03 死神と生活する

 変幻自在の制服とやらの基礎デザインは、白いシャツに白いパンツ。ぴったりと身体に添うように作られており、身体のラインがよくわかる仕様だ。全身タイツみたいだな、と思ったことは秘密である。

 男の人の身体なんて、身近な比較対象がお父さんと叔父さんぐらいしかいないんだけど、全然まったく違うことはよくわかった。お腹とか出てなかったし、肩や二の腕辺りも盛り上がっている。これはあれだ、鍛えてるってやつだよね。テレビで見る、体操選手の上半身を思い出して、私は頷く。

 死神の仕事は昼夜を問わずおこなわれるらしく、シュウさんはよく例のタブレット端末を確認している。

 腕時計と同期しているようで、簡易的な情報はそちらでも確認ができるのだそうだ。一日分のスケジュールはそちらで見られるけど、週間単位での計画は、タブレットの方が見やすい。ディスプレイの大きさの問題なんだろう。

 死神の世界もIT化してるんだなあ。台帳をパラパラめくって、対象者をチェックする時代は終わったらしい。動植物を含めて、ありとあらゆる情報が管理されているのだとしたら、途方もない量だ。流出したら、大混乱になりそう。

 と思ったら、実際、そんなことがあったらしい。

「大丈夫だったんですか?」

「それは、とある森林地帯の情報だったらしい。流出したあと、そこは伐採が進み、緑が消えた。結果、地滑りが起こり、ふもとにあった数件の民家が犠牲となった」

「そこに因果関係はあるんですか?」

「としか思えないタイミングだったからな。それまで見向きもされていなかった場所を、急に伐採しはじめたんだ」

 情報の流出先はランダムで、どこにどう流れたかを追うことは難しい。

 ただ、それらはどこかの誰かの脳内に流れ着き、「思いつき」や「第六感」「虫の知らせ」といった形で現れるらしい。

 その森林伐採も、誰かの頭に漂着し、利用された。

 幸いといっていいのかわからないけれど、流出した種族の因果は、同種族にしか向かない。

 故に、この場合は植物方面に影響が出ただけで、人命が失われることはなかった。災害時は昼間で、住民はほぼ外出していた。在宅していた人も怪我だけで済んでおり、全国ニュースに乗るほどの事件にはなっていないという。

 大きな事故や事件でたくさんの人が亡くなったりするとき、ひょっとしたら、こういうことが原因だったりするんだろうか。

 だとしたら、なんか理不尽だよね。あっちの不手際でこっちが大変な目に合うとかさ。

「死者の数は調整されているからな。流出が主たる要因ではないはずだ」

「そのわりには、日本は少子高齢化社会で、子どもが生まれてないとか言われまくってますけど」

「そこが調整なんだろう。人口が減れば、新たな子も誕生する。とはいえ、これは世界規模の話だから、先細りになる国も当然あるだろうな」

「過疎地は過疎地のまま消えていく場合もある、と」

「俺のような末端が関知することではないがな」

「まあ、そうですよね……」

 決めるのは偉い人で、一般人は「知らされる」だけなのは、どんな世界でも同じらしい。


「食事中にする話でもないだろう。由衣、おかわりはどうだ?」

「もう結構です」

「遠慮はするな」

「してないですよ」

「――口に合わなかったか?」

「そんなことないです、美味しかったです!」

 ええ、悔しいほどに。

 シュウさんは素晴らしい腕前の持ち主でした。そりゃー有名シェフのお店で出てくるような、芸術的な美しい盛りつけがされているわけじゃないけどさ、洋食を作れば小洒落たワンプレートにまとめあげ、和食を作れば一汁三菜。同じ材料を使って、どうしてこんなに風味が違うのか。まったく、この世は不思議に満ちているわ。

 シュウさんがうちに来て、そろそろ一週間。初めのうちこそ遠慮して縮こまっていた私は、いまや完全に餌付けされていた。

 この人はどこまでパーフェクトなのだろう。

 夜は時折仕事に出かけ、私が起きるころには帰宅していて、朝食を作っている。

 ひょこひょこ歩く私の肩を抱き、椅子に座らせたあとに湯気の立つ朝食が並べられる。向かい合って食べる間も、飲み物を入れてくれたり、温かいロールパンのおかわりを持ってきたりするし、食べ終わるころにはヨーグルトにジャムを入れて持ってくる。合間合間に食器を片付け、食後のコーヒーを持って戻ってくる完璧仕様。天晴だ。

 昼間は掃除や洗濯をし、タブレットでスケジュール確認をしつつ、時々ベランダで話をしている。支給されている通信機器があるみたい。見たかんじはガラケーだった。

 出かけたと思ったら、買い物袋を下げて戻ってくる。あ、つねにエコバック使用ね。

 夕食を作りつつ、お風呂も沸かしてしまう。

 もうね、私の出る幕はないっていうか、女子として負けてるっていうか、それ以前に人間として敗北したと思ったよ。

 いや、シュウさんは死神なんだけどさ。だとしたら余計にひどいよね。生きててごめんなさいって言いたくなっちゃったよ、ホント。

 水の流れる音と、食器が重なる音が聞こえてくる。上に生クリームをしぼったプリンを食べながら、私は我に返った。

 このままでは駄目になる。

 人として駄目だろう、これは。

 だってさ、食費とか出してないんだよ、私。全部、シュウさんが出してるの。

 下界で仕事をする関係で、死神さんの給料は、日本円に両替可らしい。現金にもできるけど、今は全国的に使える電子マネーが主流。ある程度のものは必要経費ということになり、何割かは払い戻しされるというから驚きの好待遇だろう。死神ってほんとすごい職業だなあ。

 つまり私は、ここ数日はなにもせず、食べるものも用意してもらい、そのくせ、お金すら出していない。

 クズじゃん。ヒモだよ、これ。

 なにかしないと、脳が死にそう。デロンデロンに融けて流れてしまいそう。思考力の欠如だ。

「やっぱ駄目だよ」

「なにが駄目なんだ?」

「わっ」

 呟いた私の背後から声がかかる。振り仰いでシュウさんを下から覗くと、形のよい顎が動き、私の名を呼んだ。

「由衣、なにか困ったことがあるのか? 遠慮なく言ってくれ。俺は君のためになんでもする」

「それですよ。それが私の困りごとなんですってば」

「……どういう意味だ?」

「シュウさんが来てからの私、なにもしなさすぎて問題ありすぎです」

「どこがだ」

「全部ですよっ」

 万能とはいえないけど、ひとりで生活するぶんには問題ない程度の家事はやっていた。叔父さんは残業も多かったし、昼食は各自だから、手の込んだ料理なんてほぼやってないに等しいけど、掃除は私の仕事だったのだ。洗濯は全自動なので、乾いたものを畳むぐらいだったけど、それも一応私の仕事。

 小学生のお手伝いレベルの話で威張るつもりもないけど、叔父さんの家に住まわせてもらうからには、ちょっとぐらいは貢献しようって思ってたんだ。由衣、ありがとなーって、叔父さんだって褒めてくれたんだ。お世辞かもしれないけど。そんなことで喜んでる時点で、子どもっぽいってわかってるけど。

「私、役立たずのロクデナシですよ」

「役立たずじゃない。じゅうぶん役に立っている」

「一体どこが」

「君はいるだけでいい。それだけで、俺の役に立っている」

「なっ――」

「君が俺を救ってくれたように、俺は君を救いたい。だからここにいるんだ」

 シュウさんが私の右横に座りこんだので、自然と私もそちらを向く。わずかに見下ろす形になったシュウさんは、私をまっすぐに見つめるので、視線を逸らせない。

 彼から右手が伸びてきて、長い指が私の頬を包む。親指が頬骨に触れ、優しく目元を撫でると、背中からなにかが這い上がってくるような感覚が走った。

「由衣……」

 優しい声が耳をくすぐる。

 この声がいけない。初対面から名前呼びで、訂正する気力すら奪ってしまう魅惑のボイス。

 シュウさんの指が私の髪をいて、耳へかける。流れるまま、指先は耳たぶに触れ、そして首のラインを通り、鎖骨で止まった。

「どうしたい?」

「……へ?」

 どうするって、なにを?

 その問いかけは反則だし、頬に手とか、髪を触るとか、もういろいろアレすぎて、彼氏いない歴=年齢の私は免疫なさすぎて、どうしていいかわからない。

「望みを言ってくれ。現状に不満があるのだろう?」

「不満、とか、そういうんじゃ、なくって、ですね――」

 熱のこもった瞳にドギマギしながら、私は必死に言葉を絞り出す。

 顔が熱い。

 クラクラする。

 ぎゅっと目を閉じて、私は声を張りあげた。

「私にも、なにかさせてください!」

「だが――」

「シュウさんのお気持ちはわかりました、もうじゅうぶんすぎるほどにわかりましたっ。けど、私のためって言うのなら、私を役立たずにはしないでください」

「俺はそんなふうには思っていない」

「私が、イヤなんですよ。家に引きこもったまま、外にも出てないし。このまんまじゃ、身体が腐っちゃいますよ」

「…………」

 そう言うと、シュウさんは黙った。うっすらと目を開けると、下を向いて考えこんでいる。

 よし。もう一押し。

「私を助けると思って、お願いします」

「――それが、望みか?」

「そうです」

 と言い切ってみる。しばらく考えたあと、シュウさんは頷いた。

「わかった。君がそうしたいのであれば、それを叶えよう」

「ありがとうございます。さっそくですが、ちょっと外に行きたいのですが――」

「駄目だ」

「ええぇぇ……」

 断言された。

「どうしても、というのであれば、俺と一緒だ。独りにはさせられない」

「子どもじゃないんだし……」

「動けなくなったらどうするんだ」

 べつに骨折してるわけじゃないんだけどなあ。家の中は歩いてるんだし。普段は、運動がてら階段を使ってるけど、さすがにエレベーターを使うよ、こんな足だし。私だって、長引くのはイヤだもん。

 じろりと見つめられ、その視線に耐えきれず、私は降参した。

 まあ、いいや。まずは、一歩前進。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る