第3章 母の真の狙い
しかしこのやるせない思いは意外な形で進展を迎えることになった。
この時代における、アルドたちのアジトともいうべきイシャール堂経由で、アナスタシアから呼び出しがあったのだ。
連絡内容を確認したザオルがアルドに言う。
「どういう経緯でここがお前たちのたむろしてる場所だって事を知ったのかは分からないが、とにかくまた話がしたいんだと」
アルドたちは期待半分、一方でなぜ今になってと言う不安半分の思いで、アナスタシアがわざわざ指定した彼女の自宅に向かった。
アナスタシアの家は邸宅という表現がふさわしい豪勢なものだった。医者とはかように儲かるものか、と感嘆するサイラスをエイミがたしなめる。
応接間に通されたアルドたち一行は、いつもの白衣とは違った、豪勢なシルクの部屋着姿のアナスタシアに少々面食らった。
報告と新たな依頼がある、とアナスタシアは言う。
「先日は大量のコビトカバクサをありがとうございました。しかし残念ながら……」
アナスタシアはわざと間を置くよう子と会を区切り、視線を落とす。
「新薬の効能としてコビトカバクサの効果は期待したほどのものではありませんでした」
「え……」
アルドは少なからず驚いた。アナスタシアの先の依頼では、間違いなく効能が約束されたような口ぶりに受け取っていたからだ。
「しかしご安心を。まだ方法はのこされています」
これを聞いてアルドは思わず安堵のため息をついた。
「なんだ、構いませんよ、今度はどんな材料が必要なんですか?」
アナスタシアがスッと目を細める。
「古代にある『時の塔』の最上階にいる、『幻視胎(げんしたい)』の素体を」
一同に戦慄が走った。
サイラスは思わず腰の刀に手を付けようとした。
「(いや待つでござるよ、それがし。今目の前にいるのは仕事の依頼人のはずでござるぞ?)」
しかしサイラスは相手の出方を見るように、ゆっくりと腰を低くした。相手の出方によっては素早く対応するためだ。
アルドが静かに口を開く。
「時の塔、幻視胎……それはいずれも古代のB.C.20000年のものだ」
そのとおり、とでもいうようにアナスタシアは首を動かした。
「しかもその存在を知っているのは、その時代の者か、さもなくば……」
「時空を自在に行き来できる者」
アルドの言葉を受けるようにアナスタシアが答えた。
エイミが甲高い声を上げる
「なぜあなたがそのことを知っているの!?」
アナスタシアは立ち上がり、ゆっくりと応接間の中を歩き出した。
「時空を移動できるのはあなたたちの特権ではないわ。私は薬学だけでなく、時空の空間の研究もしていたの」
「時空ノ空間……」
リィカの声からも緊迫した様子が聞き取れる。
「もっとも、一気に研究が進んだのはアルド、あなたがこの時代に来てからね」
「オレが?」
アルドはまた自分のせいで新たな厄介ごとを引き起こしたのかと、鬱屈とした気持ちになった。
「そんな嫌な顔をしないで。あなたのおかげであたしも自由に時空を移動できる術を知ることができたんだから。ファントムとのやり取りはなかなか面白いものだったわよ」
「あの場にいたでござるか!」
サイラスが武士の眼になった。
「でもあれだけじゃ、本当にあなたたちに私の願いを託していいものか、まだ確信がもてなかったの」
「どういうことだ?」
アルドが静かに問う。どんなに鈍感なものでも、そこには微かな怒りを感じたことだろう。
「初めにコビトカバクサを取らせた目的は嘘じゃなったわ。でも、あの時点では本当にあれが効果ある薬草かどうか、判断がつかなかった」
エイミが悟ったように続ける。
「あたしたちの実力を測る目的もあった、というわけね」
大仰な泣き姿や笑顔は、エイミがかつて子供の頃に観た三文役者の芝居に似ていたことを、この時になってようやく思い出した。どこか空々しいのは、それが演技だったからだ。
アナスタシアは軽い笑みを浮かべる
「結果的に、あなたたちを試すような真似をして申し訳なかったわね。でも、あの依頼を通して、あなた達には本当に真の願いを託せられる冒険者たちだと確信が持てたわ」
なかなか進展しない話の内容に、アルドは結論を急いだ。
「それで、幻視胎を取って来て、いったいそれをどうするつもりだ!」
「内容としてはコビトカバクサの時とほとんど変わらないわ。でも、幻視胎は半分有機体の人工生命体。つまり、生命力としてはけた違いの効能を備えているのよ」
アルドは戸惑うようにかぶりを振った。
「しかし、あなたも観ていたのなら分かるでしょう。幻視胎はオレたちが動きを封じた」
「だからさっき、半分といったでしょう?」
アナスタシアは手の甲を口に当てて笑った。以前に見た時と同じしぐさのはずだが、何故か今は下品に感じられて仕方なかった。
「もう半分は人口生命体の要素で構成されているの。だからまだ半分はまだ生きている状態、とも言えるわね」
サイラスが一歩にじり出る。
「そこまで分かっているのであれば、おぬしが自ら幻視胎を持って来ればよい話ではござらぬか?」
アナスタシアはめんどくさそうにサイラスを見据える。
「カエルさんも知っての通り、時空を移動する渦はどこにでもあるわけではないわ。時の塔に最も近い渦はそのふもとにあるの。いくらなんでもあたし一人で魔獣の残党だらけの塔の中を最上階まで登るのは一苦労ね」
不可能、とは言わずに一苦労と表現したことにサイラスは苛立ちを覚えた。やろうと思えば自分でできることを、面倒だからこちらに押し付けようというのだ。
サイラスは下品な舌打ちをするのが嫌いだ。その代わりに口をの端をゆがめることで何とか理性を保った。
「あたしの手の内はさらしたわ。母として、娘を救いたいという気持ちに嘘はないの」
アナスタシアは急に真摯な表情に変えると深々と頭を下げた。
エイミは思った。これも演出の一つに違いない。しかし、アルドはおそらく……
「分かりました……」
エイミは思わず天を仰いだ。分かっていた。彼はそういう男だ。
「……みんな、力を貸してくれ……」
その台詞は戦いにおけるアルドの決まり文句の一つだったが、今回ほどに弱々しく聞こえたことはなかった。
初めて時の塔を訪れた時の魔獣たちはいずれもこの時代には見られない、まるで半ば
ほどなくしてアルドたちは、時の塔の最上階に到着した。
すでに幻視胎はアルドたちによって倒されている為、動きは停止している。
アルドたちとしては、そのうちの一つの素体を塔の壁から切り離すだけで、依頼は完了となるのだ。しかし……
「これって子供みたいだよな……」
アルドが誰にともなくつぶやく。
うつろな表情の幻視胎は目の光も失い、ただ黙ってそこにたたずんでいるように見える。
「むしろ完全に停止しているのなら、抵抗もないのでござろうがの」
サイラスがうめくように発した言葉に、アルドは思いついたように呼応した。
「そうだ、やっぱりもう死んでる、ってことはないか?」
「いや、まさか、それはそれでよい……いや、そうもいかぬか……」
サイラスのたじろぐ様子を無視して、アルドはリィカに向き直る。
「リィカ! 生命反応があるか、分かるか?」
「タダイマ計測中……」
アルドがつぶやくように念じる
「もし完全に素体が停止しているなら、持ち帰っても意味はない……完全に停止していれば……」
リィカの内部から計算機じみた電子音が鳴り、そのまま静かな最上階の広間に響き渡る。
「(ガガ、ピー)計測、完了」
アルドの眼には一瞬、リィカがうなだれたように見えた。
「ドノ素体も48.7パーセントから51.2パーセントの割合デ生命反応ガ見ラレマス」
「バカな!」
アルドは抜けない大剣、オーガベインをその鞘ごと地面に叩きつけた。空虚な空間にその硬い音がこだました。
「完全に停止させたと思ったのに……トドメを刺したと思った筈なのに!!」
アルドの荒い息遣いが広間に響く。
「見た目は人の子にも見える素体を斬り取って、新薬の材料にするだって!? まだ半分生きているから、効能としてはケタ違いだって!? 何を言っているんだアナスタシア、思い上がるなぁ!!」
アルドの魂の叫びが時の塔の最上階の広間に響き渡った。
「アルド……」
エイミがそっと近づく。
「もう、結論は出てるんじゃない……」
肩で息をしながらアルドはエイミを振り返った。その眼には苦悩の涙が見て取れた。
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