04 死神を補佐する

 タブレットは会社から支給品。ワイヤレスのキーボードも付いているけど、こちらはシュウさんの私物らしい。入力が段違いだという意見には超同意する。私もフリック入力苦手だもん。

 仕事の管理は、表計算ソフトが使われている。私が知っている画面とおなじだった。死神界は、どこまでも下界に近い世界っぽい。

 それもそのはず、というか。死神が導く死者が最初に行くのがそこなんだから、私たちの感覚や生活に近い風土が形成されるのは当たりまえなのかもしれない。


 なにかさせてください、という曖昧な私の提案は一応受入れられまして、じゃあなにをするのってなったとき、座ってできる仕事をしようって話になった。そして課せられたのが、シュさんの仕事のサポートなのだ。

 すごくない? 死神の仕事を手伝うんだよ、私。

 この家はちゃんとネット環境が整ってるんだけど、その回線を使用して、死神界とやりとりしてるんだってさ。

 インターネットは世界中と繋がってるけど、まさか死後の世界とも繋がってるとは思わなかった。

 最近はやりのネット小説にありがちな「異世界と日本が繋がってる」設定は、あながち間違ってないのかもしれないと思ったよ。電波は届いてるんだわ、きっと。

 うっかり顧客情報の流失とかやらかしちゃったらどうしようかと思ってたんだけど、それに関してはとくに問題ないみたい。

 本社とのデータ送信には認証が必要で、それは死神本人しか無理なんだそうです。指紋認証とか虹彩認証とか、そういう「個人」での認証方式が採用されているので、私がいじったところで繋がることはないから安心しろって言われた。だから、部外者の私に触らせてるのかもしれない。


「わからないところは訊いてくれ」

「いまのところ、大丈夫です」

「そうか……」

「はい!」

 シュウさんは眉を下げ、少し心配そうな顔をしている。

 やたら過保護なシュウさんだけど、今回のこれは、たぶんだけど、意味合いが違う。

 うん、私のせいなんだよね。なにを隠そう私の渾名は「クラッシャー由衣」であり、「ドン中西」でもある。ちなみに「ドン」は、漢字で書くと「鈍」だ。

 なんかねー、私がさわると不思議といろいろ壊れるんだよねー。なにもしてないんだけど。

 そう言うと、「なにもしてないわけないだろ」ってクラスメートに言われたけど。ついでに言うと、叔父さんにも言われたけど。でも断言するけど、なにもしてないんだよ。ほんとだって。

 たまたま、うっかり、物が壊れる瞬間――耐久限界に私が立ち会っているだけなんだよ。

 ある意味、運がいいんだと思うの。叔父さんにはよく「おまえはポジティブすぎる」って褒められる。えっへん。


 最初はね、椅子に座って料理の下ごしらえとかするつもりだったんだ。けど、ピーラーの刃がこぼれたり、果物ナイフが欠けたり、プラスチックのボウルが割れたり、いろいろとタイミングが悪くってさ。ついには包丁をうっかり足の上に落としそうになったもんだから、台所関係禁止令が出ちゃったのだ。

 いままでどうしてたんだ……って顔を青くして言われたけど、普通だったよ?

 手の込んだ料理とか作らない――っていうか、作れないし。世の中にはレトルトっていう便利な商品がたくさんあってだね。温めれば美味しく食べられるものにあふれているのですよ。カレーもシチューも、固形ルーというありがたいものが存在するし。学校の授業で、ベシャメルソースを焦がしてブラウンソースを作り上げた私は、便利な文明に迎合しているのです。

 近所のスーパーで、半額のお惣菜買ったりもするよ。インスタント商品も安く箱買いできる店もあるし。

 叔父さんも食べるので、ネットで最安値を探して買ったりもします。賞味期限も長いし、いざってときには非常食にもなる。節約は結構得意なほうだと自負している。

 それらを含めてお金の管理は、中西家共通ノートパソコンを使って打ち込んで、叔父さんに開示してあるんだけど、私がそれらを不自由なく扱っているのを知ったシュウさんが、データ管理の仕事を任せてくれたわけ。

 いきなりタブレット画面が固まって再起動かけるハメになったし、キーボードの一部が反応しなくなったりもしたけど、まあこんなの序の口。たいしたことないよね。よくあるよくある。


 人より鈍くさい自覚はある。クラッシャー由衣のままでは社会生活は送れないのではないかとひそかに思っている私に、叔父さんはオフィス関連ソフトの使い方を教えてくれた。

 知っておいて損はないし、基本的なことさえわかっていれば、会社生活は絶対に楽になるから、学生のうちに覚えておけ。

 とは、叔父さんの弁。

 おかげで、お母さんに代わって自治会名簿とか会計表とかは作れる程度にはなったのだ。関数だってすこしは使えるよ。


 死神の仕事管理ということで、これから死ぬ人の名前がダイレクトに書かれているのかと思っていたんだけど、文字化けしてわからない。クラッシャー由衣が、ついにデータを破損させたのかと思ったら、これはそういう仕様なのだそうだ。安心した。

 なんかね、有資格者にしか見えないそうです。「死神の目」とか、どっかの漫画みたいだけど。

 名前は読めないけれど、日時はわかる。

 なので、それを上手く並べ替えるのが私の仕事というわけ。

 これ、意外と面倒。単純に死亡時刻順に並べたらいいわけじゃないの。発生場所も考慮しなくちゃいけない。

 つまり、移動時間も加味して、予定を組み込む必要があるのだ。

 玄関扉を通り抜けたみたいに、パッと消えてパッと現れる存在かと思えば、そう簡単でもないらしい。そういえば、シュウさんは黒猫の姿で生垣に引っかかっていたわけで。急いでたって言ってたし、本当に「足」で移動しているのかもしれない。

 まあ、そんなふうに予定を立てて、これを本社に送って、承認されたら正式決定。他の死神さんとの兼ね合いもあるので、すべてが通るわけでもないそうです。

 一人に業務が集中しても駄目だし、イレギュラーで休みの人が出たら、そこの対応をする必要がある。だから、隙間なく仕事を入れるのも駄目なんだって。パスルみたいでちょっとおもしろい。

 ――いや、内容が「死」に関わってる事柄だから、おもしろいとか不謹慎なんだけど。


 いままでに説明したのは、計画ね。次にやるのは、個人のスケジュール管理。

 こちらの画面は各人に委ねられていて、使いやすいように、見やすいように、わりと好きにしていいんだって。提出するわけじゃなくて、個人管理だから。あれよね、自分のスケジュール帳みたいなもので、印つけたりシール貼ったり色分けしたりで、把握しやすいようにするんだと思う。

 シュウさんはどうかというと、超シンプルっていうか、整然としてるっていうか。性格が滲みでている表だった。

 隙がないかんじって言えば伝わるだろうか。余計な手出しをしたら崩れそうなぐらい、整ってる。

 これ、私が変えたらまずいんじゃないのかな? だってたぶん、自分が使いやすいようにした結果がこれだと思うし、いきなり見た目が変わったら困惑するでしょ。



「かまわない。由衣の好きにしてくれ」

「いや、かまうでしょう。っていうか、かまってくださいよ」

「かまってほしいのか?」

 シュウさんが近づいて、私の肩に手をまわす。もう片方の手は髪を撫で、そのまま頬へと滑り落ちてくる。

 かまうの意味がちがうっっ。

 恥ずかしさに顔が熱くなるのがわかる。両手でシュウさんの身体を押し返そうとするけれど、ちっとも動かない。それどころか、笑っている始末だ。なにがおかしいのか、この人は。

「そうじゃなくて、困ってくださいってことで」

「由衣が俺を困らせてくれるのか?」

「だから、そういう意味じゃなくてっ」

「そういう、とは、どういう意味だ?」

「わ、わかってて言ってるでしょっっ」

 ますます密着される。シュウさんの息が頬にかかり、私の心臓はドコドコ走りっぱなしだ。呼吸が追いつかない。頭が飽和して、いろいろなことが駆け巡って、涙が込み上げてくる。

 縮こまる私に、シュウさんはやはり耳元で囁く。大きな指で涙をぬぐう感触がする。

「泣かないでくれ」

「……だったら、からかうのはやめてください」

「そんなつもりはない」

 天然か。天性の女ったらしなのか。

「俺がこうして触れるのは由衣だけだ」

「そ、そういう口説き文句みたいなことは、好きな人にしか言っちゃ駄目だと思うんです」

 夢見る乙女と笑わば笑え。

 少女漫画脳だと自分でもわかっているのだ。

 だけどやっぱり、王子様との恋物語は、一対一であってほしいんだよ。逆ハーとかライバルとかいらないんだよ、私は。

「だから、そうしている」

「――は?」

「俺は由衣が好きだ」

「はい!?」










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