第4章 本当の願いとは
再び、アルドたちはアナスタシア邸の応接間に通された。
アナスタシアは豪勢なソファに足を組んで座っており、うなだれ憔悴しきった様子のアルドを、怪訝な表情で見つめている。
「コビトカバクサの時は、依頼よりも多くの量を持って帰って来てくれたはずで、今回ももしやと思って期待していたのだけれど……」
アルドはゆっくりを頭を上げる。
「はい、幻視胎の素体は持ち帰りませんでした」
アナスタシアはこめかみを人差し指と中指で軽く揉み込んでいる。眉間には濃い縦じわが刻まれており、初めて会った時に時折見せた柔和な笑顔とはまるで別人である。
「どういうことかしら? 意外に魔獣の残党に手こずって最上階にまでたどりつけなかったの?」
アルドはかぶりを振る。
「いいえ」
「じゃあ……実は幻視胎が活動を再開させて、今度は逆に打ち負かされた、とか」
「それも違います。幻素体は、確かに動きは停止していました」
「じゃあだからそれはどういう事なの!?」
怒りにまかせて立ち上がったアナスタシアは一気に早口でまくしたてた。
アルドは軽く深呼吸をするとゆっくりと語り出した。
「あなたはおっしゃいました。幻視胎は半分有機体の人工生命体である、と。それ故、今も半分は生きている状態であると」
アナスタシアはまるで寝違えた時の首の痛みを和らげるように、奇妙に小首を動かした。
「だから?」
「つまり、まだ生きているんです」
アナスタシアはアルドを鋭く睨む。
「半分は死んでるのよ!」
「生きているんだ!!」
睨み返すアルド。
その眼光に、アナスタシアはたじろいだ。
「たとえ半有機体の人工生命といえども、まだ生きている状態のものを実験材料のように扱うことはできない!!」
アナスタシアは肩の力を抜くと、ドシャンと一気にソファに座りこんだ。
「そう……ですか……そうですか」
アナスタシアは目頭を手で押さえた。
「つまりあなたは、私の娘がどうなっても構わない、と」
「そんなことは言っていない!」
「同じでしょうよ!」
「違う!!!」
アナスタシアは再びアルドを睨むが、アルドの視線もたじろぐことはない。
「あなたは優秀なお医者さんだ、幻視胎を材料としなくたって、病気を治療する新薬は作れるでしょう?」
「何を言ってるのよ……何も知らないくせに!」
「必要な材料があれば、いくらでもオレが時空を超えて採ってきます! 過去でも、未来でも、いける所だったらどこにだって行きますよ!」
アナスタシアは頭を抱えてソファに横たわる。
「違う、違うのよ……」
「どうしてご自身の頭脳を信用しないんですか……」
アルドがアナスタシアに近づこうとしたその時……
応接間の扉がノックもなしに勢いよく開かれた。
「姉さん、姉さん! 聞きたいことがある!」
「ニコライ!」
突然の来訪にアルドたちは身構えるが、アナスタシアとは明らかに顔見知り、そしておそらくは姉弟であることは容易に想像がついた。
ニコライと呼ばれた男はアルドたちに向かって言った。
「来客中とは聞いているが失礼、こちらも緊急を要するんだ」
ニコライはズカズカと応接間を横断し、アナスタシアに近づく。手には何やらカルテの様な書面を持っている。
「このスミルノワ親子の遺体、本当に火事で跡形もなかったのか?」
「……!」
「答えてくれ、姉さん!」
「思ったよりも早かったわね。あなただったら、気づかないことも可能性としては十分にあったと思ったんだけど」
ニコライはカルテを握りしめる。
「僕だって医者の端くれだ。こんな穴だらけの報告書、見逃すはずがないだろう!」
突然の来訪者に面食らっていたアルドたちだったが、ようやくエイミがニコライに声をかけた。
「ごめんなさい、一体どういう……」
ニコライは自らを落ち着かせるように激しくうなずきながら手をかざした。
「すまない、君たちのことも調べさせてもらった。今回は、姉の依頼につき合ってもらって感謝している」
ニコライは、アナスタシアに目を戻す。
「だが、君たちが救いたいと思っていた姉の娘、エカテリーナは、もうこの世にいないんだ」
「――!? どういう事だ!?」
アルドが身を乗り出す。
当のアナスタシアはソファに身をゆだねて片手で顔を覆っている。
「エカテリーナは確かに不治の病を患っていた。それにたいする新薬の研究をしていたのも事実だ」
「左様、その材料として、我らはまずコビトカバクサを取りに古代に赴いたのでござる」
カエル頭の武者が話すことに普通の人間ならば面食らうはずだが、平静を保っていることから、ニコライは確かに全てを知っている様子だった。
「ああ、だが、そのころにはもう、エカテリーナは病が進み、既に亡くなっていたんだ」
「嘘……」
エイミが両手で口元を覆う。
「でも、その葬式の前日、一組の親子の負傷者がうちの病院に運ばれてきた。火事による重傷、というのがカルテでは報じられている」
ニコライは握りしめてくしゃくしゃになったカルテを振りかざした。
「親子は確かに、重症ではあったが、うちの病院であれば十分に助けられる程度のやけどだった。でも……親子共々亡くなった」
「ご冥福ヲお祈リ申シ上ゲマス」
リィカの悲しげな声が響く。
「……違うんだ」
「何が、ですか?」
アルドが問いかける。
「姉は7年前、死人を科学的に甦らせる研究を発表した。でもそれは純粋にその人を甦らせるわけではなく、他の人間の身体をつなぎ合わせて再生する、というものだったんだ」
「まさか、そんな……!」
アルドは目を見開いた。
「もちろん姉自身、そんな研究が人道上、まかり通る筈がない事は分かっていた。だからこの研究も途中で成果を発表した上で封印することにしたんだ。そうすれば誰かが真似をしようとしても医師同士の牽制で辞めさせることができるからね」
「なるほど……ってまさか!?」
アルドの察知した表情にニコライはうなずいた。
「そう、姉は自ら封印したはずの研究を再開したんだ、この悪魔の研究を!」
「違うわ……」
先ほどまでうなだれていたアナスタシアがゆっくりと体を起こした。
「ニコライ、あなたは二つ間違っている。まず一つ。あなたは私の研究を悪魔の、といったけれど、これは、神の研究よ」
ニコライは激しくかぶりを振った。
「何を言ってるんだ姉さん!」
意に介さず、アナスタシアは続ける。
「もう一つ、研究は完成したのよ」
「!?」
アルドをはじめ、その場の誰もが驚愕した。死人を甦らせる? そんなことが本当に可能なのだろうか。
「でもその成果をあなた方にみせる必要はないわね。すべて、新薬の素体としていただくわ!」
ソファの隙間からアナスタシアは一本の注射を取り出した。身構えるアルドたち。ニコライが叫ぶ。
「なんだその薬は、それで僕を眠らせようとでも言うのか!?」
「違うわ、あなたなんかに使うわけないじゃない」
アナスタシアは自身に注射を逆手に持ち帰ると、その薬を首筋に刺した。
注射に入っていた緑色の液体はまるで葉脈のようにアナスタシアの首から顔、そしてすぐに全身に広がる。
「う、うわー!」
ニコライは慌ててアルドの後ろに隠れる。
「ニコライさん、逃げて! ここはオレたちに任せて」
「す、すまん!」
ニコライが応接間を出るのを見届けると、アルドはアナスタシアに視線を戻した。
そこには大きな花弁を抱く、すっかり植物と化した彼女がそこにいたのだ。
アルドたちはたちまちそれぞれの武器を手に取り、臨戦態勢を整える。
しかしこの時、アルドは自分の得意元素が何であるかを思い出し、その皮肉に顔をゆがめた。
彼らはそれぞれ扱いを得意とする元素を持っている。
最も分かりやすいのはカエルの姿をしたサイラスであろう。水辺にすむ眷属の姿をした彼は、やはり水にまつわる剣技を得意とする。
一方で素早い動きで相手をほんろうするエイミは文字通り風を切る素早い正拳突きや回し蹴りで相手を屠っていく。
大地の賜物である鉱石などの結晶から構成された身体のリィカはその力強いパワーを活かした攻撃技や、大地からの恵みを象徴するように慈しみあふれる回復技を自在に操る。
そしてアルドは……
彼の情熱的な性格を反映するように、その得意な元素は火にまつわるものだ。
そして、植物から変化した魔獣はその元の構成要素から分かるように、火を最も苦手とする。世界を旅した冒険者ならずともその連想は容易であろう。植物の姿をした魔獣が現れてもアルドの技があれば苦戦することはない……仲間たちはそう信じて疑わなかったし、事実アルド自身も率先して動き回る草木に対しては、多くの火に関わる必殺技を繰り出してきた。
しかし、今アルドの眼に前にいるのは、確かにその身に花を抱く化け物ではあるのだが……
「アナスタシア……」
アルドはうめくようにその名をつぶやく。
《オオオオオォォォ……ァァァアアアアア!!!》
植物の鳴き声など聞いた事もない。しかし”それ”は、木々のざわめきというにはあまりにも生々しい鳴き声、そう、まさに『声』を発しているように感じられた。
気のせいだろうか。
しかし確かに、今眼前にいるその花を冠した生物は、つい先刻まで娘を思いやる一人の母であったはずなのだ。
「くっ……」
アルドは近づくアナスタシアに対し、剣は構えるものの、その一撃を出せずにいた。
「アルド、危ない!」
エイミの声に反応し、アルドはすんでのところでその巨大なツタの攻撃をよけることができた。
「これまで、か……」
アルドは意を決し、剣を構え直した。
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