第2話

イミがいくと、先ほどの青年がすでにそこにいた。二人に気がついた青年が先に声を上げる。

「来てくれたんですね」

「困っていそうだったからさ」

 アルドの言葉に青年はにっこり微笑んだ。

「そしたらこちらです」

 そこから青年はアルドとエイミをサンの家の方へ案内した。サンの家はナグシャムの街のだいぶ外れの方だった。

「この家です。だいぶ歩かせてしまったのでお疲れかもしれませんが、貴方からこちらの戸口へお声がけしていただいてもいいですか」

「ああ、わかったよ」

 アルドは素直に頷き、扉を叩いた。少しして、先ほどの老婆が扉から顔を出す。そしてそこにいるアルドを見て、「まあまあ」と嬉しそうに声を上げた。

「さっそくこちらにお越しくださり恐悦至極です。ささ、どうぞお入りください!」

「ああ、うん。えっと、後ろの二人も一緒に入ってもらっていいかな?」

 アルドが後ろにいるエイミと青年の方に視線を向けながら老婆に尋ねる。これに対し、老婆は二人の方には一瞥もくれず、ただアルドの方だけを見て「勿論です」と頷いて見せた。そして扉を開放し、「サン、サン、お客様だよ」と家の奥の方へと入っていった。その後ろ姿を見て、青年は黙ったまま複雑な表情で俯いた。

「言いたいこと、いろいろあると思うけど、今は会いにいきましょ」

「ええ……」

 エイミの言葉に青年はぎこちなく頷く。そして先日まで追い払われて拝むことすらできなかったサンの家の敷居を跨いだ。

家の中に踏み入れた瞬間、アルドとエイミは思わず顔をしかめた。

「凄い匂い。何か鼻がツンとする感じ。香水か何かかしら?」

「お香を焚いているんですよ」

 エイミの口にした疑問に青年が答える。

「とはいってもここまで強い匂いのものはあんまり嗅いだことないですけど」

「高官様!」

 家の奥の一室から現れた老婆はアルドの方へ一直線にやってくる。

「サンも高官様にお会いすることができると聞いて大変喜んでございます。ささ、準備の方は整いましたのでぜひこちらへお越しください」

「あ、ああ、うん。すぐ行くよ」

 老婆の勢いに押され、高官であることを否定するのも忘れてアルドは頷いた。そしてエイミと青年を連れ、奥の部屋へと入った。

「うーん、お香の匂いが一段ときついな」

 奥の部屋は薄暗かった。日中にもかかわらず窓が締め切られているせいだろう。その中でアルドは部屋を見渡し、そしてようやく部屋の奥に置かれた寝台の上に人影があるのに気付いた。その人影を確認した時、アルドの後ろにいた青年が短く息をのんだ。

「あ、あの、高官様、ですか?」

 寝台の上にいたのは、一人の小柄な少女だった。薄暗いせいで表情はよく分からないが、上半身だけ起こした状態で足の上には布団をかぶせていた。

「えっと、サン、でいいのかな?」

 確認のためアルドが尋ねると少女サンはこくりと頷いた。アルドはサンの方へ近づき、話し始めた。

「俺はアルド。さっき街のところで君のお母さんに声をかけられたんだ。君に会ってほしいって一生懸命頼んできてくれたんだ。だいぶ切羽詰まっていて困っているように見えたから、君たちの何か力になることができたらと思って君に会いに来た」

「アルド、様」

 サンの言葉にアルドは首を横に振った。

「アルドでいい。申し訳ないんだけど、俺はお母さんの言う高官とかじゃないんだ。宮殿の人でもない。ただあちこち旅している男さ」

「猫みたいに気ままに旅しているだけじゃないわ。困っている人を見捨てられない優しい性分なのよ」

 アルドの後ろからエイミが声を上げる。サンが怪訝そうな顔で視線を向けると、エイミはにっこりと笑って自己紹介して見せた。

「突然ごめんね。私はエイミ。アルドと一緒に旅をしているわ。今回は貴方や貴方のお母さんがとても困っていそうだった、っていうのもあるんだけど、もう一人困っていそうな人がいたの。その人が貴方にどうしても会いたがっていたから、彼を貴方に会わせてあげるっていう目的もあって、貴方に会いに来たのよ」

「彼?」

 エイミの言葉を受け、サンが二人の後ろにいた青年の方に視線を向ける。一瞬目を細め、黙って彼の方を見つめていた彼女は、突然顔をパッと輝かせ、嬉しそうに声を上げた。

「ああ、シャオルー。貴方シャオルーね。見ないうちにだいぶ大きくなったわ。ちょっと前まで私よりも小さい貴方とそこらへんを走り回っていた気がしたんだけど、それがいつの間に大きくなったのかしら」

 シャオルーと呼ばれた青年は複雑そうな表情でサンの方を見る。それとは対照的に、先刻まで初見の客人二人と相対していた時は緊張していたのに、彼のことに気づいた瞬間彼女の方はホッと安心したようだった。

「そんな離れたところにいたらよく見えないわ。あの頃のことをここ最近よく思い出すのよ。時々大人の目を掻い潜って紅葉街道やクンロン山脈の方へ忍び込んでいたの、凄く楽しかった。一番印象に残っているのは、どうやって行ったかは分からないけど、ずっと山を登っていったらとっても綺麗な日の出を見ることができた時だったな。シャオルーも覚えている? あの綺麗な日の出、またもう一回見たいなって思っちゃうの」

 過去の思い出を饒舌に語っていたサンはそこで一度言葉を止める。そして不安げにシャオルーの方を見る。

「ねえ、どうして何も喋ってくれないの?」

 シャオルーはサンから視線をそらし、ただ黙り込んでいた。場の雰囲気が部屋の薄暗さもあって仄暗いものになっていた。アルドは場の雰囲気を変えようとサンに話題を振る。

「なあ、サンはベッドの上に横になっているけど、何か病気なのか?ここずっと家の外に出ていないって聞いたけど」

「ああこれは……」

 サンが言葉の先を言い淀んだ時、シャオルーは三人に背を向けた。

「すみません。やっぱり俺、帰ります」

 突然そう言いだしたシャオルーに三人とも驚く。

「いきなりどうしたんだよ。あんなに会いたがっていたのに」

 アルドの言葉にシャオルーは首を横に振る。

「だって、あんな元気だったサンが、ホントにこんな姿になっていたなんて」

 いたたまれない表情でシャオルーは部屋の出口の方へ歩を進めた。

「シャオルー。待って、もっと話を!」

 サンは部屋を出ていこうとするシャオルーに向けて身を乗り出す。そして、バランスを崩した。

「危ない!」

 アルドが駆け寄るのも間に合わず、サンは寝台から床へ転がり落ちた。布団がはがれ、あらわになった彼女の下半身を見て、アルドとエイミは息をのんだ。

「ちょっと、この足、一体どうしたのよ!?」

 エイミは声を上げて倒れこんだサンの方にしゃがみこんだ。

「とても強い力で足が布でぐるぐる巻きにされているわ。しかもこの足、不自然に形が変わっていて、とても小さい」

「纏足ですよ」

 エイミの言葉に対してシャオルーは彼女たちの方を見ずに答えた。

「てんそく?」

 聞きなれない言葉にアルドは訝しげにしながらシャオルーの方を見る。

「ナグシャムの古い時代に伝わる慣習です。その昔、ナグシャムではより小さい足を持つ女性が高貴な身分の方々に好まれる時代があったんです。そのため、足が小さくなるように幼少期から多くの家庭では娘の足を布で強く縛って足を無理矢理大きくしないようにするっていうことが行われていたんです。それが纏足」

「足を大きくしないようにするって……」

 シャオルーの説明にアルドは戸惑いながらサンの足を見る。

「あの足じゃどう考えたって歩けないじゃないか。それじゃ本末転倒だろ?」

「だから今の時代、こんな悪習を続けているところなんて殆どないんです」

 シャオルーは拳をグッと握りしめた。

「現在ナグシャムの皇帝はガーネリ様です。この国の最も高貴な位にいる彼女はしっかりとした足取りで歩いていらっしゃる。今はそういう時代なんです」

 握った拳を小刻みに、静かに震わせながら、彼は首を横に振った。

「実の娘を外に出歩かせずに家の中に閉じ込めて、足をこんな状態にさせるなんて。こんな、こんなの、考えれば間違っているってわかるはずなのに、人の親のすることじゃない」

「シャオルー」

 サンは床に手をついて上半身を起こしながら彼に呼び掛ける。シャオルーは相変わらず彼女の方を見ないままサンに問いかけ始めた。

「君は知っているのか、サン。僕は君に何回も会いに行こうとしたんだ。だが君の母親は嫁入り前の娘を会わせるわけにはいかないと言って何度も追い払った。僕だけじゃない。君と一緒に遊んでいた子はみんな、娘に悪い影響を与えるからと言って全く会わせてもらえなかったんだ。娘は将来宮殿の高貴な方のお嫁になるからってさ」

「それは……」

 シャオルーの語る事実にアルドは言葉を失うしかなかった。

「その宮殿の高貴な方に嫁入りさせるために君の母親が取ってきた方法はなんだ。家庭教師を雇い入れるわけでもない。娘を着飾らせるわけでもない。ただ君の足を縛り上げて足が細くなれって願っていただけだ」

「違うよ」

 シャオルーの言葉を、サンは静かに、しかしきっぱりと否定した。シャオルーは語気を強めて言う。

「違わない。あいつは、十年もの間ずっと君を閉じ込めて君の足をボロボロにしてしまったんだ。君にひどいことをしてきたんだぞ」

「違うよ、シャオルー」

 サンは穏やかな調子を崩さずにぽつりぽつりと話す。

「お母さんは、ずっと頑張っていたの。私を幸せにしたくてずーっとずっと。お母さんは私の物心ついた頃からずっと働いていたわ。お父さんの稼ぎだけでは暮らせなかったから。でもお父さんの親類の人たちはそれが好きじゃなかったから、お母さんにずっと心無い言葉を言っていたわ。一番口にしていたのは足のことよ。『女なのに働きに出ているからそんなに足が太いんだ。とても人様に紹介できない』って。それをお母さんはずっと気にしていたの。お父さんは気にするなって言っていたんだけど、お母さんは私には同じ思いをさせたくないって何度も何度も言っていたわ」

 話しながら、サンは体をゆっくりと動かし、寝台に背をもたれかかるようにして座る体勢になった。

「ふう……」

 慣れない動きをしたために疲れたのか、サンは一度話すのをやめ、息を整える。その間にエイミはサンの隣にしゃがんで視線の高さを合わせた。

「サンは好きなんだね、お母さんのことが」

「……そうね」

 エイミの言葉にサンは静かに微笑んで見せた。そして再び語り始める。

「シャオルーも覚えているかな。私のお父さん、病弱だったから私が八つの時に亡くなってしまったの。親戚は誰も助けてくれなかった。その時お母さんに言ったわ、私も働くって。そしたらお母さん、それはやめてくれって私に泣きながら頼むの。働いたら私の足も太くなってしまう、そしたらお母さんと同じ思いを私にさせてしまう、不幸にさせてしまうって」

「泣きつかれたから働きに出るのをやめたっていうのか?」

 顔をやや俯かせたままシャオルーが静かにサンに問いかける。そこで黙り込むサンにシャオルーは更に問いを重ねる。

「それがそのまま外へ出たら足が太くなるから出ないでくれってなったのか。身分の高いところへ嫁がせれば働かずに幸せになれるから足を縛れって言われたのか。それをそのまま受け入れたっていうのか」

 サンは沈黙を貫いたままだった。その沈黙を受け、シャオルーが語調をやや強める。

「僕は君との約束をずっと果たしたかったのに。それがそんな、そんな理由で君は自分の足を自ら腐らせてしまったのか」

「シャオルー」

 彼の声ににじみ出ていたのは、自らの足を腐っていくのを甘んじて受け入れたサンへの怒りか、それとも彼自身が長年何もできなかったことへの口惜しさか。アルドはシャオルーの名を呼びながら、彼の気持ちを推し量りかねて、一瞬黙り込む。そして首を横に振った。

(シャオルーが長い間どんな気持ちで過ごしていて、サンに会った今どんな気持ちかなんて、そんなの部外者の俺が完全に理解できるわけがない。それでも……)

 アルドはシャオルーの背中を真っすぐに見据えて語り掛ける。

「俺はシャオルーともサンとも今日出会ったばかりだから、シャオルーが今どんな気持ちなのかとか、サンがどういう思いでずっと足を縛られていたのかとか、なんとなくこうなのかなって想像はするけど、完全に分かっているわけじゃない。それでも、シャオルー、君がここへ来た理由は、サンのお母さんやサンを責めるためじゃない。ただサンに会いたかったからだってことだけは分かっているんだ」

 俯いていたシャオルーはハッとしたように顔を上げた。アルドはそのまま彼に声をかけ続ける。

「なあシャオルー。サンの方を見て話をしよう。君がここに来たのは、そのためだろう?」

「俺は……」

 シャオルーはアルドの言葉を受け、大きく息を吸い込み、吐いた。そして覚悟を決めたように三人の方へ顔を向ける。視線をアルド、エイミへと移し、最後にサンの方を見る。そして彼女の足を見て、表情を歪め、再び視線をそらした。

「ごめん、僕は……」

 小さい声でぼそぼそと謝罪の言葉を口にするシャオルーに対して、サンは寂しそうに微笑んで首を横に振った。

「謝らないで。会いに来てくれただけでも、嬉しいんだから」

「……っ」

 サンの言葉に、シャオルーは息をのむ。そして再び三人に背を向け、短く言葉を発した。

「出直してきます」

「えっ?」

 三人が呆気に取られている間に、シャオルーが部屋の出入り口をくぐっていった。

「あ、え、えっと」

 アルドが突然の事態にどう対応すべきかわからず、サンの方とシャオルーが出ていった方向をかわるがわる見る。そんなアルドの横で、エイミは、ふう、と息をつくと、しゃがんだ状態のままサンに穏やかな口調で語り掛ける。

「ごめん、サン。ちょっといいかな?」

「えっ」

サンが事態を飲み込む前に、エイミはさっと彼女の膝の下と腰に手を回し、軽々と持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこである。

「え、あ、こ、これって、お、お、おひめっ」

サンがまともに言葉を発することができるようになる前に、エイミは彼女の体をもとの寝台の上へふわりと乗せた。そしていびつな形に歪んでしまったサンの足の上に布団を優しく被せながら、サンに語り掛けた。

「シャオルーは私とアルドがちゃんと呼び戻す。久しぶりの大切な友達との再会がこんな形で終わるなんてあんまりだわ」

 サンは驚いた顔をした。エイミは布団を整えると、サンの方を真っすぐ見据えて、にっこり笑って見せた。

「だから、シャオルーと何をお喋りするか、考えておいてね」

「エイミさん……」

 サンがエイミの言葉の意味を理解し、顔を徐々に綻ばせる。それに対しエイミは力強く頷いて見せると、アルドの方へ向き直り、彼の片腕をガシッとつかんだ。

「ほら、追いかけるよ、アルド!」

「え、わわわっ」

 アルドが返事をする間もなく、エイミは彼の腕を引いてサンの家から出ていった。外に出るまでにアルドができたことと言えば、玄関口で待ち構えていたサンの母親が何か話しかけようとしていたところへ、「ま、また来ます!」と叫んだことくらいだった。

「シャオルー!」

 アルドを引っ張っていたエイミがそう叫んで立ち止まったのは、サンの家に行く前に三人で待ち合わせた宿屋の前だった。エイミからの腕の拘束を解かれたアルドは宿屋の前で項垂れたまま立ち尽くしていたシャオルーの姿を認めた。

「ダメな奴だって笑ってくれていいんですよ」

 シャオルーは二人の方を見ないまま話し始める。

「サンのことを責める資格なんて僕にはないんです。本当に彼女の足を腐らせたくなかったのなら、あの母親のことを押しのけてでも家に入って彼女をあそこから連れ出せばよかった。それをしなかったのは僕の怠慢です」

「今まではそうだったとしても、今日は会いに行ったでしょ」

 シャオルーの語りにエイミが言葉を挟む。

「ええ。でも僕は彼女の方をまともに見ることすらできなかった。できたのは彼女やその母親を責めることだけです」

 シャオルーはふーっと長い息を吐く。そしてそれから肩を小刻みに震わせながら笑い始めた。

「笑えますよね。ずっと、ずっと会いたいと待ち望んでいた大切な人に会えたっていうのに、まともに話すことすらできなかったんです。そんなことありますか?」

「ああ、まあそんなものなんじゃないかしら?」

「ええ、ええ。そうでしょう……って、え?」

 エイミの相槌を一瞬流しかけたシャオルーはそこで言葉を止めた。そしてそこでようやく二人の方を振り返る。

「そんなものでしょ、ってどういうことですか」

「私もこの間久しぶりに幼馴染二人と再会したのよ」

 ミルディとクラグホーンのことだ、とアルドはすぐに気づく。エイミはそのまま話し続ける。

「小さい頃に仲良く遊んでいて、それで暮らすところが別々になったから長い間会っていなかったのよ。それがこの間ばったり出くわしたんだけど、」

 エイミは横目でアルドをちらりと見て、それからシャオルーの方へ視線を戻す。そしてさも日常によくあるような何でもないことなのだ、というような軽い調子で喋っていく。

「まあ簡単に言うと、ケンカしちゃったの。そこで出会うまでは、昔遊んで楽しかった思い出をなつかしんだり、次会ったらどんな話をしようとか考えていたりしたのにね」

「ケンカ……?」

 シャオルーが驚いた表情でエイミの方をまじまじと見つめる。

「あ、信じてないでしょ。貴方がサンにさっき色々言ったのなんてかわいい方よ。こっちは回収しなくちゃいけなかったもの目の前で掠め取られたり、巨大な瓦礫の塊投げつけられたりして本当に壮絶な戦いを繰り広げたんだから」

「ははっ、それはすごいですね」

 エイミが半ばおどけた口調でそう言ったため、シャオルーは彼女が冗談を言っているのだと思ったのだろう。先ほどまで自分の行いを悔いていたのから変わって肩の緊張がほぐれ、笑い声を上げていた。

(シャオルーの奴、エイミの話を信じてないな?)

 笑っているシャオルーの顔を見ながらアルドは肩をすくめた。

(全部本当のことなんだけどな……)

「ありがとうございます。アルドさん。エイミさん」

 シャオルーが二人に対して感謝の言葉を口にする。

「見ず知らずの僕の頼みを、貴方達は快く引き受けてくださった。そして今はこうしてあの場から逃げ出した俺を追いかけて元気づけてくれて、本当に二人には感謝してもしつくせない」

「まあ、ほっとけなかったからさ。困ったときはお互い様だろ?」

 シャオルーの言葉にアルドはにこやかに笑いながら応対する。

「サンのことは、もう少し頭を冷やしてからどうするか考えます。その前に、僕は貴方達に何か礼をしたい。ここに来てから何か困っているとか、そういうことはありませんか?」

 やや前のめりになってそう意気込むシャオルーに対し、アルドとエイミはやや面食らいながら互いを見る。

「困っていることとか突然言われてもな……」

 アルドが腕組んで悩んでいると、エイミはパチンと指を鳴らし、「ああ、そういえば」とアルドの方を見る。

「さっき拾ったよく分からない文字の本があるじゃない。サンのお母さんに声をかけられるきっかけになったやつ。あれについて何か知っているか聞いてみたら?」

「そういえば拾っていたな」

 エイミの言葉にアルドは頷いて懐から蓬色の本を取り出し、それをシャオルーに差し出した。

「これ、何の本か分かるか?」

 シャオルーはアルドから本を受け取り、ページをパラパラとめくる。

「これは……」

「分かるのか?」

 アルドの問いかけにシャオルーはこくりと頷いた。

「本の持ち主に心当たりがあります。この本、どちらで?」

「道に普通に落ちていたのを拾ったんだ。持ち主が分かるならシャオルーの手から返してもらってもいいか?」

 アルドの申し出にシャオルーは腕を組み、少し考える素振りをする。そして穏やかな笑みを浮かべて首を横に振った。

「いや、できればその本はお二人の手でその人に直接お返しください。きっと本の持ち主は貴方達に何かお礼をしたいと言い出すはずですから」

 そのままシャオルーはアルドに本を返した上で言葉を付け加えた。

「少ししたら宮殿の前にお越しください。それまでにその方にお目通りできるように話を通しておきますから」

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