛び出してきた。
「まあまあ高官様。またサンに会いに来てくださったのですか!」
「こ、こんにちは」
サンの母親の勢いに負けて、アルドは挨拶から先の言葉を一瞬使えさせてしまったが、すぐに言うべき内容を思い出し、口を開いた。
「今日は俺が会いに来たんじゃなくて、紹介したい人を連れてきたんです」
ややぎこちなくもそう言い切ったアルドは後ろにいたヒカゲを示した。アルドに促され、ヒカゲの方を見たサンの母親は固まった。
「貴方の娘のお話をこの方にしたら、大層興味を持っていらして、ぜひ一目お会いしたいとのことでお連れしたんです」
エイミが説明を補足するが、サンの母親は相変わらず固まったままだった。
「……?」
アルドとエイミが訝しげに思っていると、青年の姿に扮したヒカゲが一歩前に踏み出し、サンの母親に自己紹介した。
「突然押し掛けるように来てしまってすみません。私の名前はタイヨウと申します。ここにいらっしゃるサン殿のお話を聞き、ぜひお会いしたいと思いこちらに伺いました。もし差し支えなければ、一目お目にかかることはできますでしょうか?」
「え、ええ、勿論ですとも。娘に少し身支度をさせますので少々お待ちください」
固まっていたサンの母親は我に返り、タイヨウと名乗ったヒカゲの申し出を承諾した。それから慌てて家の中へ入っていった。
「さて、もう少ししたら手配した馬車が家の前まで来ます。サン殿本人がこちらの申し出を受け入れてくだされば、私とアルド殿でサン殿を馬車まで運びましょうか」
ヒカゲはそこまで言ってから、黙り込んだままのシャオルーに視線を移す。
「シャオルー」
ヒカゲの呼びかけに、シャオルーはゆっくりと頭を上げる。そんなシャオルーに対し、ヒカゲは一言、指示を下した。
「私がアルド殿とエイミ殿と一緒に家の中に入っている間、貴方は家の外で馬車を待っていただいていいですか」
「えっ」
ヒカゲからの指示にシャオルーは間の抜けた声を上げる。
「一応場所は伝えてはありますが、万が一馬車の御者が迷ってしまう可能性もあります。そうならないようにこちらの場所を案内してください。それで貴方の今日の仕事は終わりです」
「いや、あの」
何か言おうとして口を開いたものの、何を言うべきか分からずにシャオルーは口ごもった。その彼に対して、ヒカゲはさらに言葉を重ねる。
「彼女の姿を真っすぐ見る覚悟のない者に、彼女を運ぶ手伝いをさせるわけにはいかないんですよ」
「!」
ヒカゲの言葉にシャオルーは息を呑んだ。そしてそこで顔を俯かせ、小さな声で「分かりました」と答えた。
「シャオルー……」
項垂れたままのシャオルーにアルドは言葉を一つ一つ選びながら、ゆっくり話しかける。
「今日俺達はサンを助けるためにここに来た。でも元々はシャオルー、君を助けるために始めたことなんだ。シャオルーが必要なら、俺達はいつでも君を助けるから」
シャオルーは顔を上げなかった。ちょうどその時、家の中からサンの母親が姿を現し、一行に声掛けをする。
「タイヨウ様、娘のサンの準備の方が整いました」
「分かりました。行きましょう」
ヒカゲに促され、シャオルーを除く全員が家の中へ入っていく。その後ろ姿を見送った後、シャオルーは昨日エイミがヒカゲに今回の作戦のことを提案した時のことを思い出す。
「なかなかどうして突拍子もなくて、そして面白そうな話です。私はぜひとも聞いてみたい」
「はい」
ヒカゲに促されたエイミはそのまま語りだした。
「サンはシャオルーの幼馴染の子です。小さい頃から母親に足を縛られて寝たきりになってしまった」
「纏足ですね。悪しき風習がまだ残っていたとは」
ヒカゲの理解は早かった。エイミはヒカゲの言葉に頷きながら話を続けていく。
「彼女の母親は足を縛ったことで彼女が高い身分の人のところへ嫁いで行けると信じて疑っていません。そして娘のサンの方は、それを甘んじて受け入れてしまっている」
「その彼女を助けるのにもっとも手っ取り早いのは、貴い身分の者が嫁として迎えにいくことだと、そういうわけですか」
エイミの言う内容を予測して口に出して見せたヒカゲは、穏やかに微笑みながら首を横に振った。
「生憎ですがエイミ殿、私は妻を娶れるような身分の者ではありません。そして今話を聞いた限り、その娘を快く受け入れてくれそうな高貴な方の心当たりもない」
「いえ、ヒカゲさんには彼女を嫁としてお迎えに行っていただきたいだけで、結婚していただきたいわけじゃないんです」
エイミの言葉にヒカゲは首を傾げながら疑問を呈した。
「どういうことでしょうか」
「ヒカゲさんには身分の高い人のふりをしてサンのところへ行っていただきます。それで嫁候補を探している、その候補として彼女の人柄を知りたいと言って彼女を家の外へ連れ出してほしいんです」
ヒカゲは顎先に指を添わせながら、口角を吊り上げた。
「ほう、家の外へ連れ出す、それだけのために求婚しに行くと?」
「はい」
躊躇いなくエイミはヒカゲの言葉を肯定した。
「私にはどうも費用対効果が悪い作戦のように聞こえますが」
「そんなことないですよ」
やや難色を示すヒカゲに対し、エイミはきっぱりと言い切った。
「彼女は今自分の家の外から出られない状況です。唯一接触できるのは母親だけ。その中でずっと足を縛ったまま家の中に籠り続ける母親の方針に従う以外の選択肢が見えなくなってしまっている」
エイミはそこで一呼吸入れてから、ヒカゲの方に身を乗り出し、強い口調で言った。
「だから彼女を家から連れ出して、母親のいないところで話をすることで、彼女に他の選択肢を示してあげるんです。それは彼女の今後の人生を大きく左右することで、求婚の芝居を打つだけの価値は大いにあります」
(サンのことを思って、エイミさんはヒカゲ様相手にはっきりと主張を通した。それを聞いたヒカゲ様はここまで準備をしてくださった。そしてここまで来られたのは、アルドさんが僕の頼みを聞いてサンのところへ行ってくれたからだ)
シャオルーは今までのことを振り返り、アルド、エイミ、ヒカゲの三人の存在のありがたさをひしひしと感じる。
(じゃあ、僕は? 僕はサンに対して一体何をしてやれるんだ?)
道の向こうに馬車の姿が見える。シャオルーは馬車に向かって手を振りながら、己の無力さに歯を食いしばる。
(僕にできることは……)
ヒカゲがどのように求婚したのか、シャオルーには分からなかったが、少なくともサンの母親を信用させることには成功したようだ。馬車の御者が予め持ってきた担架を使い、アルドとヒカゲが協力してサンを馬車の中へ乗せた。その馬車へ後からアルド、ヒカゲ、エイミ、シャオルーが乗り込む。そして馬車はサンの母親に見送られながら出発した。
馬車に揺られながら、ヒカゲはサンに語り掛ける。
「久しぶりに家の外に出た気分はいかがですか」
「……」
馬車の車窓からぼんやりと外を眺めていたサンはヒカゲの問いかけに応えない。
「シャオルーから聞きました。小さいときは色々なところへ遊びに行っていたとか。もしご要望とあれば、ここから真っ直ぐ宮殿には行かずに、紅葉街道に立ち寄ったり、クンロン山脈がよく見えるところまでお連れしましょうか?」
その言葉を受けて、サンはハッとしてシャオルーの方を見る。シャオルーは未だ俯いたままで、サンの方を見ていなかった。サンは少し残念そうな顔を見せ、それからこちらへ話しかけてくれていたヒカゲの方へ向き直る。
「空気がおいしいんです」
「ほう?」
首を傾げたヒカゲに対し、サンは穏やかな笑顔で語り続ける。
「今までずっとお香で充満した部屋の空気しか吸っていなかったから、世界がこんなに空気がおいしいっていうのを忘れていたんです」
そう言ってから、サンは包帯でしっかりとまかれた自分の足にそっと触れた。
「それを改めて知ることができただけでも、私は満足です」
「これからだってそのおいしい空気をずっと胸いっぱいに吸い込みたくはない?」
エイミが話を本題へと切り替えるためにサンに質問を投げかける。そして彼女の回答を待たずに、エイミは話し続ける。
「あの家でずっといつ来るかもわからないお婿さんを待つんじゃなく、自分の足で外の世界へ歩くの。今のその足だと歩くのが難しいけど、貴方が望めばその足を治せるかもしれない場所に連れていってあげる」
「足を治すというのは、足を切り落とすということですか」
エイミの嬉々とした声はサンの言葉でピタリと止まった。サンはエイミに悲しそうな微笑みを向けた。
「前に家にお医者さんを呼んで足を見ていただいたことがあるんです。その時に足を切り落とさなければ足の膿んでいるところから悪いものが入り込んで全身に回る危険があるから、足を切ってしまった方がいいと言われました」
「それは……」
すぐにそれ以外の治療の選択肢もあるはずだ、と答えられれば良かったのかもしれない。だがエイミはそう言い切れなかった。
「あの時は母がそのお医者さんを追い返してしまいましたが、母がいなかったとしてもそれはお断りしていたと思います」
「纏足で美しくした足を失くすのが惜しいと感じてのことかな?」
ヒカゲの問いかけに、サンは首を横に振る。
「違いますよ。足がなくなってしまったら、靴が履けなくなってしまうじゃないですか」
「!」
シャオルーは息を呑んで思わずサンの方を見た。声を震わせながら、シャオルーは言葉を紡ぐ。
「約束、覚えて……」
「当然じゃない」
サンはシャオルーに微笑んだ。
「貴方の作った靴を履いて、またあの朝日を一緒に見に行く約束、片時も忘れたことないんだから」
シャオルーはそこでサンの足の方へ視線を向ける。包帯が分厚く巻かれたその足をじっと見て、それからヒカゲの方へ向き直った。
「……タイヨウ様、お願いがあります」
タイヨウの偽名で呼ばれたヒカゲはシャオルーの方を穏やかな眼差しで見る。
「僕とサンに時間をください。子供の時の約束を果たしたいんです」
ヒカゲは目を細め、目の前にいるシャオルーの姿を眺める。そこに、幼馴染の痛々しい姿を直視できずに目をそらし続けていた青年の姿はない。
「その言葉を、待っていましたよ」
ヒカゲはそう微笑み、馬車の御者に行き先の変更を告げた。
馬車がたどり着いたのは、ナグシャムの北方の門の前だった。門が上がり、街の外へ馬車が躍り出る。石レンガで敷き詰められていた舗道が途切れ、地面が白い雪に覆われ始めたところで、馬車が止まる。アルド、エイミ、ヒカゲが先に下車をして見守る中、シャオルーが手を貸しながらサンを馬車の乗車口のところへ腰かけさせていた。それからシャオルーは馬車の隅の方に潜ませていた布袋を取り寄せ、中のものを取り出す。
「シャオルー、それは……」
手にしているものを目にしてサンが息を呑む。シャオルーは照れくさそうに笑って視線を自分の手に収まったそれに落とす。
「ずっと、作ってはいたんだ。でも、サイズが分からなかったから、どのサイズでもいいようにいくつか作っておいていたんだ。その中でサイズがちょうどいいやつを持ってきた」
シャオルーが手にしていたのは、一足の革製の靴だった。
「約束の靴だよ。だいぶ遅くなってごめん」
「本当に、作ってくれたんだね」
サンは口元を手で押さえ、感激のあまり言葉を失う。その間にシャオルーはサンの前で膝をつき、彼女の足に巻かれた包帯に手を伸ばした。
「ちょ、ちょっとちょっと! だめだよ、包帯を取ったら!」
「そうは言ってもこのぐるぐる巻かれた包帯を取らないと靴を履かせることができない」
サンが慌てて声を上げて制止しようとしたが、シャオルーは構わず包帯の結び目に指をひっかけてほどき始めた。
「ほ、包帯とったら足が酷いのが見えちゃうだけだし匂いが絶対きついからっ。靴を作ってくれたのは嬉しいけど、作ってもらえただけで満足だから、無理に履かせようとしなくてもいいから!」
「足袋を持ってきた。包帯外すと同時にすぐにつけるから、他の人はもちろん、僕にも素足はあんまり見えない」
「でも」
「サン」
二人が話しているうちにも、包帯はスルスルと外れていく。シャオルーに名前を呼ばれて、サンは一瞬口を閉じた。その間に、シャオルーが静かに語り始める。
「纏足で足をここまでひどい状態にした君を見たとき、僕は君に腹が立った。僕の作った靴を履いてくれるという約束を忘れ、君は母親の言うことに盲従して足をダメにしたのだと思ったから。でもさっきの会話で、君が約束のために足をとっておきたいのだと分かったとき、正直嬉しかった」
シャオルーは包帯がだいぶ外れてきたところで片手に足袋を手に取った。
「そして同時に僕はまだ怒っている。自分の健康のことを顧みずに足の状態をここまで放置した君に。そしてそんな君のことをいたたまれなくなってちゃんと見ることのできなかった僕自身に」
足から包帯を外し、肌の色が見えるかどうかの刹那にシャオルーは素早く足袋をはかせてしまった。足袋で肌の表面が隠された足の下に、自分が持ってきた靴を静かに置く。
「だからこそ、子供の時にした約束をきっちり果たしたいんだ。果たさせてもらえないか?」
「……」
シャオルーの申し出に、サンは目を伏せた。幾ばくかの沈黙ののちにぼそりと呟いた。
「私、いま、全然歩けないのよ」
「君のことは背負っていく。足腰は結構鍛えているから平気だよ」
「朝日を見るためにはどうしたってどこかで一晩夜を明かさなきゃいけない。夜になって帰ってこなかったらお母さんが心配するわ」
「伝言を頼もう。それでも帰ってきたときお母さんが何か言ってくるようなら僕からしっかり説明する」
サンが口にする不安に対し、シャオルーが次々と答えていく。
「山で妖魔に襲われたら危険だわ」
「それは俺達がなんとかするよ」
サンの妖魔への危惧に対して答えたのは、ずっとそばで二人のことを見守っていたアルドだった。
「二人のこと邪魔してくる奴らを追い払うのくらい、お安い御用だわ。それくらいは手伝わせてくれる?」
アルドの横からエイミも明るい調子で発言する。
「アルドさん、エイミさん……」
シャオルーの目の奥がじんわりと熱くなる。
「やれやれ、二人に先を越されてしまいましたね」
アルドとエイミの横でヒカゲが苦笑する。
「私の方でもお前とサン殿のバックアップをしましょう。サン殿の母君のことはこちらに任せなさい。お前は、サン殿が再び歩き出せるように、約束を果たしてきなさい」
「タイヨウ様……」
ヒカゲからも後押しを受け、シャオルーは胸の奥から何かがこみあげてくるのを感じながらサンに向き直った。
「サン、僕の靴を履いて一緒に朝日を見に行ってくれるか?」
サンにはもう、目の前の彼からの申し出を断る理由がなかった。目を涙で潤ませながら、彼女は噛みしめるように一言だけ言葉を口にした。
「はい……」
しんしんと雪が降る銀世界の中を、サンを背負ったシャオルーが歩いていく。サンの両足にはシャオルーが作った革靴が履かれていて、サンは小恥ずかしそうに彼の背中にしがみついていた。
「懐かしいな……雪が分厚く積もった枯れ木も、雪の下で咲いている赤い花も、昔と殆ど変わらない」
「うん」
彼女がポツリポツリと話していく思い出話に、シャオルーは優しく相槌を打つ。
「あの赤い花、シャオルーが髪飾りだって言って私にプレゼントしてくれたの、覚えている?」
「ああ。その後遊んでいたら近くに狼の姿が見えて慌てて逃げ帰ったときに落としちゃったんだよな。街へ帰ってきてそれに気づいた時のサンの泣き様、今でも覚えている。なだめるのにすごい苦労したなあ」
「そ、それは忘れていい!」
シャオルーの話をサンは赤面しながら慌てて止めにかかった。
ずっと冬の山道を歩いていた二人はいつしか、洞窟の中に足を踏み入れていく。外界の風の音が遠ざかり、静寂に包まれた空間の中で、シャオルー達の足音がこだまする。
「ここもホントに綺麗なままだわ」
サンは何とはなしに声を潜ませながらシャオルーに語り掛ける。
「神秘的な青の洞窟。この洞窟で見つけた小石たちはみんな綺麗に見えてよく持ち帰っていたな。お母さんに見つかって、汚いからって全部ナグシャムの川へ捨てられちゃったけど」
「あれは悲しかったな。結構集めるのが楽しかったのに」
洞窟の先に外の光が見え、そちらへ向かって二人は歩を進めていく。そして洞窟を抜けたとき、視線の先に見えたのは、眼下に臨む水平線だった。
「雪の塊が波に押されて海へ押し出されていくのをただただ見ていた時もあったな」
「大体そういう時はシャオルーの方が寒さに耐えきれなくなって早く他のところへ行こうって言いだすのよね。よく覚えているわ」
山の奥へ奥へと一行は進んでいく。途中いくつも洞窟を通過し、その洞窟を潜り抜けるたびに雪の降り方がどんどん強まっていく。それでもシャオルーとサンは愚痴一つこぼさず、二人で楽しい思い出話をし続けていた。
「クンロン山脈からナグシャムへの帰り道がよく分からなくなって迷っているうちにあの朝日の絶景スポットを見つけたんだ。ホント、幸運だったし、あそこから二人だけでよくナグシャムへ帰ることができたよな」
「何言っているの。絶景スポットの近くでばったり出会ったおじさんに帰り道教えてもらったんでしょ。覚えてない?」
「え、そんな人いたっけ?」
「いたよ。そういえばあのおじさん、あそこ見つけてから吹雪だろうが大嵐だろうがほぼ毎日あそこへ通っているって言っていたけど、今はどうしているかしら」
歩みを進めていくうちに、風も雪もどんどん強くなり、十数メートル先の視界もはっきりとは見えなくなってきた。少し距離を置いて後をついてきていたアルドとエイミは、視野が悪くなって二人の姿を見失うのを恐れて距離を詰めていた。
「なあ、二人とも疲れていないか? シャオルーはまだ登り始めてから休憩を取っていないだろ」
シャオルーの足がややふらついているのに気づいてアルドが声をかける。
「いや、まだ大丈夫です。ここで立ち止まると冷気で体力が奪われるだけですから、もう少し歩きます」
シャオルーはアルドの方を振り返らずに進み続けていた。
「体力を温存しておかないと、いざというとき動けなくなるわ。休んでおいた方がいいと思う」
「いえ、まだ大丈夫です」
エイミの言葉でもシャオルーは歩みを止めない。その様子を見て彼に背負われているサンも心配そうに言葉をかける。
「シャオルー……」
「大丈夫だよ、サン」
シャオルーがそう答えたとき、突然地面が揺れた。その衝撃に思わず体勢を崩したシャオルーはサンを背負ったまま尻もちをついた。
「なんだ!?」
辺りを見渡したアルドは、進行方向に白い巨大な影を見つけた。その影はうなり声をあげながらこちらへ突進してくる。
「来たわね!」
「ここは任せろ!」
シャオルーとサンをかばうようにしてエイミとアルドは前に躍り出た。エイミは拳を握り締め、アルドは剣を鞘から抜いて、襲い来る影と対峙した。
その激しい戦いが、どのくらいの時間続いたのかわからなかった。戦闘というものを初めて目の当たりにするシャオルーがその間出来たのは、何とか体勢を立て直し、立ち上がれずにいるサンの傍らに立って彼女の前に腕をかざしているだけだった。
(無力だな……)
アルドとエイミが連携を取りながら襲い掛かってきた化け物と戦っているのを、シャオルーはただただ見つめていた。
(あの攻撃がかすりでもしたら、サンも僕もひとたまりもない)
彼女との約束を今こそ果たしに行くのだ。その意気込みでサンを背負ってここまで来た。だがその決断はあの巨大な化け物の前では容易く消し飛ばされるだろう。彼らの助けがなければ、シャオルーとサンは今ごろ命を落としていたかもしれない。
(いや、ここでくよくよするのはやめよう)
シャオルーはサンの方を見る。サンは緊張した面持ちでアルドとエイミの共闘を見守っていた。
(サンとの約束を果たすのに、僕だけの力では足りないと思ったから、アルドさんも、エイミさんも、ヒカゲ様の力も借りようと思ったんだ。ここまで来たことを、決して後悔なんてしていない)
「しまった!」
「シャオルー!」
名前を呼ばれ、シャオルーがはっとしてアルドとエイミの方を見ると、二人と戦っていたはずの巨大な白い影は姿を消していた。二人が慌ててこちらへ駆け寄ってくる姿を見て、シャオルーは一瞬怪訝な表情をした。だが自分の上に巨大な影法師が落ちていることに気づき、バッと頭上を見上げる。宙を飛んだ白い影がこちら目掛けて落ちてくることに気づき、シャオルーはサンを抱えて慌てて後ろへ飛びのいた。
巨大な影が地面にぶつかり、あたりに雪が飛び散った。着地の衝撃で足元が揺れ、シャオルーはまた体勢を崩す。咆哮が冷え切った空気を揺さぶり、アルド達の声をかき消す。先ほどまで自分達が倒れこんでいた位置に降り立ったその化け物の顔を見定めようとシャオルーが視線を上げたとき、目の前の巨大な影は巨腕を彼の頭上へ振り上げていた。
「サン!」
シャオルーは反射的にサンの上に覆いかぶさった。無我夢中だった。彼女の体を化け物の視界から遮ったとしてもその巨大な腕に二人ともども弾き飛ばされるだろうことはシャオルーにも分かっていた。それでも、せめて彼女が直撃を免れることができるのなら。そう考えながらシャオルーはギュッと瞼を閉じた―――その時だった。
「久しぶりに会ったが、全く成長していないようじゃな」
どこか懐かしい響きのあるしわがれた声がシャオルーの耳に聞こえ、思わず彼は目を開けた。それと同時にアルド達の後方から矢が二本飛んできて化け物の首に深く突き刺さった。腕を振り上げていた化け物はかすれた声で断末魔を上げると、そのまま横に倒れた。あまりにも一瞬のことだった。シャオルーはポカンと口を開き、自分と彼女の命が助かったことに対して喜ぶことすら忘れた。
「シャオルー、サン!」
「けがはない?!」
山道に横たわる白い巨体の脇をすり抜け、アルドとエイミがシャオルー達のところへ駆け寄った。
「あ、えっと、僕もサンも大丈夫です」
シャオルーは我に返り、慌てて返事をしながらサンの方を見た。だが彼女の視線は三人の誰にも向けていなかった。彼女の見ている方向は、化け物にとどめを刺した矢が飛んできた方向だった。その方向は吹雪が強まってきたため、視界が白くかすんでいて誰がそこにいるのか、シャオルーには見当がつかなかった。代わりに、その方角から風の音に交じって二つの声が話しているのだけは聞き取れた。
「わあ、流石です。あの大きな山猿を射止めてしまうなんて!」
「あの坊主と嬢ちゃんがしっかりあいつの体力を削ぎ落してくれたから止めを刺せただけだ。そうでなければ左右の頸動脈に矢が命中したところで、あの猿は興奮してさらに暴れまわっていただろうよ」
先ほどのしわがれた声と共に幼い少年の話し声が聞こえてきた。アルドとエイミは少年の声の方に首を傾げ、互いを見た。
「あの声……」
「どこかで聞いたことあるわよね?」
二人がその声の正体を思い出すより前に、少年の声が割って入った。
「アルドさん、エイミさん!」
それぞれの名前を呼んでこちらへ駆け寄ってくる声の主の姿を見て、アルドとエイミは驚愕した。
「てむてむじゃない!」
「こんなところで何やっているんだ?」
それは、隠れ里イトイスに住む武器の名匠猫正の一番弟子だった。雪の上を身軽な動きで飛んできたてむてむは、屈託のない笑顔を浮かべながら二人に説明した。
「そこのご老公が、ナグシャムの旧友の頼みでクンロン山脈を超えてくる御仁を迎えに行くんですよ。ただ長年イトイスの外に出られたことがないそうなので、ご案内差し上げるようにと師匠が」
「友人に対する頼みごとにしては人使いの荒い奴だよ。昨日の夜に突然便りを寄こしてきたと思ったら次の日の日中に人の迎えに来いとある。お蔭で猫正の旦那のところにも迷惑をかける羽目になってしまった」
てむてむの後に続いて姿を現したのは、弓を背負った妖魔の老人だった。腰のベルトに引っ掛けた矢筒からカタカタと軽やかな音がする。
「おじさん!」
老人の姿を認めた瞬間、サンがパッと顔を輝かせた。
「貴方は十年前、あの朝日のところへ私たちを案内してくれたおじさんですよね?」
「えっ、おじさんって、妖魔?!」
サンの放った言葉にシャオルーはギョッとして老人の方を見る。
「なんじゃ。坊主の方は成長もしていない上に十年前のことも忘れているのか」
老人はやれやれと肩をすくめながらてむてむの脇で足を止めた。その老人の方へ、サンは身を乗り出しながら声を上げる。
「私たち、またあの朝日が見たくてここまでやって来たんです。あの朝日のあるところへ、また連れて行ってくれませんか?」
「問題ない。儂がここまで来たのはお前たちをそこへ連れて行くためだからな」
「えっ!?」
老人から帰ってきた答えに、サンは拍子抜けしたような声を上げた。
「タイヨウと言えば分かるか。それが儂のナグシャムの旧友という奴よ。彼奴がお前たちのことを迎えに行ってやってくれと頼んできたのでここまで出張ってきたわけじゃ」
「タイヨウ様が?」
目の前の妖魔の口からヒカゲの偽名が出てきたことでシャオルーは困惑した表情になる。
「人間と妖魔に敵対以外の交流があることがそんなに意外か? 儂の知る限り、イトイス一の大商人は人間の商人と活発にやりとりをしている。お前に同伴しているそこの二人もてむてむをこのクンロン山脈で助けたことがあったという。種族の違いなぞ些末なことじゃ」
「!」
老人の言葉にシャオルーはハッとして、瞬時に顔を赤らめた。そんなシャオルーを老人は面白そうに眺めてから、サンの方を見る。
「あそこが美しい太陽の光に染まるまでまだ時間がある。山を越えてきてさぞ疲れたじゃろう。イトイスまで案内するから、そこの宿屋で疲れを取ってから儂の家に来なさい。あの朝日が見える場所まで案内しよう」
「は、はいっ」
サンは嬉しさを隠しきれない様子で元気よく答えた。
「おじさんの家ってどこなんですか?」
「酒場の近くですよ。時間になったら僕がその前に立っているのでご案内します」
エイミの問いかけに、老人の脇からてむてむが答える。
「ありがとう。助かるよ」
「いえいえ」
アルドが素直に感謝の言葉を述べると、てむてむは照れくさそうに頭をかいた。
「シャオルー、立てるか? もしダメならサンは俺が担いでいくよ?」
「え? あ、いや」
アルドの言葉に、シャオルーは自分が未だに雪の上に尻もちをついた状態であったことに気づき、慌てて立ち上がった。
「大丈夫だ、ほらこの通り! サンは僕が背負っていくから、大丈夫だ!」
「そ、そうか? なら任せるよ」
シャオルーが必死にそう主張するので、アルドは少し面食らいながらもサンのことを彼に託した。そんな二人の様子を老人はにやりと笑いながら見守っていた。そして何事もなかったように「そしたらイトイスへ行こうか」とイトイスへの帰還を促した。
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