第3話 キングツルリンとラピラズガを探せ!

 カレク湿原に行き、お目当ての灰色のツルリンを探す。だが、普通のツルリンはいるが肝心のキングツルリンはなかなか見つけられなかった。



「大きかったら目立つと思うけど、なかなかいないものだな」



 ぐるりと辺りを見渡すが、やはり影もない。



「最近は見かけなくなったけどいるにはいるらしいから、とことん探してみるしかないな」



 呟きながら歩いていると、カサッと何かが動く音がした。

 その方向を見やが、水辺に生えている草しかない。



「魚でも動いたのか?」



 首を傾げながら、音をした方向を見据えると、今度は明らかに草陰にある浮き草が動いた。



「風も魚影もないのに、あの浮き草だけ動いているな……」



 浮き草を凝視する。そして、あることに気付いた。



「あの浮き草、ツルリンの頭に似ている。でもそのわりには大き」



 いな、と言い切る前に、突然、浮き草が浮いたかと思えば大きな水飛沫が立ち上がり、波のようにアルドを襲った。それと同時に近くで、ドンッとなにか重いものが落ちたような大きな音がした。


 あまりも急なことで避けきれず、全身に水を被ってしまう。頭に被った水を振り払い、すぐさま音がした方に視線を向ける。


 そこには巨大なツルリンが、アルドを見下ろしていた。



「コイツがキングツルリンか!」



 アルドは剣を抜き、構える。ツルリンも警戒しているのかこちらを睨み付けているように見えた。



「なるほど。水の中に隠れていたから、見つからなかったのか。お前に恨みはないけど、液体を貰うぞ!」



 ~数十分後~



 倒れたキングツルリンを見届け、キングツルリンの胴体を深く切り裂いて、目的の液体を瓶の中に詰めた。



「これでよし、と」



 剣を仕舞い、キングツルリンの死骸を見下ろす。



「コイツも最近見かけないって話だけど、コイツもラピラズガと同じ数が減っているのかな?」



 魔物も虫や動物と同様、絶滅している種がいるらしい。確かに古代の魔物は今の時代にはいないし、未来に至っては魔物=機械だ。



「今はいるけど、コイツだけじゃなくてツルリンも未来には絶滅しているんだな。そう考えると、魔物も生き物も大差ないな」



 なんだか急に申し訳なくなり、アルドはキングツルリンに対して黙祷した。



「ごめんな。お前の死は無駄にしない………………って言っても、こっちのエゴでしかないか。早く、二人のところに戻ろう」



 液体が入っている瓶をよりいっそう大事に抱え込み、アルドはその場から去った。





 アルドがバルオキーに戻り、二人のところに行くと二人は談笑していた。アルドが二人に近寄ると、ルジェがこちらに気が付いて片手を上げた。



「おかえり、アルド。怪我はないか?」


「ただいま。怪我はしていないぞ。液体も採ってきた」


「さすがアルド」


「アルドくん、ありがとうね」


「そういえばマイナばあさん。これって薄める必要ある?」


「二倍くらい薄めたほうがいいらしいわ」


「それじゃ、この井戸の水で薄めようか」



 そう言って、ルジェは背後の井戸の桶に手を掛けた。



「水汲みならオレが」


「いいよ、アルドはこれからボクたちの護衛をしてもらうんだから、これくらいはさせて」



 ルジェが軽く笑う。そして慣れた手つきで井戸の水を汲み終わった。



「後はこの大きめの瓶に水と液体を入れて……」



 慎重に瓶の中に液体、そして水の順に入れていく。入れ終わったところで、瓶をコルクの蓋で塞いだ。



「後は用意していたジョウロを持って、シィランを探しに行こう」


「ばあちゃん、疲れたら遠慮なく言ってくれよ」


「わかったよ。ジョウロは軽いから、それくらい持たせてね」


「それじゃよろしくね」



 ルジェがジョウロをマイナに渡す。マイナが立ち上がり、数歩歩いたところでルジェが椅子を折り畳み、肩に掛けたところで二人に声を掛ける。



「それじゃ、行こうか」


「ええ。よろしくね、アルドくん」


「帰って来て早々に悪いけど、よろしく」


「これくらいどうってことないって」



 いつもと化した強行軍に比べたらこれくらい楽勝だ。そう言いかけたが、かえって二人に心配されてしまうかもと思いとどまり、アルドはただ笑って返した。





 休憩を挟みつつ、三人はヌアル平原を歩き回った。途中で魔物と遭遇したものの、大した苦戦はせず、順調にヌアル平原を進んでいく。


 白い花が群生している場所を見つけては探しているが、なかなか見つからない。

 ようやくシィランを見つけたのは、月影の森に近くてユニガンが見える場所だった。


 シィランは本当に白い花の中に囲まれて咲いていた。ぱっと見分からないがよく見ると、他の白い花よりも少し背が高めで、周りの白い花の雌しべと雄しべが黄色いのに対して白く、花弁の先も二股に分かれている上に、五枚ではなく八枚ある。



「うん、シィランで間違いないね」


「そうそう、こんな花だったわ。懐かしい」



 マイナが目を細めて、シィランを眺める。アルドは辺りを見渡すが、やはりラピラズガらしき蛾は見当たらない。



「マイナばあさん、この椅子に腰掛けて」


「毎回ありがとう」



 マイナはルジェに出してもらった折り畳みの椅子に腰を掛け、二人を見上げる。



「よし。さっそく液体をかけてみよう」


「そうだね。マイナばあさん、ジョウロを貸して」


「はい、どうぞ」



 ルジェが渡されたジョウロの中に、水に割った液体を入れていく。

 その液体をできるだけシィランだけにかけるよう、気を配りながらゆっくりとシィランに液体を降り注ぐ。

 液体をかけ終わり、一分も経たないうちに甘い香りが漂ってきた。



「なんか匂いがしてきたな。癖がなくて、ちょうどいい甘い匂いって感じだな」


「これがシィランの匂い……いい匂いだけど、なんか鼻がムズムズする」


「クシャミしたくなる気持ちは分かるけど、我慢だよ」



 ふと疑問がよぎり、アルドはルジェに振り返る。



「そういえばラピラズガって、嗅覚が優れているんだったよな? 人の匂いを警戒して近寄らないんじゃないか?」


「虫だからね……そこら辺は分からないや。でも一理ある。少し離れた場所にいたほうがいいかも」



 そのとき、マイナが小さく声を張り上げた。



「シッ!」



 アルドとルジェが目を丸くして、マイナを見る。



「ど、どうしたんだ?」



 訊ねたが、マイナは答えずただ一点の方向を見据えている。



「今、青い影が」


「え、まさか。いくらなんでも早すぎるんじゃ」


「あ」



 今度はルジェが小さく声を張り上げた。



「アルド、あそこ」


「え」



 ルジェが指差している方向に視線を向ける。キラリ、と青い何かが光った。



「今のは……」


「ラピラズガは羽の色が瑠璃色だけど、鱗粉も瑠璃色で光の反射で光ることもあるらしいよ」


「っていうことは」



 アルドは目を凝らして、光ったところを見据える。


 それは、小さな青い光を纏わせながら現れた。


 質の良いハンカチが風に乗ってひらひらと舞っているようにも見えたが、それは確実に生きていてこちらに近付いてきた。

 それがだんだんと近付いてくるにつれ、それがどのような姿をしているのか分かってきた。



「あ……あぁ……」



 その姿を確認したマイナが息を呑み、両手に手を添えた。アルドも驚愕して、それを凝視する。



 それは間違いなく、幼い頃に見たラピラズガだった。瑠璃色の羽を羽ばたかせながら優雅に飛んでいる。光が反射するたびに、身に纏っている鱗粉がキラキラと光り、そこだけがまるで絵画のようだった。


 ラピラズガはこちらを気にしていないのが、真っ直ぐにシィランの花に留まった。

 まさかこんな早く現れるとは思ってもいなくて、呆然としていたがすぐさま我に返ってルジェに振り返る。



「なぁ、ルジェ。捕まえなくても」



 いいのか、と言い切る前にアルドは目を剥いた。ルジェは既にスケッチブックを取り出して、一心不乱にラピラズガをスケッチしていた。



「いつの間にスケッチブックを出したんだ……」



 ラピラズガを見つける直前には確かにスケッチブックは鞄の中に仕舞っておいたはずだ。取り出す音なんてしていなかったのに。



(変なところで器用だな……)



 再びラピラズガに視線を向ける。ラピラズガは留まったまま動いていないが、いつ飛び立つか分からない。



(じっくり観察しながらスケッチするには、捕まえたほうがいいと思うけど)



 アルドはルジェを見る。すごく集中しているのか、先程のアルドの言葉が聞こえていないようだった。また声を掛けるにも、せっかく急いでスケッチしているというのにそれを邪魔するのは気が引けた。


 次にマイナを見る。マイナは固まっているが、ラピラズガから視線を外していない。こちらも我を忘れて、ラピラズガを食い入るように見つめているようだった。30年間も見ていないと言っていたうえ、死ぬ前にもう一度見たいと強く願っていたマイナ。これが最後になるかもしれないから、しっかりと目に焼き付いておきたいのかもしれない。そう思うと、こちらにも声を掛けづらい。



(まあ、下手に捕まえようとするとラピラズガに傷を付けてしまうかもしれないし、逃げられたら困るし、いいか)



 アルドは諦めて、辺りを警戒しながら二人と同様にラピラズガを観察した。





 数十分後。ラピラズガはシィランから離れて、どこかへと飛び去った。



「すごく長かったな」


「ラピラズガの食事の時間が長くて助かったよ。おかげで細部までスケッチすることができた」


「よかった。ばあちゃんもよかったな……ばあちゃん?」



 マイナに声を掛けるが、反応がない。訝しげに思いながら、アルドはマイナの顔を覗き込んで、ギョッと目を剥いた。


 マイナは泣いていた。ラピラズガがいたシィランをじっと見据えながら、嗚咽を漏らすこともなく、ただ静かに涙を流している。


 狼狽えながら、アルドは再度マイナに話し掛けた。



「ば、ばあちゃん? なんで泣いて」


「ああ……ごめんね」



 マイナはポケットからハンカチを取り出して、涙を拭った。



「まだいたんだなって、嬉しくて……ラピラズガの目撃情報はあなたたちが最後で、もしかしたらもう絶滅しちゃったかないかって心配だったから」



 マイナは小さく頭を振った。



「もしかして、オレたちが小さかった頃から、一気にラピラズガがいなくなったのか?」


「いいえ。あなたたちが生まれる前から、乱獲で一気にいなくなったの……正直、あなたたちが見たのが最後のラピラズガって思っていたわ」


「そう思っていたのに、どうしてボクたちに協力してくれたの?」


「一縷の望みを掛けたかったのかもしれないわね。この歳になったからか、なかなか希望を持てなくなったの。最初から諦めたほうが楽だから。けど、あなたたちがラピラズガを探しているときいて、最後にラピラズガを見たあなたたちならあるいはって思ったのよ」


「なんだか、根拠のない勘だなぁ」


「あら、勘ってだいたい根拠がないような気がするけど」


「たしかにそうだね」



 ルジェが小さく笑声を上げる。



「実際にこうして見つけることができたし、その勘は当たっていたわけだ」


「そうね。冥土の土産ができたっていう気分だわ」


「おいおい、ばあちゃん。もっと長生きしてくれなきゃ困るよ」


「ふふふ、アルドくんにそう言われたら長生きしないとねぇ」



 マイナはすっかり涙が乾いたのか、吹っ切れた様子で破顔した。



「それにしても……」



 マイナは再びシィランに視線を向けながら、呟く。



「やっぱりわたしは、標本よりも生きているラピラズガのほうが好きだわ。とっても綺麗」



「……うん、そうだな」


「…………」



 もうそこにラピラズガはいない。けれど三人はしばらくの間、ずっとシィランを眺めていた。

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